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四章 異世界旅行編 2 トカ国
352 トンネルの抜けた先
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上下の裾がボロボロになった半袖の服とロングパンツに、使い古した年季のあるマントを纏う女性。
カズの隣に来るなり背中を反って背伸びをして胸を張り出す。
足を組んで体に溜まった疲れを体外に出すように、ゆっくりと大きく一呼吸。
「ぐはあぁー」
続いて首や手足の関節をポキポキと鳴らす。
「いやぁ~助かった。さっきの場所まで歩いて来たんだが、行くも戻るも面倒になって、どうしたもんかと思ってたところだったんだ」
「そうだったんですか(なんで歩いて来たの?)」
「ああ。アタシを貧乏人呼ばわりして、おちょくってきたバカを気絶させてやったのを見てた連中が、アタシを避けてよぉ、頼んでも馬車の乗せてくれねぇんだ」
「次の街までなら構いませんが、一応護衛として来ているので穏便にお願いします(そりゃそうだろ。俺も断りたかった)」
「分かってるって。そうそう、さっきは手助けしてくれたんだろ」
「余計な事をしましたかね。俺が何もしなくても、貴女なら大丈夫そうでしたけど」
「まあな。あの程度の連中なら、目を閉じていても相手出来たさ。あー…か、か」
「カズです」
「そうカズだな。アタシはレオラだ」
赤い髪で男勝りの女性は『レオラ』と名乗った。
「でだ、カズが武器を持った二人を片付けたからあの程度ですんだんだ。アタシだったら、腕の五本や六本バキバキに折ってやったぜ。あははは!」
レオラの本気な言動に、口元が引きつりそうになるカズ。
「は…はは……(こわっ! 二人合わせても腕は四本しかないんですけど、どれだけ痛め付けるつもりだったんだ)」
暫しの沈黙が流れ、三ヶ所目の休憩場所を過ぎた頃、寝ていたビワが目を覚ました。
寝ぼけ眼に入ってきた見慣れぬ赤い髪の人物に、ビワは少しとまどう。
「お! 起きたか」
「あ…はい……え? あの、どちら様ですか?」
レオラはカズの横からビワの近くに移る。
「レオラだ。途中の休憩所でちょいと知り合ってよ、足がなかったもんで乗せてもらってる」
「そうなんですか? 私、寝てしまっていて。すみません」
見ず知らずの人に寝顔を見られ、恥ずかしがるビワ。
「構わねぇさ。急に乗り込んだアタシが寝てるあんたを起こしたら、カズに怒られてたからよ。まだ寝てたって構わないぜ」
「怒るなんて言ってないですよ。起こさないでやってくれと言っただけです。そういうことだから、ビワはまだ寝てて良いよ」
「いえ、もう大丈夫です。馬車の手綱は私が。カズさんは休んでください」
「あと小一時間もすればトンネルを抜けるだろうからいいよ」
「優しいじゃねぇか。二人は夫婦か? なんならアタシが手綱を握っててやるから、二人はそっちで一発やってるか?」
「ふ、夫婦じゃありません(初対面なのに、女が一発とか言うか)」
眠気が一気に覚め、また赤面するビワ。
「なんだ違うのか」
「違います。それに他に連れも居ますから。今は前の馬車に乗ってますが(急に何をぶち込んできてくれてんだ)」
「ふ~ん……腕にも首にもそれらしきのを付けてねぇから、性奴隷ってんでもなさそうだな」
「違います! 旅をする仲間です。一応冒険者ギルドでパーティー登録もしてあります。だからビワをそんな風に言わないでもらいたい!」
ビワを性奴隷と言うレオラに、カズは声を上げて怒る。
「すまんすまん。男ってのは、大抵がそういった連中だと思っちまってよ。さっきの連中もそうだったろ」
「さっきの連中はそうだったかも知れませんが、俺の大事な仲間を、そういう目で見ないでください(そう思っても口には出さないだろ)」
