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13.側近:ウェスの興味
しおりを挟む城内の廊下でアンリとすれ違い、エマは立ち止まって振り返った。
すると、アンリも気付いてくれたのか、ぎこちない動きで振り返る。
「こんにちは、アンリさま」
挨拶をして微笑んだエマに、アンリからの返事はない。
驚愕で見開かれた瞳が、エマの姿を上から下まで見ているのが分かる。
エマは今、使用人の制服を身に着けているのだ。
「………ええと…」
アンリは手のひらで額を押さえ、現実から目を背けるように下を向く。
「あなたは……エマ・ウェラーさんで間違いないですよね?」
「はい、間違いありません」
「紹介した仕事を全て断った、あのエマさんですよね?」
「そうです、そのエマです」
エマは答えながら、この人面白いな、と思っていた。
アンリは再びエマに視線を向けると、とても信じられないとばかりに眉を寄せる。
「………どうして、使用人の服を?」
「どうしてと言われましても、使用人として雇ってもらえましたので」
「………いつから、ですか?」
「今日からです。よろしくお願いしま…」
言葉の途中で、エマはぐんっと腕を引かれた。
そのまま近くの部屋に連れ込まれ、エマは瞬きを繰り返しながらアンリの端正な顔を眺める。
「どうしましたか?」
「どうしましたか、じゃないっ…!」
咄嗟に素が出たのか、アンリから敬語が消える。すぐにハッとして口元を押さえていた。
「……使用人が、あなたの望む仕事ということですか?」
「いえ、違います。使用人は通過点です」
「通過点…」
エマの言葉が上手く飲み込めていないのか、アンリがボソッと繰り返す。
このままだと壊れた機械のようになってしまいそうなので、エマは説明することにした。
「この前紹介していただいた仕事は、どれも私のことを考えて選んでくださったことが分かるものでした。……でもどれも、レオナール殿下のそばへ近付くためには遠すぎる道だと思ったんです」
「……それで使用人を…?」
「はい。城内の使用人なら、とりあえず殿下の近くにいられるので。使用人の仕事も得意ですし」
アンリの目が「正気かお前」と言っているかのように細められる。
「……あなたの前世では、王女が使用人の仕事をすることが当たり前だったんですか?」
「いえ、そんなことはありません。……私が、庶民くさい王女だったので」
その庶民くささは、花屋の娘の人生のときの名残りだ。そのときの人生と、今の人生のおかげで、こうして使用人として働くことができる。
だからエマは、城の使用人をレオナールに近付く通過点として選んでいた。
アンリは険しい顔をしたまま、なんとか状況を飲み込もうとしているようだった。
「ちなみに……エマさん。このことを殿下は…」
「知りません。伝える方法もないので」
「……そうですよね…」
フッと諦めに似た笑みを零したアンリが、エマの肩をがしっと掴む。
「いいですか、エマさん。あなたが使用人として雇われたことは、俺は知らなかった、ということにしてください」
「え?」
「あなたがこの城にいるとレオナール殿下が知ったら、あなたにつきまとうようになるからですよ!」
そんなことはない、とエマが否定できなかったのは、村で散々つきまとわれた記憶があるからだ。
それでも、さすがに城の中でそんなことはしないと思いたい。
「そう、ですね…今のところ、私の仕事は掃除と洗濯ですし、レオナール殿下に会うことはまずないと思いますけど…」
「いえ、自分の部屋で大人しくしていないのが殿下です。いつどこで遭遇するかも分かりません」
とても真剣な目で、アンリがエマの肩を掴む手に力を入れる。
「いいですか、常に周囲を警戒してください。そして殿下の気配がしたらすぐに逃げること。分かりましたね?」
「………はい、分かりました」
エマとしては、そんなに気を張って働きたくはないのだが、とても断れる雰囲気ではなかった。
とりあえず、エマがレオナールに見つかれば、アンリの身が破滅に向かいそうだということは伝わってきた。
