前世の恋の叶え方〜前世が王女の村娘は、今世で王子の隣に立ちたい〜

天瀬 澪

文字の大きさ
22 / 89

21.侍女募集

しおりを挟む

 チャンスが突然舞い降りた。
 それは、エマが使用人として働き出してから一か月が経った頃だった。


「……というわけで、オレリア殿下の侍女を募集致します。後日選抜試験を行いますので、志願者は書類を揃え、私のところへ提出してください」


 女性の使用人のみが集められた部屋で、侍女長のジャネットが静かにそう言った。
 第一王女オレリアの侍女が不足しており、新たに募集するとのことだった。

 オレリアはレオナールの妹だ。使用人の次の段階を見据えているエマにとって、これは願ってもいないチャンスだった。


 ジャネットがこれで解散、とばかりに部屋を出ると、使用人たちが一斉に話し出す。


「オレリア殿下の侍女って、前回誰がなったんだっけ?」
「えー…誰だっけ…?でもわりと長い方よね?」
「そうねぇ、早いと五日くらいで辞めるわよね」


 なんとも不安になる会話が聞こえてきたため、エマは隣にいるルシアにこっそりと問い掛ける。


「……ねぇ、オレリア殿下の侍女ってもしかして人気ないの?」

「うぅ~ん…お給料は破格なんだけどね…。オレリア殿下って性格が少しきついというか…。あと辞めない侍女たちも同じ感じなのよね」


 貴族が多いのよ、とルシアが肩を竦めた。
 性格のきつい王女オレリア、その侍女たちは貴族で、オレリアと同じようなきつい性格。
 そこに放り込まれる自分の姿を想像したエマは、嫌な未来しか浮かばなかった。
 ―――それでも。


「ルシア、私……試験を受ける」

「……えっ!?」


 驚いた声を上げたルシアの目が、エマの髪へと向く。それだけで何が言いたいのかエマには分かったが、ぐっと拳を握ってみせた。


「大丈夫よルシア。私は目指す場所に辿り着くまで、絶対に負けないから」

「エマ、あんた……よっぽどお金に困ってるのね…」


 勘違いをしたルシアに手を握られ、エマはとりあえず苦笑を返す。レオナールの側近を目指しているとはまだ言えなかった。

 そうと決まれば、さっそく書類の準備だ。
 エマは仕事の休憩時間に必要な書類を書き、終業と同時にジャネットを探す。侍女長であるジャネットは常に忙しく、なかなか姿を見つけることができない。


(侍女長の部屋にもいなかったし…オレリア殿下のお世話をしてるのかな?それならこのまま、ここで待っていた方がいいのかも…)


 エマは書類を持ちながら、ジャネットの部屋の近くの壁に立つ。
 窓の外を眺めながら、使用人たちから集めたオレリアの情報を思い返していた。


 シェバルツェ国第一王女オレリア。レオナールの妹。
 エマはまだ城内で見かけたことはないが、プラチナブロンドの巻き毛に、美しい容貌を持つ少女だと聞く。エマより一つ年下だ。

 侍女は五人体制で、そのうち四人が貴族の令嬢らしい。残りの一人がころころと入れ替わり、今回募集がかけられている。


(侍女長は、このことに何も思わないのかな……。短期間に入れ替わってるなら、原因を探るべきだと思うけど)


 使用人の面接を受けたとき、女性の使用人たちをまとめる立場としてジャネットは完璧な人物だとエマは思った。
 厳格な雰囲気を纏いながらも、時折冗談を混ぜて場を和ませる。仕事に対する真摯な姿勢を見れば、王族は安心して仕事を任せられるだろう。

 前世の王女だったときの侍女たちの姿を思い出し、エマは頭を振った。比べるまでもなく、前世の侍女たちは酷かった。


「……エマさん?」


 名前を呼ばれ、エマはピシッと姿勢を正した。ジャネットが靴音を鳴らしながら近付いて来る。


「お疲れさまです。オレリア殿下の侍女候補選抜試験のための書類をお持ちしました」


 エマはそう言いながら頭を下げ、書類をジャネットへ差し出した。けれど、その書類が受け取られる気配はない。
 もしかして断られるのだろうかと思いながら頭を下げたままでいると、頭上から声が掛けられる。


「……私の部屋へ入りなさい。そこで書類を確認しましょう」

「はい、ありがとうございます」


 ホッとしながら顔を上げたエマは、ジャネットが気難しそうな顔をしていることに気付いた。
 部屋の中へ歩みを進める背中を追い掛けながら、その表情の意味を考える。


(……賛成しているわけじゃ、絶対ないわよね。でも反対される理由も……もしかして、髪色?)


