【完結】奔波の先に~井上聞多と伊藤俊輔~幕末から維新の物語

瑞野明青

文字の大きさ
上 下
34 / 136
幕末動乱篇7 黒船と砲台

黒船と砲台(3)

しおりを挟む
 途中の二瀬あたりの山口へ合流するところで、下関に向かう俊輔と高杉の二人と再会した。
「あれ、今すれ違ったの聞多じゃ。高杉さん」
「聞多だと。追いかけよう」
「聞多まってくれ」

 俊輔の声が届いたのか、驚いた顔のまま聞多が立ち止まっていた。晋作と俊輔は一緒に道端の石にすわり、これからのことの話をした。

「そもそも攘夷なぞ無理だ。わしはな、この長州こそ艦隊の砲撃を食ろうて相手の強さを知り、炎上すればええ思う。そうならなくてはこの国は変われん」
「そうじゃ、僕らはあいつらに現実を教えねばならん」
 聞多は持論になっているこの論を高杉にも言った。ふたりとも賛成し山口で下関の状況を説明するという聞多と一緒に向かうことにした。

 山口の政庁で藩主・世子、要路の前で交渉が間に合わず、砲撃が始まり戦になったことを報告した。付け加えて聞多が言った。

「下関では敗れ、砲台は奪われるだけでなく、占拠されることになりましょう。上陸した部隊が山口まで侵攻してこないとは限りません。そこで私に一大隊をお預けください。小郡にて防戦いたします。ただ力及ばず敗戦となりましたら、皆様ご覚悟願います」
 言い終わると即座に出ていってしまった。

 控えの間で待っていた、高杉と俊輔に声をかけて政庁を出ようとすると「お待ち下さい」と声がしたのでそのまま待った。すると、事務方の一人が拝命書を持ってきた。聞多が開くと小郡代官を命ずるとともに第四大隊を預けるとあった。

「こりゃ笑える。今更代官に命じられても意味などない。お役目が何だというのじゃ。代官などいらぬ」
 聞多が言うと、高杉が止めた。
「まて、よく考えろ。君が代官になれば大隊の運用に役立つことがあるだろう。食料だって資金だって入用だ。これは受けねばならんのだ」
「たしかにそうじゃ、すまんな」
 高杉の言い分は最もだと思った聞多は「お受けいたします」と伝えてほしいと言った。

 三人で聞多の寄寓先に行き策を練った。翌日聞多、高杉、俊輔の三人で小郡に行くと代官所に入り、役人たちを集めて防衛策を指示した。聞多は代官所で寝泊まりすることにし、高杉と俊輔は宿に泊まり、代官所で対応にあたった。

 下関での戦況が思わしくないことに不安に思った藩主敬親が、前線に立とうと言い出したので世子定広が諌めた。その結果定広が小郡で指揮を執る事とした。小郡の代官所に定広一行が到着すると、宴席が設けられた。前田、毛利登人、山田宇右衛門、渡邊内蔵太、大和、波多野といった随行員と聞多、高杉、俊輔も同席した。

「このままでは防長ともども滅亡するのか」
 誰かが言った。
「今更嘆いて何になると言うのです」
 聞多が言い返した。

 すると山田宇右衛門が聞多に聞いた。
「外国とは和議を結び外患をなくし、その上で公儀との一戦を考えるべきではないのか」
「またですか。そもそも戦端が開く前だから、これまでのことにつき関係国と和議を結ぼうとしてきたのです。それなのに攘夷は絶対と言われたではないですか。すでに開戦となった今、当初の決議通り戦をするだけです。今更和議をと言われても私の面目立ちませぬ」
「そなたの面目は問題にならん」
 山田は聞多に絡むように言っていた。
「井上、和議を考えることはできぬのか」
「はぁー。今更何を」
 ただでさえ短気なのに、これだけやっても意味のある言葉など皆無じゃと怒りで壊れそうになるところをどうにかやり過ごしていた。

 これだけ言っても堂々巡りで、聞多は言葉で諌めても無理だと思うようになってきた。相変わらずその場しのぎで、誠意の欠片も見られない。言葉でなく行動で示す。
 そうだ、腹を切ってこいつらにはらわたををぶちまけたらどうなる。少しはこいつらも物事を真面目に考える切っ掛けになるのでは。これがいろいろ考えて、一番いい方法に思えてきた。動くのなら今だ。ふっと座を立って開いている部屋に入った。座って着物を開いて、腹に脇差を刺そうとした時、高杉が入ってきて走りより刀を奪い取った。

