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ルリ
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小学生まで、此処に住んでいた。
海沿いの街。
周りに有るのは海水浴場にするにはもったいない位の海。
白銀の砂浜に、蒼く、深く、透き通った海。
この街の海は、本当に綺麗だった。
僕が中学生になる時、親の転勤で引っ越してから3年。
一人で久しぶりに訪れたけれど、全く変わっていない。
昔住んでいた家の裏を少し下ると、そこは小さな入江で、小学生の頃は、毎日の様にそこで泳いでいた。
まさに、僕専用の、秘密の場所だった。
昔の僕の家は、既に新しい住人を迎えていて、もう愛着が無かったので、あの入江に行く。
今の住人があまり使って無いといい。
そんな嫉妬心に気づき、苦笑する。
入江は昔のままだった。
波を覗くように張り出した岩の裏、集めてはその中の窪みに貯めていた貝殻がそのまま残っていて、嬉しく思う。
どうやら普段あまり人は立ち入らないみたいだ。
蒼く澄んだ水面を眺めていると、あの頃に戻った気がした。
夏の暑い日差しの中、沸き上がるのは、この蒼さに溶け込みたいという想い。
僕は、どうせ誰もいないのだからと、服を脱ぎ捨てて水面に滑り込んだ。
「…り…、んと、禀斗…、」
呼び掛ける声で意識が戻る。
目を開けて最初に目に入ったのは、長い髪。
海に溶け込んでいるかのような透き通った蒼色で、でも水中では光を反射して、キラキラと魚の群れが舞っているように見える。
そして、顔。
瞳の色が海と髪と同じで、それで無くても、綺麗な顔だと思った。
「ル、リ……?」
言った瞬間、どうして名前が浮かんだのかだとか、どうして水中なのに呼吸できるのかだとか、そんな疑問が沸き上がって、泡のように消えた。
……何も言わずに、ルリの唇が僕の唇を覆う。
流れるような短いキスの後、ルリが
「久しぶり」
なんて言った。
僕は、意味がわからず、でも、ただはっきりと頷いて、それから深いキスに飲み込まれた。
歯痒いような、でも安心できるようなボンヤリとした感覚は明らかに水の中で、しかも、海の底にいるらしい。
夢の中の様な、そんな水中特有の感覚の中で、ルリだけがはっきりと分かる。
受け入れている所も、そこを貫くルリも、水中だというのに、熱い。
水中だからだろうか、受け入れる事にそれ程抵抗は無く、また、心の抵抗も無かった。
ただ、求められるままにルリを受け入れていた。
なのに、正面にあるルリの顔は泣いているようで、その眉根は悲しげに歪んでいた。
「ごめん、禀斗。」
「なんで?」
ルリが謝る理由が分から無くて、それと同時に、ルリの事を思い出す。
僕が入江に来た時、いつも海の中で遊んだ事。
でも海から上がるといつもルリの事を忘れていて、自分が水中で何をしていたのか疑問に思った事。
そして、いつも海から上がると、お土産を一つ持っていた事。
それをいつも岩の窪みに置いて集めていた事。
「思い出した?でも、これが最後だからね。こんなやり方で僕は君の海を傷付ける。海から上がっても、忘れないように。
たとえ僕の名前さえ覚えてなくても、君の海を、夏を、傷付けた誰かがいたという事を思い出してくれればそれでいい。
…………ごめんね。」
ルリの言葉と謝罪の意味がよくわからなくて、なんだか泣きたくなったけれど、あまりにルリは綺麗だった。
紡ぐ言葉さえも。
だから僕は、蒼い海に白さを一筋、放った。
右手に小さな白い巻き貝。
それを耳に当てると、目の前の海と同じ波の音がして、誰かを思い出す。
名前もわからないけれど、瑠璃色の髪と瞳がとても綺麗な男の子だと思った。
海沿いの街。
周りに有るのは海水浴場にするにはもったいない位の海。
白銀の砂浜に、蒼く、深く、透き通った海。
この街の海は、本当に綺麗だった。
僕が中学生になる時、親の転勤で引っ越してから3年。
一人で久しぶりに訪れたけれど、全く変わっていない。
昔住んでいた家の裏を少し下ると、そこは小さな入江で、小学生の頃は、毎日の様にそこで泳いでいた。
まさに、僕専用の、秘密の場所だった。
昔の僕の家は、既に新しい住人を迎えていて、もう愛着が無かったので、あの入江に行く。
今の住人があまり使って無いといい。
そんな嫉妬心に気づき、苦笑する。
入江は昔のままだった。
波を覗くように張り出した岩の裏、集めてはその中の窪みに貯めていた貝殻がそのまま残っていて、嬉しく思う。
どうやら普段あまり人は立ち入らないみたいだ。
蒼く澄んだ水面を眺めていると、あの頃に戻った気がした。
夏の暑い日差しの中、沸き上がるのは、この蒼さに溶け込みたいという想い。
僕は、どうせ誰もいないのだからと、服を脱ぎ捨てて水面に滑り込んだ。
「…り…、んと、禀斗…、」
呼び掛ける声で意識が戻る。
目を開けて最初に目に入ったのは、長い髪。
海に溶け込んでいるかのような透き通った蒼色で、でも水中では光を反射して、キラキラと魚の群れが舞っているように見える。
そして、顔。
瞳の色が海と髪と同じで、それで無くても、綺麗な顔だと思った。
「ル、リ……?」
言った瞬間、どうして名前が浮かんだのかだとか、どうして水中なのに呼吸できるのかだとか、そんな疑問が沸き上がって、泡のように消えた。
……何も言わずに、ルリの唇が僕の唇を覆う。
流れるような短いキスの後、ルリが
「久しぶり」
なんて言った。
僕は、意味がわからず、でも、ただはっきりと頷いて、それから深いキスに飲み込まれた。
歯痒いような、でも安心できるようなボンヤリとした感覚は明らかに水の中で、しかも、海の底にいるらしい。
夢の中の様な、そんな水中特有の感覚の中で、ルリだけがはっきりと分かる。
受け入れている所も、そこを貫くルリも、水中だというのに、熱い。
水中だからだろうか、受け入れる事にそれ程抵抗は無く、また、心の抵抗も無かった。
ただ、求められるままにルリを受け入れていた。
なのに、正面にあるルリの顔は泣いているようで、その眉根は悲しげに歪んでいた。
「ごめん、禀斗。」
「なんで?」
ルリが謝る理由が分から無くて、それと同時に、ルリの事を思い出す。
僕が入江に来た時、いつも海の中で遊んだ事。
でも海から上がるといつもルリの事を忘れていて、自分が水中で何をしていたのか疑問に思った事。
そして、いつも海から上がると、お土産を一つ持っていた事。
それをいつも岩の窪みに置いて集めていた事。
「思い出した?でも、これが最後だからね。こんなやり方で僕は君の海を傷付ける。海から上がっても、忘れないように。
たとえ僕の名前さえ覚えてなくても、君の海を、夏を、傷付けた誰かがいたという事を思い出してくれればそれでいい。
…………ごめんね。」
ルリの言葉と謝罪の意味がよくわからなくて、なんだか泣きたくなったけれど、あまりにルリは綺麗だった。
紡ぐ言葉さえも。
だから僕は、蒼い海に白さを一筋、放った。
右手に小さな白い巻き貝。
それを耳に当てると、目の前の海と同じ波の音がして、誰かを思い出す。
名前もわからないけれど、瑠璃色の髪と瞳がとても綺麗な男の子だと思った。
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