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青春
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部屋に転がる漫画の数々。
何袋も置かれたゴミ袋。
洗い物が埋め尽くすキッチン。
ボロボロの靴が二足倒れた玄関。
カビが点々と見える風呂場。
埃を被ったギターが一本。
そんな家の畳部屋に、くしゃっと敷かれた布団が一枚。
そんな布団に、死んだような顔をした男が一人。
それが俺、南秋という人間だ。
毎日を自堕落に、テキトーに生きている人間。
足場仕事に明け暮れて、たまにくる休みも寝て過ごす。
ゴミも溜まれば食器も溜まる。
髭も生え、髪も伸び、だらしなさは満開だ。
でも、きっと仕方がないことだと、毎日自分に言い訳している。
歌手を目指してギターを担いでいた若い頃、あの頃はキラキラしてた。
でも、25,6歳になってくると、それもそうはいかなくなる。
売れない路上ミュージシャンが板について、完全に剥がれない俺は、身体的にも、精神的にも、金銭的にも、何もかも限界だった。
街中の人々は、俺を嘲笑するどころか見向きすらしない。
俺は、そんな現実からひっそりと息を潜めた。
使ってたギターも、もう家の隅にほったらかしだ。
親に否定されたミュージシャンの道。
それを否定して、一人飛び出た俺の無垢。
現実に胸を刺された今の俺は、その無垢ももう粉々だ。
今の現実を俯瞰するたびに、いつも『やめておけばよかった』と、後悔の念が悪夢のように降りかかる。
それと同時に、あの頃の希望が俺の目を曇らせる。
まだ笑顔を忘れてなかったあの頃。
まだ夢は叶うと願ってたあの頃。
まだ青春を謳歌していたあの頃。
まだ、現実を楽しんでいたあの頃。
———
「おーい! はやくー!」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ雪ー!」
それは、澄んだ夏の匂いのする日。
青春を味わっていた、俺らの日々の、ほんの1ページ。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
「あはは! 相変わらず遅いね秋は!」
「いや、雪が早いだけだろ・・・俺、一応クラスの男性陣の中じゃ早い方だぞ・・・」
「女子に負けてる時点で説得力なんてないよー」
俺の幼馴染であり、親友であり、夢を持つ同志。
東雪、漫画家を志す、17歳の高校生だ。
そして、まだミュージシャンを志していた頃の、同じ17歳の俺もいる。
まだ未熟で青い俺らは、いつも近場の海へと出向いては、ただひたすらに遊んでいた。
遊ぶといっても、ただ駄弁っていただけなのだけれど。
「よいしょ、っと」
俺らはいつも、堤防の上に登って海を眺め、そして駄弁る。
学校の話、夢の話、何気ない日々の話。
俺達の色は、毎日幾千もの色で染まってた。
同じ色の日なんて、一度もなかった。
今でもそう思っている。
でも、いつも思い出す希望の青春は、必ずこの日だ。
青い俺らが、海の蒼さに包まれたあの日。
青春が、少し涼しい風を吹かせたあの日。
ミュージシャンになると、決断したあの日。
「しっかし、今日も相変わらず暑いなー」
「海風があるだけまだマシよ。まあ、それでも暑いんだけど」
手で首元を扇ぐ雪に、俺はなんの気無しに聞いた。
「そいえば、漫画って今どんな感じなんだ?」
「うーん、色々とネットに投稿してるけど、イマイチ伸びないなー」
「あはは、俺も、歌ってみたとか上げてもぜんっぜん伸びないや。自分で曲とか作ってみたりしてるけど、やっぱり伸びない」
「うーん、何がダメなんだろうね、私たち」
「やっぱり経験だよ、経験がないからダメなんだ」
「経験かぁ」
「長年やってる人ほど、ギターは上手いし表現もカッコいい人が多い。漫画も、長年やってる人の方が、コマ割りとかそーゆうのが簡単にできちゃったりするだろ?」
