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五章 テクサイス帝国編 3 帝都テクサイス

699 飛翔魔法習得訓練 3 安全飛翔限界点

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 午後の訓練を始める前に、カズに落下が確定しているような言い方をされ、ネモフィラは自分が池の中に落ちるのを考えてしまう。
 今の今まで子供の様に喜んでいたネモフィラから笑みが消え、飛翔魔法フライを習得出来るのだろかと不安になった時の様な表情をする。

「もしかして泳げないのか?」

「……足がつく浅い所なら」

「先に言っとけばよかった。すまない」

「大丈夫やる。アイリス様を護衛するためには水上は必須。泳ぎも深い所で出来るようになる」

「溺れるような事はさせないから、そこは信じてくれ。泳ぎの方は、せっかくローラーがいるんだから頼んでみたらどうだ? 立場的にネモフィラが言いづらいなら、頼んでやるけど」

「みんなに泳ぎが苦手と知られるのは恥ずかしい。けど、いざとなった時に困るからお願いしたい」

「わかった。あとで言っておく」

「ありがとう」

「じゃあ始めるとしよう。風属性だけの魔力を感じるのはまだ難しいだろうから、とりあえず出来ていた魔力を全身にまとって、魔法名を唱えるところから」

「魔力をまとう?」

「空中移動する時にやった事なんだけど、気づいてなかったのか?」

「言われた通り、自分を紙風船に見立てただけ」

「あの感覚が魔力を全身にまとっている時の状態(紙風船に集中して一人で訓練してたからか、自分の状態どうなってるのか感じてなかったのかな? まあ、ネモフィラならすぐに覚えるだろ)」

「あの感覚が!」

「まだ出来たばかりだからムラが多いけど、訓練すれば消費する魔力をかなり減らせるだろう。その頃になれば魔力感知もでき、習えば魔法も使えるようになるだろうよ」

「おお! がぜんやる気が出て来た」

「やる気が出たのはいいが、張り切りすぎて魔力が枯渇寸前にまでなって、気を失わないように」

「了解です」

 ネモフィラは一呼吸してから目を閉じ、紙風船に魔力を込める要領で、自身に魔力を纏わせ、安定したと感じたところで目を開けて〈飛翔魔法フライ〉と唱える。
 ふわりとネモフィラの体が浮かび上がり、地面から数十センチ上がった空中で止まり、ゆらゆらと浮遊する。

「浮いてる。飛翔する魔法を、ボクが……」

 自分自身で飛翔魔法フライを唱え、空中に浮かび上がった事で、実感してネモフィラは笑みが溢れる。

「干渉に浸ってるところ悪いが、そろそろ移動してみようか」

「そうでした」

 地上から数十センチの高さを保ったまま、ネモフィラは空中移動をこころみる。
 最初は歩く程度の速度で移動し、慣れてくると小走り程度にまで速度を上げる。
 飛べる喜びを噛み締め十五分飛び回り、ゆっくりと地上に下りた。
 今回は飛翔魔法フライを自分自身で使用しているために、十五分で魔力を約一割消費している。
 これも回数を重ねれば、魔力を消費する量は減るだろう。

「疲れはある?」

「まだまだ余裕です」

「じゃあ次は高度を上げてみよう」

「どのくらいですか?」

「少なくとも建物よりも高く飛ばないと。そのために池のそばまで来たんだから」

「やってみます」

「自分なりに高い所まで上がったと思ったら、真下を見ないで遠くを見るようにしよう。ここからなら対岸辺りを」

「真下を見ない、対岸を見る。真下を見ない、対岸を見る。うん」

「なれてきたら少しずつ近場の地上に目を向けても良いけど、無理にする必要はないからな(高さに萎縮したら魔力か不安定になって、落下する危険があるからな)」

 カズの助言と忠告を聞き、ネモフィラは二度目の〈飛翔魔法フライ〉を唱える。
 一度目と同じ高さで一旦止まり、徐々に高度を上げながら、池の上に移動して行く。
 上昇している内は空を見ているが、問題は止まった直後の行動。
 今まで居た場所を見るか、遠くの景色を見るか。
 後者ならば良いのだが、前者だと高さに怯えて魔力が乱れる。
 そうすると、使用した飛翔魔法フライの効果が消えてしまう可能性が出て来る。