エマが頷いたことに安心したのか、アンリは息を吐いて脱力していた。
そして慌ててエマの肩から手を離す。
「っと、すみませんでした。女性の肩を掴むなんて…。話は以上ですので、部屋を出ましょう」
「アンリさまって、面白いですね」
「やめてください。俺は面白くもなんとも―――…」
眉をひそめながら扉を開けたアンリが、言葉を止めた。
扉の先に何かあったのかと思い、エマは隙間から覗いてみる。すると、ニコニコと笑みを浮かべた少年が立っていた。
「わーあ、すごいタイミング。こんなところで使用人と密会ですか?アンリさん」
「ウェ、ウェス…!?」
とても楽しそうに灰色の瞳を細めるウェスに、エマは見覚えがあった。
村で一度会っているが、会話らしい会話をした覚えはない。けれど、どことなく怖いと感じたことだけは覚えていた。
挨拶をした方がいいのか、誤解されたまま黙っていた方がいいのか。
アンリの出方を待っていると、ウェスの視線がエマへと向く。
「ん…あれ?もしかしなくても、前世の人だ」
ウェスはすぐに気付いたようだ。この髪色ならすぐに気付かれるか、とエマはちらりとアンリを見る。
アンリはぐったりと扉にもたれかかっていた。
「……さよなら、俺の平穏…」
「え?アンリさんに平穏なんてあるんですか?……っていうか、前世の人がどうしてここに?」
とても笑顔で辛辣なことを言ったウェスは、エマの格好をじろじろと眺めている。
「まさか、使用人になったの?」
「……はい、そうです。ご挨拶が遅れてすみません。私はエマ・ウェラーと…」
「本当に!?あはははっ、君最高だよ!」
大声で笑い始めたウェスによって、周囲から注目を浴びてしまうことになった。
アンリがすかさず上着を脱ぎ、エマの頭にバサリと掛ける。
「……おや、頭からゴミを被ってしまうとは、不運でしたね!ウェス、傷心な彼女を送ってあげなさい」
「ぶふっ!…はぁーい、了解です」
ウェスは笑いを堪えながら、上着で前の見えないエマの背中を押す。
耳元で「そのまま真っ直ぐ、合図で左に曲がって」と指示され、エマは言う通りに歩き出した。
(それにしても……アンリさまの嘘、もう少しマシなものにならなかったのかな…)
そんなことを考えている内に、肩をトンと叩かれ、エマは左に曲がる。そこでようやく視界が開けた。
「いや~、面白かったね。頭からゴミ被るって、どんな状況?嫌がらせじゃんね」
ケラケラと笑いながら、ウェスがアンリの上着を自分の肩に掛ける。
「それで、前世の人は何してるんだっけ?ああ、使用人かぁ。使用人なら殿下に近付けると思ったの?あはは、単純~」
おそらくウェスは、全ての言葉を悪気なく口にしているのだろう。相手をわざと傷付けようと、そう思っているわけではない。
だからこそ、エマは裏表のないウェスに訊ねてみようと思った。
「あの、ウェスさま。私はレオナール殿下の側近になれると思いますか?」
真正面から言葉を受け取ったウェスは、瞬時に笑顔を消す。その変わりように、エマはぞくりと悪寒が走った。
「……ふーん?なるほど、君が本当に目指してるのは、殿下の側近ってわけ?」
「最終目標は…そうです」
緊張で汗ばんだ手を握りながら、動揺を見せないようにそう答える。
しばらく探るような視線を向けてきていたウェスは、パッと両手を挙げた。
「分かんない。だって、君の実力を測れるほど、オレは君のこと知らないし」
とても真っ当な意見を返され、エマはその通りだなと苦笑する。
(……私は一体、どんな答えを期待してたんだろ)
緊張が僅かに緩んだ隙を狙ったかのように、「でも、」とウェスが言葉を続ける。
「他人にぜーんぜん興味ないオレだけど、君には少しだけ興味が湧いたんだよね」
「……ありがとうございます…?」
「だから、ね?……付き合ってよ」
満面の笑顔を浮かべたウェスに、エマはパチパチと瞬きを繰り返すのだった。
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