【完結】奔波の先に~井上聞多と伊藤俊輔~幕末から維新の物語

瑞野明青

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明治維新編13 維新の終わり

維新の終わり(3)

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 ドイツのベルリンの公使館には旧知の青木周蔵がいる。馨にとっても同じ長州だし、色々相談したいこともある。だが、青木は現在進行の問題を抱えていた。青木は馨の意見を求めていた。

「やぁ青木、いつ以来じゃの。一度帰国した時に木戸さんの所で会って以来かの」
「多分それくらいじゃないですか。それにしても、いつもお元気で」
「ふーんおぬしにはそう見えるか」
「何かずいぶん絡まれているような」
「聞いたぞ、白い肌の女人と良い関係だとな」
 馨は気のおけない相手とあって、好奇心を丸出しにしていた。
「そのことですか。是非とも井上さんには、お力添えを頂きたいです」
「なんか青木の家とも、ずいぶん困ったことになっとるらしいじゃないか。あちらも家の事守らんといけんからな」
「なんとかそちらからは籍を抜けそうで、ホっとしとります」
「そうすると、外務省と婚姻の成立の届けの問題じゃな」
「はい、木戸さんにもお骨折りいただいでます」
 木戸の名前が出て、いままで笑いながら、青木をからかうようなことを言っていた、馨の顔が陰った。

 青木は失敗したと思ったが、これからもっと重要なことを言わないといけなかった。このことについて、木戸から馨が青木の元を訪ねたら、気をつけながら話すように、文をもらっていった。

 そして、公使館留めできていた馨宛の文を渡した。
「井上さん、大丈夫ですか」
「別になんでもない。前原さんのことか」
「萩で前原さんが兵を挙げました。ただ、広がりはなく、あっという間に鎮圧されたようです」
「そうか。結局な。無駄なことじゃ」
「木戸さんは大久保さんのやり口に怒ってらしたが」
「前原さんを挑発したと言うんかの。前原さんはわしが日本に居るときにもやっていた。出てくる前、萩で会おうとしたができんかった」
「熊本でも士族の反乱が起きとります。税金の不満から農民一揆も発生しているようで、木戸さんの気苦労も耐えないようです」
「俊輔も狂介もしっかりやっとるんかな」
「心配することはないでしょう。反乱兵に打ち破る力などないです」
「そうじゃな。俊輔にも弱腰を見せるなと発破をかけておこう」
「そうです。井上さんも三年間みっちり勉学されるのでしょう。それならば僕も任期が終わります。その時は一緒に帰国しましょう」
「ほう、そうか。桂も一緒に帰国するか」

 馨と青木のやり取りを見ていた、桂太郎が話に入ってきた。桂も同じ長州で、まだ幼いときから知っている仲だった。

「青木さんと井上さんとご一緒できるのなら、帰国も楽しみになります」
 青木は忘れてはいけないと、馨に向けて言っていた。
「今度の週末婚約者の家のパーティに、井上さんも奥方様と一緒に出席してください。あちらの親にもこちらのこと、知ってもらうよい機会じゃと思いまして」
「わしらはドイツ語はようわからんけどな」
「大丈夫、英語がわかりますよ」
「そうか、良い実地の勉強になるの」
「ぜひ」
「それじゃあまりワイフをほっておくのも怖いからの」
「またこんど」
「ぜひパーティのときにでも」
 青木と分かれて公使館を出ると、真冬のベルリンの寒さがほてった頭を冷ましてくれた。

 前原が攘夷派を道連れにして逝った。そう思えば無駄ではなくなる。だからといって、なんども前原を萩から遠ざけようとして、失敗した後悔も消えるものではない。
 しかし……。いや国内の混乱を見越して出てきたのだから割り切れ。あとは、薩摩か。

「あぁ武さん帰った」
「いかがでしたか」
「あぁ」
「このベルリンというところは、クリスマスマーケットというので賑やからしいですよ」
「明日はお末も一緒に参りましょう」
「そうじゃな」
「どうかされました」
「木戸さんも松さんもこちらに来るのは難しくなった」
「さようでございますか。大丈夫です、きっと。パリの博覧会は来年ではありませんか」
「そうじゃな」

 馨は武子の励ましに、笑ってみせた。
 落ち込んでいるのを、見せるわけにはいかないのだ。

「そうじゃ大事なことを忘れとった」
「いかがされました」
「青木がな。ここの公使なんじゃが。ドイツの貴族の娘と婚約しとるんじゃ。それで、そちらで行われるパーティに出てほしいとのことじゃ」
「まぁ、それは大変です。準備をしなくては」
「やっと、こちらに来て学んだことが試せるの。武さんならうまくやれるじゃろ」

 馨は武子の顔を見ながら、不遜にニヤッと笑ってみせた。

「まぁ。そこまでの自信はございません」
 武子は衣装の確認に行ってしまった。
「あっそうじゃ。このパーティには日本から持ってきた服を着てほしいのだが」
 馨が隣の部屋の武子に声をかけた。
「どうしてですか」
「日本の絹の素晴らしさを、ドイツの人に見せてやるのじゃ」
「ずいぶん大層なことになりますな」
「知ってもらう。これはもう政のひとつなんじゃ」
「こころして、取り掛からせていただきます」
「武さんもずいぶん大仰じゃ」
 笑い合う馨と武子を、末子が不思議そうに眺めていたが、つられて笑いだしていた。

 パーティの夜、武子は青い花を散りばめた、オーガンジーの生地を重ねたドレスをまとっていた。末子は可愛らしさをあわせて表現するかのような、桜色のドレスがとても似合っていた。
 二人をながめた馨は、満足だった。ドレスの美しさに負けない、武子の凛とした姿に見とれていた。

