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48.生誕祝いパーティー③
しおりを挟むレオナールの生誕祝いのパーティーは、何事もなく無事に終了した。
エマは婚約者候補と思われる女性たちから刺々しい視線を絶えず向けられてはいたが、直接何かを言われるようなことはなかった。
プラチナブロンドの髪は偉大だな、と可笑しく思う。
「これから会場の片付けに入るけど、君はもう戻ってくれていいよ。隙あらば話し掛けようと狙っている連中もまだいるし、裏口から出て客室に戻ってほしい」
レオナールはそう言うと、ずっとエマの近くに控えてくれていたシルヴァンを呼ぶ。
「彼女を送り届けてくれ。南棟の客室に頼む」
「はい。お任せください」
エマは謎の婚約者候補という扱いのため、今夜は城で一泊することになっている。
いくら役とはいえ、レオナールの婚約者候補である時間が終わってしまうと思うとエマは悲しかった。
思わずレオナールをじっと見つめてしまっていると、優しく頭を撫でられる。
「……今夜はありがとう。また…必ず会おう」
とても柔らかい笑顔を向けられ、エマは心臓が跳ねた。小さく何度も頷いてから、背を向けて歩き出す。
後ろからついてくるシルヴァンの目に、エマとレオナールの関係はどう映っているのだろうかと、そんなことを考えてしまった。
客室のある南棟は、大広間の出入口とは反対側にある。よって、足を進めるにつれてパーティーを楽しむ人々の賑わいからどんどんと離れていく。
一夜限りの魔法が解けていくような感覚に、どうしてもエマは物寂しさを覚えてしまった。
「…………」
エマとシルヴァンの足音がコツコツと廊下に鳴り響く。
シルヴァンはずっと黙ったままで、それはエマが“喉を痛めて話せない”という設定だからだと分かっている。
けれどエマは今、誰かと話したくて仕方なかった。
ポッカリと開いてしまった胸の中の気持ちを、誰かに聞いて欲しかった。
そのとき、シルヴァンが背後から声を掛けてきた。
「……エマリスさま。ドレスのリボンが解けてしまっていますよ」
「……?」
「躓いては危険ですので…少し失礼いたします」
そう言ったシルヴァンが、エマの前に回り込んで跪きドレスに触れた。―――けれど、このドレスにリボンは無い。
突然のシルヴァンの行動の理由が分からず、エマは疑問符を浮かべながらじっと立ち止まっていた。
シルヴァンはドレスを直すフリをしながら、エマの後方に鋭く視線を向けている。
(もしかして―――誰かに後をつけられてるの?)
ドクン、とエマの心臓が跳ねる。
今まで城内で誰かに狙われたことはない。だからこそ、前世で追いかけ回されたときのことを思い出してしまう。
小刻みに震え出したエマに気付いたのか、シルヴァンが囁くように口を開いた。
「……気付かせてしまい、すみません。相手が一人ならすぐに片付けますが、複数人のようなので……一度エマリスさまの身をどこかに隠せるところまで移動します。よろしいですか?」
「…………」
何とか頷いたエマを見て、シルヴァンが静かに立ち上がる。
「……直りましたね。では、行きましょう」
エマの一歩前を歩くことで、シルヴァンはエマの様子を気遣うフリをしながら後方を観察していた。
護衛騎士として優秀だなと思いながら、エマは震える体をゆっくりと動かす。
けれど、相手は悠長に構えてくれてはいないようだった。
「―――今だ!行けぇ!」
誰かの掛け声が背後で響き、エマは振り返る。三人の男が一斉に物陰から飛び出してきたかと思えば、それぞれが武器を持っていた。
シルヴァンが舌打ちをしながら素早く剣を抜き、男たちへ向かって走る。
しなやかな動きで男たちと交戦していたシルヴァンだったが、以前の暴漢のようにはすんなりと倒せないようだ。
相手は統率のとれた動きをしており、それなりに戦いの経験があることがエマでも分かる。
(誰が何のために、私を狙うの?レオナール殿下の婚約者候補として隣にいたから……?)