「確かにね。でも、それはしっかりと学んだ経験の行く末でしょ? 今のまま、何も改善できないまま、改善しようとしないままでいたら、それは経験じゃなくて時間の無駄だと思うの」
「まあ、それもそうだな・・・」
俺たちは、自分の夢に対して真剣だった。
互いに夢は違えど、互いにマジだった。
無限大の可能性の中を、本気で泳いでいた。
でも、根性だけじゃ息は続かない。
時たま息継ぎをすることだって必要なのだ。
でも、息継ぎの仕方がわからなかった。
詰まっていたのだ。
夢を叶えるための道、そこにドンと現れた壁の超え方が分からなくて、俺らは悶えていた。
そんな時だ。
「なぁ」
「ん?」
俺はまた、なんの気無しに言った。
「春はさ、きっとまだ終わってないんだよ」
「えっ? どうしたの急に?」
ポカンとする雪を横目に、俺は続けた。
「春はさ、きっとあの青空に隠れてると思うんだ」
「は、はぁ・・・」
「青春っていうのは、あの青に隠れた春の風を、どれだけ浴びたかだと思うんだ」
「ほぉ・・・」
「今の俺たちって、最っ高に青春を浴びてると思うんだ」
「!・・・」
「どう? このセリフ、漫画に使えたりしない?」
「・・・」
頬を赤らめて、びっくりしたような顔をしていた雪を覚えている。
俺だって、きっと頬を赤くしていただろう。
こんな恥ずかしいセリフ、クサいセリフ、面と向かって言うなんてどうかしてる。
でも、なんだか、ただなんとなく、こういうのも悪くないと思った。
きっとあの時の俺は、本当に青春の風に吹かれていたんだろう。
だって、あの時の俺はきっと、恥ずかしくて赤らめた頬よりも、そんなものを消し去るぐらいに笑っていたと思うから。
「ぷっ」
少し間が空いて、雪は腹を抱えた。
「ぶふっ、あははははははっ!!」
頬を赤らめながら、そんなものを消し去るぐらい、雪は大笑いしだした。
屈託のない、純粋無垢ではち切れそうな笑顔だ。
「そ、そんなセリフ使えないわよ! 私が今描いてるの、ダークファンタジーな異世界モノよ? 青春なんてワード、絶対に出せない!」
「えーっ? 結構いいと思ったんだけどな~」
青春だったと思う。
あの笑顔は、青春そのものだったと思う。
そして、あの日の言葉も——
「秋、私決めた!」
「ん?」
「私、絶対漫画家になる!」
ザッと雪は立ち上がって、堂々と俺に宣言した。
その雪の誇らしさに、俺の足と口は負けじと動いた。
「俺も、絶対ミュージシャンになる! それもとびっきり有名な!」
「あっ! わ、私も有名な漫画家になる! 後世に残るような作品を描く!」
「俺だって、千年後まで歌い継がれるような曲を——」
ああ、懐かしい、俺の希望の青春。
未だ夢見る、俺の青春。
雪と俺の、最高の青春。
———
あの頃の記憶は、今の現実を生きる命綱になってた。
いや、命綱にするつもりはなかったのに、勝手になっていた。
それほど、大事な日だったんだ。
あの日のせいで、ただでさえ安い給料をいつも色んな漫画に費やしてしまうのだから、全く本当に迷惑でしょうがない。
今日だって、また知らない漫画を買ってきてしまった。
でも、きっとこの漫画もピンと来ないんだろうな。
部屋に転がる漫画と一緒に、俺から忘れ去られていくんだろうな。
『ペラッ』
漫画のタイトルは『隠れた春』
青春漫画として名を馳せて、大売れしている漫画らしい。
何も考えず手に取ったけど、なんとも俺に刺さりそうな漫画だな。
刺さりそうなだけで、きっとスルッと、心の隙間に堕ちてしまうんだろうけど。
『ペラッ』
一ページ、
『ペラッ』
また一ページ、
『ペラッ』
俺はいつものようにめくっていた。
ありきたりな日常を描いた漫画。
海辺に住む少女の話を描いた、青春を題材にした漫画。
なんだか既視感のある一コマばかりだ。
ページをめくるたびに、どんどん見入ってしまう。
『ペラッ』
『ペラッ』