「馬車も来たことだし、行くかの」
 馨は、二人に声をかけた。

 馬車に乗る時に武子の手をとると、パリで買ったダイヤの指輪がきらめいた。優雅に動く手を一層華やかなものにして、宝石とは美しいものだと馨は思った。
 もっとも自身は、着慣れない燕尾服に蝶ネクタイ、なるべく早く楽になりたいと、始まる前から考えていた。

 レディ・ファースト、エスコート、心がけようとしてもなかなか体が動くものではない。粗相の無いよう心がけるので精一杯で、楽しめるようになるには時間がかかりそうだった。

 考えている間にも馬車は館の前に付き、馨は先に降りてまず末子の手を取り降ろして、武子の手を取りと忙しかった。両手に花というのも結構大変で、二人に合わせて歩くというのもなれていくしか無いのだろう。

 どうにか三人で会場に入ると、青木周蔵が出迎えてくれた。
「井上さん、お待ちしてました」
「お招きありがとうございます。こちらが妻の武子と娘の末子じゃ」
「武子さん、末子さん、ようこそベルリンへ。今宵は楽しんでください」
「ありがとうございます。まだこのような場は慣れなくて、末子のほうが色々うまくやってくれます」
「大丈夫ですよ。にっこりと笑っていただけたら、それで十分です」
「ずいぶん口のうまいことじゃ」
 馨と青木が笑い合っていた。

 それを見て末子も緊張が取れたのか、ほほえみを見せていた。

「さあこちらへ」と言う青木の動きに合わせて、一緒に歩いて行った。すると一つの家族の前で立ち止まった。
「井上さん、こちらが婚約者の両親です」
「私は井上馨といいます。こちらが妻の武子、そして娘の末子です。お目にかかれて光栄です」
 挨拶を受けると、「この青木くんは日本の外交になくてはならない人物になります。見守ってやってください」と、青木を褒めた。

 そうしている間に武子と末子もダンスの相手を求められ、踊ってきたらええと馨も勧めた。少しぎこちなさも見えるが、踊っている二人を眺めていた。

「大したものでございますなぁ」
 青木が武子と末子を褒めていた。
「わしもそう思っちょる。食事の時などわしがよう怒られる」
「一人で早く食べ終わるのは、ということですな」
「おぬしもか」
「一人のお膳でというのに慣れてますと」
「無駄口を叩くな、から会話を皆で楽しみながらだからの」

 馨は、ふと黙ってしまった。

「婚約者を紹介するの忘れとりました」
 青木が少し遠くを見ると、その目線に気がついた女性が近づいてきた。
「エリザベートです」
 膝を曲げて挨拶するエリザベートに、馨も挨拶をした。
「エリザベートさん、周蔵の友人の井上馨です。よろしくお願いします」
 馨は青木の顔をちらっと見て、お辞儀をしながら、続けて言った。
「よろしければ、ダンスを一曲」

 えっと言う感じの青木を置いて、馨はエリザベートの手を取って、広間のダンススペースに行った。曲はすぐに変わって、ワルツが流れた。リードを取るほどには行かないものの、とりあえずいちにっさんと足を動かし、どうにか一曲終えて、戻ってきた。

「井上さん、ダンスを踊れるのですか」
「とりあえずワルツぐらいじゃ。社交界に馴染めんと外交は無理じゃろ」
「それで、奥方様とお嬢さんを連れてこられたのですね」
「そうじゃ。それにパリで見たオペラ座は凄かったの。あのようなものを日本でも作りたいの。東京を外交官に人気の街にせなならんと思うんじゃ」
「それはまた壮大なお話ですな」
「夢じゃ。しかし、越えにゃならん壁でもある」

 武子と末子も馨のダンスを見て、驚いたのか集まってきていた。

「ちょうどええな。わしらこの辺でお暇とするかの」
「あまりおもてなしもできませんで」
「また、公使館に顔でも出す」
 来たときと同じように馬車を出してもらい、ホテルまで送ってもらった。

「お末は疲れたようじゃの」
 末子は武子にもたれかかるように寝息を立てていた。
「それにしても貴方のワルツには驚きました」
「あれか。ワルツで良かった。わしはワルツしか踊れんのじゃ」
「まぁ。なんと運の強い」
 武子は笑っていた。馨も思わず苦笑いだった。

 翌日、馨は公使館の青木の元を訪ねた。
 なるべく日本の情勢を知っておきたかったし、話したいこともあった。
「井上さん、昨夜は。彼女も驚いていましたよ」
「そうじゃろ。わしも驚いたのだからの」
 馨はケラケラと笑っていた。

「クリスマスと言うんはキリストの誕生を祝う日だというの」
「そうですね。贈り物を交換したりもします。子どもたちにとっては、サンタクロースという聖人が、贈り物をしてくれるという、楽しい日だったりもします」
「サンタとか言うんのが贈り物を」
「そういう伝説があるんです。とは言っても今のサンタクロースは親ですがね」
「ほう。ええことを聞いたの。わしもサンタになろうかの」
「それは面白いですね。彼女に見繕ってもらいましょうか」
「それはありがたい。昨日のパーティでご令嬢方がもっとった、小さな手提げのバッグ、あんなのがええな」
「そう伝えます。明後日にはまたお越しください」
「そんなすぐにか」
「やらなくてはいけんのは24日の深夜です。もうすぐですよ」
「おうそうか。良い時に気がついたものじゃ」
「それじゃ長話も仕事のジャマじゃ。また来る」
「それでは明後日に」

 青木は手紙を出しそびれていた。今度はこのことを話さねばならない。
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