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五章 テクサイス帝国番外編 3.5 魔族領一人旅

757 ビッグマウス・シャークの討伐

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「なあカズ…カズさん」

 これまで黙っていたノットが、急に敬称を付けてカズの名を呼んだ。

「なんです?」

「あんたならビッグマウスをなんとか出来るのか…ですか?」

「当初はそのつもりで二、三体退治すれば、村の船を警戒してよって来なくなると考えてました。でもまあ、アマ村長に頼まれたのは、漁に出た皆さんを無事に戻すこと。少しだけど魚は釣れた事ですし、村に戻りますか(ノットには少し意地悪な言い方だけど、自分自身で招いた事だと理解してもらわないと)」

「頼む! これだと村で食べる分の魚を捕る事すらできない。ビッグマウスを何とかしてくれ! ください」

 反省したノットは、カズに深々と頭を下げてお願いする。
 それを見ていた他の村人達も、カズに頭を下げてビッグマウス・シャークの討伐をお願いする。

 足場の悪い船上で喰われる寸前のノットを助け、ビッグマウス・シャーク三体をあっという間に倒したカズの強さを疑う者は、この場にはもういない。

「わかりました。一応証人として何人か残って、あとは村に戻ってください」

 ノットと他二人が残り、あとの九人は釣り上げた魚と漁具を持って村に戻って行く。
 飛翔魔法フライで海上を移動した方が効率が良いが、魔族が浮遊したり飛んだり出来るかは不明なので、飛ばずに討伐する方法をカズは考える。
 ノットと村人二人には、決して海に近付かないように注意し、カズは海水に手を浸けてタイミングを見計らい〈フリーズ〉を唱える。
 陸から扇状に約8メートルが凍き、厚さも60センチ以上になり足場として申し分ない。
 一番近付いていたビッグマウス・シャークを狙ったが、少々距離があり過ぎて、海水と一緒に凍らせる事はできなかった。
 
 氷の上を歩き一番先端まで移動すると、ずっと追って来た五体のビッグマウス・シャークが、カズ目掛けて一斉に向かって来た。
 魔力を隠蔽しているためか、攻撃されたのにも関わらず、カズに対しての敵意が薄い。
 思っていたより知能は高くないらしい。
 ビッグマウス・シャークの考えとしては、攻撃されたので反撃するといったところだろう。
 ならば海中に居る相手を攻撃するより、海上に飛び出して襲って来るのを待つ方が良いと考えた。

 先ずは二体が大口を開けて、海中から同時に飛び出して来た。
 水しぶきが掛かろうと、カズは五体のビッグマウス・シャークを視界から外さない。
 使用する魔力に十分注意して攻撃に移る。
 間近まで迫る二体のビッグマウス・シャークに〈ウィンドカッター〉を放ち、縦に切断する。
 続い二体が左右からカズに迫り、一体は大口を開けて氷の上を滑り、もう一体は海中から大ジャンプをして、真上からカズを丸呑みにしようとする。
 避けると上から迫って来ているビッグマウス・シャークが、氷の上を滑って来ているビッグマウス・シャークに噛み付く形になるが、それでは哀れ過ぎるので避けはしない。

 カズは氷の上を滑り迫るビッグマウス・シャークの横に移動して腹を蹴り飛ばし、丸呑みにしようと落下してきているビッグマウス・シャークに衝突させ、今度は〈ウォーターカッター〉で横に切断する。
 四つになった二体のビッグマウス・シャークは海に落ち、ゆっくりと海中に沈んでいく。

