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7.入団式
しおりを挟む騎士の入団試験に合格してからふた月経ち、寒さが少し和らいできた頃。
アイラは無事、十七の誕生日を迎えた。
合格を受けたその日の夕方、両親に報告すると、それはそれは喜んでくれた。
兄のクライドには手紙を送り、次の日には魔術具で音声が吹き込まれた返事が届いた。何回もおめでとうと言ってくれていた。
それから、日課になっていた鍛錬を続け、たまにフィンが指導に来てくれた。
その合間には城下街へ出て、騎士団の宿舎で使う生活用品を揃えたり、侍女のベラと買い物を楽しんだ。
そうして迎えた誕生日。
邸宅内はベラが取り仕切り、様々な場所に華美な装飾が施された。
アイラは久しぶりにドレスを着せられ、出掛ける予定もないのに丁寧に化粧と髪型を整えられる。
夕方には、使用人が腕を奮った豪華な食事がテーブルに並び、アイラは楽しく会話をしながら幸せな気分に浸っていた。
食事を終えたアイラは、両親から渡されたプレゼントの包を開け、目を丸くした。
「これは…、」
スラリとした細身の長剣だった。
柄には瑠璃色の小さな宝石が光っている。
「ふふ、私たちとクライドからの誕生日プレゼントよ。気にいってくれたかしら?」
「………っ、はい…!」
アイラは瞳いっぱいに涙を溜めて両親を見た。この長剣は、決して安物ではないことが分かる。
騎士団に入ると、剣は支給されると書類に記載されていた。代わりに、自身の剣を持ち込むことも可能と書かれていたが、アイラには関係ないことだと思っていたのだ。
「ありがとうございます…!私、この剣と共に立派な騎士になってみせます…!」
母のセシリアは、愛おしそうにアイラの頬に手を添える。
「アイラ。貴女が望むのなら、立派な騎士を目指しなさい。でも、忘れないで。私たちにとっては、どんな貴女でも大切な娘なのだということを」
「お母さま…」
「そうだぞアイラ。私たちはいつでも味方だ。何かあればすぐに頼りなさい」
いや、何も無いのが一番だがな、と眉を下げた父のラザールに、アイラは笑った。
「お父さま、お母さま。私は、本当に幸せ者です」
もう、魔術師は目指さない。もう、ドレスを着て夜会には出られないかもしれない。
これは、タルコット男爵家の令嬢の行いとしては失格だ。
騎士として歩んだ道でも、後ろ指を指されることがあるかもしれない。魔術学校の、あの苦痛でしかなかった日々のように。
―――それでも、もう同じ過ちは犯さない。一人で抱え込み、引きこもったりしない。私はこんなにも、恵まれているんだから。
騎士団の入団式は、ひと月後に控えている。
そして運命のいたずらか、その日はアイラが一度命を落とした日だった。
まずは、無事に当日を迎えることが目標だ。
アイラは長剣を両腕で抱きしめながら、また一つ決意を胸に秘めた。
◇◇◇
―――入団式当日。
さっそくアイラは困っていた。
「ここは……どこかしら」
眉をひそめて、首を傾げる。確実に城内にはいるのだが、指定された部屋の場所が分からなかった。
簡単に言えば、迷子である。
アイラが邸宅で皆に別れを済ませ、馬車で出発して城に到着したところまでは順調だった。
城門で事前に支給されていた身分証を掲示して中へ入り、宿舎に荷物を預け終えたが、集合時間にはまだ余裕があった。
ならば、と庭園を散策し始めたアイラは、咲き乱れる花を眺めながらのんびりと待つことにした。……が、これが間違いだった。
時間が近付いてきたので、庭園に出た場所とは違う場所から城内へ入った。すると、当たり前だが見覚えのない場所に出た。
慌てて引き返すも、より方向が分からなくなり、近くにいた衛兵に道を尋ねたが、アイラには複雑過ぎた。
その衛兵は案内を申し出てくれたのだが、迷惑をかけると思い断ってしまっていた。
アイラは自分が方向音痴であることを、自覚していない。
少し歩く度に衛兵や使用人に部屋までの道を尋ねるが、何故だが一向に着く気配がなかった。
どんどん人気が少なくなり、どこかで顔見知りの合格者に会えたらいいな、デレクはいるかな、などと考えていたアイラはついに立ち止まる。
このままでは、入団早々に遅刻した見習い騎士になってしまう。
永遠にたどり着く気がしなかったアイラは、ようやく誰かに道案内をしてもらうことに決めた。しかし、周囲には誰も見当たらない。
―――どうしてこんなに人がいないのかしら?それなら……魔術で人の気配を探ってみよう。
アイラは静かに瞼を閉じた。人の気配を探る魔術は、魔術学校にいた頃に重宝していた。
会いたくない人物から、逃げることができるように。
するすると探る範囲を広げていくと、人の気配が二つあった。そう遠くない距離だ。
アイラがホッとして足を進めると、その気配が急に動いたことを感じ取った。
えっ、と思うや否や、廊下の角から人影が飛び出してきた。
「―――…っ、」
その人物は、アイラを見て驚いたようだった。また、それはアイラも同じだった。
「エルヴィス、団長…?」
騎士団の団長であるエルヴィスは、片手で腰にある長剣の柄を握っていた。すぐに剣を抜ける体勢だ。
「ど、どうされました?この辺りに侵入者でも?」
「……あ、いや…」
「え、アイラ?何してるの?」
きょろきょろと辺りを警戒するアイラに、歯切れの悪い返事をするエルヴィス。そこに、副団長のフィンがひょこりと顔を出した。
「入団式、もうすぐ始まるよね?俺たちもこれから向かおうと準備してたら、急に団長が走り出すから何事かと思えば…」
フィンがちらりとエルヴィスを見る。走り出したという理由を待っているようで、エルヴィスは剣の柄から手を離すと、両手を前に出して降参の意を示した。
「悪い。気配を探られてる感覚があったから、正体を確認しようとしたんだ」
「はー、なるほどですね。で、アイラがいたと。……それでアイラは?」
「はい。すみません…どうやら迷ってしまったみたいで、誰かに案内を頼もうと気配を探っていました…」
アイラは片手を挙げ、申し訳無さそうにそう言った。エルヴィスの警戒態勢は、気配を探っていた自分に向けられたものだったのだと気付いたからだ。
「………」
「………」
「いや何で無言!?」
向かい合って互いに口を開かないアイラとエルヴィスに、フィンがツッコむ。それからエルヴィスをまじまじと見た。
「ちょっと団長、いくら女性慣れしてないからって無言はないでしょう?ただでさえ貴方はアイラの上司で、立ってるだけで威圧感半端ない色男で…」
「フィン。それ以上口を開くとその自慢の髪を斬り落とす」
「それは本気でやめてくださいね!?…よし、とにかく急ごうアイラ」
フィンにくるりと向きを変えられ、視界にエルヴィスが映らなくなったことに、アイラは失礼だが安心してしまった。
目の前にするとどうしても、本人に聞きたくなってしまうからだ。
―――あの日、炎の中で私に駆け寄ってくれたのは貴方ですか?なんて、聞けるはずないわよね…。
何らかの奇跡が起きて、アイラは数年巻き戻り、人生をやり直すことができたのだ。
もしもあの時の人物がエルヴィスだったとしても、エルヴィスからしたら未来の出来事であって、記憶があるはずもない。
そういえば、とアイラは歩きながら窓の外に目を向け、自身の邸宅がある方角を見た。
あの日、火の手が上がった時間は分からないが、日付は間違いなく今日だった。
前回とは違う道を歩んではいるが、不安だったアイラは両親と使用人たち全員が邸宅から離れられるよう、観劇のチケットを購入してプレゼントしていた。
皆喜んでくれていて、今頃劇場に足を運んでいることだろう。
アイラはただ、何も起こらないことを祈るしかなかった。
「さて、と。入団式はこの先の大広間でやるから。俺たちと一緒に入るわけにもいかないし、先に行きな」
「あ、ありがとうございます!」
先導して歩いてくれていたフィンが振り返る。アイラは慌ててお礼を言い、少し迷った末に後ろにいたエルヴィスに頭を下げた。
足早に向かった先に、一人騎士が立っていた。アイラに気付くと、ほっと息を吐く。
「良かった、最後の一人だ。アイラ・タルコットだね?」
「はい!すみません、遅くなってしまって…」
「ギリギリだけど間に合って良かった。さ、中に入って」
先輩騎士が大きな扉を開けてくれたので、アイラは躊躇いなく大広間へ足を踏み入れた。
そこで談笑していた合格者たちが、一斉にアイラを見る。思わず一歩下がりそうになるが、背後で扉がバタンと音を立てて閉まった。
「アイラー!!」
静まり返った空間に、聞き覚えのある声が明るく響く。
緑色の短髪の少年を見つけ、アイラは笑顔を浮かべて駆け寄った。
