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68.計画の全貌②
しおりを挟む武術大会で起こす計画は、決してネイト一人の力では実行できないものだった。
前提として、協力してくれる魔術師が観客席と闘技場内の間に防護壁を張る必要があった。
これは、騒動を起こしたとき、観客に被害が出ないようにするためと、闘技場内に増援が入らないようにするためだ。
そして、試合が進み参加者が減ったところで、勝ち進んだ参加者に魔術具を触らせる。
局長のスタンリーが魔術具開発局から盗んだ、人を操る魔術具だ。
使い方は、操る人間が魔術具に魔力を込める。その魔術具を操りたい人間に触らせることができれば、意識が途切れるか、ある程度時間が経過するまで操ることができるという。
そんな恐ろしい魔術具が眠っていること知ったとき、ネイトは驚いたのを覚えている。
そしてそれを使用すれば、もう後戻りできなくなるとも思った。
これから、マーヴィンと協力者の魔術師が、その魔術具で参加者を操る手筈となっている。
操るはずの参加者に魔力がない場合は、魔力を増幅させる魔術具を使用するのだ。
これだけの人数がいる場所での計画は、上手くいくかどうかも分からず、ネイトに緊張が走る。
第四試合の準備が整い、参加者が入場してきた。アイラの姿を見つけ、ネイトは目で追う。
アイラの対戦相手の騎士は、どこか様子がおかしく、操られているのだとすぐに分かった。
その異変にいち早く気付いたらしいアイラが、周囲を気にしているのが見える。
「………」
ネイトはごくりと喉を鳴らした。試合が中断されれば、今日の計画が無駄になる。
けれど、その心配は無くなった。
騎士が魔術を放ち、大きな爆発が起こる。次々と爆発音が響き、地面が揺れ、砂埃が舞った。
観客席から悲鳴が上がり、すぐに混乱に陥った。
「何だ!?何が起こってるんだ!?」
「魔術の暴走だわ!」
「……皆さん、落ち着いてください!防護壁があるので、観客席は安全です!落ち着いて!」
この場から離れようと一斉に動き出す観客たちを、騎士と魔術師が声を張り上げ誘導していた。その辺りの連携は流石である。
ネイトは闘技場内へ視線を戻すと、アイラの肩を魔術が掠めていた。
次の攻撃が直撃しそうになったが、別の参加者が庇っていた。魔術を剣で斬り伏せている。
―――対魔術の剣?どうして参加者がそんなものを?
眉を寄せて見ていると、砂埃でだんだんと様子が見えなくなっていった。これも計画の内だが、ネイトも様子が見えなくなるのが難点だった。
「……この防護壁、どうにかならない!?」
「魔術師が消えたそうです…!今捜索しているらしいですが…」
「砂埃で様子が見えないですねぇ。魔術を使われちゃうと、騎士にとっては厄介ですねー困った困った」
近くで騎士たちが話す声が聞こえる。参加者が魔力封じの腕輪を着けているからこそ、ネイトたちは魔術での攻撃を選んだのだ。
今のところは上手くいっているようだが、対魔術の剣を持っている参加者がいたことが気になっていた。
すると、誰かが「あれは何だ!?」と叫ぶ。闘技場の上空に、水の塊がふわふわと浮かんでいる。
それが一気に弾けたかと思えば、水滴が雨のように降り注いだ。砂埃がおさまり、闘技場内の様子が見えるようになる。
―――魔術?参加者は使えないはずだ…!何がどうなっている?
