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五章 テクサイス帝国編 3 帝都テクサイス

541 騎士と使用人のシンプルな住居

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 突如聞こえた従業員以外の声に、ヒューケラは視線を部屋の入口に向けた。

「……お姉さま?」

「久しぶりね。その様子だと、ワガママは健在なのかしら?」

 驚いた表情を浮かべたヒューケラが椅子から立ち上ると、勢いよくアレナリアに飛びつく。
 予想していた通りの行動に、アレナリアは一歩足を引いて倒れないようヒューケラを受け止める。
 抱き付いたままのヒューケラを落ち着かせ離れさせて、父親のコーラルに頼まれて来た事を話した。
 以前二人の視線は同じくらいの高さだったが、今はアレナリアが気持ち上を向く感じだ。
 ヒューケラの方が身長が伸び、並ぶとアレナリアより少し高くなっていた。

「子供は育ちが早いわね」

「はい?」

「何でもないわ(背はダメだったけど、はあと二年くらい大丈夫そうね)」

 アレナリアが無理してまで会おうとしなかったのは、身長が大きく抜かれていると思ったのもその一つだった。
 もう一つは抱き付かれた時に当たったので分かった。
 はまだ成長し始めで、自分の方がある、と。
 対抗心があるのはアレナリアだけで、ヒューケラはそんなこと気にも留めてない。(元々アレナリアと対抗しようとは思ってない)

 ビワが作ったハチミツ入りクッキーをお土産に渡すと、ヒューケラが慣れた手付きでハーブティーを淹れて用意する。
 少量ずつ小分けされた一袋のクッキーをおやつに、ハーブティーを飲みながらヒューケラは護衛を終えて別れてからの会話を始め、アレナリアに多くの事を聞き、目を輝かせて旅の話を聞いた。

 小分けされた一袋分のクッキーを早々に食べ終わり、話をする二人のお腹は若干の空腹を感じ始めた。
 時間は昼間近になっており、話を始めてから二時間以上が経過していた。
 そこに現在ヒューケラの身の回りの世話係として雇われている、三十代後半の女性がやって来た。
 以前の我が儘で甘えた態度とは違い、世話係の女性に対して大人びいた言動に、アレナリアがヒューケラに対する印象が少し変わった。
 何時ものヒューケラだと、そのまま部屋で昼食を取り、午後の学習に入るのだが、この日はアレナリアが来ると聞かされていた世話係の女性が、贔屓にしているレストランを予約してあると伝えてきた。
 これは雇い主のコーラルから、アレナリア大事な客が来るので、予約をいれておくように頼まれていたからだった。

 予約したレストランに向かう前に「午後の学習は休みにするので、好きに遊んで来て良いとコーラル代表から言われています」と、ヒューケラに伝えられた。
 護衛はアレナリアが一緒なら安心だから、二人だけにしてやるようにとも言付かっていたらしい。
 それは初耳だったアレナリアだが、それくらいなら構わないと承諾して、二人は昼食に向かった。 



 同時刻アイリスの屋敷に到着していたカズとレラは、先に来ていたレオラと合流した。
 ちょうど昼食の時間となり、堅苦しい食事はしたくなかったカズはどう断ろうかと考えていたが、その心配はいらなかった。
 アイリスはレオラに話があるとの事で、カズとレラは別の場所で昼食を取ることになった。
 そこでアイリスはカミーリアを呼び、当然のごとくカズとレラの相手をするように申し付けた。
 客人の身の回りを世話をする使用人ではなく、主人を護衛する為に仕える騎士に。

 この事からアイリスは、カズとカミーリアを今以上に親密にさせようとしていると思えた。
 または一番気が知れたカミーリアを付ける事で、皇女の屋敷でも気兼ねしないようにさせたという考えも、僅かながらにあるかもしれなかった。
 と、二者の考えが浮かんだカズだったが、後者な訳がないと悩むことなく前者一択だった。
 実際顔見知り程度の使用人や女性騎士が付くより、カミーリアの方が気兼ねないのは確かなので、アイリスがそう考えてないとは言い切れない。

 などと考えを巡らせるより、この後フジに会わせるを考えた方がいいのだが。
 アイリスを同席すると聞いた日に、今回の一回だけ会わすだけだと、対策を考え巡らせたのだが、これといって良い案が思い付かなかった。

 昼食はレラの要望をカミーリアが聞き入れ、屋敷で働く使用人や騎士達が住む隣の建物で食べる事に。
 レラは種類が多くて少量だけの堅苦しい食事より、使用人が食べる気楽な食事の方が良いと。
 こちらには二十人が集まって食事を取れる食堂がある。
 当然昼食の時間なので、一部の使用人以外はこちらの建物に移り、食堂で昼食を取っている。

「休憩中に俺達が入っていったら気を遣わせてしまうだろ。迷惑だから他に行こう」

「ではお屋敷に戻りますか?」

「それはそれで、一旦出たんだから迷惑だろ」

「じゃあ、カミりゃんの部屋に行こう」

「だから勝手に決めるな、レラ。外でいいだろ。池でも見ながら食べれば」

「それは…客人のカズを外で食べさせるわけに……。わかった、私の部屋でよければ」

「決まりね! 案内よろ~」

「なぜ私はレラ殿に振り回されているのだろう?」

「後悔先に立たず。レラを客人と思わないことだったな。コンルを基準に考えるなら、レラは当てはまらないぞ」

「先に言って……」

「超絶美少女フェアリーのあちしに、何を言ってるのさカズ」

 レラのれ言を無視して、カミーリアの後を付いて廊下を歩いていく。
 カミーリアの部屋は二階の一番端、カズと訓練した裏庭が見える位置にある。
 部屋の広さは十二畳程で、衣服を仕舞える二畳程のクローゼットもある。
 シングルベッドが一台と、二人用の小さなテーブルと椅子が二脚だけ。
 カミーリアの話では騎士は休暇以外では、寝に戻るだけなので、これで十分だと言う。
 休暇の日を自室で過ごす者も居るが、大抵は街に買い物に出掛けるらしい。
 使用人も他の女性騎士達も、好きに部屋の模様替えをしているが、カミーリアは買い物に出掛ける事はなく、私物は殆んどない。

 使用人として働くのは貴族の四女、五女などで、社交界に出て有力な相手を射止められなかった女性達。
 皇女に仕える女性騎士は代々騎士の家系で、皇族の女性に仕える為に育てられた者達が多い。
 そのため優秀な女性騎士は急に婚約が決まり、入れ替わる事があるらしい。
 皇族もそれを承知で、優秀な女性騎士を仕える。(そういった女性騎士は、戦闘は騎士同士の模擬戦だけで、実戦経験はほぼ皆無)
 ただレオラとアイリスに仕える女性騎士は、他の皇族達に選ばれなかったり、タイミング的に仕える事が出来なくなった者達を連れて来たので、使用人と騎士に隔たりがなく親しい。
 給金は高けれど使う事が少なく、騎士と使用人共々、貯金は多いらしい。

「話もいいけど、ご飯は?」

「私が食堂から持って来る。二人は待ってて」

「わるいな、カミーリア」

「アイリス様に任命されてるからね」

 カミーリアは食堂に昼食を取りに行くと、レラが部屋を物色しようとする。

「人の部屋を勝手に漁るなよ」

「わかってるって」

「って言いながら、クローゼットを開けようとするな」

 言うこと聞かないレラの後ろ襟を掴み、テーブルまで引っ張り戻して座らせる。
 レラは頬を膨らませたと思ったら、今度は口を尖らせて、ぶうぶう唸る。
 それもカミーリアが昼食を運んで来たら、興味はすぐ食事に移った。
 この日の昼食は、オリーブオイルと塩で味付けしたシンプルなパスタと、炒めた野菜とコンソメスープの軽食。
 匂いがこもらないよう窓を少し開け、温かい料理が冷めてはもったいないので、早速三人で頂く。

「悪くはないけど、味付けはビワの方が上だね」

「食っちゃ寝のレラが、なま言うな(味に関しては同感だけど)」

「ビワさんは料理上手なんですね」

「ずっとメイドとして働いてきたし、カーディナリスさんに料理を習ってるからかな」

「カズと一緒にいると、色々な美味しい食材が入るんだよ。カミりゃんもカズの嫁になる?」

「なんでやねん!」

 いい加減なことを言うレラに、思わず突っ込んでしまうカズ。

「ってことで、カズに貰った宝石とドレス見せてよ、カミりゃん」

「だから、勝手に話を進めるな!」

「はは…レラ殿は、コンルとは違って賑やかだね」

「レラでいいよカミりゃん」

「カミ…りゃん……(やっぱり聞き違いじゃないんだ)」

 カミーリアは苦笑いを浮かべる。

「食器を片付けてきたら見せても……」

「レラの言うことを真に受けなくてもいいぞ、カミーリア」

「見せるくらいなら大丈…夫」

 悩むしぐさを見せながら、カミーリアは食べ終えた三人分の食器を食堂に片付けにいく。
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