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五章 テクサイス帝国編 3 帝都テクサイス

515 源流の森のダンジョン と 病の元凶

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 カミーリアは自らの失態が、足手まといでは済まされないと実感した。

「申し訳ない。レオラ様が言っていた通り、完全にカズ殿の邪魔に……」

 足を滑らせただけとはいえ、自分が不用意に近付いたのが原因だと、カミーリアは責任を感じて肩を落とし項垂れた。

「ここでこうしててもしょうがないので、奥に進みましょうか。出れないのであれば、出る方法を探しながら調査します」

「そう…ですね。元々の目的はそれですし」

「頼まれたのは俺なんで、カミーリアさんには無事に戻ってもらわないと(少し嫌味に聞こえたか。でも本当に無事に戻ってもらわないと、レオラがなんか言ってきそうな気がするんだよ。カズが付いてながら、とか)」

「何を言いますか! 私に何かあっても、カズ殿にこそ無傷でいてもらわなくては、それこそアイリス様だけではなく、レオラ様にも会わす顔が」

「カミーリアさん落ち着いて。別に俺が犠牲になるとか言ってる訳ではないんですから。それに冒険者にとってケガは当たり前です(ガザニアだったら、危険かどうかカズお前が先を見て来い! とか、言うんだろうな。少しはマシになっただろうか?)」

「重ね重ね申し訳ない……カズ殿」

 忠義に熱いのか、他に何か理由があるのかわからないが、真面目なカミーリアを見てカズはとても好意が持てた。

「まあ、そう落ち込まずに。新しく出来たダンジョンだとしたら、そんなに深くはないでしょう」

「ダンジョン!?」

「ええ」

「だから出れなかったのですか?」

「そういうダンジョンもあるんですよ。俺が先に進みますので、カミーリアさんは足元に気を付けて、後ろを付いて来てください」

「わかりました」

 カズは自分だけあまり汚れておらず、対してすごく汚れた格好のカミーリアを見ていると、自業自得とはいえなんだか少しかわいそうに思えてしまった。

「また汚れるでしょうけど、一度汚れを落としましょうか。気持ち悪いでしょう」

 カズはカミーリアに〈クリーン〉を使い、泥や苔で汚れた全身をキレイにした。

「何から何まで申し訳ない」

「まあそう気にならさず」

 カミーリアをフォローしつつ、二人はダンジョンの奥へと歩を進めて行く。
 うねる木の根や苔の天井からは水が滴り落ち、湿度が高くなり空気は重い。
 分かれ道を右へ左へ、時には木の根と苔で塞がれた壁を切り開き、魔素マナが濃い方へと進む。
 ダンジョンに入って三十分も経過してないが、未知の狭く暗い場所を移動している事に不安を感じ、カミーリアの息遣いが少し荒くなってきていた。
 移動速度をカミーリアに合わせて更に奥へ進むと、少し広くなった空間に出たので小休止する。

「まったく外に出られる雰囲気がないのに、カズ殿は平気なんですか?」

「不安がない訳じゃないけど、ダンジョンには何度か入ってますから」

「さすがレオラ様が認めた方です。それに比べ、私は…無能な騎士です……」

 全く役に立たない自分が嫌になり、カミーリアは涙ぐむ。

「魔素の濃い方に向かって来たので、そろそろ何かしら発見してもいい頃だと思うんですよ。いざとなったら、奥の手を使うので大丈夫です(騎士と言っても、やっぱり女性か)」

「本当…ですか?」

「試してませんが、たぶん大丈夫かと(エスケープで外に出れなければ、ゲートで抜け出せるだろう。マップで外も表示されるし、魔素が外に流出してるんだから、完全に隔離された空間じゃないはずだ)」

「ここではカズ殿の命に従います。私のこの命、預けます」

 目頭に薄っすらと涙を残したまま、カミーリアは真剣な眼差しでカズを見る。

「わかりました。ですがそう重く考えないでください。それに美人の方に真っ直ぐ見られると、なんか恥ずかしいです(言う事に従ってくれるなら、もっと早く森に入ってからとかにしてほしかった)」

 カズは気を紛らわそうと話題を変えて、カミーリアの容姿を褒めた。

「わ、私が……ありがとうございます」

 カミーリアは思わぬ言葉に、頬を染めてカズから目を逸らした。
 和ませるつもりが、逆に気不味い雰囲気になってしまい、二人は沈黙してしまう。
 その時、厚い苔の生える壁の一部から、甘いような匂いと共に、今まで以上に濃い魔素マナが流れて来た。

「人族がここまで来るなんて。そんなに急がなくてもいいのに」

 突如として女性の声が聞こえ、カミーリアは腰に携える剣をすぐに抜ける様に身構え、カズは声の聞こえた厚い苔の生える壁を突き破った。
 厚い苔の壁の先には広い空間があり、その奥には何本もの木の根が浸かる小さな池があった。

「ようこそ。美粧の園へ」

 カズとカミーリアが声のする方を見ると、そこにはより太い木の根から生えた3メートル以上ある、うら若い裸の女性の姿をしたモンスターと思われる存在が居た。

「びしょうのその?」

「そうよ。マーメイドやセイレーンの魔力は、あたしが美しくなる為に必要不可欠なの。ここは、その連中を呼び寄せる為の魔素撒き餌を作ってる所なのよ」

「高熱と夢遊病を起こしてる原因は、この微かに甘い匂いの霧か」

「ええ、そう。この美しいあたしの成分が含まれた霧よ。大丈夫、痛みや苦しみはないから」

「やけに素直に話してくれるじゃないか」

 カズは話しながら《分析》し、モンスターの正体を暴く。
 それは知恵のある植物系モンスターの『アルラウネ』だった。
 自身が美しくなる為に他の生き物を引き寄せ、糧として魔力を吸い、血肉を自身が支配している樹木の養分とする。

「フフフっ。ここはあたしにとって最高の場所なの。だから糧となるあなた達は、絶対に逃さない」

「カズ殿、あれはなんですか?」

「あら、そちらの人族はとても美しいわね。嫉妬しちゃう。あなたの魔力を吸収すれば、あたしはもっと美しくなれる」

「な、何を言ってるんだ。コイツは!」

 アルラウネは不思議そうにカミーリアを見る。

「変ねえ? あたしの霧を吸って、正気を保ってるなんて。人族には効果が薄いのかしら?」

「あれはモンスターのアルラウネ。聞いていた通り、夢遊病の原因を作った元凶です」

「と言うことは、コイツを倒せば病は消えて、私達もここから出られるという事ですね。戦闘ならお任せください」

「ちょ、待って(どこが言う事を聞くだ!)」

 カズが止めるのを聞かず、カミーリアは腰に携えた剣を抜き、アルラウネに向かって行く。
 アルラウネはカミーリアを捕まえようと、何本ものつるを伸ばす。
 迫るつるを切り払い、アルラウネに剣が届く距離まで近付くと、太い木の根を駆け上がり、その首を狙って斬り掛かる。
 しかし剣を振り下ろそうにも、両手両足と胴体につるが巻き付き、アルラウネから引き離されて、宙で大の字にされて身動きが取れなくなる。

「惜しかったねえ。近くで見ると、より美しい。おまえを吸収したら、あたしはどれだけ美しくなるだろうか」 

「ふざけるな! キサマのようなモンスターになんか……」

「身動きが取れないのに、威勢だけはいいのね。あなたの後は人魚達の魔力をいただくわ」

「残念だったわね。病になった人魚達は、村から避難してるから誰もここには来ない」

「それは一時的なこと。次にこの濃い霧を森の外まで流せば、すぐにあたしの魔力を求めて戻って来るわ」

「村から離れて治ったんじゃなかったの!?」

「お話はここまで」

 アルラウネは笑いを浮かべ、カミーリアを更なるつるで縛り付けようと動く。

「まったく〈ウインドカッター〉」

 そこにカズが放った風の刃が飛来し、カミーリアを捕らえているつるを切る。
 落ちて来たカミーリアを抱えて、カズはアルラウネから距離を取った。

「ここでは、俺の言うことを聞くんじゃなかったの」

「申し訳ないカズ殿。戦闘なら役に立つと……申し訳ない」

 自身の腑甲斐無さに、カミーリアは歯を食いしばり落ち込む。

「悔やんでる暇なんてない。顔を上げろ」

「は、はい」

「カミーリアは自分の身だけを守ること。アルラウネは俺が対処する」

「しかし」

「ここでは命令を聞くんだろ」

「……承知しました」

 カミーリアには後方で自身の身だけを守るようにキツく言い付け、カズはアルラウネの対処に向かう。

「美しくない者に用はないのよ。あたしの糧になんてしたくないし、目障りだから死んで」

 アルラウネが合図をすると、カズの周囲の木の根や、カミーリアに斬られたつるが再生し、それが鞭のようにしなり迫る。
 カズは一枚の刀の絵が書かれたトレカを【アイテムボックス】から出し、それに魔力を込めて実体化させ、迫る木の根を斬る。
 魔法で出された光の玉が照らすその刀の刃紋は、あかい炎が揺らめいでるかの如く美しい。
 カズが使用している刀に斬られた箇所は、焼き切られたようになっており、それ以降再生される事はなかった。

「美しい色をした剣だね。おまえには相応しくない。あたしがそれを使い、人魚共の血で更に赤く美しい仕上げてあげる」

「モンスターのお前なんかに、この刀が使えるか」

「なら、あの女騎士に使わせるさ。ここの魔素を長く吸っていいれば、いずれ人魚共と同じ様になるからね」

「女性しか発病しないって事か」

「ハハハっ! 正解の褒美だよ。死にな!」
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