「だから悪りいって。すまねぇな。えっとビワ」
「…はい。大丈夫…です」
初対面から苦手意識を持つビワは、レオラから距離を取り、馬車を操作するカズの後ろに移動する。
旅をして人に接するのに慣れてきていたが、ぐいぐいと来る人は同性でもやはり苦手。
レラだったら平気で好き勝手に言い返すだろう、ただしカズの後ろに隠れて。
「そこだと酔うか知れないから、こっちに座ると良いよ」
人見知りするビワを、自分の横に来るようにカズは誘う。
「寝起きで馬車酔いはキツいだろ。カズの言うように、前に座っとけ。代わりにアタシが横にならせてもらうからよ」
ゆっくりと頷き、ビワはカズの横に座る。
「乗せてもらっておきながら、寝かせてもらってすまねぇな」
「依頼者に言われては断れないですから」
「言われなけば断ったってか。アハハっ! そうだよな。好き好んで、こんな女なんか乗せねぇわ。邪魔かも知れねぇが、とりあえず次の街まで頼むぜ」
「ええ、着いたら起こしますから、どうぞ寝ててください(その方が静かだから)」
「なら遠慮なく、ちょっくら寝させてもらか。枕と毛布借りるぜ」
ついさっきまでビワが使っていた枕と毛布を使用し、レオラは仮眠に入る。
「ぁ……」
「ん?」
「い…いえ(私の……)」
トンネル中間にある休憩場所まで歩いて来ていたレオラの足元はかなり汚れ、なおかつ十数人のゴツい男衆とのケンカで、少なからず衣服にも汚れが。
旅に出てから愛用してきた自分の枕と毛布が、見ず知らずの女性に使われ汚されてしまうのを、ビワは何も言えず黙って見ていた。
カズなら魔法で汚れを取り除いて清潔な状態にしてくれるのだろうが、ビワの気持ち的には少し嫌だった。
レオラが枕と毛布を借りると言ったとき、代わりを用意してくれてもと、ビワは頬を膨らめカズを睨んでしまう。
「ん? どうしたのビワ(なんかスゴく見つめられてる! しかもほっぺた膨らませて、かわいッ。あれ、拗ねてる?)」
「なんでもないですッ!」
頬を膨らませたままそっぽを向くビワ。
「枕と毛布のことね。ごめん。ちゃんとクリーンできれいにするから(ビワのこの表情は新鮮だ)」
「ならそれはカズさんが使って。私はカズさんの使うから」
「あ、うん。ビワがそれで良いなら(依頼者が自分から問題起こして、大勢に絡まれたあげくに、がさつな性格の女性を乗せる羽目になるなんて……)」
一悶着ありながらも一行はトンネルを進み、反対側の出入口に作られた門が見える所までやって来た。
馬車が通る度に開け閉めをしていたので、少し列が出来ていた。
一行の荷馬車が列の最後尾に並ぶと、ジョキーは通行書を門の所に居る兵士に提示するついでに、進み具合と風の状態を聞きにいった。
少しして戻って来ると、ヒューケラに聞いてきた内容を伝え、その後カズにも同じ内容を話した。
今日は湖からの風が強く、長く門を開けておけず、数台ずつしか通せないのだと。
しかも前日の突風で落石が起き、街に向かう道の一本が使えなくなり、数十人が大怪我をしたと。
いつもより混んでいるのは、その影響とのことだ。
なので現在見えている一つ目の門を過ぎるまで、あと二十分は待つのだと。
特に急いでいたわけでもないので、一行は順番がくるまで待った。
兵士に言われたよりも少し早くに順番が回ってきて、一行の馬車三台は一つ目の門を通る。
一行の馬車以外にも数台の馬車が門を通ると、低く重い音が響き大きな扉が閉められる。
次は前方に見える外側二つ目の門がゆっくりと開く。
ブゥォーっと強い風が吹き込むも、後方の門が閉まっているため、ほんの一時的なら事だった。
長いトンネルを通り抜けた先には、夕日に照らされた『アコヤ街』と、対岸が見えないほど広い湖が視界に飛び込んできた。
湖から吹き上げる風はとても冷たく、吐く息も白くなる。
ホタテ街より標高が低いのに、こちらの方がずっと寒い。
