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◆ガーデンパーティー
しおりを挟む―――まあ。これはびっくり。
パチパチと瞬きを繰り返してから、私は届いたばかりの手紙に目を通す。
豪華な装飾の施された封筒の中身は、ガーデンパーティーの招待状だった。……それも、アルテシア国からの。
招待状と一緒に届いた、一輪の薄紅色の花をじっと見つめた。……シェリル様の瞳の色に合わせた花を、一輪だけ。
しかもこの花は、アルテシア国周辺にのみ自生している花で、花言葉が確か……『早くあなたに会いたい』。
―――あらあらあら?これはもしかして、もしかするのかしら??
「……リーチェ?どうしたの?」
こてん、と首を傾げていた私を、凛とした透き通る声が呼ぶ。声の主はもちろん、今日も世界一可愛らしいシェリル様だ。
私は恭しく一礼をしてから、スッと招待状と花を差し出した。
「シェリル様、こちらを。アルテシア国のエレフィス王太子殿下より、ガーデンパーティーの招待状とお花が届いておりました」
「まぁ……!」
薄紅色の瞳が輝きを増し、嬉しそうに綻んだお顔を見れば、これはもう間違いが無いと思う。
アルテシア国のエレフィス殿下こそ、シェリル様の気になりだした恋のお相手の正体だ。
シェリル様はお花を優しく手に取ると、口元に笑みを浮かべたままじっと見つめている。その様子を微笑ましく見守っていると、シェリル様は私へと視線を向けた。
「リーチェ、早速参加の旨を伝えるお返事を出してちょうだい」
「かしこまりました」
「それと……ええと…」
少しだけ頬を赤く染めた天使…シェリル様が、言いづらそうに花と私の顔を交互に見ている。
後ろに控えている護衛は、そんなシェリル様の様子を不思議そうに見ているけれど、長年お仕えしている私には疑問に思うことなど何一つ無い。
「お返事には、そうですね…シェリル様の瞳の色のお花をいただいたので、エレフィス殿下の瞳のお花を選んで添えておきましょう」
「……!ありがとう、リーチェ」
シェリル様は、自分の言いたいことが伝わったことに一瞬目を丸くしたあと、すぐに美しく微笑んだ。
この笑顔を見れることが、私は何よりも嬉しいのだ。
早速返事を書こうと、足早に自室へと戻る。私は侍女としてシェリル様の幼少期から専属でお仕えしていて、有難いことに城内に部屋を与えられていた。
日中はほとんどシェリル様の側に控えている為、今回のように招待状の返事を書く等の事務仕事の際と、就寝時以外の出入りは滅多にないのだけれど。
必要最小限で揃えた家具がポツンと点在している、飾り気の無い部屋。
座り心地を重視して選んだ椅子に腰掛け、再度招待状を封筒から取り出した時―――ひらり、と紙切れが舞い落ちた。
「え?」
招待状とは別の、小さな紙切れを拾い上げ、私は眉をひそめた。
招待状に書かれた筆跡とは違う字が並んでいる。
―――『この手紙を見つけた方へ。当日、エレフィス王太子殿下付きの護衛騎士へお声掛け下さい』
「??」
……護衛騎士?何故??
それに、この手紙を見つけた方へ、って…シェリル様宛ではないってことよね?
謎の手紙をじっと見つめながらも、招待状への返信に、これに対する返事を入れた方がいいのかも悩む。
書いたのが誰かも分からない。声を掛けろと言われている、この護衛騎士なのかしら…?