ページをめくって、めくって、めくっていく。
俺は、なんとなく感じていた。
この流れる冷や汗。
震えてしまう手。
揺れてしまう眼。
ページをめくるたび、見たことある景色が出てくる。
聞いたことあるセリフが出てくる。
『ペラッ』
『ペラッ』
なんとなくわかっていながら、俺は最後の一ページを開いた。
そこには、
『春はさ、きっとまだ終わってないんだよ』
あの日の希望が、
『春はさ、きっとあの青空に隠れてると思うんだ』
あの日の青春が、
『青春っていうのは、あの青に隠れた春の風を、どれだけ浴びたかだと思うんだ』
あの日の俺らが、
『今の俺たちって、最っ高に青春を浴びてると思うんだ』
綺麗に、描かれていた。
俺はそのページにただ見惚れた。
繊細に描かれた、ヒロインと主人公の姿。
鮮やかに描かれた、蒼さが見えるような海。
青春を感じるような、壮大な一コマ。
そして俺は、その最後の一ページをめくって漫画を閉じた。
閉じた裏表紙には、見たことある名前が書かれていた。
『アズマユキ』
その文字を見て、俺の背に一気に今までの人生が降りかかってきた。
初めて音楽に触れた日のこと。
雪と友達になった日のこと。
夢を抱いた日のこと。
そんな夢を馬鹿にされた日のこと。
そんな俺の夢を雪が応援すると言ってくれた日のこと。
そんな夢を叶えるためにギターを持った日のこと。
一所懸命に歌を歌った日のこと。
初めての曲を聞かせた日のこと。
初めて雪の漫画を見た日のこと。
毎日海に行くようになった日のこと。
雪の背に連れられて走った日のこと。
海の蒼さに見惚れた日のこと。
雪の不安に触れた日のこと。
クサいセリフを吐いたあの日のこと。
夢を叶えると宣言したあの日のこと。
青春を知った、あの日のこと。
俺は、徐にギターを手に取った。
埃を払って、ピックを持って。
俺は、なんとなく弦を弾いた。
弾いた音色は、あの日の青春の音がした。
ギターの音は、くたびれた今を打ちこわした。
小さな希望が、この部屋を覗いたような気がした。
何袋も置かれたゴミ袋。
洗い物が埋め尽くすキッチン。
ボロボロの靴が二足倒れた玄関。
カビが点々と見える風呂場。
埃を被ったギターが一本。
そんな家の畳部屋に、くしゃっと敷かれた布団が一枚。
そんな布団に、死んだような顔をした男が一人。
それが俺、南秋という人間だ。
毎日を自堕落に、テキトーに生きている人間。
足場仕事に明け暮れて、たまにくる休みも寝て過ごす。
ゴミも溜まれば食器も溜まる。
髭も生え、髪も伸び、だらしなさは満開だ。
でも、きっと仕方がないことだと、毎日自分に言い訳している。
歌手を目指してギターを担いでいた若い頃、あの頃はキラキラしてた。
でも、25,6歳になってくると、それもそうはいかなくなる。
売れない路上ミュージシャンが板について、完全に剥がれない俺は、身体的にも、精神的にも、金銭的にも、何もかも限界だった。
街中の人々は、俺を嘲笑するどころか見向きすらしない。
俺は、そんな現実からひっそりと息を潜めた。
使ってたギターも、もう家の隅にほったらかしだ。
親に否定されたミュージシャンの道。
それを否定して、一人飛び出た俺の無垢。
現実に胸を刺された今の俺は、その無垢ももう粉々だ。
今の現実を俯瞰するたびに、いつも『やめておけばよかった』と、後悔の念が悪夢のように降りかかる。
それと同時に、あの頃の希望が俺の目を曇らせる。
まだ笑顔を忘れてなかったあの頃。
まだ夢は叶うと願ってたあの頃。
まだ青春を謳歌していたあの頃。
まだ、現実を楽しんでいたあの頃。
———
「おーい! はやくー!」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ雪ー!」
それは、澄んだ夏の匂いのする日。
青春を味わっていた、俺らの日々の、ほんの1ページ。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
