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四章 異世界旅行編 3 セテロン国

381 大峡谷のモンスター

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 カズがこうして大峡谷を渡る船を観察していると、乗船場所で騒ぎ出す一人の商人が居た。
 それはまさしく、油断し乗船券をスリ盗られた先程の人物だった。
 乗船場所で出港時間まで気を抜き、隙を見せたところをスリにあう。
 乗船してしまえば狙われることがないものの、乗船券を持つだけて大峡谷を渡れるとおごり油断した結果が現在の騒ぐ商人だ。

 乗船場所で騒ぐ商人から乗船券をスリ盗ったのが誰か、カズはその犯人がすぐに分かった。
 渡船に乗船してきた男が、笑いをこらえながら、ぶつぶつと独り言をしていたのをカズは見ていた。
 思いのほか男の声は大きく、独り言の一が聞こえてきた。

「盗まれた奴が悪いんだ。おれは悪くない。この腐った国が悪い。どうぜあの野郎だって騙して手にした金だ。船に乗りたけりゃまた買えクソがクソがクソが……」

 男は独り言が大きくなっていることに、ハッと気付き声を落とす。
 が、帝国に渡る渡船に乗れたことの嬉しさにから、笑いを押さえることが出来ず、ニヤニヤしながら甲板の端に移動した。
 そんな出来事など目もくれず、レラは大峡谷の彼方かなたを眺めて見向きもしない。
 アレナリアとビワはそんな元気のないレラの側に寄り添い、一緒に大峡谷を見渡す。
 ただし視線は遠くを向き、下を向かないようにしている。
 もちろん怖いからだ。

 船の出る時間になると、速度の早い高速船スカイエアーが一番最初に出港する。
 続けて大船スカイクラウド、最後に渡船が帆を張り風を受けて出港した。

 出港から一時間もすると、カズ達の乗る渡船と大船スカイクラウドの距離がどんどんと離れ、最初に出港した高速船スカルエアーは遥か先へと進み、見える大きさは指先程度にまでなっていた。
 乗船券しか持っておらず、船内に入れない乗客はカズ達を除き、甲板に六組十三人居る。
 殆どの者が仲間同士一ヶ所に集まり、体を寄せあって冷たい風から体温が下がらないように身を守っていた。
 一人の者はしゃがみ込み体を丸め、やはり寒さから身を守る。
 乗船場所で商人から乗船券をスリ盗った男も同様、寒さに震えながら耐えていた。

「寒いだろ。大部屋に入ろうか?」

 カズが三人に船内へ入ろうかと進める。

オーバーコートこれ着てるから大丈夫。アレナリアとビクは中に入っていいよ。あちしはカズとここにいるから」

 レラの気持ちは未だに沈んだまま。
 暗い大峡谷を眺めているから、尚更なのではないかと。

「私も大丈夫なので、このままレラと一緒にいます」

「三人が外で私だけ船内ってのもねぇ。コートのお陰でこの寒さでも平気だから、私も付き合うわよ」

「そうか(結局このまま行くのか。一応船内に入れるよう大部屋の料金を払ったが、その必要はなかったか)」



 それから更に四時間が経過すると、渡船は大峡谷の半分まで来ていた。
 風が弱まり移動速度が落ち、聞いていた予定よりも遅れていた。
 高速船スカルエアーは既に対岸の港に到着しており、大船スカイクラウドも通常なら、一時間も掛からない内に到着する距離を移動しているはず。
 だが、遅れている渡船がなぜか大船スカイクラウドに追い付こうとしていた。
 決して止まっているわけではないが、大船スカイクラウドの移動速度が明らかに遅くなっていた。
 渡船はぶつからないように、距離が近付くと進路を左へと変える。
 右前方を進む大船スカイクラウドまで数百メートルの距離まで近付くと、渡船と同型の船が大船スカイクラウドの前方百メートル程の所で、モンスターに襲わているのが見えた。
 すると次の瞬間、突如として爆発が起き、渡船と同型の船がバラバラになり大峡谷に落ちていった。
 落下する船の残骸から、襲っていたモンスターが人や馬をくわえ捕食するのが見える。
 カズはすぐにモンスターを《分析》した。


 名前 : ワイバーン
 種族 : 飛竜
 ランク: A
 レベル: 50
 力  : 1042
 魔力 : 781
 敏捷 : 1266
 全長 : 4m
 補足 : 大峡谷の岸壁に住み着き、風と土の両属性の魔法を使うレベル50前後の飛竜型モンスター。

