【完結】奔波の先に~井上聞多と伊藤俊輔~幕末から維新の物語

瑞野明青

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幕末動乱篇1 出会い

出会い(1)

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「文、何しちょる。急がんと遅刻じゃ。父上がおらんからと言うて、さぼるのはまかりならん」
「兄上、わしは父上がおらんからと言うて、手を抜くことはいたしません。先に行かれてはいかがでしょう」

 兄と当時井上文之輔と名乗っていた井上聞多(後の井上馨)は、初め山口の藩校に通っていた。その後萩の明倫館に移った。萩では父が見つけて借りた家に、兄と自分達で賄いながら勉学していた。持ち前の勝ち気と癇癪をあちらこちらにぶつけていて、結構やりたい放題してた頃だ。

 俊輔こと伊藤俊輔(後の伊藤博文)は久々に賑やかしに行こうとお城の近くまで行ってみた。ちょうど間の悪いことに明倫館の生徒達も街に出ていた。道の脇で頭を下げてやり過ごせないかと思っていた。あちらは上士の子弟だ、何に文句をつけてくるかわかったものじゃない。

「おい、この小僧。わしの顔睨んできよった」

 俊輔は上士の連中のいじめが始まったと思っていた。つまりは、おきまりのやつを始めた。たぶん足であたまを踏んづけているんだろう。悪い、少し我慢してくれ。頭を上げることもできず、心で叫んでいたところだった。

「お前ら、何しちょるん」
「つまらんことしよるなぁ。もっと面白いことせなぁ。ひとまず団子でも食いにいかんか」

 遅れてきて、仲間なのか文句をつけていた奴に話しかけていた。
 なんだろう、だれだろうと思って、僕は様子をうかがった。

「ようし、先に行っててくれ。わしは後から行く」と仲間を先に行かせると、踏みつけられていた冬吉に
「大丈夫か、すまんのう」と声をかけた。
 顔をあげさせて、額の擦り傷を持っていた竹筒の水で洗うと、手ぬぐいを頭に巻き付けた。
「うははは。よう似合うちょる。うはっは。あ、急がな」
 そう言って追いかけていった。

 俊輔ははなぜかドキドキしていた。ぼうっとしていると聞き慣れた声がした。

「どうした、大丈夫か」
「高杉さん。あれ、今の」
「うん、あぁあいつかぁ。たしか山口の井上の次男坊。なんて名乗ってたかな。どうした」
「いや、高杉さんだったら殴ってたなって」
 高杉さんを見上げて笑った。
「おい、俊輔。なんか不満か」
「いいえ。おい冬吉、その手ぬぐい僕にくれ」
 声をかけるなり、僕は取り上げてしまっていた。

 これを持って訪ねていこうとか考えたわけではない。何しろ相手は上士だ。身分が違う。こちらから話しかけることなんて、よほどのことがない限り無理だ。

 しばらく経って塾にいる時、高杉が俊輔に声をかけてきた。
「俊輔。君の想い人わかったぞ。井上文之輔というんだ。そうは言っても優秀なら婿養子で名も変わるだろうさ」
「想い人だなんて。相手は上士ですよ。それに僕はおなごの方がいいです」
「おい、正直だなぁ」

 しばらくして俊輔は、相模に派遣されることになった。その後松陰先生のお計らいで来原さんや木戸さんのお供をする事になった。江戸や京にと走り回る生活が始まったのだ。
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