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61.味方
しおりを挟むエマたちがランベール公爵領へ行っている間、レオナールの仕事はラザフォードが請け負っていた。
そして現在、レオナールが貸してくれた側近二人が一緒である。
「アンリ、次」
「……はい」
処理済みの書類をケースに入れ、次の書類を要求すれば、アンリはすかさず数枚を手渡してくる。それを受け取ったラザフォードは、パラリと捲って内容を確かめた。
類似した内容の書類がまとめてあり、それに加え関連した資料の抜粋が丁寧に分かりやすく添付されている。
ここ数日の執務のしやすさを、ラザフォードは認めざるを得なかった。
「惜しいな。レオナールの側近ではなく、顔がもっと平凡だったら俺の側近に欲しかった」
「……顔は関係あるのですか?」
「あるさ。僕より目立つ男を連れ歩くなんて嫌だからね」
微笑みながらそう答えれば、アンリは表情を取り繕うことなく「うわぁ」と言いたげな顔を浮かべる。
ラザフォードは前世で平凡な容姿だった。さらに病にかかり、最愛の妻を残し若くして命を落とした。
今世では第一王子として生を受け、容姿は恵まれている。権力と魅力を余すことなく使って、誰もが生きやすい国を創り上げることを目標として日々を過ごしていた。
ラザフォードに側近がいない理由は単純だった。一人で全てこなせてしまうからだ。
前世のときから頭の回転が早く、人の思考を読み取ることに長けていた。綺麗に整頓された書棚は、どこに何があるのか全て記憶している。
幼い頃から剣を振るっていたため、護衛を引き連れて歩く必要性も感じていなかった。
どうしても必要なときは、その都度適当に声を掛けて依頼していた。もちろん、容姿の平凡な騎士を選んだ。
レオナールに三人の側近がいるのは、なにも無能だからというわけではない。
レオナールは人の懐に入るのが上手く、城内で慕われやすかった。何より本人が、他人との繋がりを強く欲していたのだ。
城の書庫で働いていたアンリの有能さに目をつけ、騎士たちの間で“神童”と呼ばれていたウェスに護衛を任せた。そしてどちらもサポートでき、レオナールを慕っていたルーベンも側近へと引き入れた。
レオナールと側近たちの絆は、見るだけで感じられていた。けれどラザフォードは、特に羨ましいと思ったことはない。
アンリたちがいれば、レオナールは大丈夫だと―――そんな安心感だけをラザフォードは抱いていた。
「……エマの住まいは、お前たちが用意したんだろう?」
手を動かしたままそう訊ねると、アンリの眉がピクリと動いた。
「ラザフォード殿下は、エマさんの住まいをご存知なのですか?」
「当然だろう。オレリアが毛色の違う侍女を選んだ時点で、詳細は調査済みだよ」
「……そうですか」
「言っておくけど…レオナールの側近になった時点で、お前たちのことも調べているからな?」
ラザフォードの言葉に、アンリは半笑いを浮かべてどこか遠くを見つめた。扉付近に背をもたれているウェスは、楽しそうにニコニコしている。
「ラザフォード殿下、もしかしてアンリさんの女性遍歴もバッチリですか?」
「~ウェス!」
勢いよく振り返ったアンリに向かって、ウェスはペロリと舌を出す。そこに反省の色はない。
もちろんラザフォードは知っていたが、この場で口に出すことはしなかった。代わりにここ一番の笑顔を浮かべると、アンリは全てを悟って項垂れる。
「……ラザフォード殿下には、隠し事はできないと心に刻みました」
「はは。それで、エマには今後もあの小屋を貸し続けるのか?」
ラザフォードがエマの住む場所を気にしているのは、レオナールの婚約者候補となったからだ。
オレリアの侍女として“悪女”と噂されるようになってから、エマは城内で目立つ存在になっていた。さらに婚約者候補の肩書が加わり、よからぬことを考える輩が出てくる可能性がある。
王都の外にいるより、中にいてくれた方が護りやすい。ただ、王都に住めば居心地が悪くなるだろう。
「王都の外で狙われでもすれば、手遅れになるしなぁ…。あの騎士……シルヴァンをそばに置こうか」
「それはお止めください。レオナール殿下が嫉妬に狂い、使い物にならなくなります」
「ははっ、嫉妬ね。お前はレオナールの心が、エマにあると分かっているんだな?アンリ」
