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46.アイラとデレクとリアム

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 ずっと抱えていた秘密を初めて打ち明けたことで、アイラは緊張していた。


 すぐ近くに座っているデレクが、最初に口を開く。


「えっと…、じゃあ今ここにいるアイラは、幽霊だとかそういう話??」

「えっ?……あ、そうじゃなくて…」


 アイラは慌てて訂正しようとしたが、言葉に迷った。


 ―――やっぱり、やめておいたほうがいいのかしら?
 命を落としたのに何故か人生をやり直していて、最初は魔術師を目指していたのに、今回は騎士を目指しているだなんて…。


 アイラが躊躇っていることが、リアムに伝わったようだ。扉から離れたリアムが、デレクの隣に腰を下ろす。


「そこまで言って、途中で止めるのはナシだよ」

「……そうよね。ええと、私は一度命を落として、人生をやり直しているの」


 取り敢えず簡潔に結論から言おうと思ったアイラは、サラリと口にする。
 デレクはポカンと口を開け、リアムは眉を寄せた。


「やり直し…?」

「どこからやり直したの?赤子のときから?」

「ううん、十四のときからよ。十七で火事に遭ったから、約三年だけね」

「「火事?」」


 デレクとリアムの声が重なった。アイラはこくりと頷く。


「邸宅で爆発が起きて、火事になって…本棚に押し潰されたの。途中で意識が途切れて、気づいたら人生を巻き戻っていたわ」

「……待って。どこからつっこめばいいのか…」

「火事…。そうか、だからアイラはランツ村で…」


 デレクが眉を下げてそう呟いたのが聞こえ、アイラは苦笑した。


「ランツ村で、家が炎に包まれたとき、様子がおかしかった私にデレクが一喝入れてくれたでしょう?……あのときは、自分が炎に包まれたときを思い出してしまって…」

「……っ、それなのにアイラは、村のために炎を消してくれたなんて…!」

「それは当たり前よ。デレクの故郷だもの」


 デレクは顔を歪めた。アイラはあのときの光景を思い出す。


「……今でもまだ、寝ている間に夢に出ることはあるわ。闘技場で炎の玉に襲われたときも、動けなくなってしまったし」

「……アイラ…」

「でも、やり直せたから良かったこともあるの。私は騎士になれたし、デレクとリアム…第一騎士団の皆に会えたわ」


 ふふ、と笑ってそう言ったアイラに、リアムが反応を示す。


「つまり、命を失ってやり直す前は、騎士じゃなかったってこと?」

「そうよ。魔術学校へ通っていたの。……最初は、魔術師を目指していたのよ」

「……魔術師、を…?」

「そうなの。ひたすら父と兄の背中を追っていたから。……ただ、学校中の多くの人が、私に悪意を向けてくるようになってね」


 そこからアイラは、魔術学校での生活を大まかに話した。


 魔術漬けの毎日だったが、友人たちととても楽しく過ごしていたこと。
 二年目を過ぎた頃、嫌がらせが始まり、ひそひそと陰口をたたかれていたこと。
 試験の不正など、やった覚えのない噂が広がり、教師までも信じてくれなくなったこと。
 友人がどんどん離れていったこと。

 そして、心を許した男子生徒に襲われかけたこと。
 助けてくれた友人が、アイラに嫌がらせをしている犯人に仕立て上げられたこと。
 その友人に、アイラが復讐したと思われたこと。