 【魔法属性】《風・土》

 《風》エアースラッシュ
 《風》エアーバースト
 《土》ストーンブレット


 爆発の音で甲板に居た全員が前方に視線を向けると、為す術なく喰われる人と馬を目撃する。
 帆を張りゆっくりと進む渡船を、飛行するモンスターが狙いを変えてくる可能性が高いと予期した四人組の冒険者が、冷える体を動かし臨戦態勢をとる。
 戦闘が出来ない乗客は、船内に入ろうと走るが、乗船券しか持たないため、扉を開けても船内で出入りを監視している大柄おおがらな男に、甲板へ放り出されてしまう。
 船内の操舵室以外の部屋からは外が殆ど見えず、乗客はまだワイバーンの存在に気付いていない。
 パニックにならないようにと、船員は乗客に知らせない。
 そうしてる間にも風が弱まって、渡船の帆はだらりと垂れ下がる。
 良しか悪しか、ワイバーンはまだ渡船を標的と考えてなかった。

 カズは三人に船内へ入るよう言おうとしたとき、レラがワイバーンを見て怒りをあらわにしていた。

「頑張って馬車を引いてる馬を……許せない」

 ワイバーンが馬車に繋げられたままの馬を引きちぎって捕食したのを見て、レラはその馬とホースを重ね合わせて見てしまっていた。

「落ち着いてレラ。大きな声を出したら、モンスターがこっちに来ちゃう」

「ビワそんな心配しなくても、もうこっちに向かって来てるわ」

「え!?」

「大部屋の料金を払ってあるから、船内に入った方がいい」

 レラを抱えるビワを見て、カズは船内に避難をするように言う。

「中に入ってもこの船が壊されたら一緒でしょ。だったら、あのモンスターを倒すところをこの目で見てたい。あんなのやっつけちゃってよ。カズ!」

「カズが動かなくても、あそこの四人がなんとかしてくれるんじゃないの」

 アレナリアが指差す先には、腰から剣を抜き構える剣士の男性冒険者と、弓につるを張る女性冒険者。
 魔法使いの女性冒険者は杖を構えて詠唱し魔力を溜め、両手に金属製の手甲を装備して同じく魔力を溜めその時を待つ男性冒険者。
 カズは四人のステータスを調べた。
 剣士がレベル55のBランク、弓使いと魔法使いの女性二人がレベル45、手甲を装備した男性がレベル48で三人がCランク。
 もし戦える者が船内に居るなら、異変を感じて出て来てもいいはずだが、誰も出て来ないということは、戦える者がいないのだとカズは察した。

「ワイバーンの数と場所を考えると、あの四人には厳しそうだぞ。二、三体倒せるかどうかってとこだろ。面倒事になりたくはないが、このままだと船を落とされかねないな。アレナリアはレラとビワを頼む。俺が」

「待ってカズ。少し様子を見ましょう」

 珍しくカズの行動を止めるアレナリア。
 そうしている間にワイバーン二体が、大船スカイクラウドに迫っていた。
 襲うワイバーン二体に向かって幾つかの魔法と、魔力を圧縮した魔力弾が放たれた。
 動きの速いワイバーンに当てるのは難しく、遠くからでは一発二発当てるのがせいぜいだった。
 だが倒すことではなく、船からワイバーンを遠ざけることが目的だったらしく、大船スカイクラウドはその場を離脱するべく船を動かす。
 その間もワイバーンを近付けまいと、火や水や風の魔法が放たれ、大きな筒からは魔力弾がワイバーン目掛けて放たれていた。
 しかし迫るワイバーンの数が増し、今では六体が大船スカイクラウドを狙っている。
 船は全速力での移動を試みるが、空中でワイバーンの速度に敵うわけもなく、一向に離れようとはしない。
 それどころかワイバーンから魔法攻撃を受け、護衛をすると者に負傷者が出る始末。
 そしてカズ達の乗る渡船にも、三体のワイバーンがすぐそこまで迫っていた。

「三人が動くわ」

 アレナリアの言葉で、冒険者三人に目を向けるカズとビワ。
 最初に杖を構える魔法使いの女性が詠唱を終え、迫る三体のワイバーンに向けて〈ファイヤージャベリン〉放つ。
 一体には命中したが、二体にはギリギリで避けられダメージは殆ど入らない。
 続けて両手に金属製の手甲を装備した男性が、圧縮した魔力弾を放ち、ファイヤージャベリンを避けたワイバーンの一体を狙う。
 それと同時に弓を構え矢をつがえた女性が、もう一体のワイバーンを狙って矢を射る。
 矢の先端には、マジックカプセルが縛り付けたある。
 放たれた魔力弾はワイバーンの翼をとらえる。
 ワイバーンは翼にダメージを受け落下する。
 マジックカプセルが縛り付けられた矢は、もう一体のワイバーンの足の付け根辺りに直撃した。
 すると縛り付けられていたマジックカプセルが弾け、中に込められていたファイヤーボールが放たれる。
 ワイバーンは火を消そうと暴れながら、大峡谷に急降下していった。
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