口元に笑みを浮かべたラザフォードを見て、アンリは唇を結んだ。これ以上は迂闊に口を開かないぞ、という固い意志を感じる。
ラザフォードはレオナールの側近の中で、最も掴みどころのないウェスに視線を向けた。
「ウェス。お前はいつもへらへらと笑っているが、内心穏やかじゃないんだろう?」
「ええ?どういう意味ですか?」
「大好きなレオナールをエマに取られるのが気に食わないと、ずっと顔に書いてある」
書類を処理済みのケースに投げるように入れ、視界の端でウェスの姿を捉える。
未だに笑顔を崩していないが、こめかみがピクリと動いたことにラザフォードは気付いていた。
「レオナールを慕うのはいいが、お前たち側近はそれ以外を遮断しがちだ。その結果がこの間のパーティーの不手際に繋がっただろう」
「……その際は、ラザフォード殿下に大変ご迷惑を…」
「ああ、別にまだ怒っているわけじゃない。僕はレオナールの敵じゃないし、オレリアも同じだ。少しは頼れと言っているんだよ」
アンリが手に抱えていた書類をバサリと落とした。驚愕の表情を向けられ、ラザフォードはやれやれと頭を掻く。
「せっかくお前がまとめた資料がバラバラじゃないか。それとも僕に対する嫌がらせかな?」
「……あなたは本当にラザフォード殿下ですか?」
「おい、さすがに失礼だろう」
じろじろとアンリからの視線が刺さり、ラザフォードは苦笑した。分かっていたことだが、レオナールの側近たちからの評価は低い。
それはもちろん、レオナールの中でラザフォードへの評価が低いからだろう。主人が信頼していない相手を、わざわざ信頼しようとは普通は思わない。
「レオナールがどう思おうと、僕はずっとあいつの味方だよ。影からひっそりと熱烈なラブコールを送っているのに、こうも届かないと悲しくなるな」
「……それなら、何故っ…、」
何故、の続きの言葉を、アンリは口にはしなかった。
けれど、ラザフォードには続きが分かってしまう。歪められた表情の裏にある苦悩を、感じ取ってしまう。
手に持っていたペンを机に置き、ラザフォードは大きく息を吐いた。
「あの日のことを、今ここでレオナール抜きで話す気にはなれない。ただ……あの日も僕は、ちゃんとレオナールの味方だった」
アンリとウェスの視線がじっと注がれる。
机の上の何も無い場所を見つめながら、ラザフォードは「信じてほしい」と小さく付け足した。
***
同時刻、オレリアの侍女であるルシアは、大切な書類を抱え廊下を早足で歩いていた。
エマが不在の間、ルシアとリリアーヌは忙しなく動き回っている。けれど、それが負担だと思ったことは一度もない。
ルシアはずっと自分は使用人として城で働くものだと思っていた。そんなルシアをオレリアの侍女に推薦してくれたのが、他でもないエマだった。
エマの世話係として初めて会ったときから、ルシアはエマの不思議な魅力に気付いていた。
平民で村出身だという黒髪のエマは、他の平民とは違うオーラがあった。豊富な知識に、凛とした佇まい。今ならそれが、エマに前世の記憶があるからだと分かる。
悲惨な前世の記憶を持ち、大好きな人を懸命に追い掛けるエマ。
その姿はいつも堂々と輝いており、ルシアにとってエマは憧れの存在となっていた。
「私も……エマみたいに、一生懸命になれる恋がしてみたいな…」
ポツリと呟いたあと、ルシアは慌てて首を振る。仕事中に余計なことを考えているうちは、いつまでもエマに追いつけない。
少しの思考の乱れにより、ルシアは足元に現れた低い段差に気付かなかった。
あ、と思ったときにはもう、ルシアの体が前に傾いている。
せめて書類だけは守らなくてはと、両手にぎゅっと力を入れたときだった。
「―――っぶねぇ、大丈夫か?」
耳元で低い声が聞こえ、ルシアは瞬きを繰り返す。腹部に回された誰かの腕を見て、助けてもらったのだと気付いた。
「は……はい!大丈夫です!すみません、ありがとうございま―――…」
素早く身を翻したルシアは、目の前にいた人物に目を奪われていた。
騎士の服を身に纏う青年は、とても見覚えのある容姿をしているからだ。
ローズクォーツのようなピンク色の瞳に、平民の中でも珍しい黒に近い髪。容姿で判断すれば、間違いなく。
「エマの…身内の方ですか……?」
思わずルシアの口から零れ落ちていた言葉に、目の前の青年は眩しい笑顔を見せた。
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