 エマの推察は当たったようだ。部屋の扉が閉まると、ジャネットは振り返ってエマを見た。


「エマさん、悪いことは言わないわ…やめておきなさい。平民でその髪色のあなたに、オレリア殿下の侍女が務まるとは思えないの」

「それは…オレリア殿下の侍女が、みんな貴族だからですか?」


 ジャネットは小さくため息を吐き出すと、困ったように眉を下げた。
 それを肯定だと捉えたエマは、一歩踏み込んだ質問をする。


「でも、侍女の募集要項に“貴族であること”という指定はありませんよね?それでもダメな理由が、他にあるのですか?」

「……エマさん。まだあなたは使用人となって日が浅いけれど、その仕事ぶりは私が評価するわ。丁寧で手際が良いし、無駄なお喋りもしないもの」


 どうやら気付かないうちに、エマの仕事ぶりはジャネットに見られていたらしい。きちんと評価してもらえていることは嬉しいが、それなら余計に何故ダメなのかが気になってしまう。
 エマが握りしめている書類を見て、ジャネットが悲しそうに微笑んだ。


「有能なあなただからこそ、侍女となって潰されてしまうのが怖いのよ」

「………!」

「オレリア殿下の侍女たちは、新人を虐めて楽しむ傾向にあるの。それは辞めていく侍女たちからの訴えで、私も知っているわ。けれど……証拠が掴めないの」


 侍女四人が結託しているのなら、証拠を掴むことはなかなか難しいだろう。そこにオレリアが関わっているのなら、なおさら侍女たちを言及することはできない。

 ジャネットは額に手を当て、再びため息を吐いた。


「侍女の選抜試験には、毎回数人の申込みがあるわ。試験官はオレリア殿下とその侍女たちで、選ばれるのは優秀な人間ではないの。……一番、虐めの対象にしやすい人間よ」

「………つまり、平民で髪色の暗い私は、格好の餌食となるわけですね」


 エマの心が急激に冷えていく。レオナールが髪色で差別をしないので、その兄妹も同じだろうと思い込んでいたのだ。
 ぐっと唇を噛み締めながら、エマは再び書類をジャネットに差し出した。


「侍女長。それでも立候補させてください」

「な……」

「私がオレリア殿下の侍女に選ばれる可能性が高いのなら、何が何でも立候補します」


 ジャネットの揺れる目がどうして、と言っている。自ら刃の中に飛び込もうとするエマが、信じられないのだろう。


「……エマさん。あなたの理由が何であれ、お勧めはしません。忠告はしたわよ」

「はい。どんなに酷い目にあっても、侍女長のせいになんてしません。……あ、もし私が侍女に選ばれたら、他の侍女たちの虐めの証拠を掴んでみせます」


 エマはいい案だと思ったが、ジャネットは眉を寄せていた。エマの書類を一瞥すると、やがて諦めたように受け取ってくれる。


「あなたの根性は認めましょう。けれど、心が折れる前にすぐ手を引きなさい」

「ご心配ありがとうございます。頑張ります」


 そう言って笑顔を向ければ、ジャネットは呆れたように微笑んだ。





***

 後日、侍女の選抜試験の日程が出た。
 ジャネットの話によると、エマの他に五人の候補者がいるようだ。平民の候補者はエマだけである。

 そして、その件でエマの小屋に来訪者が現れた。


「……アンリさま?わざわざここまで…どうされました?」


 エマは驚きながらも、疲れた様子のアンリを部屋の中へ招き入れる。椅子に座ったアンリは、頭を抱えて呻き出した。


「あ゙―――…、あなたの目標は、オレリア殿下の侍女になることでしたっけ…?」

「いえ、レオナール殿下の側近です」

「そうですよね?側近に……、え、側近!?」


 驚いて目を見開くアンリに、エマは首を傾げる。


「あれ…?言っていませんでしたか?あ、ウェスさまにしか言っていなかったかもしれません」

「どうしてよりによってウェスに!?……ああ、だから騎士と戦わせて…?」


 ブツブツと呟きながら、アンリは思考を放棄したようだ。咳払いをすると、黄土色の瞳を細めてエマを見る。


「とにかく、これだけは言わせてください。あなたが何を目指そうが、レオナール殿下の味方になり得るなら結構です。ただし、こちらに被害が出るような言動は控えてください」

「はい、分かりました」


 素直に頷いたエマの言葉に、アンリが疑わしそうに眉をひそめた。既に迷惑を掛けてしまっているため、信用性がないのは仕方がない。
 ため息をついたアンリが立ち上がり、玄関の扉へ向かう。


(ん?本当にそれだけを言いに、わざわざここまで来てくれたの?)


 見送ろうと立ち上がったエマを、アンリが振り返った。


「重要なことを伝え忘れていました。あなたが使用人であることは、レオナール殿下にもうバレていますので」

「………えっ!?」


 特大の爆弾をサラリと投下しながら、アンリは固まるエマを残して姿を消した。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

【本編完結】王子の寝た子を起こしたら、夢見る少女では居られなくなりました!

こさか りね
恋愛
私、フェアリエル・クリーヴランドは、ひょんな事から前世を思い出した。 そして、気付いたのだ。婚約者が私の事を良く思っていないという事に・・・。 婚約者の態度は前世を思い出した私には、とても耐え難いものだった。 ・・・だったら、婚約解消すれば良くない? それに、前世の私の夢は『のんびりと田舎暮らしがしたい!』と常々思っていたのだ。 結婚しないで済むのなら、それに越したことはない。 「ウィルフォード様、覚悟する事ね!婚約やめます。って言わせてみせるわ!!」 これは、婚約解消をする為に奮闘する少女と、本当は好きなのに、好きと気付いていない王子との攻防戦だ。 そして、覚醒した王子によって、嫌でも成長しなくてはいけなくなるヒロインのコメディ要素強めな恋愛サクセスストーリーが始まる。 ※序盤は恋愛要素が少なめです。王子が覚醒してからになりますので、気長にお読みいただければ嬉しいです。 ※本編完結しました。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

処理中です...