 それから部屋に引きこもる生活が続き、火事が起きて命を落とし、やり直しの人生で騎士となる道を選択したこと―――。



 できるだけ淡々と話し終えたアイラに、リアムがいきなり頭を下げてきた。


「ごめん」

「えっ?どうしたの、リアム」

「僕は…僕は、君にひどい態度をとった。魔力があるのに、魔術師になれる道があるのに、どうしてわざわざ騎士になるんだ、って腹を立てて…」


 リアムの声が、珍しく震えている。
 本当に後悔しているのが伝わり、アイラはそっと頭を撫でた。


「もう過去のことでしょう、リアム。それに、魔術具開発局でも謝ってくれたじゃない」

「……でも、何も知らなかったからって、言っていい言葉じゃないから」

「いいの。前にも言ったけど、こうしてリアムと友達になれたから、もういいのよ」


 ね?とアイラが首を傾げて笑うと、リアムが上目遣いで睨んできた。


「本当、お人好し。それから頭撫でるのやめてくれる?」

「ふふ、リアムの髪はふわふわで気持ちいいわね」


 アイラとリアムのやり取りを見ていたデレクが、きゅっと結んだ唇からうめき声を出す。


「う…ゔぅ…」

「……デレク?」

「だーーーっ、もうダメだ!アイラ、お前っ…!」


 突然大声を上げたデレクが、ボロボロと涙を零した。それを見たアイラとリアムはぎょっとする。
 デレクは乱暴に腕で目元を拭った。


「アイラッ…、よく頑張ったなぁ…!よく、今こうして無事でっ…、生きててくれて、騎士になってくれてありがとな…!」

「……や、やめてよデレク、そんなこと言われると…っ」

「あー、デレクのバカ。伝染うつったじゃんか」


 アイラの瞳から、デレクにつられたように涙が滲む。そして、リアムにも伝染してしまったようだ。
 三人で涙を流し、お互いの顔を見て、泣きながら笑った。


「はは、やっぱりアイラとリアムは泣いても様になるな」

「そういうデレクは男泣きすぎるでしょ」

「ふふっ、男の子も泣くのね」

「いや、アイラの過去が壮絶すぎて思わず…って、男で思い出した!アイラを襲おうとしたやつ、俺が殴ってやる!」


 ぐっと拳を握って立ち上がろうとしたデレクの腕を、アイラが引っ張って止める。


「デレク、大丈夫よ。今ここにいる私は、襲われてはいないから」

「え?あ、過去…でも許さねぇぞ、俺は!」

「平気よ。友達が…トリシアが、助けてくれたから」

「トリシア?」


 デレクが眉をひそめ、リアムがハッと息を飲んだ。


「……だから君、あのとき泣いて…?」

「そうなの。魔術具開発局で、働いているのかなとは思っていたのだけど、また会えて嬉しい気持ちと、私のこと覚えていなくて悲しい気持ちが溢れちゃって…」

「待て待て、過去?のアイラの救世主のトリシアって誰なんだ?」


 魔術具開発局へ行っていないデレクが、慌てたように訊いてくる。


「あ、ごめんねデレク。トリシアは、今は魔術学校に通いながら、魔術具開発局でも働いている…エルヴィス団長の妹よ」

「はあ!?エルヴィス団長の妹!?」


 デレクが目を丸くして驚く気持ちが、アイラにはよく分かった。


「そうなの。私も魔術学校でトリシアと友だちだったとき、お兄さまがいたのは知っていたんだけど、まさかエルヴィス団長だとは思わなくて…」

「はー、すごい偶然だなぁ…」

「でも、あのとき突然泣いたアイラを見て、団長も疑問に思ったんじゃない?団長には、君のとんでもない体験は話すつもりはないの?」

「それは…」


 リアムの指摘に、アイラは言葉を詰まらせた。
 それは、アイラもどうしようかと悩んでいたことだったのだ。


「……話すつもりは、今のところないの」

「そうなの?」

「エルヴィス団長には…あまりにも迷惑を掛けているから。これ以上、私のことで手を煩わせたくないの」


 エルヴィスには、何度も助けてもらっている。
 団長がここまで新人騎士に構ってくれることは、特別扱いすぎるのではないかと、アイラは今更ながら気付いたのだ。

 アイラはそれが嬉しいと思うし、もっとエルヴィスと話してみたいとも思う。トリシアとの話も気になっている。


 けれど、既に大きな事件が二度起き、どちらもアイラが原因で起きていると分かった。
 さらに命が狙われているとなれば、騎士団はアイラという爆弾を抱えているようなものだ。

