【完結】奔波の先に~井上聞多と伊藤俊輔~幕末から維新の物語

瑞野明青

文字の大きさ
上 下
132 / 136
明治維新編13 維新の終わり

維新の終わり(3)

しおりを挟む
 ドイツのベルリンの公使館には旧知の青木周蔵がいる。馨にとっても同じ長州だし、色々相談したいこともある。だが、青木は現在進行の問題を抱えていた。青木は馨の意見を求めていた。

「やぁ青木、いつ以来じゃの。一度帰国した時に木戸さんの所で会って以来かの」
「多分それくらいじゃないですか。それにしても、いつもお元気で」
「ふーんおぬしにはそう見えるか」
「何かずいぶん絡まれているような」
「聞いたぞ、白い肌の女人と良い関係だとな」
 馨は気のおけない相手とあって、好奇心を丸出しにしていた。
「そのことですか。是非とも井上さんには、お力添えを頂きたいです」
「なんか青木の家とも、ずいぶん困ったことになっとるらしいじゃないか。あちらも家の事守らんといけんからな」
「なんとかそちらからは籍を抜けそうで、ホっとしとります」
「そうすると、外務省と婚姻の成立の届けの問題じゃな」
「はい、木戸さんにもお骨折りいただいでます」
 木戸の名前が出て、いままで笑いながら、青木をからかうようなことを言っていた、馨の顔が陰った。

 青木は失敗したと思ったが、これからもっと重要なことを言わないといけなかった。このことについて、木戸から馨が青木の元を訪ねたら、気をつけながら話すように、文をもらっていった。

 そして、公使館留めできていた馨宛の文を渡した。
「井上さん、大丈夫ですか」
「別になんでもない。前原さんのことか」
「萩で前原さんが兵を挙げました。ただ、広がりはなく、あっという間に鎮圧されたようです」
「そうか。結局な。無駄なことじゃ」
「木戸さんは大久保さんのやり口に怒ってらしたが」
「前原さんを挑発したと言うんかの。前原さんはわしが日本に居るときにもやっていた。出てくる前、萩で会おうとしたができんかった」
「熊本でも士族の反乱が起きとります。税金の不満から農民一揆も発生しているようで、木戸さんの気苦労も耐えないようです」
「俊輔も狂介もしっかりやっとるんかな」
「心配することはないでしょう。反乱兵に打ち破る力などないです」
「そうじゃな。俊輔にも弱腰を見せるなと発破をかけておこう」
「そうです。井上さんも三年間みっちり勉学されるのでしょう。それならば僕も任期が終わります。その時は一緒に帰国しましょう」
「ほう、そうか。桂も一緒に帰国するか」

 馨と青木のやり取りを見ていた、桂太郎が話に入ってきた。桂も同じ長州で、まだ幼いときから知っている仲だった。

「青木さんと井上さんとご一緒できるのなら、帰国も楽しみになります」
 青木は忘れてはいけないと、馨に向けて言っていた。
「今度の週末婚約者の家のパーティに、井上さんも奥方様と一緒に出席してください。あちらの親にもこちらのこと、知ってもらうよい機会じゃと思いまして」
「わしらはドイツ語はようわからんけどな」
「大丈夫、英語がわかりますよ」
「そうか、良い実地の勉強になるの」
「ぜひ」
「それじゃあまりワイフをほっておくのも怖いからの」
「またこんど」
「ぜひパーティのときにでも」
 青木と分かれて公使館を出ると、真冬のベルリンの寒さがほてった頭を冷ましてくれた。

 前原が攘夷派を道連れにして逝った。そう思えば無駄ではなくなる。だからといって、なんども前原を萩から遠ざけようとして、失敗した後悔も消えるものではない。
 しかし……。いや国内の混乱を見越して出てきたのだから割り切れ。あとは、薩摩か。

「あぁ武さん帰った」
「いかがでしたか」
「あぁ」
「このベルリンというところは、クリスマスマーケットというので賑やからしいですよ」
「明日はお末も一緒に参りましょう」
「そうじゃな」
「どうかされました」
「木戸さんも松さんもこちらに来るのは難しくなった」
「さようでございますか。大丈夫です、きっと。パリの博覧会は来年ではありませんか」
「そうじゃな」

 馨は武子の励ましに、笑ってみせた。
 落ち込んでいるのを、見せるわけにはいかないのだ。

「そうじゃ大事なことを忘れとった」
「いかがされました」
「青木がな。ここの公使なんじゃが。ドイツの貴族の娘と婚約しとるんじゃ。それで、そちらで行われるパーティに出てほしいとのことじゃ」
「まぁ、それは大変です。準備をしなくては」
「やっと、こちらに来て学んだことが試せるの。武さんならうまくやれるじゃろ」

