5 / 15
◆情報交換という名のデート
しおりを挟む……困ったわ。どうしましょう。
ガーデンパーティーの翌朝、私は片手を頬に添え、思い悩んでいた。
目の前には、今日の分で用意していた着替えが一着。侍女として身につけている、いつものシンプルなワンピースだ。
予定では今日も少し国内を散策し、一泊してから明日の朝にアルテシア国を出発する…という手筈になっていた為、私は常にシェリル様の側に控えることを想定し、着替えは侍女の服しか持ってきていなかった。
「うーん……これではあまりにも…」
ブツブツと独り言を呟きながら、もうこれしかないものは仕方ないと諦め、身支度をする。
それから、シェリル様の寝室の扉を軽く叩き、可愛らしい声の返事を聞いてから中に入った。
「おはようございます、シェリ……」
「ちょっと待ちなさいリーチェ。貴女…今日は出かけたいって言っていなかった?」
挨拶を遮り、シェリル様が寝巻き姿のまま目を丸くしてそう言った。
対して私は、やっぱりそういう反応になるわよねーなんて呑気に思いつつ、ニコリと微笑む。
「はい。昨夜お願いした通り、今日は少しお時間を……」
「そうよね!?相手は教えて貰えなかったけど、殿方なのよね!?」
「はい。ですが……」
「それなら何故、侍女の服を着ているの!?」
興奮しながらまくし立てるシェリル様に驚きながらも、私はいつも通りにクローゼットから衣装を取り出す。
「私も相手に失礼かな、とは思いましたが、この服しか手持ちが……なので仕方なくです。それよりシェリル様、本日のドレスはこちらでよろしいですか?」
「仕方なく……それより……?リーチェ、一度手を止めてそこに直りなさい」
「え?」
お忍び用の装飾控えめな紺色のドレスを、シェリル様に充てがっていた私に、鋭い声が飛ぶ。眉間にシワを寄せたシェリル様の姿は珍しい為、思わずまじまじと見つめていると、突然ドレスが奪われた。
「……シェリル様?このドレスはお気に召しませんでしたか?」
「ええ、そうね。でも気に入らなかったのはリーチェ、貴女のその服装よ。だからこれを着なさい」
「シェリル様、さすがにそれは……」
「いいえ!これは……そう、命令よ!」
閃いた、とばかりに顔を輝かせながら命令と言い放ったシェリル様は、手早く私のまとめられた髪を解く。そのまま身につけている侍女の服に手が伸びてきたので、思わず掴んで止めた。
「……分かりました。ですが、さすがに自分で着替えます」
「そう?残念だわ。……あ、リーチェ、いつもの髪型は駄目よ」
「ですが、他の侍女はここには……」
「髪を結うのは私がやるわ。リーチェの綺麗な栗色の髪、ずっとアレンジしたいなと思っていたの」
「………そうですか」
それはそれは楽しそうに笑顔で言われ、私は反論も出来ずに諦めた。一度自分の部屋に戻り着替え直してから、ご機嫌なシェリル様に髪を任せる。
きっとシェリル様は、このあと私が会う相手とデートをするとでも思っているのだろう。
実際、お互いにそんなつもりは無いけれど…それを言えば余計に相手を詮索されそうなので、黙っておく。
「できたわ!……うん、素敵よリーチェ」
シェリル様は満足そうに頷いて、私の背をそっと押した。
「さぁ、もうすぐ時間でしょう?行ってらっしゃい」
「いえ、シェリル様のお仕度がまだですので」
「何を言っているの!私は適当に着替えて、部屋でのんびり過ごすわ。……手紙も書きたいし…」
最後にポツリと付け足された言葉と同時に、シェリル様の頰が赤らむ。その様子に微笑んでから、私は「では、」と言葉を続ける。
「お言葉に甘えて、行ってまいります」
◆◆◆
待ち合わせに指定されていたのは、城下街の大きな噴水の前だった。
宿泊先からすぐの場所で、目立つからすぐに分かる。のんびりと足を進めて―――辿り着く前にピタリと歩みを止めた。
待ち合わせている人物を見た瞬間、侍女の服で来なくて良かったと、心からシェリル様に感謝する。
ゼレン・アーヴァー。
シェリル様の気になるお相手である、エレフィス王太子殿下の護衛騎士。
昨日見た時も思ったけれど、彼はとても整った容姿をしている。今日はクセのある紺の髪を横に流し、服装はシャツにパンツスタイルと至ってシンプルなのに、鍛えられた身体の為か、本人が持つ魅力なのか、とにかく目立っていた。
他に待ち合わせをしているように見える女性、買い物中の女性、通りすがる女性…全ての女性の視線を独り占めしているのではないかと思うほど。
そんな目立つ相手の元に、侍女の服で近付いて行ったら悪い意味で目立ってしまう所だった。
とりあえず落ち着こうと深呼吸をしてから、背筋を伸ばしてゆっくりとゼレン様に近付いていく。
ぼんやりと遠くを見つめていた灰色の瞳が、不意にこちらへ向いた。