 ただでさえ忙しい騎士団長という立場のエルヴィスに、これ以上アイラのことで悩ませたくはなかった。


「……団長は、君のことならなんだって知りたいだろうけどね」

「えっ?」

「いや、なんでもない」


 リアムがボソッと呟いた言葉は、アイラには届かなかった。アイラは首を傾げながら、ふと気付く。


「……ねえ、二人とも。当たり前のように私の話を受け入れてくれているけど、信じてくれるの?」


 人生をやり直すなど、とても現実離れした話だ。それをすんなり受け入れてもらえるとは、思ってもいなかった。
 冗談だと思われても仕方ないのに、デレクとリアムは疑う素振りすら見せない。

 アイラがじっと見つめていると、デレクがやれやれと言わんばかりに肩を竦めた。


「俺たちがアイラの言うことを疑うって?んなバカな。なぁリアム?」

「そうだね。そんな凝った嘘をつく理由が君にはないし、今までの違和感にも説明がつく。何より君は…嘘が下手くそだからね」

「あ、それもそうだな」

「……お礼の言葉が引っ込んだわ」


 じろりと睨みつければ、デレクとリアムが顔を見合わせて笑う。
 流れる空気はいつの間にか、和やかなものに変わっていた。

 アイラは二人に打ち明けて良かったと、心からそう感じた。


「……デレク、リアム。私のことを信じてくれて、ありがとう」

「おう」

「どういたしまして」


 お礼を言えば、照れくさそうな二人の反応が返ってくる。ふふ、と笑ってから、アイラは姿勢を正した。


「……それでね、私が狙われているって分かってから、気になっていたことがあって。私が命を落とす原因となった火事も、人為的に起こされたものなのかと思ったの」


 アイラの言葉に、デレクとリアムも座り直す。先にリアムが口を開いた。


「当時のことは覚えてるの?」

「そうね、どこかで爆発が起きて、地面が揺れた反動で本棚が倒れてきて、気づいたら炎に包まれていて…って感じかしら」

「想像するだけでヒイッてなるんだけど…。でも、その爆発っていうのが気になるな」

「そうなのよね…今回の魔術具開発局でも、爆発が一度だけど起きたじゃない?」


 アイラの視線を受け、リアムは考えるように顎に手を添えた。


「……結局あの爆発は、生産棟にアイラをおびき寄せるためのものだったとは思うけど。闘技場でもあちこちで爆発は起きたよね」

「じゃあ、魔術を使って爆発と火事が起きたってことか?」

「断定はできないね。でもそう言われると、北の森で魔犬が突然現れたのも、デレクの故郷で盗賊騒ぎが起きたのも、なんか怪しく思えてくるね」


 アイラは目を瞬いた。その二件が関わっているとは、全く考えていなかったからだ。


「もし全てが仕組まれてるとして、アイラを狙ってるのってどんなやつなんだよ?どんだけ執念深いんだ?」


 デレクが眉を寄せてアイラを見る。
 それは、アイラも何度か考えていたことだ。


「……私が命を失った原因も、同じ誰かが関わっているのだとしたら…その誰かは、十四歳までに会った人物だと思うわ」


 もし魔術学校での生活が関係して狙われるようになったのだとしたら、騎士となった今の人生で命を狙われることはないはずだ。

 つまり、やり直しで戻った年より前から狙われていたことになる。


「でも、アイラが会ったことがあるとは限らないよ。相手が一方的にアイラを知っているだけかもしれないし」


 リアムがそう言って続ける。


「……それに、狙いがアイラだとしても、誰かへの恨みが根本にあるかもしれないよ。例えば、家族とかね。僕も両親への怨恨で襲われたことがあるし」

「えっ!?」


 最後の言葉に思わず声を上げたアイラを、リアムが不思議そうに見た。


「あれ?言ってなかったっけ?」

「聞いてないわよ、リアム」

「……よし、こうしよう」


 突然デレクがパンと手を叩き、人差し指を立てた。


「アイラが過去を話してくれたし、俺とリアムも話そう。俺の過去はアイラにもう話したけど、リアムには言ってないもんな」

