【完結】奔波の先に~井上聞多と伊藤俊輔~幕末から維新の物語

瑞野明青

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幕末動乱篇5 密航

密航(5)

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 次の日商会の人の案内で、下宿になる家に向かった。

 下宿先はロンドンカレッジの教授であるウイリアムソンの家だった。

 最初の夜は部屋数がないということで、どういうふうに分けようかと話をした。

 すると俊輔がおもむろに「僕と聞多で一部屋でいいです。他の皆はそれぞれ使って良い」と言い出したので、決まってしまった。

 ベッドは一つしかなかったので、そのまま二人で寝ることにした。いったものの、男同士枕を共にするなんて、そんなことは我が長州では禁忌だったはず。おなごのほうがえかったなぁと思いつつ、俊輔が聞多に潰されないようしがみつくだけだった。

 やはり手狭で無理ということで、聞多と山尾はクーパーという画家の家に移った。

 それでも日課の日常会話のレッスンはウイリアムソンの家で行った。
 その他にも辞書やクーパー、ウイリアムソンやその家族の手助けも得て、新聞に目を通すことも日課にした。

 次にウイリアムソンの紹介でカレッジの聴講生となり、分析化学の講義を受けるようになった。

 空き時間には商会の案内でイングランド銀行や様々な工場を見学したりして知識を得ることに力を注いだ。イングランド銀行では、見学をした人に対しての記念のサインを求められた。漢字でするか英字でするか、代表でサインをすることにした聞多は迷ってしまった。最初自分の名を漢字書いたところ「No」と言われ、英字でサインをし直していた。全員分のサインを聞多がしたが、遠藤のスペルを間違えたのは御愛嬌と言ったところだろうか。
 このあと、幕府からの派遣使節がイングランド銀行に見学に行ったところ、このサインを見つけて、日本人の密航者がすでに来ていたことが気づかれるきっかけにもなっていた。

 他にも例えば街の散歩ではテムズ川のロンドン橋にも行った。そこからは国会のビックベンや教会が眺められた。
テムズ川には聞多は、他の人達とまた違う感慨があった。

「ここがテムズ川か。日本とも水で繋がっちょるんじゃなぁ。海国兵談を持ってくればよかったのう」

 聞多はロンドン橋には感慨があった。
「海と河が繋がっているのは当たり前のことじゃ」
 俊輔が聞多に何を言っているのかというふうに答えた。
「わしの海軍への興味を持ったきっかけの本の一節にあったんじゃ。本当に繋がっているからここにいる。凄いことじゃ」
「聞多さんの一念か。いい話ってことで。それにしても鐘の音がいいですね」
 弥吉が話を受けた。

 また大英博物館にも頻繁に足を運んだ。
「大英博物館はええのう。わしらのためにあるようなもんじゃ。なにしろドネイションじゃ。料金が寄付とは、懐が大きいのう」
 美術工藝品も気になる聞多にとって、目を養うことができる博物館は暇つぶしにぴったりだった。これだけの物を集めることができる、大英帝国の諸外国への力というものも感じることができた。

 社会の仕組みを学んでいくと、聞多は生活をする中で、この国の持つ空気感のようなものにも刺激を受けた。

 イギリスの政治家の思想や自由主義的な雰囲気を吸ったことも、政治のあり方を考える指針になっていった。ことに軍事費の増大を阻止するための政策等、政府の力の形には新鮮な好奇心を持っていった。人との会話など身近なところからも、政治のあり方を学んでいった。聞多たちの質問にウィリアム夫人がしっかりと答えること自体、長州にいた時には想像もつかなかった。

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