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五章 テクサイス帝国編 1 大陸最大の国

423 街に来た新たなアラクネ

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 傭兵と思われる五人の姿が見えなくなるまで離れると、アレナリアは緊張を解いた。
 自身が乗っているアラクネの体を見て、金属製の網が擦れた事で出来た細かい傷が所々にあることに気付く。

「ここまで来れば大丈夫でしょ。もう走らなくていいわよ」

「はぁはぁ。あ、はい」

 アラクネは少しずつ減速して、小走り程度まで速度を落とした。

「あの網でかすり傷が多く出来たみたいね」

「これくらいなら大丈夫…」

「いいから。今、治すわね〈ヒーリング〉」

 アレナリアはアラクネに回復魔法を掛ける。
 体の所々にあった小さな傷は治り消える。

「ありがとう。でもあなたの方が、足は大丈夫ですか」

 アレナリアが狼の獣人に掴まれた、足の傷を心配する。

「ええ大丈夫。乗せてもらって悪いわね」

「いえ、助けてくれてありがとう。えっと……」

「私はアレナリア。あなたクルエルであってる?」

「はい。どうして私の名前を?」

「パフさんに頼まれて迎えに来たのよ」

「パフ…さん?」

「パフさんは、メリアスさんに頼まれたって言ってたわ」

「メリアス姉さまに!」

「ええ。途中で合流するつもりだったんだけど、おかしな足跡を見つけたから、気付かれないように追って来たの。そうしたら拘束されてるクルエルあなたを見つけたのよ」

「あの人達が急に、私を誰かの所に連れて行くって。私、怖くて」

「その誰かって心当たりはない?」

 クルエルは首を横に振る。

「そう……あ、私は本当に頼まれて来たから。証拠にこれ見せればいいって渡されたの」

 アレナリアは刺繍の入ったスカーフをクルエルに渡した。

「これ、私が刺繍したのです」

「これで信用してくれた?」

「はい。助けてくれてありがとう。アレ…」

「アレナリアよ」

「アレナリアさん」

 クルエルを救出してか一時間後、遠くにバイアステッチの街が見えてきた。

「少し遠回りになっちゃったけど、街が見えてきたわね」

「あれが裁縫の街バイアステッチ」

「いつまでも乗せてもらってるの悪いから、そろそろ降りるわ」

「大丈夫。アレナリアさん軽いから。それに足を怪我してるのに、歩かせるわけには」

 クルエルは振り返りアレナリアの足を見る。

「もう大丈夫よ。ほら」

 アレナリアはオーバーコートをめくり素足を見せる。
 狼の獣人に掴まれた足には、若干の爪痕が残っていたがほぼ治っていた。

「アレナリアさんも自然治癒力が高いんですか? アラクネの私達みたいに」

「いいえ。魔力が少し回復したから、さっきヒーリングで治癒したのよ(魔力の回復は、カズが付与してくれたブレスレットのお陰。もう一度ヒーリングを使えば、完全に治るわ)」

 クルエルはアレナリアを乗せたまま、バイアステッチに向かう。
 それから移動すること一時間、二人はバイアステッチに入った。
 アレナリアはもう一度自身の足に〈ヒーリング〉を掛けると、クルエルから降りてパフ手芸店へと案内をする。
 見たことのないアラクネに、周囲の人々はクルエルに視線を集める。
 恥ずかしそうに下を向き、クルエルはアレナリアの後を付いて行く。
 当初予定をしていたよりも早く、パフ手芸店に戻って来ることが出来た。
 アラクネのクルエルが居るので、アレナリアは正面から店に入る。