少しだけ動きを止め思考を巡らせてから、招待状の返信だけを書き、封をした。よく分からないけれど、当日私が護衛騎士に声を掛ければ済む話だ。
「あとは……返信に添える花ね」
すぐに部屋を出て、城の中庭へ足を運ぶ。庭師に声を掛け、一番綺麗に咲いている緑の花を一輪用意してもらった。
シェリル様の生誕祭の時に挨拶に来たエレフィス殿下の瞳が、とても綺麗な緑色に輝いていたことは記憶に新しかった。
さて。あとはひと月後のガーデンパーティーへ向けて、シェリル様の美しさに磨きをかけなくては。
当日はどんなドレスにしようか、どんな髪型にしようか…脳内でシェリル様を着せ替え人形のようにして考えながら、私は一人にこにこと笑みを浮かべながら城内へ戻るのであった。
◆◆◆
「どうかしら、リーチェ?」
「………っ、シェリル様が神々しすぎて言葉になりません」
「もう、リーチェったらいつも大げさなんだから」
でも嬉しいわ、と照れながら微笑むシェリル様は、やはり女神だ。
艶々に手入れされた銀髪はサイドを丁寧に編み込まれ、髪飾りは主張しすぎず、けれど華やかで。レースを惜しみなく誂えた桃色のドレスは特注品で、シェリル様の可愛らしさをより引き立てている。
招待状へ参加の返信をしてから、衣装の打ち合わせや当日までの予定管理、アルテシア国へ着いてからの動きの確認等、忙しくしていたらあっという間に時が流れた。
普段のガーデンパーティーや夜会への参加のときは、ここまで大掛かりにはしない。今回は、シェリル様の気になるお相手との時間の為に、徹底的にやりきった。
アルテシア国へは馬車で三日ほどかかる。ガーデンパーティーの二日前に到着するようにテノルツェ国を出発し、用意してもらっていた宿泊先でのんびり過ごしたり、少しお忍びで観光を楽しんでから今日を迎えた。
「そろそろ向かいましょう。シェリル様、準備はよろしいですか?」
「ええ。今日はよろしくね、リーチェ」
宿泊先の部屋を出て、護衛二人と合流する。馬車に乗り込み、数分で城へ到着した。
城門の衛兵に身分証を掲示すると、城の侍女らしき女性が案内人として現れ、綺麗に整備された道を進む。やがて会場へ辿り着くと、既に到着していた参加者たちで賑わっていた。
「あら、テノルツェ国のシェリル王女殿下だわ」
「シェリル様、ごきげんよう」
シェリル様に気づいた他の参加者が、すれ違いざまに声を掛けてくる。シェリル様は笑顔で軽く挨拶を交わしながら、この広大な庭の中心にいる人物―――主催者であり、シェリル様の気になるお方でもある―――エレフィス殿下の元へ、真っ直ぐ進んでいた。
その後ろをついて歩きながら、心のなかでそっとシェリル様へエールを送る。
……そんなに緊張して身体を強張らせなくても大丈夫です。腕によりをかけてシェリル様に磨きをかけましたから。
エレフィス殿下はきっと顔を合わせた瞬間、美しさにやられて倒れちゃいますよ。
「……エレフィス王太子殿下」
他の参加者との挨拶を終えたところを見計らい、シェリル様が声をかける。名前を呼ばれたエレフィス殿下がハッとしたように振り返り、息を呑むのが分かった。
「本日はお招きいただきありがとうございます。このような素敵なお庭でお話しできるなんて、とても光栄で嬉しく思います」
「………シェリル王女殿下。こちらこそ、参加いただき嬉しいです」
数秒シェリル様を見つめて固まっていたエレフィス殿下は、すぐに優しく微笑んで答えた。その頬が少し赤らんでいるのは、気の所為ではないはず。
ええ、分かります。シェリル様の愛くるしいお姿に目を奪われるのはとても分かります。
……それにしても、エレフィス殿下もとても綺麗な顔立ちだわ。不躾にならない程度に観察していると、不意にその奥から視線を感じた。
エレフィス殿下の後ろに控えている男性と視線が絡む。
深い紺色のクセのある髪に、灰色の瞳。長い手足に、鍛え上げられているのが服を着ていても分かる身体。
そして、腰に下がる長剣……もしかして、この人が手紙の護衛騎士?
「……では、のちほどダンスの時間がありますので……よろしければ、私と最初に踊っていただけますか?」
「はい、喜んで」
「良かった。それまではぜひ、食事を楽しんで下さい」
「お心遣いありがとうございます。……それでは失礼致します、エレフィス様」
私がじっと後方の男性を見据えている中、シェリル様とエレフィス殿下の挨拶が終わってしまった。そして、エレフィス殿下はちゃっかりファーストダンスを申し込んでいた。
私の方を振り返るシェリル様は、それはそれは可愛らしい笑顔を浮かべていて、私もつられて笑顔になる。行きましょう、と歩き出したシェリル様にハッとして、もう一度護衛騎士と思われる男性に視線を向けた。
変わらず私を見ていたらしいその人は、僅かに口角を上げて笑みを浮かべる。それが何を示すのかは分からないけれど、とりあえず今は声を掛けられそうにない。
私は曖昧な笑みを返すと、シェリル様の後を追いながら、いつ接触出来そうか思考を巡らせていた。
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