カズはビワに上着を着るように言う。
寒冷耐性のがある指輪を付けていても、これはこたえる寒さだ。
白真の住む雪山と、同じくらいの寒さかも知れない。
カズの隣に来るなり背中を反って背伸びをして胸を張り出す。
足を組んで体に溜まった疲れを体外に出すように、ゆっくりと大きく一呼吸。
「ぐはあぁー」
続いて首や手足の関節をポキポキと鳴らす。
「いやぁ~助かった。さっきの場所まで歩いて来たんだが、行くも戻るも面倒になって、どうしたもんかと思ってたところだったんだ」
「そうだったんですか(なんで歩いて来たの?)」
「ああ。アタシを貧乏人呼ばわりして、おちょくってきたバカを気絶させてやったのを見てた連中が、アタシを避けてよぉ、頼んでも馬車の乗せてくれねぇんだ」
「次の街までなら構いませんが、一応護衛として来ているので穏便にお願いします(そりゃそうだろ。俺も断りたかった)」
「分かってるって。そうそう、さっきは手助けしてくれたんだろ」
「余計な事をしましたかね。俺が何もしなくても、貴女なら大丈夫そうでしたけど」
「まあな。あの程度の連中なら、目を閉じていても相手出来たさ。あー…か、か」
「カズです」
「そうカズだな。アタシはレオラだ」
赤い髪で男勝りの女性は『レオラ』と名乗った。
「でだ、カズが武器を持った二人を片付けたからあの程度ですんだんだ。アタシだったら、腕の五本や六本バキバキに折ってやったぜ。あははは!」
レオラの本気な言動に、口元が引きつりそうになるカズ。
「は…はは……(こわっ! 二人合わせても腕は四本しかないんですけど、どれだけ痛め付けるつもりだったんだ)」
暫しの沈黙が流れ、三ヶ所目の休憩場所を過ぎた頃、寝ていたビワが目を覚ました。
寝ぼけ眼に入ってきた見慣れぬ赤い髪の人物に、ビワは少しとまどう。
「お! 起きたか」
「あ…はい……え? あの、どちら様ですか?」
レオラはカズの横からビワの近くに移る。
「レオラだ。途中の休憩所でちょいと知り合ってよ、足がなかったもんで乗せてもらってる」
「そうなんですか? 私、寝てしまっていて。すみません」
見ず知らずの人に寝顔を見られ、恥ずかしがるビワ。
「構わねぇさ。急に乗り込んだアタシが寝てるあんたを起こしたら、カズに怒られてたからよ。まだ寝てたって構わないぜ」
「怒るなんて言ってないですよ。起こさないでやってくれと言っただけです。そういうことだから、ビワはまだ寝てて良いよ」
「いえ、もう大丈夫です。馬車の手綱は私が。カズさんは休んでください」
「あと小一時間もすればトンネルを抜けるだろうからいいよ」
「優しいじゃねぇか。二人は夫婦か? なんならアタシが手綱を握っててやるから、二人はそっちで一発やってるか?」
「ふ、夫婦じゃありません(初対面なのに、女が一発とか言うか)」
眠気が一気に覚め、また赤面するビワ。
「なんだ違うのか」
「違います。それに他に連れも居ますから。今は前の馬車に乗ってますが(急に何をぶち込んできてくれてんだ)」
「ふ~ん……腕にも首にもそれらしきのを付けてねぇから、性奴隷ってんでもなさそうだな」
「違います! 旅をする仲間です。一応冒険者ギルドでパーティー登録もしてあります。だからビワをそんな風に言わないでもらいたい!」
ビワを性奴隷と言うレオラに、カズは声を上げて怒る。
「すまんすまん。男ってのは、大抵がそういった連中だと思っちまってよ。さっきの連中もそうだったろ」
「さっきの連中はそうだったかも知れませんが、俺の大事な仲間を、そういう目で見ないでください(そう思っても口には出さないだろ)」
「だから悪りいって。すまねぇな。えっとビワ」
「…はい。大丈夫…です」
初対面から苦手意識を持つビワは、レオラから距離を取り、馬車を操作するカズの後ろに移動する。
旅をして人に接するのに慣れてきていたが、ぐいぐいと来る人は同性でもやはり苦手。
