1 / 15
◆王女シェリルと侍女リーチェ
しおりを挟む「……ねえ、リーチェ。恋をしたことはあるかしら?」
可愛らしい唇から紡がれた、少し震えた声に視線を上げる。
ふんわりと揺れる長い銀髪に、潤んだ薄紅の大きな瞳。陶器のような艶のある肌。
可愛らしい桃色を基調としたドレスに身を包まれた、まるでお人形のような可憐な少女。
シェリル・テノルツェ。
私が侍女としてお仕えしている、この国の大事な大事な王女様。
ーーーああ、今日もシェリル様は世界で一番可愛らしい。
私は誇らしげな気持ちで、手元で注いでいた紅茶のカップを静かに差し出した。
「シェリル様、いつもの紅茶でございます。…それと、先程の質問の答えですが…」
「ええ。それで?」
ずいっ、と身を乗り出すシェリル様の目は、真剣そのものだった。眉間に少し皺を寄せている姿も可愛いなぁなんて思いながら、私はふふっと微笑む。
「恋をしたことは、ありません」
「………えっ?」
「ありませんよ」
「……………一度も?」
信じられない、とばかりに瞬きを繰り返しているシェリル様に、「ええ、一度も」と答えながら笑って頷く。
二十二年も生きている間に、恋をしたことが一度もない私は、シェリル様にとっては珍しい存在らしい。ちなみに、シェリル様は色恋に関心のある十四歳である。
何度か交際をしたことはある。でも、相手に対する気持ちが恋だとは思えなかった。
何だか義務で付き合っていたような気がする。
扉の側に控えている他の侍女や護衛騎士は、少し目を丸くして私をちらちらと見ていた。
「……そう。リーチェに訊けば答えが見つかるかもしれないと思ったのだけど…」
シェリル様は小さく呟くようにそう言うと、ふわりと微笑んで私を見た。
「変なことを訊いたわね、リーチェ。忘れてちょうだい」
「かしこまりました」
恭しくお辞儀をしながら、私は内心焦っていた。
ーーあああ、シェリル様に気を遣わせてしまった。私に訊けば答えが見つかるかもなんて、期待していただいたのに、バカバカ!
脳内で自分に回し蹴りを食らわせながら、何事もなかったかのように優雅に紅茶を飲み始めたシェリル様をこっそりと見つめた。
シェリル様が何故、『恋をしたことはあるか』なんて問いを口にしたか。
それはきっと、シェリル様自身に色恋に関わるような何かがあったということだと思う。…と、言うことは。
「そういえばシェリル様。この間の生誕祭…とても素晴らしかったですね」
「…え、ええ。そうね」
ピクッと動いた肩に、少し泳いだ薄紅の瞳。これは間違いなく動揺している。
ついこの間、シェリル様の十四歳を迎えた生誕祭が、大々的に城内と城下街で開催された。
そこにはたくさんの貴族たちが訪れ、その中にはシェリル様の婚約者候補である、他国の王子殿下たちが数人いたのだ。
そのうちの誰か…はたまた婚約者候補にもなっていないどこかの貴族の令息が関係しているのかしら。
うーん、直接探りを入れたいところだけれど…この場には他の侍女や護衛もいるし、あまりシェリル様のお心に踏み込むのも良くないわよね。
「あの日のシェリル様は、それはもう女神のようでした。光り輝く銀の髪に、添えられた色鮮やかな花…動くたびにふわりと舞うドレス…」
「リ、リーチェ?」
「…あら、申し訳ございません。シェリル様のあまりに美しいお姿を思い出してしまって、つい」
つらつらとシェリル様への賛辞が私の口から飛び出したことで、戸惑いがちに名前を呼ばれ、口元にそっと手を添える。
ふふっと笑って誤魔化したあと、窓際で部屋を彩る花々が生けられた花瓶が目に入った。
生誕祭で一部屋が埋まるほどの贈り物が届けられていたけれど、確かそのうちの一つの花束だったはず。
シェリル様に似合うように選ばれたであろう可憐な花束に、私よりシェリル様に似合う花が分かっていそうだわ、と思わず嫉妬したのを覚えていた。
「それにしても、あの花束は本当に素晴らしいですね。確か、アルテシア国の…」
そこで私が口を噤んだのは、シェリル様の肩がまた僅かに反応を示したからだ。
けれどきっと、それは私以外の他の誰も気づかないような、ほんの些細なもの。
「ーーええ。とても綺麗でしょう?気に入ったから私の部屋に飾ってみたの」
「では、出来るだけ長く楽しめるよう、お世話させていただきますね」
「ありがとう、リーチェ」