「なにか変だと思って付いてきたらこのざまだ。聞多、君が腹を切ったところでよくなることなどなにもない。この状況で死を急いで何になる。やるべきことから逃げるな。君には出来ることが多くあるだろう。頼りにしているものも多くいるんだ。まわりをしっかり見てくれ」
 聞多は高杉の事を目をまるまるとさせて見ていた。気持ちが体に戻ったようで、いつもの顔に戻ってから小さな声で言った。

「逃げるつもりはないんじゃ。晋作、すまん」
 そう言って、着物を整えて、脇差を拾って鞘に収めた。
「この刀も杉からのものだ。使い方を誤ったらあいつに殺される」
「魂を守るために使えって言ってたな」
 しばらくして俊輔が飛び込んできた。
「やっと見つけた。聞多、高杉さん、世子様が呼んでいる。君たちとだけ話したいそうだ。付いてきてほしい」
「わしは行かぬ。言いたいこと言うべき事は既に言っておる。今更世子様の前とはいえ付け加えることなどない」
「聞多、世子様が君を呼んでいるんだぞ」
 俊輔が精いっぱいなだめる様に言った。高杉も続けた。
「世子様が君を頼りにしているのがわからないのか。他の誰でもない井上聞多を信用しておられるのだ。なんとしても連れて行く、いいな俊輔」
「大丈夫です」
「あぁわかった、わかった晋作、共に参ろう」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

武蔵要塞1945 ~ 戦艦武蔵あらため第34特別根拠地隊、沖縄の地で斯く戦えり

もろこし
歴史・時代
史実ではレイテ湾に向かう途上で沈んだ戦艦武蔵ですが、本作ではからくも生き残り、最終的に沖縄の海岸に座礁します。 海軍からは見捨てられた武蔵でしたが、戦力不足に悩む現地陸軍と手を握り沖縄防衛の中核となります。 無敵の要塞と化した武蔵は沖縄に来襲する連合軍を次々と撃破。その活躍は連合国の戦争計画を徐々に狂わせていきます。

忍者同心 服部文蔵

大澤伝兵衛
歴史・時代
 八代将軍徳川吉宗の時代、服部文蔵という武士がいた。  服部という名ではあるが有名な服部半蔵の血筋とは一切関係が無く、本人も忍者ではない。だが、とある事件での活躍で有名になり、江戸中から忍者と話題になり、評判を聞きつけた町奉行から同心として採用される事になる。  忍者同心の誕生である。  だが、忍者ではない文蔵が忍者と呼ばれる事を、伊賀、甲賀忍者の末裔たちが面白く思わず、事あるごとに文蔵に喧嘩を仕掛けて来る事に。  それに、江戸を騒がす数々の事件が起き、どうやら文蔵の過去と関りが……

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

剣客逓信 ―明治剣戟郵便録―

三條すずしろ
歴史・時代
【第9回歴史・時代小説大賞:痛快! エンタメ剣客賞受賞】 明治6年、警察より早くピストルを装備したのは郵便配達員だった――。 維新の動乱で届くことのなかった手紙や小包。そんな残された思いを配達する「御留郵便御用」の若者と老剣士が、時に不穏な明治の初めをひた走る。 密書や金品を狙う賊を退け大切なものを届ける特命郵便配達人、通称「剣客逓信(けんかくていしん)」。 武装する必要があるほど危険にさらされた初期の郵便時代、二人はやがてさらに大きな動乱に巻き込まれ――。 ※エブリスタでも連載中

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

日本が危機に?第二次日露戦争

歴史・時代
2023年2月24日ロシアのウクライナ侵攻の開始から一年たった。その日ロシアの極東地域で大きな動きがあった。それはロシア海軍太平洋艦隊が黒海艦隊の援助のために主力を引き連れてウラジオストクを離れた。それと同時に日本とアメリカを牽制する為にロシアは3つの種類の新しい極超音速ミサイルの発射実験を行った。そこで事故が起きた。それはこの事故によって発生した戦争の物語である。ただし3発も間違えた方向に飛ぶのは故意だと思われた。実際には事故だったがそもそも飛ばす場所をセッティングした将校は日本に向けて飛ばすようにセッティングをわざとしていた。これは太平洋艦隊の司令官の命令だ。司令官は黒海艦隊を支援するのが不服でこれを企んだのだ。ただ実際に戦争をするとは考えていなかったし過激な思想を持っていた為普通に海の上を進んでいた。 なろう、カクヨムでも連載しています。

処理中です...