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四章 異世界旅行編 1 オリーブ王国を離れ東へ

329 帝国領に向かう道すがら

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 カズは店主と打ち解けるようにと考えた、デュメリル村のリザードマンの話をした。
 それを聞いた店主は重い口を開き、半年程前にあった出来事を話した。
 人族の商人については、食堂で聞いたのと大して変わりはなかった。
 が、新たに聞けた情報は、護衛をしていた冒険者が口にした『手を付けると、価値が下がるぞ』という言葉。

「それって、種族売…」

「しッ! これから帝国に入るなら、その話をするな」

「……分かった。それで、その時の女性は?」

「一晩で解放された。今でもこの村に住んでる。明るい子だったんだが……」 

 店主が手を額に当て涙ぐむ。

「その商人はどんな人物で、向かった先は分かりますか?」

「あんたも被害にあったか? 何を盗られたか知らんがやめときな。ただの旅人じゃあ、護衛の冒険者にやられるのが目に見える。リザードマン相手でも、引けをとらないって話だ」

「リザードマン相手でもか。話してくれてありがとう。忠告は聞いておく」

 カズはカウンターに金貨数枚を置いて、酒場を出ようとする。

「同情でもしたか?」

「嫌な事を話させた詫びだと思ってくれ。まあ、同情したのも事実だが。気を悪くしたならすまない。むす…その女性の為に使ってくれ」

「おかしな奴だ。だが、ありがたく貰っておく。教えた街に行くなら、丘を越えて南下する道を行け。二、三日で街が見えてくるはずだ。間違って川沿いを進んでも、小さな村があるだけだぞ」

「分かった」

 酒場での情報収集を終えたカズは馬車へと戻り、聞いた街を目指して馬車を走らせた。
 村から出た後、カズは酒場から得た情報を三人に話した。
 おちゃらけるレラに、今まで以上に注意するよう念を押す。
 カズは帝国のことについて三人に意見を聞いた。
 レラとビワの二人は、分からない言う。
 二人は事情が事情なだけに、それは当然かとカズは思った。
 帝国領には行った事はないと言うアレナリアだったが、アヴァランチェの冒険者ギルドにあった資料で、見た記憶があるから知識は多少あると言う。
 カズも言われてみれば、なんとなく見たような気もしなくはなかったが、当時必要と思わなかった資料は、流し読みした程度だったので、そんなに覚えてはいなかった。
 そしてアレナリアは忘れていた、アヴァランチェにあった資料が古い物だということを。

「ならアレナリアには期待しないと」

「! んふ…むふふッ」

 気持ちが高揚したアレナリアは、馬車を操作するカズの横に移動し、顔を覗き込むようにして答える。

「いいわよ! なんでも聞いて、私を頼ってちょうだい。のアレナリ…」

「やっぱり遠慮しとく」

 アレナリアの言葉を遮り、カズはアレナリアの顔を押し退ける。

「なんでよッ!」

「なんか、後の見返りが怖そう」

「そんな要求なんて、かわいいものよ」

「例えば……?」

「私を正面から見つめてもらって、ちょっとキスしくれるだけでいいわ。それで火が付いた二人は流れで抱き合い、火照った身体が落ち着くまで……そ、そんな激しくは、ん~ん駄目じゃな…あ…そこいい…そうもっと……むふふ…むふふふふ」

 一人妄想に身をくねらせるアレナリアを見て、何かを想像してしまい顔を赤くするビワ。
 そんなアレナリアをレラが細い目をして一言。

「……えっっっろ。アレナリアの頭の中は、ピンク一色ね。今は放っておいて、後ろに行こ」

「あ…うん」

 にやけ顔をするアレナリアが妄想の世界から戻って来るまで、馬車の後方に移動し、関わらないようにするレラとビワ。
 カズとしては、すぐ隣でニヤニヤして、ぶつぶつと言うアレナリアを一緒に馬車の後方へと連れていってほしかった。

「ハァー(出会った頃の物静かだったアレナリアは、いったいどこに行ってしまったんだ)」

 一行を乗せた馬車は、小高い丘の緩やかな坂道をゆっくりと上る。
 二時間もすると上っていた坂道が、下りへと変わっていた。
 その頃にはアレナリアも妄想の世界から戻り、一人で何を興奮していたのか恥ずかしくなり、暫し黙りこくっていた。
 我に返り、しゅんとするアレナリアを見て、話せば元気になるだろうと、カズは聞こうと思っていたことを話した。

「アレナリア、ちょっと聞いていいか?」

「何、帝国のこと?」

「いや、白真のことなんだけど」

「はくま……? ああ、あのフロストドラゴンがどうかしたの?」

「アレナリアって、白真以外に他のドラゴンを見たことある?」

「八十年くらい前だったと思うけど、ずっと遠くに飛んでるのを見たことあるわよ。それが?」

「ドラゴンの大きさって、だいたい白真と同じくらいなのかなって。今まで色々なモンスターを見てきたけど、中には白真より大きいモンスターも結構いたからさ。ドラゴンて、そんなに大きなモンスターじゃないのかと思って」

