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四章 異世界旅行編 1 オリーブ王国を離れ東へ

330 ブチキレるアレナリア

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 酒場の店主から聞いた街を目指し、南へと続く道を馬車は走る。
 広い荒野の中にある一筋の道は、車輪の跡が行く筋もあったが、足跡のようなものは見当たらない。
 兎人族の村には、馬車以外の移動手段を用いる者は、あまりいないようだ。
 それを考えると、次の街までは、まだ距離があるということだろう。
 湿地帯を通っていた時のように、車輪が泥に取られなくなった分、ホースの負担も軽減され、一日に進む距離も伸びた。


 小高い丘を越え、分かれ道を南に馬車を二日走らせると、遠くの方にぼんやりと建物らしいものが見えた。
 順調に進めば、明るい内に街へ着けそうだった。
 が、馬車は停まっており、一向に進まない。
 何故なら現在、馬車は盗賊に囲まれている。
 盗賊は慣れた様子で、遠くの岩陰から激怒する牛レイジブルという獣に乗って急接近し、街へ向かう者を襲っているようだ。
 カズ達一行の馬車も、十分程前に現れた盗賊に取り囲まれた。
 八匹のレイジブルに盗賊が十五、地響きと共に近付いて来れば、気付かないわけがない。
 遠くの岩陰に隠れているのは、マップに表示されていたので、カズは割と早くに気付いていた。
 表示された色も赤く、敵意があるのが分かっていたので、現れても別に驚きはしなかった。
 カズがホースに指示を出して、全力で走らせ街へ向かわなかったのは、レイジブルの走る速度と、ホースへの負担を考えてのことだった。
 八匹の内七匹が二体、もしくは二人乗せているにも関わらず、走る速度は時速40㎞近くは出ていた。
 体当たりをされれば、もう軽自動車が突っ込んできたのと変わらない衝撃だろう。
 それも踏まえて、カズはアレナリアとビワに盗賊が接近する事を伝え、レラには肩掛けの鞄に隠れるように指示、現れた盗賊の出方を見る。

 視界に捉えた瞬間から、カズは盗賊達のステータスを確認していた。
 人族が四人、ゴブリンが八体、オークが三体。
 レイジブル八匹に囲まれ、最初に声を上げたのは一匹を一体で乗るオーク。

「全て差し出せば、死なずにすむぞ」

 予想通りの発言に、カズはどうしたものかと考えていると、その問に返答したのはアレナリア。

「今来た道を戻れば、痛い目を見ないですむわよ」

 それを聞いた盗賊達は、ゲラゲラと笑った。
 レイジブルを一人で乗るオークが指示を出し、人族が二人で乗るレイジブルを馬車の後方に回らせ、中を覗かせた。
 アレナリアとビワは毛布を被り、姿を見せないようにしている。

「リーダー、中には二人いますぜ。どっちも布被ってよくわかりやせん。ただ一人はちびだから子供ガキのなら確かだ」

「金目の物は無さそうですぜ」

 ガキという単語に、一瞬ピクリと反応するアレナリア。
 毛布で姿を隠しているから、分からないだけだと、自分に言い聞かせて怒りを静める。

「チッ、久しぶりの獲物はハズレか。とりあえず中の二人を引きずり出せ。若い女なら、味見してから売り飛ばす。騒ぐようなら殴って黙らせろ。ガキはうるせぇからな」

 馬車の後方に回った盗賊の一人がレイジブルから降り、毛布に手を掛けて剥ぎ取る。

「お! リーダー、ガキはエルフだ。しかも女の」

「そいつぁ良い金になる。エルフのガキは珍しい。女なら尚更だ、高値がつくぞ」

 盗賊達のやり取りを聞き、怒りが込み上げるアレナリア。

「さてと、ガキもエルフも、おれの好みじゃねぇ。だとすると、もう一人がおれ達を笑わせてくれたおん…」

「〈ウォーターボール〉!」

 盗賊がビワの毛布に手を掛ける前に、アレナリアが魔法で大きな水の玉を盗賊にぶつけ、馬車の外に吹き飛ばす。

「さっきからガキガキって、私はもう大人だッ!」

 アレナリアは馬車の後ろから顔を出し、ガキと言われた怒りを盗賊にぶつける。

「冷てぇ。何しやがる糞ガキ!」

「またガキって言ったわねえぇ!」

「その声、さっきのはこの糞ガキか!」

 アレナリアの額には、血管が浮き出ていた。

「また糞ガキって〈ウォーターショット〉!」

「痛て、やめ、ぎゃぁ」

 無数の小さな水玉が、盗賊目掛け高速で当たる。

「殺しちゃ駄目だぞ、アレナリア。ビワが居るんだから、馬車から出ないで守ってくれ(弱いふりして盗賊から情報を聞き出そうと思ったんだが。面倒だが仕方ない、全員捕まえて街に連れて行くか)」

 攻撃された事で身構えた盗賊だったが、カズの殺すな発言に、先程よりも大声で笑った。
 アレナリアに攻撃された人族の盗賊だけは、無数の水玉に押しやられ、石につまずき地面に頭打ち気絶した。

「ゲハハハっ! 殺すなだよと。このバカに現実を見せてやる。おいッ、ちびエルフを連れてこい! 男の前でひんむいて犯すぞ。その後で男は殺す」

 盗賊全員がレイジブルから降り、各々おのおの武器を手に馬車に接近する。

「カズ、盗賊達のステータスは?」

「リーダーのオーク『ブゲット』って言われてる奴が、Cランクの中ってところ。他の連中はDランクの上。スキルや魔法は特に無い。アイテムを取り出したら注意だぞ。レイジブルは首輪の効果で、命令に従ってるようだ。それこそアイテム魔道具の一種みたいだな」