「あはは! 相変わらず遅いね秋は!」
「いや、雪が早いだけだろ・・・俺、一応クラスの男性陣の中じゃ早い方だぞ・・・」
「女子に負けてる時点で説得力なんてないよー」
俺の幼馴染であり、親友であり、夢を持つ同志。
東雪、漫画家を志す、17歳の高校生だ。
そして、まだミュージシャンを志していた頃の、同じ17歳の俺もいる。
まだ未熟で青い俺らは、いつも近場の海へと出向いては、ただひたすらに遊んでいた。
遊ぶといっても、ただ駄弁っていただけなのだけれど。
「よいしょ、っと」
俺らはいつも、堤防の上に登って海を眺め、そして駄弁る。
学校の話、夢の話、何気ない日々の話。
俺達の色は、毎日幾千もの色で染まってた。
同じ色の日なんて、一度もなかった。
今でもそう思っている。
でも、いつも思い出す希望の青春は、必ずこの日だ。
青い俺らが、海の蒼さに包まれたあの日。
青春が、少し涼しい風を吹かせたあの日。
ミュージシャンになると、決断したあの日。
「しっかし、今日も相変わらず暑いなー」
「海風があるだけまだマシよ。まあ、それでも暑いんだけど」
手で首元を扇ぐ雪に、俺はなんの気無しに聞いた。
「そいえば、漫画って今どんな感じなんだ?」
「うーん、色々とネットに投稿してるけど、イマイチ伸びないなー」
「あはは、俺も、歌ってみたとか上げてもぜんっぜん伸びないや。自分で曲とか作ってみたりしてるけど、やっぱり伸びない」
「うーん、何がダメなんだろうね、私たち」
「やっぱり経験だよ、経験がないからダメなんだ」
「経験かぁ」
「長年やってる人ほど、ギターは上手いし表現もカッコいい人が多い。漫画も、長年やってる人の方が、コマ割りとかそーゆうのが簡単にできちゃったりするだろ?」
「確かにね。でも、それはしっかりと学んだ経験の行く末でしょ? 今のまま、何も改善できないまま、改善しようとしないままでいたら、それは経験じゃなくて時間の無駄だと思うの」
「まあ、それもそうだな・・・」
俺たちは、自分の夢に対して真剣だった。
互いに夢は違えど、互いにマジだった。
無限大の可能性の中を、本気で泳いでいた。
でも、根性だけじゃ息は続かない。
時たま息継ぎをすることだって必要なのだ。
でも、息継ぎの仕方がわからなかった。
詰まっていたのだ。
夢を叶えるための道、そこにドンと現れた壁の超え方が分からなくて、俺らは悶えていた。
そんな時だ。
「なぁ」
「ん?」
俺はまた、なんの気無しに言った。
「春はさ、きっとまだ終わってないんだよ」
「えっ? どうしたの急に?」
ポカンとする雪を横目に、俺は続けた。
「春はさ、きっとあの青空に隠れてると思うんだ」
「は、はぁ・・・」
「青春っていうのは、あの青に隠れた春の風を、どれだけ浴びたかだと思うんだ」
「ほぉ・・・」
「今の俺たちって、最っ高に青春を浴びてると思うんだ」
「!・・・」
「どう? このセリフ、漫画に使えたりしない?」
「・・・」
頬を赤らめて、びっくりしたような顔をしていた雪を覚えている。
俺だって、きっと頬を赤くしていただろう。
こんな恥ずかしいセリフ、クサいセリフ、面と向かって言うなんてどうかしてる。
でも、なんだか、ただなんとなく、こういうのも悪くないと思った。
きっとあの時の俺は、本当に青春の風に吹かれていたんだろう。
だって、あの時の俺はきっと、恥ずかしくて赤らめた頬よりも、そんなものを消し去るぐらいに笑っていたと思うから。
「ぷっ」
少し間が空いて、雪は腹を抱えた。
「ぶふっ、あははははははっ!!」
頬を赤らめながら、そんなものを消し去るぐらい、雪は大笑いしだした。
屈託のない、純粋無垢ではち切れそうな笑顔だ。
「そ、そんなセリフ使えないわよ! 私が今描いてるの、ダークファンタジーな異世界モノよ? 青春なんてワード、絶対に出せない!」
「えーっ? 結構いいと思ったんだけどな~」
