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第1章:全てを司りし時計の行く末

1章8話 侵入者

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「お前、よくもミネルバを殺したにゃるね」

「人間!よくもやりやがったな!」

1人足のすくむクイーンハートを置いて、マーニャとフロストが叫ぶ。フロストはすぐさまマーニャの時空間制御能力安定化を図り、その顕現した姿を消滅させる。

「クイーンハート。お前はワールドクロックを守るにゃる。それがやられたら全てが終わる――」

マーニャは凄まじい速度で頭を回転させる。ミネルバを殺したと思われる人物。
しかし、ミネルバは老いたとはいえ魔法女学院の校長。こうも簡単に殺されるのはおかしい。
さらに不可解な点を挙げるとするならば――

「お前、なぜワールドクロックの存在を知っているにゃる!」

ワールドクロックの存在は秘匿され、魔法女学院の近深くに守られている。この存在を知るのはワールドクロックの守護者のみであり、一般の人間がその存在に勘づくなど考え難い。

「……」

この地下世界への侵入者。その顔はローブで覆われて見えず、クイーンハート、マーニャ、フロストからはそれが誰か判別が付かなかった。

「誰だ、誰だよお前は!」

クイーンハートがその侵入者に叫ぶ。守護者は複数人いると知っていた彼女であるが、ミネルバより、守護者同士の情報を公開することは禁じられていた。
マーニャとフロストはワールドクロックの守護者と直接会うことが許されているため、一人一人の顔を覚えている。しかし、守護者同士でもしも裏切りが生じて、団結し、このワールドクロックを襲うことがないように、クイーンハートは勿論のこと、他の守護者同士でその素性を知る術はなかった。

「マーニャ様!奴は一体誰ですか!」

「分からぬ!」

もしもこの魔法女学院が襲われることがあれば、すぐさま空高くに非常事態を伝える閃光を打ち上げることになっていた。面識のない守護者同士でも、非常事態にはそのようにして集結し、このワールドクロックを守ることになっていたのだ。

「しかし、この魔法女学院に侵入者が現れれば結界に弾かれる。さっきからお前からは何の気配も感じない。さては魔力がないにゃるね」

「……」

先程から当の侵入者は無言のまま。マーニャは魔力がないだろと相手に叫ぶも応答がない。

「マーニャ様!魔力が無いのに、こんな奴がミネルバ様を殺せるのですか!?」

クイーンハートの疑問は最もである。魔力がない人間が、この魔法女学院の校長であるミネルバ先生を殺せるのかと疑問を叫ぶ。

「こいつ、秘術白帷子しろかたびらを使用できる人物かにゃ。それを使える魔力なしの守護者は2人!」

守護者同士で互いに面識のないものの、マーニャ、フロスト、そして校長のミネルバだけは全員と面識が存在する。そのマーニャが、魔法女学院の結界探知に反応せず、魔力なしでも十分に戦えると判断した人物を2人挙げる。

「秘術白帷子しろかたびら――魔力を持たぬ人間に、偶発的に発現する秘術。自身の命を特異な魔力的源に変換して術を発動する化け物にゃる。その秘術白帷子を使用できる守護者、それはバリウス、メメトの2人だにゃ」

クイーンハートが知らない秘術白帷子。しかし、マーニャの話を聞くに、それは魔力がない人間にも行使できるらしく、その異能保持者は守護者の中に2人いるようであった。

「お前、さっきからなぜ動かぬ」

侵入者は先程からじっと何も喋らず、ただただ呆然と立ち尽くしている。
そんな中、本来の役目を思い出してクリーンハートが魔法を詠唱する。

「マーニャ様!非常事態の閃光を空に出現させます。他の守護者がこの場所に集まるまで耐えて、そいつを殺すんだあ!」

先程から動きのない侵入者。その存在に立ち尽くしていたクイーンハートが今になって魔法を詠唱し、守護者同士を集結させるための非常事態を知らせる閃光を空に出現させる。
それと同時、この地下世界への侵入者はゆっくりとこちらに歩み寄る。

「クイーンハート。僕の力はそのほとんどがワールドクロックの制御に持っていかれてる。こいつがバリウスとメメトのどちらかも分からない。しかし、どちらかの可能性が高い。もし本当にこいつらがその2人の内のどちらかなら、完全に魔力結果の探知が効かない、その穴を付かれたことになるにゃる!」

本来なら魔力結果の張り巡らされた魔法女学院で裏切りが生じたとしても、その人間の魔力変動でその挙動にいち早く気づくことができる。さらに、魔力の無い人間が反乱を起こしても本来は力あるミネルバで対処できるため、この魔力結界のシステムが脅威にされされることはない。

「侮ったかミネルバ……」

本来脅威とはならない魔力なしの人間。しかし、マーニャの言う秘術白帷子を使用するバリウスとメメトならば、自身の命を糧に、魔力結界にその裏切りを悟られず、ミネルバを十分に殺すことができる。さらに、老いて力の弱ったミネルバなら尚更その脅威にされされてもおかしくはない。

「私がお前を殺す!」

「待てクイーンハート!」

怒りに身を震わせながら、憎悪の炎を燃やしたクイーンハート。次に瞬間、すぐさま魔法詠唱を行い侵入者を殺さんと行動にでる。

「な!?」

クイーンハートも魔法女学院を最優秀成績で卒業した特異な人物。その詠唱速度は他の誰にも負けない自負があった。しかし、クイーンハートの攻撃は当の本人には何も効いていないように見えた。

「一体何!?」

クイーンハートは圧倒的な高火力の炎で侵入者を襲う。しかし、当の侵入者はそれを何とも感じないと言ったように、その場を動かず、ただ炎を攻撃を受け続ける。

「クイーンハート!秘術白帷子は攻撃を自身の生命力で打ち消すにゃる!一見何も効いてないように見えるが、攻撃を喰らうごとに奴の命は蝕まれ、老化が加速するのじゃ!」

マーニャがクイーンハートに秘術白帷子の能力の一端を説明する。どうも彼女の繰り出す圧倒的な炎の暴力は、侵入者の生命力と引き換えに打ち消されているようであった。一見無敵とも言えるその能力であるが、無尽蔵に使える力でも無いらしく、命の限りを持ってそれを上限とする能力のようであった。

「ミネルバ先生をなぜ殺した!」

炎の魔法に加え、ミネルバが雷属性の魔法を詠唱する。詠唱と共に、電気を纏った竜の如く、それは侵入者へと突っ込んでいく。
しかし、その侵入者はその攻撃を打ち消すように右手を前方に展開し、魔法を消失させながら、力強く、そしてゆっくりとワールドクロックの元へ足を進める。

「だめ、マーニャ!奴が止まらない!」

「クイーンハート!奴の手を見るにゃる!秘術白帷子の使用で、老化が加速してるのじゃ!」

クイーンハートとマーニャは奴の右手に注目する。彼女の最大火力を持って、その全魔力をぶつけるも、秘術白帷子しろかたびらによって完全に防がれている。しかし、その代償として老化が加速し、若々しかったその腕にはだんだんと皺が刻まれ、およそ40歳程度のような見た目にまで変化していた。

「後少しなのに!私じゃ、貴方を守れない!」

彼女の炎、雷の魔法が奴を包みこむも、勇ましいクイーンハートの攻撃を泡沫のごとく打ち消す秘術白帷子。少しずつ腕の老化が垣間見えるも、着々とワールドクロックの元へと侵入者が忍び寄る。

「マーニャ!フロスト!ミネルバ!私は!」

クイーンハートの打ち上げた、非常事態を知らせる閃光。恐らく後少しでこの場に守護者が駆けつけてくれるであろう状況にも関わらず、彼女の魔力は限界を迎えつつあった。
全身全霊を込めて、膨大な魔力を放出し続けるクイーンハート。自身の命と引き換えに、それを消滅させる秘術白帷子。しかし、その拮抗は長く続くこともなく――

「いけない!」

クイーンハートの魔力が底を尽きた。その瞬間、侵入者はすぐさまワールドクロックの元に走り、時計の短針と長針を略奪しようと手を伸ばす。クイーンハートは魔力切れにより意識を失いかけるも、全身に力を込めて、ワールドクロックに手を伸ばす。

「マーニャあ!」

「フロスト!」

「受け取れこの力!」

フロストは何故かその瞬間顕現し、マーニャを抱きしめる。そして、フロストは最大限ワールドクロックの短針の力、すなわちマーニャの能力強化・増幅を行った。
気を失いかけているクイーンハートは最後の力を振り絞り、その左手で長針を掴み、侵入者には奪わせないと時計から引きちぎる。

地下世界への侵入者は、すでに老化の進んだ右手を時計へ伸ばし、偶発的にクイーンハートとは異なる短針を掴み取った。


――ワールドインパクト。後にこの出来事が、世界を混乱の渦へと誘うことになる。




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