 地上から20メートル辺りでネモフィラの上昇は止まり、カズに言われた通り池の対岸や遠くを見るようにした。
 地表よりも風があり、それがまた心地良く、ネモフィラの気持ちに余裕を持たせる。
 高さに慣れてくると、ゆっくりと池の上空を移動し始める。
 速度も歩く程度から小走りになり、十数分もすると、一般的な馬車の走る速度よりも早く飛ぶようになる。(時速20キロから30キロくらい)
 飛ぶ事が楽しいのか、二十分以上経っても下りて来そうにない。

 魔力も三割以上を消費しているので、一旦地上に下りて来た方がいいのだが、その気配はない。
 それから更に十分経過したところで、ネモフィラの魔力消費が多くなりだし、纏っていた魔力が不安定になってきいた。
 飛んでいたネモフィラの速度が落ち、高度も徐々に下がって来ている。
 高度が半分を過ぎると、ネモフィラは近付く水面に慌てるような素振りを見せた。
 このまま行けば、池の中に落ちるのは確実。
 場所的にネモフィラでも足は着くだろうが、びしょ濡れにさせるのは流石に不味いかと、カズは〈飛翔魔法フライ〉を使ってネモフィラの救出に向かう。
 水面まであと3メートルの所で、カズはネモフィラの手を掴み、池の外まで引っ張って行く。

「すみません。なぜが急に降下がはじまって」

「今まで魔力を半分以上使う事はなかったから、それの影響だろ。今のところ一回のフライで飛ぶのは、二十分に以内にしておいた方がいい」

「お手数をおかけします」

 池の外に出る頃には、ネモフィラの足は水面ギリギリまで降下していた。
 地面に下りるとネモフィラは、全身がズシッと重くなった様な感じを受け、膝を曲げて両手を膝の上に置き中腰の姿勢になる。

「魔力減少による疲労感と、三十分以上地上から離れていた事で、地に足をつけた感覚が鈍ったんだろう。少し休んだら歩いて戻ることにしよう」

「大丈夫。すぐ歩けます」

 膝に置いていた両手を離し、中腰の姿勢から背を伸ばしてネモフィラは歩き出す。
 しかし数歩のところで蹴つまずき、カズが腕を掴んで転倒を阻止する。
 すり足とまではいかないが、ネモフィラは自分自身が思っているより足が上がってない。

「その状態でか?」

「その……休憩します」

 なんともみっともないとこを見せてしまったネモフィラは、カズの忠告を聞き入れ、地上での歩く感覚が戻るまで休憩する。
 地面を噛みしめる様にゆっくりと歩き、五分もすれば何時もの感覚が戻る。
 今度は蹴つまずく事なく歩いて行き、屋敷の正門から女性騎士達が訓練している場所に戻る。

「あとは自分で適度に訓練して、ならしておくこと」

「わかってます。一時間飛んでも、魔力切れを起さないように訓練します」

「もし他に誰か飛翔魔法を習得したいと言ってきたら、ネモフィラが教えてやってくれ」

「今日やった訓練内容を思い出しながら教えることはできるけど、わたしじゃ複数人を飛ばせられません」

「あれは早く感覚をつかめるようにしただけで、ネモフィラが教える場合は魔力を全身にまとわせたら、手を引っ張るなりして、低空を飛んでやればいい」 

「やってみます」

「言っておくが、一日での習得はほぼ無理だからな」

「そうなの? ならそれを習得したわたしってスゴい?」

「魔力を操る感覚に関しては、覚えが良いと思う。そういえば、先祖にエルフがいたとアレナリアに聞いたけど」

「そうみたい。何十年も前のことだから、どんな人だったかはわからない。ただ女性とは聞いてる」

「エルフは長命だから、まだ生きてる可能性は高いだろうね。もし会えたら、それこそ魔法でも教えてもらったらいいんじゃないか」

「おばぁちゃん……少し会ってみたい気もする」

「あ! ちなみにこの話、秘密だった?」

「別に隠してない。わたしが受け継いたのは、魔力に対しての感受性が少し高いってことだけみたい。これはアレナリアさんに言われた」

「その感受性が高いおかげで、一日で習得できるようになったんだから、良かったじゃないか」

「良かった。エルフのおばぁちゃんのおかげ」

「飛翔魔法を教えことに関してだけど、数日で習得出来る魔法じゃないってことを、伝え忘れないように」

「わかりました。カズ先生」

「先生!? 小っ恥ずかしいから、それはやめてくれ。今まで通りでいいから(俺のがらじゃない)」

 ネモフィラに思わぬ呼ばれ方をして、カズはこそばゆさを感じた。
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