花が咲くようにふわりと笑顔を浮かべたシェリル様に、私も笑顔を返す。
ーーーお任せください、シェリル様。
私が貴女様の恋を、全力で応援させていただきます。
3
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
自己肯定感の低い令嬢が策士な騎士の溺愛に絡め取られるまで
嘉月
恋愛
平凡より少し劣る頭の出来と、ぱっとしない容姿。
誰にも望まれず、夜会ではいつも壁の花になる。
でもそんな事、気にしたこともなかった。だって、人と話すのも目立つのも好きではないのだもの。
このまま実家でのんびりと一生を生きていくのだと信じていた。
そんな拗らせ内気令嬢が策士な騎士の罠に掛かるまでの恋物語
執筆済みで完結確約です。
俺の妖精すぎるおっとり妻から離縁を求められ、戦場でも止まらなかった心臓が止まるかと思った。何を言われても別れたくはないんだが?
イセヤ レキ
恋愛
「離縁致しましょう」
私の幸せな世界は、妻の言い放ったたった一言で、凍りついたのを感じた──。
最愛の妻から離縁を突きつけられ、最終的に無事に回避することが出来た、英雄の独白。
全6話、完結済。
リクエストにお応えした作品です。
単体でも読めると思いますが、
①【私の愛しい娘が、自分は悪役令嬢だと言っております。私の呪詛を恋敵に使って断罪されるらしいのですが、同じ失敗を犯すつもりはございませんよ?】
母主人公
※ノベルアンソロジー掲載の為、アルファポリス様からは引き下げております。
②【私は、お母様の能力を使って人の恋路を邪魔する悪役令嬢のようです。けれども断罪回避を目指すので、ヒーローに近付くつもりは微塵もございませんよ?】
娘主人公
を先にお読み頂くと世界観に理解が深まるかと思います。
【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。
三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。
それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。
頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。
短編恋愛になってます。
ゆるふわな可愛い系男子の旦那様は怒らせてはいけません
下菊みこと
恋愛
年下のゆるふわ可愛い系男子な旦那様と、そんな旦那様に愛されて心を癒した奥様のイチャイチャのお話。
旦那様はちょっとだけ裏表が激しいけど愛情は本物です。
ご都合主義の短いSSで、ちょっとだけざまぁもあるかも?
小説家になろう様でも投稿しています。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
【完結】お高い魔術師様は、今日も侍女に憎まれ口を叩く。
たまこ
恋愛
リイナの雇い主ロナルドは、魔術協会の会長というエリートで屋敷ではいつも憎まれ口ばかり。だが、素直じゃない優しさを見せるロナルドのことをリイナは長い間想っていた。だがある時、ロナルドが雲の上の存在だと突き付けられたリイナは……。
※『堅物監察官は、転生聖女に振り回される。』のサイドストーリーとなっておりますが、こちらだけでも楽しめるようになっております。
君は僕の番じゃないから
椎名さえら
恋愛
男女に番がいる、番同士は否応なしに惹かれ合う世界。
「君は僕の番じゃないから」
エリーゼは隣人のアーヴィンが子供の頃から好きだったが
エリーゼは彼の番ではなかったため、フラれてしまった。
すると
「君こそ俺の番だ!」と突然接近してくる
イケメンが登場してーーー!?
___________________________
動機。
暗い話を書くと反動で明るい話が書きたくなります
なので明るい話になります←
深く考えて読む話ではありません
※マーク編:3話+エピローグ
※超絶短編です
※さくっと読めるはず
※番の設定はゆるゆるです
※世界観としては割と近代チック
※ルーカス編思ったより明るくなかったごめんなさい
※マーク編は明るいです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる