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三章 王都オリーブ編2 周辺地域道中

223 余談

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 カズがこの世界で、初めての新年を迎えた少しあと、リアーデの冒険者ギルドを訪れる一人の青年がいた。

「アヴァランチェに比べれると、小さな田舎町なのに、そんな美人が居るとは思えないなぁ」

 ギルドに入ったそうそう、失礼な事を周りに聞こえるように喋る青年。
 
「町に居る若い女性は、田舎臭そうなのしか居ないし、僕騙されたのか? くそッ! ルアのやつ。でも一応聞いてみるか」

 口の悪い青年が、受付に居る女性に近づき、目的である紹介された人物を尋ねる。

「ちょっといい」

「はい。なんでしょう? 依頼ですか?」

「このギルドに、クリスパって人居る?」

「クリスパですか? どういったご用意で?」

「僕、その人に会いたいんだけど。ギルトカードは持ってるから会わせてよ」

「失礼ですが、拝見させてもらっても?」

「まあいいけど。ここで渋って面倒になるのも嫌だから」

 青年は受付の女性職員に、ギルトカードを渡した。
 青年の相手をしている女性職員の眉間には、うっすらと血管が浮かんでいた。
 周りにいた人が見ても分かるくらい、女性職員は相当腹が立っている様子だった。

「ねぇ居ないの? わざわざ僕、アヴァランチェから来たんだけど」

「確認しますので、少々お待ちください」

 女性職員の顔は引きつり、今にもブチ切れそうだと、周りに居た人は思っていた。
 女性職員は青年のギルトカードを持って、ギルドの奥へと入っていった。

「クリスパ、お客さんよ。はい、ギルトカード!」

「私に? って、どうしたの! スゴい顔してるわよ」

「どうしたもこうしたも、クリスパの知り合いなら悪いけど、そいつの態度とどや顔が、むかつく事むかつく事」

「そんな人が私の名前を? いったい誰?」

 クリスパは渡されたギルドカードを見た。

「カイト……? 誰だっけ……あ!」

「クリスパの知り合い?」

「知り合いではないんだけど、この前カズさんに頼まれたのよ」

「あのカズさんからの紹介? 本当に?」

「そんなに態度悪かったの?」

「久々に受付で、ひっぱたいてやろうと思ったわよ。なんであのカズさんが、あんなのを」

「それが、依頼先で知り合ったみたいなの。そのままにしておいたら、盗賊の下っぱにでもなりそうだから、少しは鍛えてやってくれって頼まれたのよ」

「あんなのの相手をクリスパに頼むなんて、カズさんも随分ね」

「それがカズさんの優しさよ」

「へぇー。休みの時に呑み過ぎて潰れたって聞いたけど、その時カズさんが居たんでしょ」

「な、何言ってるのよ」

「動揺して、そうなのね」

「その話はいいから、ほら仕事に戻る! そのカイトってのは、私が相手するから」

「はいはい。今度その時の話し聞かせてねぇ~」

 女性職員は持ち場の受付に戻った。

「すぐにクリスパが来ますので、少々お待ちください」

 女性職員の表情は先程とは違い、面倒な相手をしなくなって良くなったと、スッキリしていた。

「お待たせしました。私がクリスパですが、何かご用ですか? (これがそのカイトね)」

「こんな田舎の町だから、どんな人が居るかと思ったけど、ルアが言ってた通り、そこそこ美人じゃないか」

「ルア? それはどちら様ですか?」

「ああ、確かルアは別名で、本当はカズとか言ってたなぁ。少し強いからって、二つも名前があるなんて面倒臭い奴だよ。まあ、クリスパを紹介してくれたんだから、文句はないけど」

「クリスパ……(気安く呼び捨てですって。しかもカズさんに文句はないとか言いながら、言ってるじゃない)」

 話を黙って聞いてたクリスパの眉がピクリと動き、カイトに対して苛立ちを覚えていた。

「あれ、黙ってどうしたの?」

「いえ、なんでも」

「それで、僕を訓練してよ。カズよりは強くなりたいなぁ。あ、でも厳しくはしないで、痛いのも疲れるのも嫌だから」

「あ……?」

 低く短い、どすの利いた声を出したクリスパの眉が、再度ピクリと動いた。
 今度は額に血管まで浮かび上がっていた。

「え、なに?」

「いえ、別に。それでは実力を知りたいので、モンスター討伐をしていてください」

「えぇ嫌だよ。怪我したらどうするのさ」

「街をすぐ出た草原に居る、ジャンピングラビットという小さいモンスターです。大丈夫ですよ。冒険者に成り立てでも、倒せるモンスターですから」

 カイトの言葉を無視して、モンスターの出現場所を教えてるクリスパ。

「やっと町に着いたのに、また外に出ないといけないの」

「強くなりたいのでしたら、せめてその意気込みを見せてください」

「じゃあそのモンスターの弱点とか、簡単な倒し方教えてよ。僕まだ戦いに不馴れだから」

「いいから、とっとと行って来てください。それとも、たった一体の小さなモンスターが怖いんですか?」

「こ、怖くないさ。今、倒して来るからな。そうしたら、僕が強くなるまで、二人で訓練だからな」

「ええ良いですよ」

 クリスパの挑発にまんまと乗ったカイトは、自分の要望をクリスパに突き付け、モンスター討伐に出掛けた。

「あんなこと言ってたけど、大丈夫なのクリスパ?」

「何が?」

「二人で訓練だなんて。私だったら、あんな態度の男なんか絶対嫌よ」

「私も嫌だけど、カズさんに頼まれたしね。少なくとも、あのなめきった態度を直して、新米冒険者程度には鍛えてあげるわよ」

「くれぐれも、悪い噂が立たない程度にしてよ」

「大丈夫よ。そんなことしたら、どうなるかも教えてあげるから!」

「お~怖い怖い。それでギルマスには、なんて言うの?」

「言うも何も、肉体的な訓練は師匠(ギルマス)に手伝ってもらうわよ」

「でも二人でって、約束でしょ?」

「私と二人でとは言ってないわ」

「確かに」

「だからひよっ子なのよ」

「酷いわね。でもいい気味よ。実力も実績もないのにあの態度だから、腹が立ってしょうがなかったわ」

「冒険者なんて実力が付くと、ああいうのが多いけどね」

「カズさんは違ったわね。弱腰というか謙虚だったわ」

「そうね。初めて会ったときは、見慣れない格好した、世間知らずの変り者が来たと思ったわ」

「そういえば以前にクリスパが、カズさんに魔法を教えてたとき、大きな音を立てて的の岩を壊しちゃった事あったわよねぇ。あれ本当は、カズさんがやったんだってね」

「知ってたの?」

「少し前にギルマスが話してくれたわ。まあ、当然かしら。もうBランクになって、王都に居るんですってね」

「お喋りな師匠ね」

「カズさんは、今でもあんな感じなの? 話し方とか」

「親しい人達以外には、そうみたいね」

「もっと威張っても、良さそうなものだけど」

「それをしないから良いのよ」

「へぇ~。それでどこまでいったの?」

「なんのことよ?」

「またまた、少しは気があるんでしょ」

「べ、別に良いでしょ。はい、話は終わり。私は師匠に、あのひよっ子のことを話してくるから。受付の仕事お願いよ」

「は~い。分かりました。サブマスどの」

 受付の女性職員と話したことで、先程まで苛立っていたクリスパの機嫌も、いつの間にか直っていた。
 カイトがクリスパの挑発に乗って、ギルドを出てから数時間、日は暮れだして来た頃に、カイトが泥だらけになりギルトに戻ってきた。

「言われた通り、討伐してきてやったぞ!」

 しかしクリスパは仕事を終えて、既に帰ってギルドには居なかった。

「なんだよ! 苦労してモンスターを倒していたのに、居ないのかよ!」

 カイトはジャンピングラビットを、ギルドの床に放り出した。

「お前がカイトだな」

「誰だおっさん?」

「オレはここ、リアーデの冒険者ギルドのギルドマスターだ」

「ギルマス! そのギルマスが、僕になんのよう?」

「とりあえずは、モンスター討伐ご苦労。話はクリスパから聞いてる。今日、街に来たばかりで、泊まるとこないんだろ」

「ええ」

「今夜はギルドの一室を貸してやるから、裏で汚れを落として休むといい。訓練は明日からな。どれ、そのモンスターはギルドで買い取ろう。安いがそこは勘弁してくれ」

「ああいいよ。もう運ぶのも面倒だし。疲れたから、汚れを落としたらもう寝る」

 ギルドの裏に用意してあった冷たい水で、体の汚れを落としたカイトは、ギルドの休憩室で横になり即寝た。


 ◇◆◇◆◇


 朝ギルドに出勤してきたクリスパは、カイトを起こして朝食のパンを渡した。

「食べ終わったらギルドの裏で、お望みの訓練だから」

 カイトはクリスパと二人っきりで訓練をするものだと思っていたが、そこに居たのは、ギルマスのブレンデッドだった。
 カイトは受付に居るクリスパに、文句を言いにいった。

