2 / 89
1.前世の記憶
しおりを挟む―――前世の記憶を持つ人間は、この世にどれくらい存在するのだろう。
エマ・ウェラーには二回分の前世の記憶がある。
一回目の人生は、小さな町の花屋の娘として産まれた。
ごく普通の家庭で、ごく普通に一生を過ごし、寿命を全うした。
そして二回目の人生は、あろうことか一国の王女だった。
エマの言動は、前世の記憶にだいぶ引っ張られてしまうということが分かっている。
なので、二回目の人生では王女にも関わらず、その前の花屋の人生の庶民くささがなかなか捨てられなかった。
使用人がするような家事は大抵一人でこなせたので、兄弟からはバカにされ、雑用を押し付けられることが多かった。
ともかく、庶民くさい王女、と陰でこそこそ笑われていたときの人生は、決して楽しいものではなかった。
その命が散る瞬間も、とても無惨なものだった。
王家に恨みを持つ者たちが集まって謀反を起こし、王城に攻め入られた挙げ句、呆気なく斬り伏せられてしまったのだ。
僅か十六歳で、エマは王女であったときの人生を終えた。
―――そして、現在の人生は。
「おいエマ、邪魔なんだけど」
「もー、大の字で寝っ転がらないでっていつも言ってるでしょ?」
上から二人同時に顔を覗き込まれ、エマはぱちぱちと瞬きを繰り返す。
兄のセインと姉のミリアが、狭い部屋で寝転がっていたエマに文句をぶつけてきた。
「さっさと退かないと踏むぞ?…ったく、ガキの頃は生まれる家間違えたんじゃないかってくらい淑やかだったのにな」
「本当にね。お姉さまごきげんよう、とか言っちゃったりしてね~。今じゃそんな面影は全くないわね」
「……うるさいなぁ、もう」
エマは口を尖らせながら起き上がる。
小さい頃、エマは前世の記憶に引っ張られ、叩き込まれた王族の仕草や言葉遣いがなかなか抜けなかったのだ。
小さな村で平民の娘として産まれた今回の人生では、その前世で身につけたものは全く不要なものだった。
おかげで、「ごきげんよう」と言ってしまう度に兄と姉に吹き出され、ただの布切れ同然のワンピースの裾を持ち上げて礼をすれば、両親に頭を打ったのかと心配された。
十六歳を迎えた今、ようやく王族としての振る舞いを頭の片隅に追いやることができて、エマはとても安心している。
「二人とも、お祭りの準備は終わったの?」
エマの問い掛けに、セインが「あー…」と曖昧な返事をする。
「祭りなぁ…準備は進んでるんだけど…」
そこでちらりとミリアに視線を向け、ミリアは私に振るな、とでも言いたげにセインを睨み返す。
その全く隠せていない無言のやり取りを見て、エマはなんとなく察してしまった。
「……もしかして、最近村に来た貴族の男のせい?」
「………!エマ、しーっ!!」
ミリアがエマの口元を押さえ、慌てて窓の外を覗く。
誰もいなかったのかホッと息を吐くと、眉を下げてエマを見た。
「エマ、気を付けて。陰口言ってるのがあの人の耳に入ったら、私たちは何されるか分からないんだから」
「……いくら私たちが、黒に近い髪だからって…」
「あのなぁ、エマ。何度も言ってるけど、髪色の差別は王都に行けば良くあることなんだって。貴族なら特にだろ」
セインは自分の髪を掴んで眺めながら、諦めたような顔で肩を竦めていた。
エマも、そんなことは花屋の娘だった人生のときから知っている。
生まれ変わっても、不思議なことに住む世界は全て同じだった。
永遠に続くと思われる、髪色の差別。
人はなにかと優劣をつけたがるものだということを、王女の人生のときに嫌と言うほど学んでいた。
けれど、“理解する”ことと“納得する”ことはまた、別の話だ。
エマたち兄弟は、みんな黒に近い髪色を持っている。瞳の色はローズクォーツのようなピンク色だ。
そして髪色が暗いほど、平民のさらに下の存在として扱われる。逆に、明るいほど敬われる。
貴族のほとんどが茶髪か金髪で、王族ともなると白や銀が混ざったような、さらに明るい金髪が多い。
「……髪色が明るくたって、何の役にも立たなかったけどね」
「え?」
「ううん、なんでもない」
エマは思わずボソリと呟いてから、誤魔化すように話を戻す。
「それで、お祭りの準備の最中に何か言われたの?」
「……この村に来たときと、同じこと言ってたな。“何でこんなに暗い髪色が多いんだ?気分が悪くなる”とか“おい君、私の視界に入るのはやめたまえ”とか」
セインが似ていないモノマネをする。
それを白けた目で見ながら、ミリアがため息を吐いた。
「おかげで、準備してるみんなが萎縮しちゃってね…。あーあ、助けてあげた私たちがバカみたいよね」
この小さな村に貴族の男がやって来たのは、つい数日前のことだった。
森の中で怪我をして倒れているのを誰かが発見し、数人がかりで村に連れてきて手当てをした。
幸い浅い切り傷のみで治りが早く、男はすぐに元気になったのだが、なぜかこの村から出て行こうとしない。
……けれど、その理由がエマには想像がついた。
自分より目下の人間しかいないこの村が、愉快でたまらないのだ。
実際にエマは、貴族の男が高らかに笑いながら「この村の人間は私の思い通りになっていいなぁ!」と言っているのを聞いていた。
「………」
もうすぐ、この村では毎年恒例の祭りが行われる。
日々の恵みに感謝をして、男性たちが歌い、女性たちが踊る。その踊りの中心になるのがエマだった。
年に一度、みんなが笑顔で楽しむ祭りを、ポッと出てきた男なんかに邪魔されたくない、とエマは思った。
