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幕末動乱篇6 攘夷の渦の中へ
攘夷の渦の中へ(7)
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聞多は一度湯田の家に行った。聞多の井上家の屋敷は、三条実美の御座所にされていたので、近くに仮住まいしていた。兄と母を前にしてこれまでのことを説明した。
「兄上、母上、この度のこと勝手ばかりで申し訳ございません。密航のこともあり志道家には離縁を申し出ました。しばらくこちらに留まらせていただきたかったのですが、また色々ありまして、萩の姉上のところに身を隠そうと思います。つきましてはここに至る諸々のことにお許しを頂きたく思います」
ひたすら謝ることにした。ここまで勝手をとりあえず、認めてもらえたことは有り難かった。
「済んだことは仕方ないじゃろ。許すも許さぬも、おぬし相手には何もならんしな。好きにすればええ」
兄がそう言うと、母が続けて言った。
「無事で何より。そなたには思うところがあるのでしょう。しっかりおやりなさい」
「ありがとうございます」
そう言うと、思わず涙がこぼれてきた。
「そういうところも変わらんの」
母の笑顔が聞多の心を一層緩めていた。夕食を皆で取り、ほっと一息ついて就寝した。
明日は萩に行こう。晋作に会って話をするのだ。晋作の父親を落とすのは難しそうだが。
旅支度を整え、久々の「我が家」を後にした。とりあえず萩の姉上の婚家のところで、世話になることにした。
旅装を解くと、萩にきた一番の目的を果たすため、大きな屋敷の持ち主を尋ねることにした。
大きな門の前に立つと、大きく深呼吸をすると挨拶をした。
「井上聞多と申します。御当主さまにお会いしたく参りました」
中に入ることができ、晋作の父親小忠太が出てきた。
「突然押しかける形になり申し訳ございません」
これからいう「無理」のこともあり丁寧に挨拶をした。
「で、ご用向とは」
単刀直入に受けられて、一瞬躊躇したが聞多もすんなり「無理」を言った。
「高杉晋作殿に会わせていただけないでしょうか。獄から出て座敷牢に入られていること、その事情も存じております。どうしても会わねばならぬ事情が此の方にもございます。何卒よろしくおねがいします」
「晋作は謹慎中の身だ。誰とも会わせるわけにはいかぬ」
同じようなやり取りが続いた後、茶を持って晋作の妻雅が出てきた。
小忠太は雅の事をじっと見て、何かを思いついたようだった。
「そうじゃ雅、わしは用事があるのを思い出した。出かけてくるから客人の相手を頼む」
そう言うと小忠太は出かけてしまった。
雅は小忠太を見送ると、聞多のところに戻った。
「父上が見なかったことになさるようです。どうぞこちらに」
そう言うと、聞多を座敷牢に案内して牢を開けた。そして又戻っていってしまった。
「晋作入るぞ」
聞多は開けられた牢の入り口から中に入っていった。そして高杉の風体を見て笑った。
「なんて頭をしちょるんかの。ザンギリなんてもんじゃないの」
「おぬしだって変わらないじゃないか。久しぶりにあったというのに、笑いに来たのか」
「いや、すまん。大和達に我が藩にはお前みたいな頭がもうひとりいるから大丈夫じゃと言われておっての。本当じゃと思ったのだ」
聞多は大笑いをしながら言ったが、すぐに表情を引き締めた。
「京でのこと、ありゃ治まるんか。世子様も軍を率いて京に向かわれるという。薩摩だって会津だって手をこまねいているわけなかろう。下手すりゃ朝敵じゃ。晋作どう思う」
「どうもこうもない。僕は止めに行こうとしたのに、勝手に亡命扱いされてこのザマだ」
「すまぬ。久坂もあちらにおるんじゃったな」
晋作は聞多の元気な姿を見て、勇気をもらったが、それどころではない疑問もあった。
「聞多こそなんでここに居る。エゲレスで勉学中じゃなかったんか」
「帰ってきてしまった。あちらで長州が攘夷を行い、イギリス、フランス等から報復の可能性があると新聞を読んでしまったんじゃ。俊輔と二人で動いて、攘夷などやってる場合じゃないと変えるためじゃ」
聞多は一番の目的を言う機会がやってきたと思った。
「開国か。でもここ長州では」
「わかっちょる。でも滅亡をこまねいていいわけないんじゃ。だから帰ってきた。晋作、わしらと手を組まんか」
晋作がこっちについてくれないなら、誰も変えることはできないだろう。そんな弱気でどうすると、聞多は自問自答していた。しかし晋作は以外な反応を示していた。
「攘夷に反対するのか。それも面白いかもな」
「わかってくれるか。良かった。おぬしだけはこちらに引き寄せたかったのじゃ」
聞多にはこんなに嬉しい言葉を聞いたことがなかった。
「割拠じゃ。公儀の支配から離れ、自律するんだ。できれば馬関を開き、交易をする。そして、国を富ませ、世を変えるんじゃ。まずは公儀にも圧になると良いな」
「あぁ、上海から帰ってきた時言うとったことが、力強くなっちょる。そう交易と富国じゃ目指すんは」
そう攘夷だと言って諸外国を追い出すことが良いことではない。金を作り、武器を作り、外国から学びそれ以上の存在になってみせるのだ。
「まずは攘夷を言ってるものを、なんとかするんだ」
「たしかに。それにしても座敷牢も悪うないな。これはこれで守られちょる気がする。布団もええ匂いがする」
「ええ匂いだと。それにしても、僕もイギリスに行ってみたくなった」