 馨は武子の顔を見ながら、不遜にニヤッと笑ってみせた。

「まぁ。そこまでの自信はございません」
 武子は衣装の確認に行ってしまった。
「あっそうじゃ。このパーティには日本から持ってきた服を着てほしいのだが」
 馨が隣の部屋の武子に声をかけた。
「どうしてですか」
「日本の絹の素晴らしさを、ドイツの人に見せてやるのじゃ」
「ずいぶん大層なことになりますな」
「知ってもらう。これはもう政のひとつなんじゃ」
「こころして、取り掛からせていただきます」
「武さんもずいぶん大仰じゃ」
 笑い合う馨と武子を、末子が不思議そうに眺めていたが、つられて笑いだしていた。

 パーティの夜、武子は青い花を散りばめた、オーガンジーの生地を重ねたドレスをまとっていた。末子は可愛らしさをあわせて表現するかのような、桜色のドレスがとても似合っていた。
 二人をながめた馨は、満足だった。ドレスの美しさに負けない、武子の凛とした姿に見とれていた。

「馬車も来たことだし、行くかの」
 馨は、二人に声をかけた。

 馬車に乗る時に武子の手をとると、パリで買ったダイヤの指輪がきらめいた。優雅に動く手を一層華やかなものにして、宝石とは美しいものだと馨は思った。
 もっとも自身は、着慣れない燕尾服に蝶ネクタイ、なるべく早く楽になりたいと、始まる前から考えていた。

 レディ・ファースト、エスコート、心がけようとしてもなかなか体が動くものではない。粗相の無いよう心がけるので精一杯で、楽しめるようになるには時間がかかりそうだった。

 考えている間にも馬車は館の前に付き、馨は先に降りてまず末子の手を取り降ろして、武子の手を取りと忙しかった。両手に花というのも結構大変で、二人に合わせて歩くというのもなれていくしか無いのだろう。

 どうにか三人で会場に入ると、青木周蔵が出迎えてくれた。
「井上さん、お待ちしてました」
「お招きありがとうございます。こちらが妻の武子と娘の末子じゃ」
「武子さん、末子さん、ようこそベルリンへ。今宵は楽しんでください」
「ありがとうございます。まだこのような場は慣れなくて、末子のほうが色々うまくやってくれます」
「大丈夫ですよ。にっこりと笑っていただけたら、それで十分です」
「ずいぶん口のうまいことじゃ」
 馨と青木が笑い合っていた。

 それを見て末子も緊張が取れたのか、ほほえみを見せていた。

「さあこちらへ」と言う青木の動きに合わせて、一緒に歩いて行った。すると一つの家族の前で立ち止まった。
「井上さん、こちらが婚約者の両親です」
「私は井上馨といいます。こちらが妻の武子、そして娘の末子です。お目にかかれて光栄です」
 挨拶を受けると、「この青木くんは日本の外交になくてはならない人物になります。見守ってやってください」と、青木を褒めた。

 そうしている間に武子と末子もダンスの相手を求められ、踊ってきたらええと馨も勧めた。少しぎこちなさも見えるが、踊っている二人を眺めていた。

「大したものでございますなぁ」
 青木が武子と末子を褒めていた。
「わしもそう思っちょる。食事の時などわしがよう怒られる」
「一人で早く食べ終わるのは、ということですな」
「おぬしもか」
「一人のお膳でというのに慣れてますと」
「無駄口を叩くな、から会話を皆で楽しみながらだからの」

 馨は、ふと黙ってしまった。

「婚約者を紹介するの忘れとりました」
 青木が少し遠くを見ると、その目線に気がついた女性が近づいてきた。
「エリザベートです」
 膝を曲げて挨拶するエリザベートに、馨も挨拶をした。
「エリザベートさん、周蔵の友人の井上馨です。よろしくお願いします」
 馨は青木の顔をちらっと見て、お辞儀をしながら、続けて言った。
「よろしければ、ダンスを一曲」

 えっと言う感じの青木を置いて、馨はエリザベートの手を取って、広間のダンススペースに行った。曲はすぐに変わって、ワルツが流れた。リードを取るほどには行かないものの、とりあえずいちにっさんと足を動かし、どうにか一曲終えて、戻ってきた。

「井上さん、ダンスを踊れるのですか」
「とりあえずワルツぐらいじゃ。社交界に馴染めんと外交は無理じゃろ」
「それで、奥方様とお嬢さんを連れてこられたのですね」
「そうじゃ。それにパリで見たオペラ座は凄かったの。あのようなものを日本でも作りたいの。東京を外交官に人気の街にせなならんと思うんじゃ」
「それはまた壮大なお話ですな」
「夢じゃ。しかし、越えにゃならん壁でもある」

 武子と末子も馨のダンスを見て、驚いたのか集まってきていた。

「ちょうどええな。わしらこの辺でお暇とするかの」
「あまりおもてなしもできませんで」
「また、公使館に顔でも出す」
 来たときと同じように馬車を出してもらい、ホテルまで送ってもらった。

