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五章 テクサイス帝国編 3 帝都テクサイス

601 図書館巡り 16 隠し部屋を後に

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 『なんじに亡きあるじキルケから授かりし知識の一部を与える。持ち出しを許可した本は複製品となる。ゆえに、なんじの目の届かぬ距離、または他者へ譲渡すると消滅するので気をつけよ。隠し部屋ここに出入口となる扉は無い。転移魔法にて出ることは可能。入室もまた同様。ただしなんじら三人と、もう一人仲間のエルフだけと覚えておくがよい。それと、が亡きあるじキルケの名において、以後も入室の許可を与える。ただし入室には、この街に居ることが条件だ』

「わかった。何か調べたい事があったら、また来るとする」

 入室方法が不明の隠し部屋に、今後も入室を許可されたカズだが、喜べる気分ではなかった。

「ねぇカズ。結構時間経ってるけど、列車の時間大丈夫?」

 もうこの場所に慣れたレラが、時間の経過を気にしてカズに声を掛けた。

「あ、ああ。そうだな(アレナリアのことを知ってるのか。前回街に来た時に、感知でもしたんだろう)」

 落ち込んだ元気のない表情を一瞬カズが見せたのをビワは気付き、気を遣い優しく声を掛ける。

「大丈夫ですか? ウエスト・ファームでの買い物はやめて、アレナリアさんと合流するのは、明日この街に着く列車にしますか?」

「大丈夫だよビワ。隠し部屋ここを出て駅に向かおう」

 机の上に置いたアーティファクトの古書と、複製された二冊の本を【アイテムボックス】に入れ「次に来たときは、本体の所に案内してくれ」と、机の上のに言い〈空間転移魔法ゲート〉を使い、三人は元居た南区の図書館に移動する。


 久しい来客が姿を消すと、机の上の羽根ペン動き『複製と気付かれていたとは。見付ける事が出来れば、われを手に取ることを許そう』と、独り言ならぬ独り文字を書き終えると、自身の複製本はスッと跡形もなく消えた。


 旅をしてきた目的を果たす事が出来た。
 結果叶わぬ願いとなった。
 覚悟はしていたが、流石に……こたえた。
 移動先を駅近くの人気のない路地にでも繋げれば、魔導列車の時間には十分余裕があったものの、内心の動揺が行動に現れていた。
 空間転移魔法ゲートを繋げた先に、誰もいないかを確かめるのを忘れた。
 幸い元居た場所に来館者は居らず、見られる事はなかった。
 ただ何やら二人の司書が慌てた様子で、人が消えたと話しているのが聞こえてきた。
 隠し部屋に移動する瞬間は見られてはない筈なのだが、聞こえてきた話から自分達の可能性が高かったので、司書に見付からぬよう一階まで下り、南区の図書館を出た。
 タクシー辻馬車を探して乗り、魔導列車が停まる駅へ向かう。
 今回は忘れずに、ビワの作った座布団クッションを使用する。
 
 ビワとレラは隠し部屋にカズと一緒に行った事で、元居た世界に帰るというカズの目的が、皆無だと知った場面に立ち会う事となった。 
 二人は何時もと変わらず接してくるカズに、どう声を掛けていいのかと気を遣い、隠し部屋を出てからは「はい」や「うん」「ありがとう」などの返事をするだけ。
 しかしタクシー辻馬車に乗る頃には、その好意が逆に気を遣わせてしまう、とビワは思い「いつものようにしまょう」と、魔導列車に乗る前レラに耳打ちをした。

 そんな二人の気遣いを知ってか知らずか、カズは隠し部屋で本体を見せなかった知性ある本インテリジェンス・ブックとのやり取りを思い返し、タクシー辻馬車に乗っている間はずっと沈黙していた。
 駅が近付くとビワの「そろそろ着きますよ」の声で我に返り、停車するとタクシー辻馬車を降りて御者ぎょしゃに料金を払い駅へと歩いて行く。
 駅で二等車両の乗車券を買い、三十分程で着いた魔導列車に乗る。
 振動から尻や腰を守るように、タクシー辻馬車で使用したビワ手製の座布団クッションを座席に敷き、快適に農作の街ウエスト・ファームへと行く。