レラだったら平気で好き勝手に言い返すだろう、ただしカズの後ろに隠れて。
「そこだと酔うか知れないから、こっちに座ると良いよ」
人見知りするビワを、自分の横に来るようにカズは誘う。
「寝起きで馬車酔いはキツいだろ。カズの言うように、前に座っとけ。代わりにアタシが横にならせてもらうからよ」
ゆっくりと頷き、ビワはカズの横に座る。
「乗せてもらっておきながら、寝かせてもらってすまねぇな」
「依頼者に言われては断れないですから」
「言われなけば断ったってか。アハハっ! そうだよな。好き好んで、こんな女なんか乗せねぇわ。邪魔かも知れねぇが、とりあえず次の街まで頼むぜ」
「ええ、着いたら起こしますから、どうぞ寝ててください(その方が静かだから)」
「なら遠慮なく、ちょっくら寝させてもらか。枕と毛布借りるぜ」
ついさっきまでビワが使っていた枕と毛布を使用し、レオラは仮眠に入る。
「ぁ……」
「ん?」
「い…いえ(私の……)」
トンネル中間にある休憩場所まで歩いて来ていたレオラの足元はかなり汚れ、なおかつ十数人のゴツい男衆とのケンカで、少なからず衣服にも汚れが。
旅に出てから愛用してきた自分の枕と毛布が、見ず知らずの女性に使われ汚されてしまうのを、ビワは何も言えず黙って見ていた。
カズなら魔法で汚れを取り除いて清潔な状態にしてくれるのだろうが、ビワの気持ち的には少し嫌だった。
レオラが枕と毛布を借りると言ったとき、代わりを用意してくれてもと、ビワは頬を膨らめカズを睨んでしまう。
「ん? どうしたのビワ(なんかスゴく見つめられてる! しかもほっぺた膨らませて、かわいッ。あれ、拗ねてる?)」
「なんでもないですッ!」
頬を膨らませたままそっぽを向くビワ。
「枕と毛布のことね。ごめん。ちゃんとクリーンできれいにするから(ビワのこの表情は新鮮だ)」
「ならそれはカズさんが使って。私はカズさんの使うから」
「あ、うん。ビワがそれで良いなら(依頼者が自分から問題起こして、大勢に絡まれたあげくに、がさつな性格の女性を乗せる羽目になるなんて……)」
一悶着ありながらも一行はトンネルを進み、反対側の出入口に作られた門が見える所までやって来た。
馬車が通る度に開け閉めをしていたので、少し列が出来ていた。
一行の荷馬車が列の最後尾に並ぶと、ジョキーは通行書を門の所に居る兵士に提示するついでに、進み具合と風の状態を聞きにいった。
少しして戻って来ると、ヒューケラに聞いてきた内容を伝え、その後カズにも同じ内容を話した。
今日は湖からの風が強く、長く門を開けておけず、数台ずつしか通せないのだと。
しかも前日の突風で落石が起き、街に向かう道の一本が使えなくなり、数十人が大怪我をしたと。
いつもより混んでいるのは、その影響とのことだ。
なので現在見えている一つ目の門を過ぎるまで、あと二十分は待つのだと。
特に急いでいたわけでもないので、一行は順番がくるまで待った。
兵士に言われたよりも少し早くに順番が回ってきて、一行の馬車三台は一つ目の門を通る。
一行の馬車以外にも数台の馬車が門を通ると、低く重い音が響き大きな扉が閉められる。
次は前方に見える外側二つ目の門がゆっくりと開く。
ブゥォーっと強い風が吹き込むも、後方の門が閉まっているため、ほんの一時的なら事だった。
長いトンネルを通り抜けた先には、夕日に照らされた『アコヤ街』と、対岸が見えないほど広い湖が視界に飛び込んできた。
湖から吹き上げる風はとても冷たく、吐く息も白くなる。
ホタテ街より標高が低いのに、こちらの方がずっと寒い。
カズはビワに上着を着るように言う。
寒冷耐性のがある指輪を付けていても、これはこたえる寒さだ。
白真の住む雪山と、同じくらいの寒さかも知れない。
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