「…………」
「……?あの、こんにちは」
しっかりと目が合ったのに、何も声を掛けて貰えず不安になり、思わず自分から挨拶をした。
一拍置いて、ゼレン様が驚いたように声を上げる。
「……え?もしかしてリーチェですか?」
「もしかしなくてもリーチェ・ライノルドですが……どうされました?私、待ち合わせの時間を間違えましたか?」
「いえ、時間はピッタリです。……その…あまりに昨日と容姿が違っていたので、別人かと思いまして」
すみません、と頭を下げられ、慌てて首を横に振る。出会い頭にそんなことされたら、周囲の視線がもっと集まってしまう。
「頭を上げて下さい!……こちらこそすみません。私はいつも通りの侍女の服で出ようとしたのですが、その、何かを勘違いしたシェリ…ご主人様に止められまして……」
危ない。こんな街中でうっかりシェリル様の名前を出そうとしてしまった。いつもならしない失敗をしまった上に、ちらちらとこちらを見る周囲の視線が気になって慌てていると、ゼレン様がフッと笑った。
「では、貴女の主に感謝しなくては。おかげで、着飾ってさらに美しい貴女を見ることができたのだから」
「…………」
サラリと言われた言葉の意味を呑み込むのに、数秒かかった。
……ええと。口説かれてる訳はないわよね?だって、これはデートなんかじゃない。
こうしてゼレン様と会うことになったのは、昨夜届いた手紙の指示によるものだった。
直接私の部屋に、ゼレン様の部下だという騎士が手紙を届けに来たのは驚いた。
万一のために実名は伏せられていたものの、シェリル様とエレフィス殿下のことでゆっくり話したい、という内容で。
だから私は、シェリル様の為にと二つ返事で了承の返事を騎士に預けたんだけれど…あ、そうか。分かったわ。これだけ注目を浴びているから、デートを装っているのね。
二つの大国の護衛騎士と侍女がこっそり会ってるなんて、誰かに知られたらあれこれ詮索され、シェリル様にも迷惑がかかってしまう。
でも、これがただのデートという風に装えば、最悪正体がバレたとしても、私が身の程知らずの侍女だと嗤われるだけで済む。
ゼレン様は護衛騎士としか名乗っていないけれど、その洗練された佇まいから、貴族の高い身分を持っていることが分かるもの。
サッとここまで思考を巡らせたところで、私はニコリと微笑んだ。
「勿体ないお言葉ですが、ありがとうございます。でも……騎士様の方が素敵ですよ」
一応配慮してゼレン様の名前を伏せたけれど、逆に不自然かしら。
彼がどの程度、自国で顔を晒しているのか分からない。シェリル様の護衛は、シェリル様が外出する際にしか国民に顔を晒さないけれど…。
ゼレン様なら間違いなく、一度外に出れば顔を覚えられてしまうだろう。
私の態度に、ゼレン様は少し目を見張り、何故か楽しそうに口の端を持ち上げた。
「ありがとうございます。では、行きましょう」
「はい」
自然に差し出された手に、躊躇いながらも自分の手のひらを添える。このようなエスコートをされたことが無い私は何だか気恥ずかしくも、早く好奇の視線から逃れたいという思いの方が強かった。
ゼレン様に連れられて入ったのは、酒場のようだった。
まだ昼前だからか、店内は薄暗く客もいない。そもそも酒場の営業は夕方からの場合がほとんどで、今は店主の姿も見当たらない。
けれど、ゼレン様当たり前のように足を進め、古びた椅子に座るよう促す。私は困惑しつつも腰を下ろした。
「あの、このお店は営業しているのですか?」
「ああ、ここには誰もいません。私が所有している、酒場……に見せかけた情報交換場所です」
「え、ゼレン様の?」
「そうです。街中で堂々と会話出来ない場合に、ここが役に立つんですよ」
私の向かいの椅子に座りながら、ゼレン様が「なかなかいいでしょう?」と笑う。
色々と訊きたいことが浮かんでくるけれど、限られた時間で優先されるべきなのは、もちろんシェリル様に関すること。
私が姿勢を正し、真剣な顔をした為か、ゼレン様を纏う雰囲気もすぐに変わった。
「では、ゼレン様。街中で堂々と出来ない会話を、さっそくですが」
「そうですね。お互いの主の為、有意義な話し合いにしましょう」
コクリと頷き合い、まずはシェリル様とエレフィス殿下がお互いどの程度の好意を示しているかの確認から始まる。
そこからどのように、どこまでお節介を焼くかを話し合うまでは良かったのだけれど。
いつの間にか、お互いの仕える主がいかに素晴らしいかの演説が白熱し―――気づけば昼食を摂ることすら忘れ、日がとっぷりと暮れていたのだった。
3
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。

