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五章 テクサイス帝国編 1 大陸最大の国

430 狙われたアラクネ

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 次第に雲が厚く風も強くなり、雨もポツポツと降りだしてきた。
 足早になるアレナリアに、クルエルも歩く速度を上げて付いていく。
 メリアスの家まであと少しの所で、空がゴロゴロと鳴りだし雨も本降りなる。
 二人は走りメリアスの家に着くと、クルエルが扉に手を掛けて開ける。
 二人は雨を避けるため急いで中に入った。
 アレナリアは濡れたオーバーコートを脱ぎ、クルエルは体に付いた雨水を軽く払う。

「開いててよかったですねアレナリアさん。メリアス姉さんもう帰ってるみたいですね」

「帰って……?」

「今、拭くもの持ってきますね」

 違和感を覚えたアレナリアは、扉を開け外側から鍵穴を確かめると、クルエルを追い掛けリビングルームの方へと慌てて走りだす。


 ≪ 十数分前 ≫


 雨が降りだした頃、パフ手芸店の裏口から訪れる者が居た。

「パフ姐さん居りますか?」

 裏口の扉が少し開き、隙間からパフが外を覗く。

「……メリアスかい?」

「家の方が留守だったんで、こっちに来たんやけどってよかった」

「どうしたんだい?」

「クルエルのことなんやけど、暫く預かってもらえないかと相談に」

「プルドの噂かい?」

「やっぱり知ってはりましたか!」

「見慣れない物騒な連中を見たってのも聞いた」

「それ本当ですか?」

「ああ。だからアレナリアのお嬢ちゃんにクルエルを連れ帰ってもらったよ。三十分程前にね」

「……嫌な感じがしますよって、うちもすぐ帰ります(戸締りはしっかりある。鍵はクルエルが持ってるから家には入れる。だから大丈夫のはず。でもこの胸騒ぎは……?)」

「あ、メリアスちょっと待ちな。行くならわたしの傘を……」

 パフ止めるのも聞かず、雨の降る中を自宅へとメリアスは急ぐ。
 メリアスは低い建物は乗り越え、最短距離を選び走る。
 ずぶ濡れになりながら自宅に着くと、錠の壊された扉を開け、明かりを点けず暗い屋内へと静かに入る。

「クルエル……?」

 リビングルームの手前で、メリアスはクルエルの名前を呼ぶ。
 耳を澄ませるも、聞こえるのは激しい雨と雷の音だけ。
 自宅だというのに妙な違和感を感じ、明かりを点けようと壁にあるボタンに手を伸ばす。

「おっと、そこまでだ」

 気配を感じなかったのにも関わらず、メリアスの近くで男の低い声がした。

「誰? 何?」

「それは知らなくてもいいことだ。動くとこっちのアラクネが傷つく事になるぞ」

 鉱石ライターに火を付け、口を猿轡さるぐつわをされ縛られたクルエルを照らす。

「クルエルっ!」

 今度は鉱石ライターの火がアレナリアを照らす。

「アレナリアさんまで!」

「護衛を雇うなら、こんなんじゃなく、Aランクのパーティーにでもするんだったな」

「ごめんなさいメリアスさん。私が油断したせいで、クルエルを人質に…」

「勝手に喋ってんじゃねぇ!」

 男の一人がアレナリアを壁まで蹴り飛ばすと、アレナリアは頭を打ち気を失う。

「エルフは殺るな」

「チッ、そうだった」

「殺るのはそっちのアラクネだ」

 一人の男が命令すると、男二人が短剣を抜き、一方がメリアスの脚を切り、もう一方が胴体に剣を突き刺す。
 その光景を目にしたクルエルは、大粒の涙を流しながら拘束を解こうと暴れる。
 すると二人の男に命令していた男が、クルエルの後頭部を殴り気絶させる。
 熊の獣人に合図を送り、気を失ってるアレナリアとクルエルを担ぎ運び出していく。