理由はすぐに分かった。アイラの魔力封じの腕が外れていることに気付いたのだ。
そしてあっという間に、アイラと他の参加者によって、操っていた参加者たちが倒れていく。その様子を見ていた観客たちが沸いた。
「すごいわ!」
「あの女騎士は何者だ?」
皆の視線がアイラに集中しているように思え、ネイトはカッと頭に血が昇った。
近くに騎士がいるので、表情に出してはまずいと唇を噛んで下を向く。
「……待てクライド、防護壁を無理やり破るなど、負担がかかるぞ!」
「負担なんてどうでもいい!妹が危険な目に遭っているんです!」
そんな会話が耳に届き、ネイトは声の方へ視線だけを向けた。
見覚えのある容姿を見つける。アイラの兄が、魔術師の制止を振り切って防護壁を破ろうと魔術を唱えていた。
そんな中、また観客席から悲鳴が上がり、ネイトはつられて顔を起こした。
アイラに向かって巨大な炎の玉が放たれており、その光景を見た瞬間、ネイトの頬が疼いた。
待ちに待った復讐の時が迫る。じっと見入っていると、バリンとガラスが割れたような音が響き、いくつもの人影が闘技場内へ飛び込んでいくのが視界に映った。
そして、アイラに迫る炎の玉が消える。
アイラを庇うように立っていた兄が、炎の玉に魔術をぶつけ消したのだ。
「…………」
計画の失敗を悟り、ネイトはすうっと目を細めた。
アイラの周りに護るように騎士たちが集まっている光景に、吐き気を覚える。
またお前は魅了の魔術を使って味方を増やしているのかと、その場で叫びたくなった。
ネイトが実際に叫んでいても、その声はアイラの耳に届くことはなかっただろう。周囲の観客たちは、事態の終息に拍手を鳴らし、歓声を上げていたからだ。
「皆さん、もう危険はありません!これから騎士団が外へ誘導するので、指示に従ってください!」
ざわざわとしたまま観客が動き出し、その流れに紛れてネイトは外へ出た。
申し訳なさそうな顔をしたマーヴィンが駆け寄ってくるのが見える。
ネイトは拳を力の限り握りしめると、頭では次の計画を考え始めていた。
武術大会での計画が失敗に終わったことを、ネイトは弟のサイラスへ手紙で知らせた。
程なくして返ってきた手紙には、ねぎらいの言葉と、次の計画の内容を教えてほしいということが書かれていた。
ある日、ネイトが計画を模索していると、マーヴィンがバタバタと部屋へ入って来た。
「ネイトさま、困ったことになりました」
「……どうした?さっきまで、局長と話していたんだよな?」
「はい。そこで聞いたのですが、騎士団が魔術具開発局へ訪れることが決まったそうです。局長の話では、武術大会の事件で、人を魔術具で操ったことが推測されたのではないかと…」
マーヴィンはそう言うと、悔しそうに顔を歪めて頭を下げた。
「すみません、私があの日失敗したばかりに…!」
「いや、お前のせいじゃないさ。そもそも未知の魔術具を使ったんだ。不測の事態も起こったし」
ネイトはマーヴィンの肩を叩きながら、武術大会の事件を思い返していた。
あのあと、操られていた者たちは捕らえられたと聞いた。本人たちは当然記憶は無く、未だに調査が行われているらしい。
「その騎士団の訪問は、あの女が同行する可能性は高いと思うか?」
「……そう思います。事件の当事者ですし、操っていた者たちを間近で見ていますからね」
「そうか…なら、開発局で何かを起こすか」
ネイトの言葉に、マーヴィンは眉を下げる。
「……では、また局長に協力を仰ぎます。あの人の敷地内で事件を起こすことに、賛成してくれるかは分かりませんが…」
「そうしたら、無理やりにでも従わせれば良い」
「………ネイトさま」
マーヴィンの咎めるような視線を受け、ネイトはくっと笑った。
「マーヴィン、俺はもう覚悟を決めたんだ。第三者に協力を求めた時点で、後戻りできないとも思っている。……今は、あの女を陥れることだけに力を注ぎたい」
「………はい、ネイトさま。私は最後までお供します」
その答えに満足したネイトは、たった今読んでいた本のページを見せる。
マーヴィンは文章に視線を走らせると、ハッと目を見開いた。
「ネイトさま、これは…いけません」
「覚悟を決めたって、言ったろう?俺は今からこっちに集中したい。局長の方は、お前に任せられるか?そうだな…あと、サイラスにも意見を求めよう」
「……はい、分かりました」
それから、マーヴィンは局長と密会を重ね、計画を詰めていく。
一度だけ局長から要望があり、ネイトは顔を合わせて話した。