 《 前日の夕暮れ 》


 職人の街クラフトでの見学と研修を全て終えたヒューケラと、その付き添い兼護衛のアレナリアは、翌朝に魔導列車に乗り遅れないように出発の準備を終えて、約半月寝泊まりした宿屋で夕食を取る。
 今回はヒューケラが実家のブロンディ宝石商会を継ぐ為の勉強に来てるので、宿泊したのは平均的な料金のありふれた宿屋。

 食事は街の飲食店で済ませる事が多く、朝や日が暮れて遅くなった夕食時は、アレナリアが簡単な料理を作り一緒に食べていた。
 料理の腕は今一つだが、ヒューケラにとっては姉と慕うアレナリアが作り、一緒にその手料理を食べるのだから、研修での嫌な事が忘れるくらい嬉しい事だった。
 ただそれでも仕事での失敗が続き、怒られてしまう事が何度もあり、アレナリアに当たってしまう事も。
 アレナリアもオリーブ王国の大都市アヴァランチェで、サブ・ギルドマスターとしての仕事をしていた頃は、ヒューケラと同じく他者へ当たってしまう事も度々あった。

 カズと出会って好意を寄せるようになってからは、愚痴を聞いてもらったり、慰めてくれたりしたので、アレナリアもヒューケラに同様の事をして、心がけ折れないようにしてあげていた。
 だた何度かカズとの惚気のろけ話(八割妄想)を聞かされたヒューケラは、内心苛立ちを覚えて寝付きの悪い夜も。
 そんな話をアレナリアがするという事は、自分が親しい存在になったのだと、ヒューケラは理解していたので嬉しくもあった。

 出来合いの料理を買って宿屋に戻り、二人で夕食を済ませると、ヒューケラは習ってきた事などの復習をする。
 ヒューケラのお願いでクラフトでの最後の夜は一緒のベッドで寝る事に。
 そして寝る前の日課となった、アレナリアとの雑談をしながら二人はベッドに入る。

 ブロンディ宝石商会を継ぐ知識と力を身に付けるには、大人としての経験を積ませる必要があり、その為にクラフトに来た。
 クラフトに来てから危険な目に合いはしなかったが、研修での下働きの辛さや、若干のホームシックになったりした事で、泣きそうになった日も。
 だからこそアレナリアが付き添い兼護衛役として来たのは、ヒューケラにとって良い事だった。
 ヒューケラが弱音を吐けば、アレナリアは叱り突き放す様な言い方をする。
 挫けそうになれば、優しい言葉で慰めたりした。
 父親のコーラルやブロンディ宝石商会の従業員が一緒に来ていたら、甘やかして一人での研修が失敗に終わっていただろう。

 クラフトに来てからの事を話してる内に、ヒューケラのまぶたが重くなり、静かになったと思えば寝息立てていた。
 翌日は早朝一番の魔導列車に乗らなくてはならないので、アレナリアも目を閉じて眠りにつく。


 ◇◆◇◆◇


 身支度を整えて宿屋を引き上げ、早朝から開いているパン屋で朝食用のパンを買い、クラフト駅発の帝都セントラル・ステーション中央駅行きの魔導列車の二等車両に乗る。
 腰を落ち着けたところで、買ったパンで朝食にする。
 朝が早かった事で、ヒューケラは小さめのパンを一つ食べると、クラフトを出る前に、列車の心地良い揺れで眠ってしまった。

 アレナリアはギルドの連絡手段で、カズに乗る魔導列車の日付と時間を伝えていたが、カズからの連絡はなかったので、ヒューケラが寝たのを確認すると《念話》を使いカズに呼び掛ける。
 数秒でカズと繋がり、迎えのついでに野菜や果物を買いに、ビワとレラを連れて農作の街ウエスト・ファームに来ている聞く。
 二人が乗る魔導列車で合流して、一緒に帝都へ戻ると聞き、カズとの念話が切れる。
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