「約束と違うじゃないか!」

「いいえ。違いませんよ。確かに二人っきりで訓練と、あなたは言いました。ギルマスと二人っきりで嬉しいでしょ。こんな訓練滅多にないのよ」

「なっ! そんなこと僕は…」

「何してる、ほら始めるぞ」

 急に走っていったカイトを、ブレンデッドがギルド裏に連れ戻していった。

「そうごねるなカイト。ギルマスのオレが訓練するなんて、そうそうないんだぞ。それにオレが言われてるのは、肉体訓練だけだ。冒険者の知識やスキルと魔法に関しては、クリスパがすることになってるからよっ」

 カイトは渋々ブレンデッドに促されて、訓練を始めた。
 最初は三日訓練をしたら一日休みと、少し甘やかしていたが、それでも毎日の肉体訓練が嫌になり、何度もカイトは逃げ出そうと試みたが、全てブレンデッドに連れ戻され、逃げ出せたことは一度もなかった。
 ブレンデッドと肉体訓練をして二ヶ月ほど経った頃、五日訓練をして一日休みとなっていた。
 この頃になると、カイトはもう逃げ出すのは諦め、なんとかサボろうとしていた。(しかし一度もサボれることはなかった)
 逃げ出すことも、サボることもできなかったカイトの体は、一回り大きくなっていた。(元々細かったので、今は周りの冒険者と変わらないくらいにしかなってない)

 そしてさらに一ヶ月ほど経った頃、カイトは念願だったクリスパとの訓練を、ようやくすることになった。
 午前中はクリスパと、スキルや魔法などの知識を得るための訓練(勉強)で、午後からはブレンデッドと肉体訓練と分けるようになった。

 クリスパと二人で訓練をするようになって二十日が過ぎた頃から、頑張ったご褒美として、一緒に食事(夕食)をしようと要求し続けていた。(カイトはそのまま一夜を共に過ごそうとまで考えていた)
 我慢してきたクリスパだったが、度を越した態度とお尻を触った事で、とうとうカイトにブチ切れた。(そこで何があったかは、当事者の二人しか知らない)
 これ以降カイトは、午前のクリスパと二人での訓練を怖がり、午後のブレンデッドとの肉体訓練になると、安心した顔になるようになった。
 それから数ヶ月後、カイトはDランクに上がれる程度の実力には、なんとかなっていた。

「ギルマス、ありがとうございました。これで故郷に帰っても、なめられずにすみます」

「おう。訓練を怠るなよ」

「あら、もう出発するの?」

「は、はい。故郷の近くにある冒険者ギルドで、これからは活動しようと思います。クリスパさんには、色々とお世話になりました」

「そんなに改まらなくてもいいわよ」

「と、とんでもないです」

「他に行っても頑張んなさい。くれぐれも、自分の実力を過信しないこと」

「は、はい」

「それと女性に対して、力を誇示して言い寄らないこと。良いわね。もしそんなことをしてる噂を聞いたら」

 クリスパがゆっくりと、カイトに笑いかける。

「ヒィィ! し、しません。やりません。そんなこと絶対しませから、ゆ、許して」

 カイトが涙目になりながら、震えた足で数歩後ろへと下がった。

「おいクリスパ、あんまりカイトをいじめるな」

「あら、いじめなんて酷いわね。私は教育しただけよ。そうよねカイト」

 カイトは頭を縦に動かし答えた。

「返事はどうしたの? 話してる相手には、しっかり答えるって教えたでしょ」

「は、はは、はい。ごめんなさい」

「今までの訓練を忘れないようにね」

「は、はい。お世話になりましたー」

 にっこりと笑ったクリスパを見て、青ざめたカイトは、逃げるようにギルドを飛び出していった。

「クリスパ……」

「なんですか師匠?」

「やり過ぎだ」

「でもこれで、ここに来た時の様な態度は、しなくなるでしょう」

「まあ、そうかもしれんが……(少しカイトが不憫だ)」

「カズさんと違って、絡まれたらどうなるか分かるでしょ。カイトのためよ」

「そうだな。基礎的なことは教えて訓練したから大丈夫だろう」

「ええ。あとはこの借りをカズさんに返してもらわないと、あの時のお酒じゃ割に合わないわ」

 カズに何を請求するかと、楽しそうに考えていたクリスパだった。
 リアーデから自分の故郷へと帰ったカイトは、リアーデより小さな町の冒険者ギルドで、活動を始めていた。
 たまに調子に乗ってしまいそうになると、脳裏にクリスパの『あの』笑顔が浮かび上がっていた。
 故郷に帰っても暫くの間は、若い女性に近づかないようにしていたそうだ。
 カイトを小さい頃から知る者は、人が変わった様だと、皆驚き感心していたと。
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