 最後の一体はどう仕掛けて来るかと思えば、沖に向けて泳ぎだしていた。
 四体のビッグマウス・シャークが倒された事で、カズを狙うのを諦め逃げ出した。
 これで少なくとも、この近海には近寄らないだろうと思った矢先、視界の端に表示してあるマップに、沖合からこちらに向かって来ているモンスターの反応が現れた。
 真っ直ぐこちらを目指して来るかと思いきや、逃げ出したビッグマウス・シャークに向かっていた。
 新たなモンスター反応と、沖に向かったビッグマウス・シャークが接触する直前に、マップからそちらに目を向ける。
 するも水柱と共に大きな尾ビレが僅かに見え、沖に逃げ出したビッグマウス・シャークが海面から十数メートル打ち上げられた。
 マップから反応が消えた事から、今ので新たに沖合から来たモンスターにられたのは確実。
 僅かに見えた尾ビレからすると、小さくとも8メートル、大きければ10メートルを超えると推察した。

 こちらに向かって来なければと思ったが、新たに現れたモンスターは、カズの居る場所を目指して来ていた。
 討伐したビッグマウス・シャークの匂いを嗅ぎ付けて向かって来ているのだろう。
 四体のビッグマウス・シャークを容易く討伐したのを見て驚いているノットと村人二人に「大きな奴がこちらに向かって来てる。ここにいては危険だ。村に戻ってくれ」と、退避するように言う。
 しかし全てを見届ける責任があるとノットは残り、二人の村人もノットに付き合い村に戻ろうとしなかった。

 泳ぐ速度を増して、一直線にカズへと向かって来る。
 凍らせた海面の先端から中央辺りまで下がり、迫る大きなモンスターの出方を見る。
 海上へと飛び出して攻撃して来るか?
 それとも凍った海水の手前で方向変えて、近くを泳ぎ回り様子を伺うか?
 50メートルまで接近するが泳ぐ速度は落ちず、30メートルでも変わらず、凍った海水まで10メートルを切っても方向を変えず突っ込んで来る。
 大きな尾ビレは僅かながら見えたが、それだけで何かは分からない。

「さて、何が出るか」

 先程までカズが居た氷の先端1メートルの所まで来ても、大きなモンスターは海面に出て来ない。
 凍らせた海水の先端辺りの水深は約5メートルとそれ程深くはない。
 海中を泳いで来きても浅くなると、海面に影響が出始めて波が高くなり、氷の上に海水が多く打ち寄せる。
 ドゴッーンと足場が大きく動き、氷にき裂が入り割れる。
 カズは氷の足場が大きく動く直後、すぐ陸へと下がった。
 そこへ大きなモンスターが海中から氷を砕いて突き進み、カズの居た辺りから飛び出して来た。

 見た目はビッグマウス・シャークだが、大きさは約四倍の8メートル以上。
 暗い所に居る猫のような鋭い目が四つ、それがカズを標的だとギョロリと睨み付ける。
 カズは即座に《分析》で、現れた大きな鮫型のモンスターを調べる。
 レベル44で名前はビッグマウス・シャーク・ロードと表示され、その後ろに特殊個体ユニークと付いていた。
 自身のレベル未満の鮫型モンスターを使役出来るスキルを持っている事から、沖合を根城にしていたビッグマウス・シャークを束ねていたのはコイツだとすぐに分かった。

「うわぁ~!」

「な、な、なんだあのデカいビッグマウス!?」

「冗談じゃない。あんなのがいたら、漁なんていつまでもできないぞ! 女房になんて報告したら……うわっ! もういい! 逃げろカズ」

「逃げろと言われてもなぁ(こいつを放置したとしても、村に戻って報告したら、何とかしてくれって言われかねないだろ)」

 ビッグマウス・シャーク・ロードの特殊個体ユニークを目の当たりにしたノットと村人二人は驚き怯え腰を抜かす。
 ノットがレベル20程度のビッグマウス・シャークを、一体や二体なら船上でも倒せるような事を言っていたが、それは今回の漁のように、仕掛けにかかって動きを抑制出来たらという事だからだろう。
 だとしたら倍以上のレベルと、四倍以上の大きさのビッグマウス・シャーク・ロードを見て腰が引けるのは当然。
 数日前まで100メートル以上の超巨大な存在と居たカズにとっては、小魚程度のモンスターでしかない。
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