 同時刻アレナリアの帰りを待つレラとビワの元に、突如としてカズが〈ゲート〉を使い移動してきた。

「わ! 驚かさないでよカズ」

「レラは無事だな。ビワは?」

「ビワならごはん作ってるよ」

 キッチンで夕食の支度をしているビワを見て、二人の無事を確かめる。

「どうしたんですか? カズさん」

「アレナリアはどこに?」

「アレナリアさんならクルエルさんを送りに、メリアスさんのお家に」

「バリア・フィールドを掛けておくから、二人は部屋から出ないように」

 防御結界魔法を掛けると、カズは勢いよく部屋を出てメリアスの家に向かった。


 ≪ 五分前 ≫


 ヤトコを鍛冶場まで送り、食料を【アイテムボックス】から出していると、アレナリアからカズの元に《念話》が繋げられた。

「『カズ助けてメリア─……クルエ─』」

 電波状況が悪い場所で電話をしているように、アレナリアが繋げてきた念話が途切れ途切れになっていた。

「『どうしたアレナリア? アレナリア!』」

 この時アレナリアは、クルエルを人質に取られた事で動けず、待ち伏せしていた連中に縛り上げられた事で集中が出来ず、念話が切れてしまった。

「急用が出来たんで、俺行きます!」

「おいカズ、どうし…」

 慌てたカズはヤトコの話も聞かずに、鍛冶場のある小屋を出ると同時に〈ゲート〉を使用し、バイアステッチで借りている部屋に繋げ移動したのだった。


 ≪ そして現在 ≫


 メリアスの家の前に着くと、わずかな扉の隙間から漂ってきた血の臭いがカズの鼻を突く。

「鍵が壊されて……『アレナリア! アレナリア!』(くそッ、アレナリアに念話が繋がらない。……だめだ落ち着け。そう、マップだ)」

 血の臭いがするメリアスの家に入る前に【マップ】の範囲を狭めて建物内の反応を確認する。
 敵対する反応は無いが、動かず今にも消えそうな反応が一つ。
 カズはメリアスの家に入り、最初の扉を開け目を疑った。
 すぐリビングルーム部屋の壁にあるボタンを押して、部屋の明かりを点ける。
 一歩く毎に足元はねちゃりとする。

「メリアスさん!」

 カズが見たのは三本の脚を切断され、刺された胴体から血が止まらず流れだし、倒れているメリアスの姿。
 部屋一面はメリアスの血で染まり、カズが先程踏んだねちゃりとした液体はメリアスの血。
 ソファーの上には濡れているオーバーコートと、壁際の床にはアレナリアの杖が転がっていた。
 凝視して確かめるが、ただ雨で濡れただけのようで、どちらにも血は付いてない。

「カ…ズさん…やね。クルエルとアレナ……リアさんが……」

「喋らないで、すぐに治療する」

 アラクネは自己治癒力の高いとカズは聞かされていたのに、目の前で倒れているメリアスは明らかに弱っていた。
 カズは【万物ノ眼】を使用して、メリアスのステータスと状態を確認した。

「血が止まらないようにする毒か。これくらいなら〈キュアヒール〉」

 解毒と回復の両方に効果のある魔法で、メリアスの体内にある毒が消え、流れ出していた血が止まりだす。
 メリアスの意識はあるものの、視点がハッキリと定まってない。

「よし、毒は消えた。あとは脚を……これで〈ハイヒール〉」

 かつてキウイの義理の父の欠損した足の指を元に戻した回復魔法を、メリアスの切り離された脚を元の場所に接触させながら複数回使用した。
 切断されたメリアスの各脚がくっつき、胴体を刺された痕も何事も無かったかの様に消える。

「うちの脚が……刺された傷も。カズさんあんた?」

 目の前の出来事に驚愕し、メリアスは複眼を含めた目を大きく見開き、カズに質問をしようとするが、よたよたとして足元が覚束ない。

「血を流し過ぎてるんだから安静に。悪いが話をしてる時間はない。すぐにアレナリア達を追う」

 《分析》でメリアスの状態を確認し、死ぬ危険はないと判断すると【マップ】を範囲を広げ、アレナリアの反応を探した。
 念話の繋がらないアレナリアを即座に見つけると《隠密》と《隠蔽5》を使用し、アレナリアのオーバーコートと杖を【アイテムボックス】に入れ、メリアスの家を飛び出す。
 アレナリアを目標にゲートを繋げて移動する事も出来たが、相手の情報も分からないため走って追い掛ける事にした。
 目標はメリアスの家から北西に2キロメートルの路地を移動中。
 あと数百メートルの所で、目標が建物内に入り動きを止める。
 建物内の中にはもう一つの反応もあった。


「傷付けずに連れて来いと言ったろ」

「暴れから気絶させたんだ」

「そっちのはなんだ?」

「ボーナスだ! 奴隷として売れば、好き者が高値を付ける」

「足が付いたらどうする。金はから回収しただけでも十分だろ」

「チッ、仕方ねえ。ボーナスは諦めるか。おい」

 男が合図すると、熊の獣人が担いでいたアレナリアを放り投げ、クルエルを丁重に下ろす。
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