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五章 テクサイス帝国編 3 帝都テクサイス

638 一年見送られていた行事

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 この部屋に同席出来るのは、屋敷内でも一部の者しかいない。
 もしアイリスが池の水に浸かる日の情報が、事前に外部の者に知られてしまった場合に、皇族に恨みのある者に殺してくださいと言っているようなものだ。
 当然池の水が毒などで汚染されてないかを事前に調べはするが、それが完全という訳ではない。
 アイリスが池の水に浸かる日がある程度分かっていても、数日前から池に毒を流したとしたら、池に生息する生物が死んでしまうので、アイリスの命を狙うなら確実に当日に決行するしかない。
 なので使用人の中でも一部の者しかこの部屋に入る事はできず、池の水に入る予定の日を知らされる事はない。
 例外を除いて、完全に当日と決められている。
 そのため池の水が汚染されてないかを調べる事もあり、アイリスが池の水に入る日は早くても昼頃となる。
 レオラからも注意されており、決して他に黙って一人で池の水に入る事はない。
 この事からカズ達四人が、この部屋に招かれるのは異例の事だった。

 後にこれを知っても、使用人や女性騎士達の中で意を唱える者はいなかった。
 それだけカズとアレナリアには、アイリスと仕える者達に信用があった。
 主にレオラ第五皇女の影響が大きいのは言うまでもない。
 一部カミーリアとの仲について、カズに物申したい者がいるのは、また別の話。

 当時カズは歌の影響を受ける事はなく、枷を付けられて捕まっていローラを助けた傷を癒した。
 その時の状況をローラは語り、深々と頭を下げてカズに感謝し、お礼をしたいとアイリスに無理言って来てもらった、と。
 アイリスが言っていたお礼というのは、ローラの歌の事。
 一族の中で一番歌が上手い者が成人すると、帝国の皇女となったアイリスに謁見して、その歌を披露するのが決まりとなっていた。
 それがローラであり、本来は一年前にアイリスに謁見する筈だった。
 だが行方不明になった事で謁見は見送られ、ローラの捜索にあたっていた。

 そして心と体を癒やすのに一年を待ち、今日アイリスへの謁見と歌を披露する為に訪れた。
 他者を招いて、この大切な行事に参加させる事は殆どない。
 今までで唯一参加したのは、仲の良い第六皇女のレオラだけ。
 これまでの功績とローラ本人たっての希望で、アイリスはカズ達の参加を認めた。

「あなたの歌を聞いても大丈夫なの? カズは平気だけど、私達は無理だと思うわ」

「それは大丈夫です。子供の頃だと無意識に魔力を込めて歌ってしまっていたけど、今では制御出来てると思います」

「どんなに歌が上手くても、魔力制御ができない事には、一人前の歌い手にはなれないの。なので、皆さんがローラの歌声の影響を色濃く受ける事はない筈よ」

 古くは繁殖のために、その美しい歌声で男性を魅了する危険な種族だと言われていた。
 ローラが盗賊に捕らえて利用されていたのは、この話がまだ今でも語られているから。
 ただローラの歌声は魅了するものではなく、深い眠りに誘う歌だった。
 男性を魅了する歌声なら、盗賊から逃げる事も出来たかもしれなかった。
 眠りでもそれは可能だったが、不幸な事に一度失敗してしまい、盗賊に警戒されて枷で船と繋げられてしまった事で、逃げる事ができなくなってしまった。
 アイリスはこの話を聞いて、ローラを助けた冒険者に興味を持ち、そしてそれがレオラも興味を持ったカズだった。

「ここで歌うのですか?」

「ここではありません。歌は池に中央付近にある、浅瀬の岩礁がローラのステージになります。作られたステージより自然にある岩場に座り歌うのが、セイレーン人魚族本来の姿になりますからね。伝統みたいなものです。わたくし達も船で近くまで移動します」