「デレク…!良かった!」
「いや、俺のセリフだからな?姿が見えないから、てっきり不合格になったのかと思ったんだぞ」
「あはは、少し道に迷ってたの。デレク、また会えて嬉しい」
騎士を選んだ道で、初めてできた友人はアイラにとって特別だった。
にこにこと笑ってそう言うと、デレクが「ゔっ」と呻いて胸元を押さえる。よく胸元を押さえている気がするが、癖だろうかとアイラは首を傾げた。
近くにいた他の合格者たちは、そんな二人をニヤニヤと眺めていた。
アイラはザッと周囲を見てみると、試験の時から二十人程減っていることに気付いた。
模擬戦で同じ組だった同年代の合格者は、デレクとあと二人だけだ。アイラが試験開始早々に足元を薙ぎ払った少年も合格している。
ふと、視線を感じた方向を見た。アイラをじっと見る水色の瞳を持つ少年がいる。
金色のふわふわした髪が印象的で、とても綺麗な顔立ちをしている美少年だ。だが、試験のときにいた覚えはなかった。
ただ、アイラはその瞳に宿る感情には覚えがあった。
以前よく向けられた感情―――はっきりとした嫌悪が、映し出されている。
「あの……」
アイラが思わず話しかけようとしたところで、扉が開かれた。
そこから団長であるエルヴィスと、副団長のフィン、他に見たことのない騎士が二名続いて入ってきた。フィンと同じ白いマントを身に纏っているところを見ると、副団長かもしれない。
合格者たちは一斉に姿勢を正し、アイラも口をつぐんでその場に直る。
「これより入団式を始める。騎士団の証である胸章を授与するので、名前呼ばれたものは順に前へ」
エルヴィスは壇上で凛とした声でそう言った。紅蓮の瞳がこれから見習い騎士となる合格者を見渡し、再度口を開く。
「リリオット・クルス」
「は、はい!」
返事をして前に出たのは、アイラが試験で足元を薙ぎ払った少年だ。リリオットと言うらしい。
リリオットは胸章を受け取り胸元に付けると、フィンに促された先に移動した。
エルヴィスが次々に名前を呼ぶ。そして、皆が気付いた。
名前は、壇上に近い者から順に呼ばれている。あらかじめ決まった順ではなさそうだった。
つまり、エルヴィスは既に見習い騎士の名前と顔を覚えているということになる。
「アイラ・タルコット」
「……はい!」
この人は凄いなと思っていると、アイラの名前が呼ばれた。返事をしてエルヴィスの前に立つ。
差し出された胸章を、両手でそっと受け取った。剣が描かれた盾の形の、銀色の小さな胸章だ。
じわりと胸が熱くなり、壊れ物を扱うように優しく胸元に付けると、アイラはエルヴィスに一礼した。そのあと、フィンに促され列に並ぶ。
その後も順に名前が呼ばれ、最後の一人が胸章を貰い列の最後尾へ移動すると、エルヴィスが口を開いた。
「貰い受けた胸章に、騎士の誓いを立てる。俺たちは剣となり盾となり、この国レイシャールに忠誠を尽くすこと。騎士団の仲間と共に、お互い切磋琢磨すること。今これより、新たな騎士として自らを名乗ることを認める」
滑らかに紡がれる言葉を、アイラは真剣な面持ちで聞いていた。
ついに、騎士になれる。だがこれは、まだまだ始めの一歩だ。
アイラが目指す騎士の理想像には、まだ遠く及ばない。
「……と、堅苦しいのはこれくらいにして。お前たちにそれぞれ付く副団長を紹介する」
少し雰囲気を崩したエルヴィスが、くいっと顎で合図を出した。
三列に並んだ見習い騎士たちと向かい合うようにして、三人の副団長が立つ。
アイラの列の前には、フィンが笑顔で立っていた。
「自分の列の先頭にいる者が、副団長として指揮をとる。第一騎士団フィン・ディアス、第二騎士団ジスラン・コルベール、第三騎士団セルジュ・フリオンだ。これから各騎士団の談話室へ移動し、今後の詳しい話を聞くこと。以上」
それだけ言うと、エルヴィスが壇上から降りる。カツカツと靴を鳴らし扉に手を掛け、振り返った。
「……お前たちの活躍を、期待している」
艷やかな笑みと、団長直々の激励の言葉に、皆を纏う空気が変わった。
試験のときもそうだったな、とアイラは思う。エルヴィスの言葉は、不思議と人の心に直接響くのだ。
扉の向こうに消えていくエルヴィスの後ろ姿を、アイラはじっと見つめていた。
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