「分かったわ、ありがとう。あのオークは、私が八つ裂きにしていいでしょ」

「いや、だから殺すなよ」

「じゃあ氷漬けにして、バラバラに砕く」

「だから同じだっての」

「無視しやがるんじゃねぇぞぉ! やれぇぇ!」

 自分達が眼中に無いことに腹を立てたリーダーのオーク、ブゲットがゴブリン達にカズを拘束するように指示だしす。
 馬車を壊されたらたまらないと、カズは馬車から降り、棍棒やナイフを振り回すゴブリンの攻撃を避け、あご鳩尾みぞおちを殴り一撃で気絶させる。

「リーダーのオークは任せるが、くれぐれも」

「分かったわよ。殺すな、でしょ」

「ならいい〈アースハンド〉」

 カズと入れ代わり、アレナリアが馬車から降りて、盗賊リーダーブゲットを半殺しに行く。
 馬車から降りたアレナリアを、残った盗賊が取り押さえようとするが、アレナリアと入れ代わって馬車に乗る直前、カズは土魔法でリーダー以外の盗賊の足を拘束して、行動を封じていた。

「アレナリアがすぐに終わらせるから、もう少し待ってて」

「アレナリアさんは、大丈夫なんですか?」

「大丈夫だよ。いつもあんなだけど、一応は冒険者ギルドのサブマスをしてたから。この程度の相手に苦戦はしないよ。ただ……」

「ただ?」

「やり過ぎなければ……ね。ちびちび言われて、怒ってたから」

 カズはビワの横に座り話し掛け、気持ちを安心させて、アレナリアが盗賊のリーダー、ブゲットを倒すのを待った。
 カズとビワが居る馬車から見えるのは、前方に盗賊が乗っていたレイジブルと、遠くに街がうっすら。
 後方にはアレナリアが最初にウォーターボールで吹き飛ばし、その後ウォーターショットでボコボコにし、気絶させた盗賊が一人見えているだけ。
 あとはカズに拘束されて行動できなくなった盗賊が、アレナリアに向ける罵声が聞こえるだけ。

「ちょっとごめんビワ」

「えっ」

 次第に盗賊の罵声が次々と消え、盗賊のリーダーブゲットが、何度も震える声でする謝罪、そして収まらぬドスドスという鈍い音。
 カズは馬車の外で起きている現状を、ビワには聞かせられないと、アレナリアが一人目の盗賊を気絶させ黙らせるのと同時に、ビワの頭にある狐耳を押え、外の音が聞こえないようにした。
 ビワの狐耳を押えてる間、馬車の外では……。

「私はこれでも百二十年以上に生きてる、なんだから!」

「オゲェェずみばぜん。ぼ、ぼうゆるじてぐだざイ」

「オークってタフなんでしょ。その証拠に、まだまだ喋れる元気があるじゃないのよォ!」

「い、痛い…ごめんなザイ、ぼうじまぜン」

 ちびちび言われたアレナリアの折檻せっかんは終わらない。
 馬車の外では怯える盗賊のリーダー、ブゲットの声がだけが響く。
 そなん声を聞かせられないと、ビワの狐耳を押さえるカズの手は動かない。
 ビワは顔を赤らめて気不味い雰囲気になるも、カズは押さえたビワの狐耳を離さない。
 まだアレナリアがブゲットを折檻し始めてから五分も経ってないが、カズとビワには三十分以上に感じた。
 カズはできるだけ早く、アレナリアの気が済んでくれと思っていた。
 カズとビワの体感的には一時間以上、実際には十分も経ってないが、やっとアレナリアの怒りが収まり、馬車に戻ってきた。

「やっぱりああいう連中に攻撃魔法を放つと、気持ちがスッキリするわね。できれば加減しない……ちょっと、何してるのよッ!」

 ブゲットをボコボコにしてアレナリアが馬車に戻ると、そこにはビワの狐耳を押さえるカズと、顔を赤くしてくすぐったそう目を閉じるビワの姿。
 ピクピクと動く狐耳を押さえる感触に、カズの顔がこほろんでるよう、アレナリアには見えていた。

「え、あ、いや……終わった」

「終わったわよ。私を馬鹿にした盗賊を、軽くしつけてやったわ。それで戻ってきたら、をしてたのかしら。

 スッキリした表情だったのが、鬼のような形相に変わり、カズを睨むアレナリア。

「別にやましいことなんかしてないよ。ビワに盗賊の罵声と悲鳴を聞かせないようにと。それに……」

「それに何よ!」

「アレナリア……口汚い言葉も聞かせたくなかったから」

 気遣うカズの言葉を聞いて、自分が盗賊に言い放った品のない汚い言葉を思い出し、いつもの表情に戻るアレナリア。

「ぁ……ごめんなさい」

「分かってもらえれば」

「でも、もうビワから手を離したらどう」

 アレナリアを落ち着かせることに気が回り過ぎて、ビワの狐耳を押さえたまま離すのを忘れていたカズ。

「ごめんビワ。もう終わったから」

「そ…あ…はい。アレナリアは」

「私なら平気。あんな盗賊なんて、片手でも楽勝よ」

「良かった」

 怪我のないアレナリアを見て、ビワはホッと胸を撫で下ろす。

「盗賊よりも恐ろしい顔をしたのが、さっきまで居たんだけどね。ビワは目を閉じてたから、見てないようだけど」

 肩掛け鞄に隠れていたレラが、話のやり取りを聞いて出てきた。

「盗賊よりも?」

「そう。そ…」

「あとは俺がやるから(またレラは、一言余計なことを)」

 レラの言葉を遮ると、アレナリアと代わりカズは馬車から降りる。
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