 アイリスの説明を聞き、気になる点が幾つかあった。
 その事を質問しようとした時、それが分かっていたようで、カズ達が思っていた疑問を、アイリス自ら問うて答える。

 伝統だからといって、周囲からよく見えて行動が制限される船の上に、第五皇女たるアイリスが居ていいものか?
 女性騎士の皆が池の周囲を警戒して、万全の警備をしているから大丈夫だと。

 池の水に毒を入れられたりはしないのか?
 これは先に話したのと同じで、池の水が毒に侵されていたら、池に生息する生き物が最初に被害が出るので、その心配はない。

 一族一番の歌い手であるローラの歌声を、アイリスに披露するというこの大事な行事なのに、たまたま通り掛かったりする一般庶民に聞かせて良いものなのか?
 お披露目の歌は決して隠してる訳ではなく、池には入らず行事を邪魔しないのであれば、遠目から聞く分には問題はない。
 

 その年に成人する一番の歌い手が、何時アイリスに謁見しに来るを公表してる訳ではない。
 なのでたまたま池の近くを訪れて、その年一番の歌い手の歌声を聞けた者は、一年幸福という噂が一部の間では有名になっていた。

「今年はいつも以上に安心出来ます」

 説明を終えたアイリスが、急にカズを正面に見てニコりと笑う。

「いつも以上とはなんですか?」

「カズさんとアレナリアさんに周囲の警戒と護衛をしてもらえれば、警備をする皆の気持ちも楽になるでしょ」

「私達って、お客扱いじゃないんですか?」

 アレナリアは護衛と警備を頼まれて来たんじゃないと答える。

「ええ、お客様ですよ。でも何かあっては、せっかくの歌が中断しては悲しいと思いませんか」

「いいよアレナリア。遠出するわけじゃなく、周辺を警戒するだけなんだし」

「お願いしますね。わたくし達が乗る船と、カズさん達が乗る船を用意させてますので、もう少し待っていてください」

「エンジン付きの船ですか?」

「五、六人程度が乗れる小さな手漕ぎ船ですよ。カズさん達の方には、漕ぎ役としてカミーリアを同乗させます」

「カミーリアをですか。わかりました」

 船の用意が出来るまで、まだ少し時間があるという事なので、確認とアイリスに言わなければならないことを、カズは済ませる事にする。

「話は変わりますが、今日コンルは来てますか?」

「来てますよ。わたくしの執務室にいます。コンルもローラの歌を聞くので、わたくし達の船に乗ります」

「レラの事で改めてお礼を言いたいので、あとで時間を取ってもらえますかね?」

「それこそもう済んだ事ではないのですか?」

「レラの言葉でちゃんと聞いてもらおうと思いまして。それとあと一ヶ月程で、俺達は帝都を立って旅に出る事になったので、その報告も」

「旅にですか? レオラちゃんに頼まれた仕事ではないの」

「はい。ここに居るビワの故郷を探していて、その場所の情報が入ったので向かう事にしたんです。元々帝都には、情報収集のために滞在するのが目的だったので」

「そう、出て行ってしまうのね。残念だわ」

「まだ少し期間があるので、その間に出来る事なら言ってください。レラの事に関してもそうですが、フジの住む場所を決めれたのにも感謝してます」

「なら、ローラにも空からの景色を見てもらいたいわ。今日の今日だけど大丈夫?」

「フジには一応来るようにと伝えてあるので大丈夫です。時間はお昼頃でいいですか?」

「ええ。あとでバスケットの用意をさせるわ」

「アイリス様、空からの景色とはなんでしょうか?」

 アイリスとカズの会話を聞いていたローラが、話の内容が理解できず不思議そうな表情をする。

「それは…そう、今は秘密にしておくわ」

「秘密ですか……(なぜかしら。アイリス様の笑みが少し気になる)」

「ええ、楽しみにしておいて(ローラどんなに顔するかしら。きっと驚くわよね)」
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