色々言いながら寝てしまっている聞多を見て、こいつは鋭いのか鈍いのかと笑いが出てきた。怠惰に寝ている場合ではなくなってきたようだと、晋作は独り言を言った。
「兄上、母上、この度のこと勝手ばかりで申し訳ございません。密航のこともあり志道家には離縁を申し出ました。しばらくこちらに留まらせていただきたかったのですが、また色々ありまして、萩の姉上のところに身を隠そうと思います。つきましてはここに至る諸々のことにお許しを頂きたく思います」
ひたすら謝ることにした。ここまで勝手をとりあえず、認めてもらえたことは有り難かった。
「済んだことは仕方ないじゃろ。許すも許さぬも、おぬし相手には何もならんしな。好きにすればええ」
兄がそう言うと、母が続けて言った。
「無事で何より。そなたには思うところがあるのでしょう。しっかりおやりなさい」
「ありがとうございます」
そう言うと、思わず涙がこぼれてきた。
「そういうところも変わらんの」
母の笑顔が聞多の心を一層緩めていた。夕食を皆で取り、ほっと一息ついて就寝した。
明日は萩に行こう。晋作に会って話をするのだ。晋作の父親を落とすのは難しそうだが。
旅支度を整え、久々の「我が家」を後にした。とりあえず萩の姉上の婚家のところで、世話になることにした。
旅装を解くと、萩にきた一番の目的を果たすため、大きな屋敷の持ち主を尋ねることにした。
大きな門の前に立つと、大きく深呼吸をすると挨拶をした。
「井上聞多と申します。御当主さまにお会いしたく参りました」
中に入ることができ、晋作の父親小忠太が出てきた。
「突然押しかける形になり申し訳ございません」
これからいう「無理」のこともあり丁寧に挨拶をした。
「で、ご用向とは」
単刀直入に受けられて、一瞬躊躇したが聞多もすんなり「無理」を言った。
「高杉晋作殿に会わせていただけないでしょうか。獄から出て座敷牢に入られていること、その事情も存じております。どうしても会わねばならぬ事情が此の方にもございます。何卒よろしくおねがいします」
「晋作は謹慎中の身だ。誰とも会わせるわけにはいかぬ」
同じようなやり取りが続いた後、茶を持って晋作の妻雅が出てきた。
小忠太は雅の事をじっと見て、何かを思いついたようだった。
「そうじゃ雅、わしは用事があるのを思い出した。出かけてくるから客人の相手を頼む」
そう言うと小忠太は出かけてしまった。
雅は小忠太を見送ると、聞多のところに戻った。
「父上が見なかったことになさるようです。どうぞこちらに」
そう言うと、聞多を座敷牢に案内して牢を開けた。そして又戻っていってしまった。
「晋作入るぞ」
聞多は開けられた牢の入り口から中に入っていった。そして高杉の風体を見て笑った。
「なんて頭をしちょるんかの。ザンギリなんてもんじゃないの」
「おぬしだって変わらないじゃないか。久しぶりにあったというのに、笑いに来たのか」
「いや、すまん。大和達に我が藩にはお前みたいな頭がもうひとりいるから大丈夫じゃと言われておっての。本当じゃと思ったのだ」
聞多は大笑いをしながら言ったが、すぐに表情を引き締めた。
「京でのこと、ありゃ治まるんか。世子様も軍を率いて京に向かわれるという。薩摩だって会津だって手をこまねいているわけなかろう。下手すりゃ朝敵じゃ。晋作どう思う」
「どうもこうもない。僕は止めに行こうとしたのに、勝手に亡命扱いされてこのザマだ」
「すまぬ。久坂もあちらにおるんじゃったな」
晋作は聞多の元気な姿を見て、勇気をもらったが、それどころではない疑問もあった。
「聞多こそなんでここに居る。エゲレスで勉学中じゃなかったんか」
「帰ってきてしまった。あちらで長州が攘夷を行い、イギリス、フランス等から報復の可能性があると新聞を読んでしまったんじゃ。俊輔と二人で動いて、攘夷などやってる場合じゃないと変えるためじゃ」
聞多は一番の目的を言う機会がやってきたと思った。
「開国か。でもここ長州では」
「わかっちょる。でも滅亡をこまねいていいわけないんじゃ。だから帰ってきた。晋作、わしらと手を組まんか」
晋作がこっちについてくれないなら、誰も変えることはできないだろう。そんな弱気でどうすると、聞多は自問自答していた。しかし晋作は以外な反応を示していた。
「攘夷に反対するのか。それも面白いかもな」
「わかってくれるか。良かった。おぬしだけはこちらに引き寄せたかったのじゃ」
聞多にはこんなに嬉しい言葉を聞いたことがなかった。
「割拠じゃ。公儀の支配から離れ、自律するんだ。できれば馬関を開き、交易をする。そして、国を富ませ、世を変えるんじゃ。まずは公儀にも圧になると良いな」
「あぁ、上海から帰ってきた時言うとったことが、力強くなっちょる。そう交易と富国じゃ目指すんは」
そう攘夷だと言って諸外国を追い出すことが良いことではない。金を作り、武器を作り、外国から学びそれ以上の存在になってみせるのだ。
「まずは攘夷を言ってるものを、なんとかするんだ」
「たしかに。それにしても座敷牢も悪うないな。これはこれで守られちょる気がする。布団もええ匂いがする」
「ええ匂いだと。それにしても、僕もイギリスに行ってみたくなった」
色々言いながら寝てしまっている聞多を見て、こいつは鋭いのか鈍いのかと笑いが出てきた。怠惰に寝ている場合ではなくなってきたようだと、晋作は独り言を言った。
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