王太子の愚行
よーこ
恋愛
学園に入学してきたばかりの男爵令嬢がいる。
彼女は何人もの高位貴族子息たちを誑かし、手玉にとっているという。
婚約者を男爵令嬢に奪われた伯爵令嬢から相談を受けた公爵令嬢アリアンヌは、このまま放ってはおけないと自分の婚約者である王太子に男爵令嬢のことを相談することにした。
さて、男爵令嬢をどうするか。
王太子の判断は?
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

好きだった人 〜二度目の恋は本物か〜
ぐう
恋愛
アンジェラ編
幼い頃から大好だった。彼も優しく会いに来てくれていたけれど…
彼が選んだのは噂の王女様だった。
初恋とさよならしたアンジェラ、失恋したはずがいつのまにか…
ミラ編
婚約者とその恋人に陥れられて婚約破棄されたミラ。冤罪で全て捨てたはずのミラ。意外なところからいつのまにか…
ミラ編の方がアンジェラ編より過去から始まります。登場人物はリンクしています。
小説家になろうに投稿していたミラ編の分岐部分を改稿したものを投稿します。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

忘れられた幼な妻は泣くことを止めました
帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。
そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。
もちろん返済する目処もない。
「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」
フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。
嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。
「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」
そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。
厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。
それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。
「お幸せですか?」
アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。
世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。
古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。
ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。
※小説家になろう様にも投稿させていただいております。

【完結】「政略結婚ですのでお構いなく!」
仙桜可律
恋愛
文官の妹が王子に見初められたことで、派閥間の勢力図が変わった。
「で、政略結婚って言われましてもお父様……」
優秀な兄と妹に挟まれて、何事もほどほどにこなしてきたミランダ。代々優秀な文官を輩出してきたシューゼル伯爵家は良縁に恵まれるそうだ。
適齢期になったら適当に釣り合う方と適当にお付き合いをして適当な時期に結婚したいと思っていた。
それなのに代々武官の家柄で有名なリッキー家と結婚だなんて。
のんびりに見えて豪胆な令嬢と
体力系にしか自信がないワンコ令息
24.4.87 本編完結
以降不定期で番外編予定

【完結】お高い魔術師様は、今日も侍女に憎まれ口を叩く。
たまこ
恋愛
リイナの雇い主ロナルドは、魔術協会の会長というエリートで屋敷ではいつも憎まれ口ばかり。だが、素直じゃない優しさを見せるロナルドのことをリイナは長い間想っていた。だがある時、ロナルドが雲の上の存在だと突き付けられたリイナは……。
※『堅物監察官は、転生聖女に振り回される。』のサイドストーリーとなっておりますが、こちらだけでも楽しめるようになっております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる