引きこもり令嬢はやり直しの人生で騎士を目指す

天瀬 澪

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42.戦う覚悟

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 アイラとスタンリーの会話の内容は、それぞれ聞いていた者たちに衝撃を与えるものだった。


 それはエルヴィスにも例外ではなく、恐れていた推測が当たってしまったことに、心の底からふざるけるな!と叫びたい気分になった。


 ―――タルコット家の火事は、未然に防いだ。それなのに、まだ別の方法でアイラの命をつけ狙う輩がいるだと?


 エルヴィスとアイラが人生を遡るきっかけとなった、あの事件。
 あれは、タルコット男爵に恨みを持つ者の犯行だった。

 優秀な魔術師だった男爵を疎んだ、力のない魔術師が計画性もなく起こした事件だと、エルヴィスは思っていた。

 けれど、それすら裏で糸を引いていた人物がいるというのだろうか。


「……ちょっと待って。情報が雪崩のように入ってきて頭痛いんだけど」


 そう言って額を押さえたのはフィンだ。
 警報音、爆発と続いて嫌な予感がしたエルヴィスは、第一騎士団のアイラとリアムを預かっていたこともあり、フィンに一報を入れていた。

 そしてここまで駆けつけてくれたのだが、そもそも魔術具開発局へ来た目的は、オドネル伯爵家の調査のはずだった。

 なのに事件は起こるし、エルヴィスとアイラは負傷しているし、事件の犯人の一人の魔術師は捕らえたが、もう一人の局長は魔術具に自ら封じられたし、さらに一連の事件がアイラに関係しており、命が狙われている……などという情報が一気に入れば、それは混乱するだろう。


「つまり、闘技場の事件は、誰かが企んだアイラを狙う計画に便乗して、局長と魔術師が起こしたってこと?合ってる?」

「……そうだと思います。スタンリー局長の話を信じるならば、ですけど…」


 フィンの問いに、アイラは頷きながらもそう言った。
 確かに、問題はそこなのだ。スタンリーと魔術師のさらに裏で動いていたと思われる、謎の人物。
 本当にその人物がいるのかどうかは、まだ分からない。


「……魔術師はだいぶ出血していて、今は意識がない。戻れば話を聞くつもりだが…正直に話す確率は低いだろうな」

「じゃあ…、アイラさんを狙って隠れているやつが本当にいたとして、そいつの情報は何も分からないままってことか?」


 エルヴィスの言葉に、ずっと血の気の失せた顔をしていた伯爵家次男のドルフが口を開いた。

 伯爵家の人間だが、どうにも口調が砕けているなとエルヴィスは思う。
 それに、エルヴィスの前で堂々とアイラに求婚したことから、ドルフに対する印象は悪かった。

 そんなことも知らずに、ドルフがふらりとアイラに近付く。


「アイラさん…、俺が、俺が貴女を守りますから…!」

「……あの、ドルフさま…」

「ひいっ!アイラさんについに名前を呼んでもらえた…!」

「え、なにアイラ、また犠牲者を出したの?」


 感極まった様子のドルフを見て、フィンが呆れたようにアイラにそう言った。
 アイラはぶんぶんと頭を横に振る。


「ぎ、犠牲者って何ですか…!それにまた、って…!」

「いや君、気付いてないなら言うけど、いろんなところで人を魅了して、信奉者にさせてるからね?」


 フィンの言葉に、アイラは衝撃を受けたように目を見開いた。口をぱくぱくとさせながら、助けを求めるようにリアムを見ている。
 そこで何故自分を見てくれないのか、とエルヴィスはムッとした。


「ドルフ兄さんは気にしないでください、副団長。話が進まないので」

「……リアムおまっ、アイラさんが心配だろ!?」

「それはもちろん心配だし、首謀者がいるなら許せないよ」


 リアムの水色の瞳がアイラに向けられ、「でも」と言葉を続けた。


「アイラは自分が原因で事件が起きたということを、隠さずに打ち明けてくれた」

「………」

「普通なら、命を何度も狙われるなんて、怖くて仕方ないはずだよ。それでも、泣き叫ぶわけでもなく、震えもせず、アイラは事実だけを淡々と話していた」

「……リアム…」


 アイラに名前を呼ばれ、リアムがフッと優しく微笑んだ。


「君は、覚悟を決めたんだよね?自分が狙われていることを受け止めて、未だに正体の分からない相手と、向き合う覚悟を…戦う、覚悟を」


 ざわざわと、窓の外で木々の葉が揺れている。
 静まり返った室内で、人数分の視線が注がれる中、アイラは凛と前だけを見据えていた。

 その姿が美しいと、エルヴィスは思った。


「―――ええ。覚悟を決めたわ」


 アイラはハッキリとそう口にしたあと、部屋に中にいる皆に視線を巡らせる。


「……私のせいで、皆さまにはご迷惑をおかけしました。オドネル伯爵家の皆さま、私が魔術具開発局へ来なければ、きっとここで事件は起きなかったはずです」

「……でも、君がここへ来なければ、スタンリー局長が関わっていると分からなかったかもしれない」


 頭を下げたアイラにそう声を掛けたのは、意外なことに伯爵家長男のレナードだった。
 レナードに同意するように、伯爵家三男のフェンリーが口を開く。


「そうそう。君が来なかったら、局長にもっと魔術具を盗まれて、もっと酷い事態になっていたかもね。……それに、リアムともこんな風に話せるようにならなかったと、俺は思う」


 照れくさそうなフェンリーに、リアムは口を曲げながら窓の外を向く。その耳が赤くなっているのが見えた。


「……アイラ・タルコット嬢。君が私たちに頭を下げる理由など、何一つない」


 今まで黙って成り行きを見守っていたオドネル伯爵が、厳格そうな見た目とは裏腹に、優しい声をアイラに掛けた。
 アイラがそっと顔を上げる。


「……オドネル伯爵、私が…タルコット家の娘だとご存知だったのですか?」

「最初は分からなかった。ただ、君の名前と容姿でもしかして、と思ってね」


 伯爵は小さく微笑むと、四人の息子たちに視線を移した。


「私の息子たちは、どうやら君に随分と世話になったようだ。礼を言わせてくれ」

「そ、そんな!私は何も…!」

「何も、なんてことは絶対にないわ。あのリアムが、貴女に優しい笑顔を見せることが何よりの証よ」


 伯爵夫人が笑みを浮かべると、アイラはますます反応に困っていた。
 オドネル伯爵がコホンと咳払いをする。


「私はタルコット家の令嬢が魔術学校に入らないと知ったとき、失礼だが落胆してしまったのだ。けれど今の君を見て、己を恥じている」

「……私には、勿体ないお言葉です」

「いや。騎士となった君は、自らの身を挺し、この魔術具開発局を魔の手から守ってくれたのだ。君の命を狙う不届き者の調査に、私たちも協力させてもらいたいのだが、良いだろうか?」


 オドネル伯爵の視線が、アイラからエルヴィスへ移る。
 それは、オドネル伯爵家及び魔術具開発局が、アイラ一人の為に騎士団に力を貸してくれるという申し出だった。

 エルヴィスは人を惹きつけるアイラの力を目の当たりにし、体にぞくりと震えが走る。


 一方でアイラは、突然の申し出に固まっていた。
 近くにいたフィンに小突かれ、慌てたように再び頭を下げる。


「……あ、ありがとうございます…!」


 何度もぺこぺこと頭を下げているアイラを、伯爵夫人が口元に手を添え笑いながら見ていた。
 そして、思いついたようにとんでもない発言を口にする。


「ねぇアイラさん。もし婚約者がまだいないのなら、うちの息子たちはどうかしら?」

「………へっ!?」

「うちの婚約者になれば、守りやすいと思うのよねぇ。ドルフなんか貴女の虜になっているようだし、どうかしら?少しおバカなところがあるけど、素直で優しい子なのよ」

「かかか母さま、それは褒めているのですか!?」


 ドルフの顔がみるみるうちに真っ赤になり、アイラはおろおろと狼狽え出した。

 フィンは楽しそうに、何故かちらちらとエルヴィスを見ており、リアムは額に手を当てている。
 レナードとフェンリーは特に反論もせず、真っ赤なドルフを見て肩を竦めていた。


 エルヴィスはどうしたものかと目を光らせる。
 提案をしているのは伯爵夫人だ。アイラよりも地位は高く、無下に断ることはできない。
 最初にドルフの求婚騒ぎがあったとき、リアムはこれを心配していたのだ。


「あら、もしかしてアイラさん、意中の相手がいるのかしら?」


 それなら無理やりは可哀想ね、と伯爵夫人が困ったように眉を下げる。
 ドルフが「んな!?」と叫んで固まり、アイラも表情が強張っているのが分かった。


 ―――意中の、相手…?