ネイトの素性を知ると、どこか納得したように「そうですか」とだけ言っていた。
幸い、局長は協力的だった。禁忌とされた魔術具を使うことに、喜びを見出しているようだった。
そして、武術大会で協力してくれた魔術師もまた、協力を申し出てくれた。騎士団長が訪問に来ると知り、それが因縁の相手らしく計画に乗ってくれたのだ。
サイラスとは、変わらず手紙のやり取りで話をしていた。ネイトは一度会えないかと打診したが、とても忙しく抜けられないという。
父親の持病が悪化したらしく、本格的にラトリッジ公爵の名を継ぐ準備をしているとのことだった。
その事実にまた、ネイトの復讐の炎が燃え上がった。本来ならば、自分が公爵の名を継いでいたはずなのに、と。
魔術具開発局の件は、マーヴィンたちに完全に任せることにした。
計画は把握しているが、実行を手伝うことも、状況も見守ることもしないと決めた。
その代わり、ネイトはある力を手に入れるために尽力することにした―――それは、禁術だった。
禁術を手に入れたいと思ったのは、アイラの最後は、やはり自分の手で葬ってやりたいと強く感じたからだ。
そのためには抗うすべのない禁術で苦しめてやるのが一番だと思ったし、その力を手に入れるために自分の体を犠牲にしても構わないと思った。
だから、魔術具開発局で事件を起こしても、アイラは生かしてネイトの元へ連れてくるよう指示を出していた。
そして計画実行の日、ネイトは禁術を手に入れるための準備をしていた。
日が暮れる頃、人の気配がし、マーヴィンが浮かない顔で部屋へ入って来た。
その表情を見てすぐに、計画がまた失敗に終わったのだと悟る。
「……お疲れだな、マーヴィン」
「………ネイトさま…私は…」
ぐっと言葉を詰まらせたマーヴィンは、悲しそうに顔を伏せた。ネイトはふっと息を吐く。
「そう悲観するな。どうなったのか、まずは聞かせてくれ」
「………はい」
話を聞く限り、計画は途中までは順調に進んでいたようだった。
それが狂ったのは、アイラがスタンリーの睡眠作用の魔術具の効果を打ち消した辺りからだと、マーヴィンが言う。
アイラは自分の腕を短剣で刺し、眠気に抗った。それで計画が狂い、スタンリーは別の魔術具でアイラの意識を奪おうとしたようだ。
けれど、アイラを助けに来た人物たちによって、スタンリーが拘束された。協力してくれた魔術師も、騎士団長には敵わなかったらしい。
「私は気配を消して隠れて見守っていました。途中で助けに入ろうかと思いましたが…ネイトさまとの関連がバレるのを恐れ、踏みとどまりました」
「そうだな…ここまできて、俺が彼女を狙っているとバレるのは困る」
「……局長は、少し口を滑らせていました。全ての元凶は、あの女にあると本人に…。けれど、騎士団が局長から真相を聞き出すことはもうできないはずです」
スタンリーは、自らを魔術具へ封じ込めたという。魔術具に魅入られた者にとっては、望んだ最期なのかもしれない。
魔術師は捕らえられ、騎士団へ連れて行かれてしまった。
「地下牢で尋問を受けたら、あの魔術師は口を割るだろうか?」
「……我々を庇い立てする義理は、彼にはありませんので、何とも言えませんが…。助けに行きますか?」
マーヴィンの伺うような視線に、ネイトはゆっくりと首を振った。
「……それより、今は禁術の入手を急ぎたい。その力があれば、いずれ助ける機会が持てるだろう。ここまで協力してもらったからには、そのまま捨て置くのは後味が悪い」
「……はい。ありがとうございます、ネイトさま」
マーヴィンは少しだけ微笑んだ。魔術師とは昔に繋がりがあったようで、情が湧いていたのだろう。
ネイトはまたすぐにサイラスに手紙で報告すると、禁術の取得に集中した。
そして、ネイトは禁術を手に入れた。
禁書に書かれた通りの材料を用意し、それを煮詰めた液体で魔法陣を書き、仕上げに自らの血を流す。
そしてその上に魔力を込めれば、魔法陣が完成する。
ネイトが欲しがった禁術は、闇の力を操るものだった。そして、その力を手に入れる代償は、自身の寿命を削ることだった。
それくらいならば構わないと思っていたネイトだったが、代償がそれだけではないことが、力を手に入れた瞬間に分かった。
全身を刺すような痛みと、立っていられないほどの頭痛に襲われる。目眩と吐き気で何度も嘔吐を繰り返した。
膨大な闇の力が、ネイトの全身を巡り暴れている感覚は、とても大人しく受け入れられるものではなかった。