「兄さん、姉さん。私、あの男が思わず拍手を送りたくなるような踊りを、見せてやるわ」
拳をぐっと握って立ち上がったエマに、二人が顔を見合わせてフッと笑った。
「エマの踊りは本当に綺麗だからね…どうする?あの貴族に見初められたら」
「それだけは嫌」
「まぁ確かに顔もアレだし、年も結構……。でも、女は金持ちと結婚した方が幸せになれるだろ?」
「お金なんかなくたって、私は好きな人と結ばれればそれで…」
「えっ?エマ、好きな人いるの?」
ミリアに目を丸くしてそう言われ、エマはしまった、と口元を押さえる。
すかさずセインがニヤニヤしながら口を開くのが見え、エマは脱兎のごとく玄関へ向かった。
「じゃあ私、ちょっと踊りの練習してくるからー!」
「はぁ!?おいエマ、今何時だとっ…」
ちょっとだけだからー!と言いながら、エマは森へ向かって走り出す。
心臓はドキドキと早鐘を打っていた。
(姉さんごめん、言えないけど…好きな人は、いるの。……正確に言えば、いた、だけど)
どうしようもなく好きだったその人は、前世で王女だったエマを庇って命を落とした。
そしてそのあとすぐに、エマも命を落としている。
「……結局、伝えられなかったな…」
エマはポツリと呟いて、自嘲気味の笑みを零す。
こうして次の人生でも引きずってしまっているのは、心残りがあるからだ。
村からすぐ近くにある森に入り、いつも踊りの練習している、大きな切り株のある少し開けた場所に辿り着く。
そこでエマは、信じられないものを見た。
「―――人…?」
誰かが、切り株にもたれかかるようにして倒れている。
月の光に照らされ、プラチナブロンドの髪がきらきらと輝いていた。
41
あなたにおすすめの小説
捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。
蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。
これで、貴方も私も自由です。
……だから、もういいですよね?
私も、自由にして……。
5年後。
私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、
親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、
今日も幸せに子育てをしています。
だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。
私のことは忘れて……。
これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。
はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?
美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ
さら
恋愛
会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。
ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。
けれど、測定された“能力値”は最低。
「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。
そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。
優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。
彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。
人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。
やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。
不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
【本編完結】王子の寝た子を起こしたら、夢見る少女では居られなくなりました!
こさか りね
恋愛
私、フェアリエル・クリーヴランドは、ひょんな事から前世を思い出した。
そして、気付いたのだ。婚約者が私の事を良く思っていないという事に・・・。
婚約者の態度は前世を思い出した私には、とても耐え難いものだった。
・・・だったら、婚約解消すれば良くない?
それに、前世の私の夢は『のんびりと田舎暮らしがしたい!』と常々思っていたのだ。
結婚しないで済むのなら、それに越したことはない。
「ウィルフォード様、覚悟する事ね!婚約やめます。って言わせてみせるわ!!」
これは、婚約解消をする為に奮闘する少女と、本当は好きなのに、好きと気付いていない王子との攻防戦だ。
そして、覚醒した王子によって、嫌でも成長しなくてはいけなくなるヒロインのコメディ要素強めな恋愛サクセスストーリーが始まる。
※序盤は恋愛要素が少なめです。王子が覚醒してからになりますので、気長にお読みいただければ嬉しいです。
※本編完結しました。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる