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五章 テクサイス帝国編 2 魔導列車に乗って

447 覚悟が出来ぬ男から出た修羅場

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「うるさいなぁ。気持ち良く寝てるのに。……ん、何かあったの?」

 アレナリアの大声でレラが起き、三人の表情を読み取りにやりとして状況を判断した。

「はは~ん。なるほどなるほど。で、カズはどっちと寝るのかな? かな? かなぁ~?」

「おまッ、寝てたんじゃないのか!」

「やっぱりそういう事なんだ! にっちっち」

「こういう時だけ鋭いのやめろ!」

「なんの事かわからないも~ん。だから、説明して~」

 既に状況を理解しているレラは、面白そうだと判断し、今までの出来事の説明を求めた。

「お前には昨日作ったプリンは食べさせん」

「なんでよ横暴だ! 元はと言えば、ハッキリしないカズが悪い! アレナリアにするのかビワにするのか選べ」

「な、何を言って…お前も酔ってるのか?」

「そうよカズ! 私を選ぶの? ビワを選ぶの?」

「え、選ぶも何も」

「言っちゃえ言っちゃえ」

「ビ…」

「ビワを選ぶの!」

「え! わ…私を……」

「ちょっと待て待て。とりあえず宿に戻ろう。ここだと人目がある」

 周りに居る家族連れからこれ以上注目を浴びてるのは不味いと、カズはレラを小脇に抱えて急いでその場を離れる。

 近くに居た全ての家族連れからは、小声で修羅場という言葉が何度も聞こえてきたが、知らないふりをした。
 が、お決まりのごとく一人の小さな子供が「しゅらばってなぁに?」と、周りに聞こえるような声量で両親に聞きた。
 注目がそちらに向くと、三人は歩く速度を上げて牧場を離れた。
 悪気がないとはいえ、子供の両親も居た堪れなくなり、その場から移動した。

 宿屋に戻るとアレナリアの酔いも冷め、少し冷静さを取り戻した様に見えた。
 椅子に座るアレナリアとビワの前で、カズは正座をしてした。
 レラはベッドの上でゴロゴロして、その光景を面白そうに見ていた。

「えーっと、先程の失言につきまして、改めてお詫びします。ごめんなさい」

「謝るって事は、ビワをもてあそぶつもりだったの?」

「そんな事は決して」

「アレナリアさん。カズさんはそんな事しませんよ」

「そうよね。違ったわ」

「っほ……(ビワは怒ってないようで良かった)」

「はあ? 何、ほっとしてるの? 肝心な話は終わってないのよ。ハッキリさせましょう。私? それともビワ?」

「え…あ…いや…その……(アレナリアを止めてくれビワ)」

 カズの願いも叶わず、ビワもカズの答えを待った。

「答えてもらいましょうか?」

 アレナリアは椅子から降り、仁王立ちして正座するカズを見下ろす。

「さぁ。さあ! さあ!!」

 ハッキリしなかった自分が悪いのは分かっていた。
 帝国に着いたものの情報収集がままならず、ビワの記憶と足跡探し、レラの里探しのどちらも出来てない。
 旅の目的が何も達成出来ていないのに、二人との関係を深める訳にはいかないというのが、カズの内心だった。
 しかし今回は言い訳をして、この場をあやふやにするのは駄目だと感じ、自分の考えをちゃんと三人(一応レラにも)に伝えることにした。

「いつまで黙ってる気かしら? それが答えなの?」

 時間が経つにつれて、アレナリアは明らかに苛立ってきていた。

「アレナリア落ち着いて。ちゃんと話すから」

 カズは静かにゆっくりと深呼吸をして、自分の気持ちを話す。

「単刀直入に言うと、二人のことは好き。ただ、現時点でどちらを選ぶとかは、まったく考えてはない。アレナリアとは一線を越えてしまったのに、こんな言い方をするのは駄目だとわかってる」

「あれは私が望んだ事なんだから謝らなくていいの。私が哀れになっちゃうじゃない」

「おっしゃる通りです。ごめんなさい」

「キッシュがカズから離れて、私だけ見てくれると思ってた。でも違った。悔しいけど、カズがビワに引かれてるの、かなり前から気付いてた」

「……アレナリア」

「聞くけどあの一夜は、元居た世界を忘れる為の慰めだったの?」

「違う。違う違う。当時の事を思い返すと、そういう気持ちが無かったと言ったら嘘になるかも知れない。でも頭の片隅で戻れないのかもと……こっちでの繋がりが欲しかったんだと…思う。曖昧で最低だな。ごめん……」

 全員が黙り、部屋が重苦しい空気になる。
 その沈黙を破って口を開いたのはビワ。

「……私の気持ちを言ってませんでした。私もカズさんが好きです。お屋敷で初めて会ってから色々な事がありました。たくさん助けてくださって、今では私の生れた所を探して旅をしてくれてます。守ってもらっているうえ、足を引っ張っているのに、好きになってこれ以上迷惑をかけてしまっては駄目なんだと。アレナリアさんがいるのに、自分なんかがお二人の間に入り込んではと、言い聞かせた事もありました」

 ビワの話をカズとアレナリアは黙って聞く。
 たまに話し方を崩す事もたまにあったが、殆どビワの会話は他人行儀のような話し方。
 それが今回、ビワの心の内が聞けたことにより、長い間気を遣わせてしまっていたんだと、カズとだけではなくアレナリアも反省した。

「そんなに……ごめんねビワ。これからはもう何も遠慮しないで。って言っても、また遠慮しちゃうのよね。なら……カズ立って」

「え?」

「早く」

「あ、はい」

 正座するカズをアレナリアは立たせた。

「高いわね。ちょっとかがんで」

 アレナリアの言われた通りにし、カズは膝を曲げて中腰になる。

「行くわよ!」

 次の瞬間カズの頬にアレナリアの強烈な平手打ちビンタが命中し、バチーンと大きな音を立てた。
 中腰だったカズはくるりと半回転して倒れ、叩かれた頬を押さえる。

「うわッ! 痛そう」

 その光景を見たレラは顔をしかめて、ビワは驚き両手で開いた口を押さえた。
 
「これで少しスッキリしたわ。次はビワの番よ」

「わ…私は……」

「遠慮しないの。モヤモヤした気持ちを込めて、一発思いっきりやってやりなさい」

「で…でも……」

「ずっとこのままなんて嫌でしょ」

 カズは起き上がりビワの正面に立ち、構えないように目を閉じる。

「やってくれビワ」

「……はい」

 覚悟を決めたビワは、椅子から立ち上り手に力を込める。

「手加減しちゃ駄目。全力でやるのよ。そうね、カズのバカ! とでも言ってやりなさい。そうすればもっとスッキリするわよ。言っておくけど、叩くからって謝っては駄目だからね」

「え、ぁ…はい。……いきます」

「一発と言わず、気の済むまで叩いてもらっても。……どうぞ」

 ビワは罵声を浴びせず、平手打ちビンタだけをした。
 全力でカズの頬を打つ音は、パチーンとアレナリアの時よりも軽い。
 アレナリアの時とは違い、カズの顔は少し横に動く程度。
 全力でビワが何度も叩こうが、カズにとって痛みは微小。

「もっと叩い……!」

 カズは目を開けて喋り出すと、ビワがカズの両頬を押さえ、そのまま自分の唇をカズの唇に重ねた。

「お!? おお! やるじゃんビワ」

「な、なッ、何してるのビワ!」

 希に見せるビワの大胆な行動に、カズだけではなくアレナリアも驚き、レラは転がってたベッドから身を乗り出して興奮する。


「た…叩いてしまうので、先に謝ろうと思ったんです。でもアレナリアさんが謝っては駄目と言うので、代わりに……」

 勢いでした自分の行動が恥ずかしくなったビワは、一歩下がって顔をカズから反らした。
 たまに恥ずかしがり赤くなる以上に赤面していた。
 予想外の出来事に、アレナリアは口を開けたまま呆然と立ちつくす。

「にっちっち。お~いアレナリア、顔があくびをした豚みたいだよ(これは面白い事になってきた)」

 レラの声でハッと我に返ったアレナリアが、二人の間に入り距離をとらせる。

「そこまで! まだ話は終わってないんだから!」

「わ、わかってる(まだ柔らかい感触が)」

 カズのだらしない顔を見て、アレナリアはイラッとし、額に血管が浮かび上がり、もう一発まそうか手に力を込める。
 アレナリアの顔色が変わり、握り拳に力を込めるのに気付いたカズは、それを察して半歩下がり受ける覚悟を決めた。
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