 思わぬところから、エルヴィスにも衝撃が加わる。
 肝心なところに、意識を向けていなかった。

 アイラに意中の相手がいるなど、エルヴィスは全く考えになかった。
 最近は、アイラに自分を見てもらおうと必死だったのだ。

 エルヴィスは思わずアイラをじっと見つめる。


「…………」


 アイラの瑠璃色の瞳が、ちら、と遠慮がちにエルヴィスに向けられた。
 その潤んだ瞳に助けを求められ、気付けば体が勝手に動いていた。


「えっ?」
「おっ?」
「あら?」


 ドルフ、フィン、伯爵夫人の声が響く。
 アイラとドルフの間を遮るように、エルヴィスは立っていた。


「……申し訳ないが、彼女は渡せない」


 それは、エルヴィスが始めて人前で吐き出した、アイラに対する本音だった。





***


 アイラが気付くと、医務室に残っているのはリアムだけになっていた。


「……あれ?」

「やっと我に返ったの?」


 声を上げたアイラを見て、近くの椅子に座っていたリアムがため息を吐く。


「まあ、僕も現実逃避して周りを見てないときがあるから、人のことは言えないけどね」

「そう…そうね、現実逃避していたみたい。どうしましょうリアム」

「何が?」

「さっき、エルヴィス団長が…その、私のことを…」


 アイラは続きが言えず、頬が熱を帯びて赤く染まった。
 リアムが肩を竦めて言葉を続ける。


「渡せないって言ったね」

「………」

「まるで自分のものみたいな言い方だったね」

「………」

「そうなの?」

「………ち、違うわ」


 アイラは否定しながらも、ぐるぐると思考が巡っていた。


 ―――周りに誤解を招く言い方だったけれど…私、エルヴィス団長の言葉が嬉しかったわ。


 ドルフの好意にも、オドネル伯爵夫人の提案にも、アイラは困ってしまった。
 救いを求めるようにエルヴィスを見たアイラだったが、あんな庇い方をしてくれるとは思っていなかった。


「リアム……心臓がぎゅうってなるのは、何かの病気だと思う?」

「……そうだね。鈍感病だね」

「鈍感…?リアム、私をからかっているでしょう」


 アイラが眉を寄せると、リアムは「ごめんごめん」と心が籠もっていない謝罪を口にする。


「もう…それで、そのあとぼんやりしちゃって話が全く耳に入らなかったのだけど…」

「それは見てれば分かったよ。…エルヴィス団長の言葉にドルフ兄さんは白目を剥いてたけど、母さまは納得してたかな。あらそれは残念だけど仕方ないわね、って」

「そう……申し訳ないわ」

「そんなこと言って、伯爵家の力で無理やり婚約者にさせられる可能性だってあるんだからね?この際、団長の婚約者だって名乗ったほうが余計な争いは減るんじゃない?」

「こっ、婚約者だなんて…!……待って、余計な争いって何??」

「…………」


 首を傾げたアイラに、リアムが心底面倒くさそうな顔をした。
 美少年は顔を歪めても美少年なんだな、とアイラはのんびりと思う。


「前から疑問だったんだけど、君のその自己評価の低さはどうして?過度な謙遜は嫌味に取られるよ?」

「……自己評価が低いって、そういえばオーティス先輩とギルバルト先輩にも言われたわね」

「いや、それは補助魔術の話でしょ?そっちもだけど、僕が言ってるのは外見の話」

「外見……」


 そう言われても、とアイラは困ったように眉を下げた。アイラは自分の外見に自信がないのだ。


「ねえリアム。私の外見って醜いわよね?」

「はあ???」


 アイラが問い掛けると、リアムが素っ頓狂な声を上げる。


「待って、そこから?十人いれば十人が綺麗って答えると思うけど?」

「……リアムも?リアムもそう思ってくれるの?」

「そ、それは、まあ……、うん、綺麗だと思うけど」


 リアムはもごもごと顔を赤くして答えながら、それでもまだ納得のいかない表情をするアイラを見た。


「それで、どうしたらそんなに自分の見た目が醜いと思うようになるわけ?」

「それは……人に、言われて…」

「誰に?どっかの令嬢?それなら完全に僻みだから、本気にしなくていいでしょ」


 アイラは口を閉じた。そう言ってくるのが、一人なら良かったのだ。
 けれど魔術学校では、多くの女子生徒に後ろ指をさされ、醜い、不細工と笑われた。

 そのたびにトリシアが「アイラは可愛いんだから、堂々としてるのよ!」と言ってくれたが、いつしか“自分は醜い”と言う言葉はアイラの頭に刷り込まれてしまっていた。


 黙り込んでしまったアイラを、リアムは何かを考えるようにじっと見ている。
 やがて、ゆっくりと口を開いた。


「……アイラ。答えたくなかったら、答えなくてもいいんだけど」

「え…?」

「君は―――…」


 リアムの言葉の途中で、個室の扉が突然開いた。
 それと同時に、陽気な明るい声が響く。


「お名前、アイラさんっていうのね!?兄さんとは一体どういう関係―――、」


 灰色の髪を揺らし、部屋に入って来たトリシアが、リアムの姿を見て固まった。


「……え、あ、リアムさま?え?兄さんのライバル??」

「ちょっと君、いきなり入って来て何言ってるの?」


 先ほどまでどこか緊張していたリアムは、トリシアの登場で肩の力が抜けたようだった。
 トリシアが突然部屋に入って来たことよりも、アイラには気になる単語があった。


「……兄、さん?」


 確かに、トリシアには兄がいることは知っていた。けれど、アイラは一度も会ったことはない。


 ―――あら?でもそういえばトリシアのお兄さまって、騎士って言っていたかしら…?


 もしかして第一騎士団の騎士だったりするのだろうか、とアイラが思っていると、トリシアが後ろを振り返る。


「もう!まだ私のこと説明してくれてなかったの!?エルヴィス兄さん!」


 トリシアの後ろから、エルヴィスが入って来た。

 アイラは開いた口が塞がらず、ポカンとした間抜けな顔で、エルヴィスを見つめていた。

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