息も絶え絶えに、ネイトは自身を魔術でベッドに縛り付けるようにマーヴィンに命じた。
あまりの痛みに、このままでは暴れまわりそうだったからだ。動けなくなったネイトは、痛みでずっと叫び続けていた。
そんな状態は時間の経過と共に落ち着いていった。
闇の力が体に馴染んだ証拠だろうと、マーヴィンが言う。
「本当に…このまま命を落とすのではないかと思いました」
「……あの女をこの力で葬り去るまで、命を落としてたまるか。それより、サイラスから手紙が届いていたんだろう?内容は確認したか?」
「はい…こちらが五日ほど前に。急ぎの要件だといけないので、既に内容は読ませて頂きました。……ネイトさまのお答え次第で返信します」
手紙は二通あった。サイラスのいつもの手紙と、もう一通は何かの招待状のようで、華美な封筒に入っている。
ネイトは眉をひそめながらも、先にサイラスの手紙に目を通す。
内容は、アイラの件だった。騎士団の女騎士に伯爵家の令嬢がいるらしく、貴族の伝手で接触してくれたらしい。
そして何と、協力してもらえることになったと書かれていた。
また、その令嬢にはサイラスの顔が知られている可能性があるため、ネイトに変装して接触したと詫びが入れられていた。
―――“次の計画は、僕が考えてもいいかな?今度開かれるウェルバー侯爵主催の夜会が、彼女を狙ういい機会だと思うんだ”
その一文のあとに、貴族界で流れるアイラの噂が連ねられていた。
副団長と交際しているらしい、という文には、かなりの苛立ちが募った。やはり、魅了の魔術を駆使しているのだと。
ネイトは夜会の招待状をぐしゃりと握りしめ、床に投げ捨てる。
それを拾い上げたマーヴィンが、ネイトに問い掛けた。
「……ご出席、なさいますか?」
手紙を事前に読んだというマーヴィンは、夜会に出席するかどうかをネイトに訊いている。
サイラスの手紙には、こうも書かれていた。
―――“一応、療養中になっている兄さんにも招待状は届いているよ。だから、夜会に参加することもできるけど…どうする?”
ネイトは窓の外を見ながら、ぐっと拳を握った。
参加できるものなら、参加したい。けれど、会場でアイラと対面したら、闇の力を抑えられる自信はなかった。
「いや……俺は、やめておく。サイラスに参加してもらって、その令嬢の協力者と共に、なんとかあの女を俺の元へ連れてきてもらおう」
「……はい。そのように私から返信致します」
ネイトはまだ本調子ではなく、体に力が入らない。それを気遣って、マーヴィンがすぐに返事を書いてくれた。
それから、ネイトは夜会の日まで、闇の力を制御できるよう訓練をしながら日々を過ごした。
時折サイラスへ手紙を送り、計画内容を訊ねたが、“安心して。絶対に彼女を兄さんの元へ連れて行くから”という短い文が届くだけだった。
それでも、ネイトはサイラスを信用していた。
あのパーティーの日の行動を不審に思い、アイラに魅了の魔術を使われていることを教えてくれた。
ネイトが頼れば、すぐに資料や情報を集めて送ってくれた。
だから、サイラスに任せておけば、きっとアイラを連れて来てくれると、そう信じていたのだ。
そして、それは間違っていなかった。
アイラを夜会から連れ出すことに成功したと、サイラスから魔術具ですぐに知らせが届き、ネイトはついにこの日が来たと思った。
マーヴィンが馬車まで迎えに行き、目の前に現れたアイラは、あの日と変わらず美しかった。
予想外だったのは、ネイトの名前をアイラが覚えていたこと。そして、魅了の魔術を使ってなどいないと主張してきたこと。
さらには、ネイトの心を、救いたいと訴えてきたこと。
「………どうして、泣いている?」
今までの記憶を流し終えたあと、アイラは涙を流してネイトを見ていた。
命を狙っている男のために、どうして涙を流すのか。それが可笑しくて、ネイトは乾いた笑いを零した。
本当に、バカみたいだった。
結局は復讐もできず、アイラの言葉に絆され、闇の力で自らの命を絶とうとした。
そして、それすらできずに、こうして復讐の相手に支えられ、呼吸をするのがやっとの状況だ。
ネイトはこうなってしまった原因に、ようやく気付かされた。
―――全部、お前を信頼してしまった愚かな俺のせいだな…サイラス。
味方だと思っていた弟は、最初から味方ではなかったのだ。
二階から笑顔で見下ろしてくるサイラスの顔を、ネイトはじっと見つめていた。
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