「実際に近くで見たのは、カズが従魔にしたフロストドラゴンだけだからハッキリとは言えないけど、古い文献なんかに書かれてるドラゴンは、もっともっと大きいわね。全部がそうじゃないだろうけど、あのフロストドラゴンは中型の個体とかじゃないのかしら」

「そうなんだ。白真と会う前は、大きくても狼や熊くらいしか出会わなかったから、白真がやたらと大きく感じたんだ。でもそのあと砂漠でワームやゴーレムを見たら、もっと大きいから、少し疑問に思ってたんだ(やっぱりドラゴンてもっと大きいんだ。ってか、白真自身も純粋なフロストドラゴンじゃないようなこと言ってたからな)」

「そんなことなら、もっと早く聞けばよかったのに」

「採掘場の盗賊討伐とか、獣人の子供を村に連れて行ったりとか、なんだかんだとあって、聞いたり調べたりするの忘れてたんだよ。あげくの果てには、殆どの人が俺のことを忘れちゃったからさ」

「ぅ……サブマスが腑甲斐無いです。たかがアイテムで、カズのこと忘れてしまうなんて」

「別にアレナリアが悪い訳じゃないんだから。攻撃されたりもしたけど、もう終った事だから」

「う、うん」

「あ!」

「どうしたの?」

「そういえば、レラの故郷も探すんだった。デュメリル村で聞けばよかったか」

「フェアリーを珍しいとしか言ってなかったから、どこに生息してるか知らないわよ。それにそれを言うなら、レラ自身が聞けばいいのよ。姿を見せたんだから」

「まあ、それもそうなんだが、探すって約束だから」

「なになに! あちしの話してた?」

「レラの故郷も探さないとなって話さ」

「カズ忘れてたの? 酷くない」

「悪い悪い」

「あちしも忘れてたけど」

「お前もか! 自分のこと忘れるなよ」

「皆と居るから、どうでもよくなってきちゃうんだよね。見つからなかったら見つからなかったで、あちしは王都の家に戻るからいいけど。もちろん皆も一緒に」

「ずっとレラのおもりは嫌だなぁ」

「はあ! 故郷が見つかるまで面倒見るって、カズが言ったじゃない!」

「レラが諦めるようなこと言うから、俺もつい」

「ついって何よ! 一生カズが面倒見て甘やかして」

「うわッ、本音出た! ダメ人間ならぬ、ダメフェアリーがここに居る」

「ダメじゃないもん! だったらビワと一緒にマーガレットの所に行くもん。きっと住んで良いって言うもん。そうでしょビワ」

「メイドとしてお仕事すれば、奥様も住んで良いって言うと思うわよ」

「えぇぇぇ、仕事するの」

「ほらな」

「ダメなフェアリーね」

「お屋敷に住むなら、お仕事しなきゃ駄目よレラ」

「ならやっぱりカズの所に居る」

 レラのダメダメな発言に、カズもアレナリアもビワも呆れ果て黙ってしまう。

「……次の街でレラを置いてくか」

「それがいいかも」

「それはかわいそう。……でも」

 とうとうビワまでも、レラのぐうたらっぷりにを見て、庇うのをやめてしまう。

「ががぁ~ん。言い通せばうんと言って、言うことを聞いてくれるビワまで! いいんだ、どうせあちしなんか……」

 落ち込んだレラは、置いてあった毛布にごそごそと潜り込んで不貞寝ふてねした。

「レ…」

「ビワ」

 レラを慰めようとするビワを、アレナリアが放っておくようにと止める。
 それを聞いたカズは、先程えっっっろ、と言われた仕返しではと思った。
 次は自分の番ではないかと、緊張したように耳と尻尾の毛を立たせ、ビワはちょっと不安になる。

「ビワにはするなよ」

「またカズは、ビワにばかり優しくする」

「そう思うなら少しはビワのように、働いたらどうだ」

「私はしてるでしょ」

「十日…いや、二十日に一回くらいか?」

「そんなことは、ない……こともないかも」

「まだ先の事だけど、帝国の首都に着いたら、情報を集めるのに、短くても一月ひとつきくらいは滞在しようと思ってるんだから。アレナリアも頼むぞ」

「わ、分かってるわよ」

「それまでに、ビワが少しでも何かを思い出せれば良いんだけど」

「が…がんばります」

「前にも言ったけど、無理せず気楽にね」

「はい」

 昼過ぎ頃に小高い丘を越え、東へと流れる川沿いの道と、南へと向かう分かれ道に馬車はたどり着いた。
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