「……別に君の過去はどうでもいいんだけど」

「んな!?そんな冷たいこと言うなよっ」


 リアムはため息を吐くと、アイラに視線を向けて「……まあ、別にいいけど」と言った。


「散々な目に遭っても立ち向かっているアイラの前で、自分だけ逃げるわけにはいかないしね」

「リアム……」

「じゃあ、デレクからどうぞ」

「今の流れで俺から!?……分かった。まず、俺は七人兄弟の長男として産まれ…」

「七人?すごいね。長男にしては威厳がなさすぎるけど」

「あらリアム、レナードさまと比べてはダメよ」

「………このペースで進めると日付変わるけどいいのか?」


 デレクが口元を引きつらせながらそう言ったので、アイラとリアムは一度笑ってから、黙って話を聞くことにした。





 デレクとリアムが話し終えたところで、結局は日付を越えてしまっていた。

 お互いの過去の話に加え、デレクはランツ村での盗賊の事件の詳細を、リアムは魔術具開発局での事件の詳細をそれぞれ話したからだ。


 デレクの過去の話は以前聞いていたが、アイラはまた涙を流し、初めて聞いたリアムの過去にも涙を流す。
 真っ赤な目で鼻を啜るアイラに、リアムがいつもの呆れた視線を投げかけた。


「……ねえ、このままだと明日…もう今日か。もっとひどい顔になると思うけど」

「だ、だってリアム…。お兄さま方と和解できて本当に良かった…!それに、リアムのために魔力を増幅させる魔術具を開発してくれたなんて…!」

「本当だよなぁ~!俺もリアムの兄ちゃんたちに会ってみたいな」


 デレクはドルフ兄さんと気が合いそうだけど、とリアムが言いながら壁に掛かった時計を見る。


「アイラ、もう戻った方がいいよ。カレン先輩が心配してるんじゃない?」

「あ…そうよね。もう寝てるとは思うけど…」


 アイラも時計を確認して、ゆっくりと立ち上がる。同じようにデレクも立ち上がった。


「よし、俺がアイラを部屋まで送るからな」

「そうして。何かあっても嫌だからね」


 扉の外まで見送りに来てくれたリアムに、アイラはお礼を言った。


「ありがとう、リアム。私をここに連れてきてくれて。あと、信じてくれて。あと…」

「はいはい。もういいから。……僕のほうこそ、ありがとう」


 リアムはそう言うと、アイラの背中をトンと押す。デレクはその様子を見て笑っていた。


「俺もありがとな、リアム。また語ろうぜ」

「二人きりはやめてね」


 デレクがスッと差し出した拳に、リアムが嫌そうな顔をしながらも応じている。
 お互いの過去を知り、強まった絆にアイラは嬉しくなった。


「じゃあ…気を付けてね」

「うん。おやすみ」

「アイラは任せてくれ!」


 リアムの部屋からアイラの部屋までは、特に何事も無く辿り着いた。
 さすがにこの時間なので、廊下には誰もいない。

 部屋の扉の前で、アイラはデレクに笑いかけた。


「デレクも、ありがとうね」

「いや、俺の方こそ」


 アイラの笑顔に、デレクも笑って答える。そのあとすぐに真剣な表情になり、アイラをじっと見つめた。


「アイラ、その……」

「うん?」

「………いや。やっぱりまだダメだな、うん。ごめんなんでもない、おやすみ」

「……?おやすみ」


 ぶつぶつと何かを呟きながら戻っていくデレクの背中を、アイラは不思議そうに見ていた。


「―――…」


 そのとき、急に気配を感じたアイラは、ザッと周囲に視線を走らせる。
 けれど、廊下にはデレク以外の誰の姿もない。気配も消えていたので、アイラは気のせいだと思うことにした。


 そして扉を開けると、目の前に仁王立ちで立っているカレンと目が合う。
 アイラはその場で固まった。


「アーーイーーラーーー?」

「……た、ただいまカレン…」


 へらりと笑って誤魔化そうとしたアイラは、鬼のような形相のカレンに叱られたのだった。
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