「パフさん、戻ったわよ」

「おや、やたらと早かったね。戻ってるのは、早くても夕方頃だと思ってたよ」

「クルエルが結構近くまで来てたの。あとまあ、色々とあって」

「じゃあその色々は後で聞くことにするとして、あんたがクルエルだね。メリアスから聞いてるよ」

「は、初めまして」

「その体格なら大丈夫そうだね。店を閉めるまでアレナリアのお嬢ちゃんと、奥で待っててちょうだい。グレーツ、プフル」

 パフに呼ばれグレーツは奥の部屋から姿を現す。

「アレナリアさん。と、彼女がクルエルさんですか?」

「そうよ」

「今日は早めに店を閉めるよ。二人を奥で休ませるから、グレーツとプフルはこっちで仕事して」

「わかりました。プフル早く来なさい」

「わかってる。グレーツちゃんはいつも急かすんだから。あ、アレナリアさんと……誰?」

「今朝パフさんに聞いたでしょ。クルエルさんよ」

「クル…クルエ……クルっちだね!」

「くる…っち?」

「またそういう呼び方をする」

「いいのいいの。よろしくクルっち。あーしプフルね」

「あの、はい」

「狭い所ですが、奥へどうぞどうぞ」

プフルあんたが言うんじゃないわよ」

 パフに対して失礼な発言と取ったグレーツが、プフルにツッコミ注意する。
 戸惑いながらも、クルエルはアレナリアと共に店の奥へと移る。

「あれ? 広くなったわね?」

「お帰りなさい。アレナリアさん」

 部屋の中央に置かれていたテーブルが片付けられていたため、クルエルが入っても窮屈になることはなかった。

「テーブルどうしたの?」

「お客様が来るからと、お隣に預かってもらってるんです」

「隣は確か、糸の専門店だっけ?」

「はい。裏の物置なら大丈夫だとかで、置かせてもらってるんです」

「用意がいいこと。紹介するわ。私が迎えに行った、アラクネのクルエル」

「こ、こんちは。クルエル…です」

「は…初めまして。ビワ…です」

 ビワとクルエルは人見知りということもあり、同じ様に口ごもった喋り方をする。

「クルエル用の椅子は…さすがに無いわね」

「私はここで大丈夫です」

 クルエルは膝を折り壁際にかがみ、アレナリアはビワの隣の椅子に座る。

「ハアァ。疲れた」

「すみません。私が……」

「クルエルのせいじゃないでしょ。悪いのはあの連中」

「何かあったんですか?」

「ちょっとね。パフさんに話したら、ビワにも後で話すから」

 アレナリアはホッと一息つき、クルエルは見知らぬ場所に来たことで、少々緊張している。
 それはビワも同様のことで、ボタンの付け替えを手間取ってしまい、コロコロと手からボタンを落としてしまう。

「「あ……」」

 ビワの手とクルエルの手が同時に動き、ボタンを拾おうとして触れ合いそうになる。

「あの…」

「その…」

 お互いに手を引っ込め、相手の顔を見る。
 自分の方がボタンに近いと、クルエルはもう一度手を伸ばしてボタンを拾いビワに渡す。

「あ…ありがとうございます」

「い、いえ」

 暫しの沈黙が流れ、先に口を開いたのはビワ。

「刺繍見せてもらいました。とても繊細で綺麗でした」

「あ、ありがとう。私、服とか作るのは他の人より下手で、刺繍をずっとやってたから、そっちで仕事がしたくて」

「あんなに細かい刺繍は、私には出来ません。クルエルさんを尊敬します」

「そ、尊敬だなんて。私なんてまだまだで……」

 ぎこちないながらも、ビワとクルエルは言葉を交わし、互いの距離が縮まっていく。
 アレナリアは気が抜けたのか、いつの間にか寝てしまっていた。
 寝てしまったアレナリアを起こさないように、ビワとクルエルは小声で話を続けた。

 そしてアレナリアとクルエルがパフ手芸店に来てから一時間後、メリアスがやって来た。
 メリアスを店の中に入れると、パフはグレーツとプフルに指示をして店を閉めた。

「すいませんパフ姐さん。気になって早く来てしまって」

 パフはアレナリアが出発した後、メリアスに連絡をしていた。

「あと一、二時間もしたら、二人は着きますやろか?」

「もう着いて奥の部屋にいるわ」

「え!? もう?」

「一時間くらい前にね。先に店を片付けるから待ってて。グレーツとプフルは、片付け終わったら上がってちょうだい」

「あーしもメリアスさん達と話したいなぁ」

「すまんねぇプフル。これからクルエルのことで、パフ姐さんと話さなぁならんのよ。また今度」

「……は~い」

「クルエルを頼むつもりやから、様子を見にちょくちょく顔を出すつもりやから、またその時に」

「は~い」

 プフルは渋々了承する。
 店の後片付けは十五分もしない内に終わり、奥の部屋に置いてある荷物を持ち、プフルは一緒に夕食に行こうと、ビワとアレナリアを誘う。
 
「私はパフさん達と話があるから、ビワは二人と食べてきていいわよ。店の場所を教えてくれれば、迎えに行くから」

「だって。アレナリアさんがいいよって言うんだから、行こうビワっち」

「でも……」

「行ってきなさい」

「わかりました」

「もし間に合わなかった、二人の部屋で待たせてもらって。いいわよね?」

「はい。わたし達は大丈夫です」

「だったらすぐ食べれるのを買って、あーし達の部屋で食べよ。そうすればアレナリアさんが二度手間にならなくていいっしょ」

「プフルが珍しく良いこと言うなんて、何か悪いものでも食べた?」

「ちょっ、失礼しちゃう。あーしはいつも良いこといっぱい言うもん!」

「いつまで騒いでんだ! ここは狭いんだから、三人は早く夕食に行きなさい!」

 パフに怒鳴れると、グレーツ、プフル、ビワの三人は店を出て、夕食の買い物に向かった。
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