胸の前で両手を握りしめ、シルヴァンの動きを目で追っていたエマは、このあとの行動を迷っていた。
すぐに逃げ出して応援を呼ぶべきか、隙をついて加勢するべきか―――後者はシルヴァンの迷惑になると判断したエマは、助けを求めて走り出そうとした。
ところが、背後からあっという間に首元を腕で絞め上げられてしまった。
「…………っ!」
視線を上げれば、ニヤついた男がエマを見下ろしていた。仲間が待ち構えていたようだ。
(どういうこと?用意周到すぎる……!)
エマは唇を噛みしめながら周囲に視線を巡らせた。
シルヴァンは三人の男に囲まれており、エマの状況に気付いたようだが抜け出せずにいる。エマの背後には男が一人。
他にもまだ隠れている可能性はあるが、今は一人しかいない―――。
考えるより先に、エマは体を動かしていた。
相手の足の甲をヒールで思い切り踏みつける。男が声にならない悲鳴を上げ、腕が緩んだ隙に鳩尾に肘を入れた。
「……てめっ…、ふざけっ……!」
涙目で手を伸ばしてくる男の急所を、エマは容赦なく蹴り上げた。
男の手を逃れ駆け出したエマは、シルヴァンの元へ走る。エマの動きで相手の気が逸れたのか、三人の内一人がシルヴァンによって倒された。
(あと二人なら、任せても大丈夫よね……って、一人こっちに来た!?)
大広間へ戻ろうと走っていたエマだったが、シルヴァンと対峙していた一人が標的をエマへと変えて追ってきた。ドレスのせいでとても走り辛い。
このままでは追いつかれると判断し、エマは足を止めて振り返る。
向かって来る男の手には剣が握られているが、騎士たちが練習で使うような偽物だ。
それならば怖くはないと、エマは目を細めて男の動きをじっと見極める。
前世で“レオ”に叩き込まれたいくつもの身のこなしを、頭で思い描いていたときだった。
男が急に顔から倒れ、その後ろには剣を振り下ろしたシルヴァンが立っていた。
その瞬間、エマは全てが片付いたのだと気付く。
「ありがとうございます、シルヴァンさま……」
ホッとしてそう言ってから、エマはしまった、と慌てて口を閉じた。喉を痛めて話せない設定なのに、思い切り滑らかに喋ってしまった。
剣を鞘に戻したシルヴァンが、無表情でエマに近付いて来る。素早く男を縛り上げてから、視線を上げた。
「……あなただったんですね。あの日、仮面をつけて俺と戦ったのは」
エマは押し黙る。どうやら、侍女のエマと結びつけられたわけではなく、シルヴァンの中で仮面をつけて戦った姿と結びつけられたようだ。
侍女のエマとの関連は誤魔化せるかもしれない―――そう思ったとき、シルヴァンが再び口を開いた。
「そうですよね?―――エマさん」
エマの気の緩みを、見事に逆手に取られてしまった。明らかに動揺が顔に出てしまい、シルヴァンが口の端を持ち上げる。
「さて、もう俺の目は誤魔化せませんよ。……あなたは一体、何者ですか?」
妖しく光る瞳を見ながら、全てがバレてしまったことを悟り、エマはずるずるとその場にしゃがみこんだ。
すると、シルヴァンがぎょっとしたように目を丸くする。
「大丈夫ですか?どこかケガでも?」
「……いえ…。私はまだまだだなぁと…」
「いや、なかなかの身のこなしでしたけど」
シルヴァンに支えられて立ち上がりながら、エマは大きく息を吐く。床に倒れている四人の男たちはピクリとも動かないが、気を失っているだけだろう。
「まずは、あの人たちをどうにかしましょう。私のことはあとで必ずお話ししますので、レオナール殿下を呼びに行ってもいいですか?」
「待ってください、あなた一人では行かせられません。まだ敵がどこかに隠れているかもしれませんし……」
「だーいじょうぶ。ザッと見てきたけど他にはいなかったよ~」
呑気な声が響き、エマとシルヴァンは揃って声の主を探す。
エマが急所を蹴り上げた男の背中に座っていたウェスが、ひらひらと手を振っていた。
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