青春だったと思う。
あの笑顔は、青春そのものだったと思う。
そして、あの日の言葉も——
「秋、私決めた!」
「ん?」
「私、絶対漫画家になる!」
ザッと雪は立ち上がって、堂々と俺に宣言した。
その雪の誇らしさに、俺の足と口は負けじと動いた。
「俺も、絶対ミュージシャンになる! それもとびっきり有名な!」
「あっ! わ、私も有名な漫画家になる! 後世に残るような作品を描く!」
「俺だって、千年後まで歌い継がれるような曲を——」
ああ、懐かしい、俺の希望の青春。
未だ夢見る、俺の青春。
雪と俺の、最高の青春。
———
あの頃の記憶は、今の現実を生きる命綱になってた。
いや、命綱にするつもりはなかったのに、勝手になっていた。
それほど、大事な日だったんだ。
あの日のせいで、ただでさえ安い給料をいつも色んな漫画に費やしてしまうのだから、全く本当に迷惑でしょうがない。
今日だって、また知らない漫画を買ってきてしまった。
でも、きっとこの漫画もピンと来ないんだろうな。
部屋に転がる漫画と一緒に、俺から忘れ去られていくんだろうな。
『ペラッ』
漫画のタイトルは『隠れた春』
青春漫画として名を馳せて、大売れしている漫画らしい。
何も考えず手に取ったけど、なんとも俺に刺さりそうな漫画だな。
刺さりそうなだけで、きっとスルッと、心の隙間に堕ちてしまうんだろうけど。
『ペラッ』
一ページ、
『ペラッ』
また一ページ、
『ペラッ』
俺はいつものようにめくっていた。
ありきたりな日常を描いた漫画。
海辺に住む少女の話を描いた、青春を題材にした漫画。
なんだか既視感のある一コマばかりだ。
ページをめくるたびに、どんどん見入ってしまう。
『ペラッ』
『ペラッ』
ページをめくって、めくって、めくっていく。
俺は、なんとなく感じていた。
この流れる冷や汗。
震えてしまう手。
揺れてしまう眼。
ページをめくるたび、見たことある景色が出てくる。
聞いたことあるセリフが出てくる。
『ペラッ』
『ペラッ』
なんとなくわかっていながら、俺は最後の一ページを開いた。
そこには、
『春はさ、きっとまだ終わってないんだよ』
あの日の希望が、
『春はさ、きっとあの青空に隠れてると思うんだ』
あの日の青春が、
『青春っていうのは、あの青に隠れた春の風を、どれだけ浴びたかだと思うんだ』
あの日の俺らが、
『今の俺たちって、最っ高に青春を浴びてると思うんだ』
綺麗に、描かれていた。
俺はそのページにただ見惚れた。
繊細に描かれた、ヒロインと主人公の姿。
鮮やかに描かれた、蒼さが見えるような海。
青春を感じるような、壮大な一コマ。
そして俺は、その最後の一ページをめくって漫画を閉じた。
閉じた裏表紙には、見たことある名前が書かれていた。
『アズマユキ』
その文字を見て、俺の背に一気に今までの人生が降りかかってきた。
初めて音楽に触れた日のこと。
雪と友達になった日のこと。
夢を抱いた日のこと。
そんな夢を馬鹿にされた日のこと。
そんな俺の夢を雪が応援すると言ってくれた日のこと。
そんな夢を叶えるためにギターを持った日のこと。
一所懸命に歌を歌った日のこと。
初めての曲を聞かせた日のこと。
初めて雪の漫画を見た日のこと。
毎日海に行くようになった日のこと。
雪の背に連れられて走った日のこと。
海の蒼さに見惚れた日のこと。
雪の不安に触れた日のこと。
クサいセリフを吐いたあの日のこと。
夢を叶えると宣言したあの日のこと。
青春を知った、あの日のこと。
俺は、徐にギターを手に取った。
埃を払って、ピックを持って。
俺は、なんとなく弦を弾いた。
弾いた音色は、あの日の青春の音がした。
ギターの音は、くたびれた今を打ちこわした。
小さな希望が、この部屋を覗いたような気がした。
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