「お末は疲れたようじゃの」
 末子は武子にもたれかかるように寝息を立てていた。
「それにしても貴方のワルツには驚きました」
「あれか。ワルツで良かった。わしはワルツしか踊れんのじゃ」
「まぁ。なんと運の強い」
 武子は笑っていた。馨も思わず苦笑いだった。

 翌日、馨は公使館の青木の元を訪ねた。
 なるべく日本の情勢を知っておきたかったし、話したいこともあった。
「井上さん、昨夜は。彼女も驚いていましたよ」
「そうじゃろ。わしも驚いたのだからの」
 馨はケラケラと笑っていた。

「クリスマスと言うんはキリストの誕生を祝う日だというの」
「そうですね。贈り物を交換したりもします。子どもたちにとっては、サンタクロースという聖人が、贈り物をしてくれるという、楽しい日だったりもします」
「サンタとか言うんのが贈り物を」
「そういう伝説があるんです。とは言っても今のサンタクロースは親ですがね」
「ほう。ええことを聞いたの。わしもサンタになろうかの」
「それは面白いですね。彼女に見繕ってもらいましょうか」
「それはありがたい。昨日のパーティでご令嬢方がもっとった、小さな手提げのバッグ、あんなのがええな」
「そう伝えます。明後日にはまたお越しください」
「そんなすぐにか」
「やらなくてはいけんのは24日の深夜です。もうすぐですよ」
「おうそうか。良い時に気がついたものじゃ」
「それじゃ長話も仕事のジャマじゃ。また来る」
「それでは明後日に」

 青木は手紙を出しそびれていた。今度はこのことを話さねばならない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

剣客逓信 ―明治剣戟郵便録―

三條すずしろ
歴史・時代
【第9回歴史・時代小説大賞:痛快! エンタメ剣客賞受賞】 明治6年、警察より早くピストルを装備したのは郵便配達員だった――。 維新の動乱で届くことのなかった手紙や小包。そんな残された思いを配達する「御留郵便御用」の若者と老剣士が、時に不穏な明治の初めをひた走る。 密書や金品を狙う賊を退け大切なものを届ける特命郵便配達人、通称「剣客逓信(けんかくていしん)」。 武装する必要があるほど危険にさらされた初期の郵便時代、二人はやがてさらに大きな動乱に巻き込まれ――。 ※エブリスタでも連載中

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

黄金の檻の高貴な囚人

せりもも
歴史・時代
短編集。ナポレオンの息子、ライヒシュタット公フランツを囲む人々の、群像劇。 ナポレオンと、敗戦国オーストリアの皇女マリー・ルイーゼの間に生まれた、少年。彼は、父ナポレオンが没落すると、母の実家であるハプスブルク宮廷に引き取られた。やがて、母とも引き離され、一人、ウィーンに幽閉される。 仇敵ナポレオンの息子(だが彼は、オーストリア皇帝の孫だった)に戸惑う、周囲の人々。父への敵意から、懸命に自我を守ろうとする、幼いフランツ。しかしオーストリアには、敵ばかりではなかった……。 ナポレオンの絶頂期から、ウィーン3月革命までを描く。 ※カクヨムさんで完結している「ナポレオン2世 ライヒシュタット公」のスピンオフ短編集です https://kakuyomu.jp/works/1177354054885142129 ※星海社さんの座談会(2023.冬)で取り上げて頂いた作品は、こちらではありません。本編に含まれるミステリのひとつを抽出してまとめたもので、公開はしていません https://sai-zen-sen.jp/works/extras/sfa037/01/01.html ※断りのない画像は、全て、wikiからのパブリック・ドメイン作品です

南町奉行所お耳役貞永正太郎の捕物帳

勇内一人
歴史・時代
第9回歴史・時代小説大賞奨励賞受賞作品に2024年6月1日より新章「材木商桧木屋お七の訴え」を追加しています(続きではなく途中からなので、わかりづらいかもしれません) 南町奉行所吟味方与力の貞永平一郎の一人息子、正太郎はお多福風邪にかかり両耳の聴覚を失ってしまう。父の跡目を継げない彼は吟味方書物役見習いとして南町奉行所に勤めている。ある時から聞こえない正太郎の耳が死者の声を拾うようになる。それは犯人や証言に不服がある場合、殺された本人が異議を唱える声だった。声を頼りに事件を再捜査すると、思わぬ真実が発覚していく。やがて、平一郎が喧嘩の巻き添えで殺され、正太郎の耳に亡き父の声が届く。 表紙はパブリックドメインQ 著作権フリー絵画:小原古邨 「月と蝙蝠」を使用しております。 2024年10月17日〜エブリスタにも公開を始めました。

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

処理中です...