お嬢様は悪事がお嫌い——とある公爵令嬢と執事の華麗なる成敗譚——

夜宵 蓮

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第二章 盗難事件解決編

第十二話 濡れ衣

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 終業のベルが廊下に鳴り響いた。がやがやと教室を出てくる生徒たちに混ざって、リズとアンナ、キースが肩を並べて教室から出てくる。この時間の授業は、リズのクラスとキースのクラスの合同授業だったのだ。
 三人が一緒に教室を出てくるのも、教室の前でシリルとジョンが待っているのも、ここ最近ではいつも通りの光景だったのだが――今日は、少し違った。
 教室の前には、シリルたちの他にもう一人、リズたちのことを待ち構えていた人物がいたのだ。リズの一行は、シリルたちと合流しようとしたところ、その人物に引き留められた。

「――やぁ、少しいいかな?」

 驚いて見ると、彼らを呼び止めたのは、リズたちより年上だろうと思われる、背の高い青年だった。

「何のご用ですか?」
「あぁ、失礼。用があるのはブラックベル公爵令嬢ではなく――アンナ・レイシー、君だ」

 リズが訝しげに尋ねると、青年は訂正し、手でアンナの方を示した。アンナは瞠目し、反射的に身構えた。

「あたしが、何か……?」
「私の妹が、大事にしていたバレッタを失くしたんだ。心当たりはないか?」

 青年は、さっきのリズに向けてのそれとは全く別物の、疑念のこもった眼差しをアンナに向けた。

「……それは、アンナを疑っていらっしゃる、ということですか?」
「…………申し訳ないけど、そういうことになりますね」

 リズは青年を睨みつけ、その場が剣呑な雰囲気に包まれる。シリルは、不穏な空気を察知して、それとなくリズの隣に控える。ジョンも、彼に続いて自らの主人に歩み寄った。
 再びリズが口を開き、反論しようとしたその時。

「――お兄様っ!?」

 彼らの元に、一人の少女が慌てた様子で駆け寄ってきた。リズは彼女に見覚えはなかったが、彼女の方はリズたちのことを把握しているようだ。青年の向かいに立つリズたちを見ると、真っ青な顔をした。

「お兄様ったら、言ったでしょう!? まさか、アンナさんが盗んだりするわけないわ……!」

 少女は、慌てふためいて青年に訴えた。彼女の兄らしい青年は、妹の言葉に顔を陰らせた。

「お前はそう言うが、彼女じゃなかったらいったい誰がやったって言うんだい? 一年生で、平民の生徒は彼女くらいしかいないだろう」
「…………お言葉ですが」

 リズは、ついに我慢がきかなくなり、口を開いた。

「平民の生徒なら、彼女の他にも何人か在籍しているはずですが。貴方がお気づきでないだけではないですか? それに、彼女に何の動機があると? 何の根拠があってアンナを疑うのですか? 平民だから他人の物を盗むなど、偏見に過ぎません」

 感情の昂ったリズは、言葉の後半になるにつれて、珍しく早口で言い立てた。リズは、きっと青年を睨むと、アンナを庇うように彼女の前に立った。
 いつの間にか、周囲には騒ぎを聞きつけた生徒たちが集まっている。彼らはみな、ただならぬ空気を察し、息を殺している。
 青年は、リズに圧倒されつつも再び言葉を紡いだ。

「無実なら申し訳ないが、残念ながら今の時点でその証拠はあるのですか? 流石のブラックベル公爵令嬢にだって、彼女が無実だと証明することはできないでしょう」

 青年の言葉に、リズは唇を噛んだ。確かに、彼の言う通りだ。ただし――――

「――今はまだ、そうですね。しかし、少し時間をくだされば、必ずアンナが無実だということを証明してみせます」

 リズの言葉に、その場の誰もが目を見開いた。シリルだけが、その言葉を予想していたかのように薄く笑んでいる。青年も流石に予想していなかったらしく、驚いた顔をした。

「そ、れは……あなたがこの事件を調べる、ということですか?」

 青年の問いに、リズは余裕綽々の様子で微笑んだ。

「えぇ。……ただ、私『一人』ではないですが」

 そう言うと、リズは側に立つシリルを見て笑みを深めた。シリルは、やれやれというように息をついた。その口角は微かに上がっている。

「……そういうことなら、いいでしょう。朗報を待っていますよ」

 彼はやや不服そうにそう言い捨てると、身をひるがえしてその場を去っていった。リズたちがその後ろ姿を見送っていると、先程の彼の妹らしい少女が頭を下げた。

「あ、あのっ。先程は兄が、本当に申し訳ありません……!! どうか、ご無礼をお許しください」

 謝罪をしてもなお、深く頭を下げ続ける彼女に、リズは一種の同情を込めて言った。

「いいのよ。妹思いの良いお兄様じゃない。私も気持ちはすごくよく分かるし……」

 リズは、どこか物思いに耽るような表情を浮かべた。シリルはその横で、訳知り顔で苦笑している。

「ありがとうございます……!! で、では、私もこれで……失礼いたしますっ」

 少女は、もう一度頭を下げてから、ぱたぱたと兄の後を追って走っていった。

 彼女を見送ると、アンナは、少し申し訳なさそうにリズを見て言った。

「……リズ様、すみません。また巻き込んでしまって…………」
「貴方の気にすることじゃないわ。友人にあそこまで言いがかりをつけられたら、黙っていられないもの」
「もう本当に、感謝しかないです……!」

 アンナは泣きそうな顔で礼を言う。リズは数秒思案した後、シリルに目を向けた。

「私は今回の事件、アンナの疑いを晴らすためにも、徹底的に調査しようと思っているのだけれど――シリル、貴方も付き合ってくれる?」
「もちろんでございます。私にできることなら、何なりと」

 シリルは胸に手を当て敬礼をしつつ、どこか楽しそうな笑みを浮かべる。リズは彼の言葉を聞き、安堵したように頬を緩めた。

「あのっ、あたしも手伝います!」

 勢い良く挙手したのは、表情に決意を滲ませたアンナだ。リズが瞠目し口を開こうとすると、アンナはそれを見越して矢継ぎ早に言葉を続けた。

「前の事件の時、あたしは何にもできませんでした。それに正直、リズ様がいらっしゃらなければ、自分から何かしようって気にすらならなかったと思います。
……でも、もうあの時のあたしとは違います。黙って見てるだけなんて、納得いきません。――だからどうか、あたしにもお手伝いさせてくださいっ!」

 そう頭を下げるアンナを見て、リズは一瞬呆気にとられたが、すぐに柔らかく微笑んだ。

「もちろんよ。ありがとう、助かるわ」
「良かった! お役に立てるよう、頑張りますね!」

 リズが頷くのを見ると、アンナは胸の前で小さくガッツポーズをした。
 その様子を見ていたキースが、前に進み出て手を挙げた。

「リズ、俺も手伝うよ」
「本当? 嬉しいわ」
「ただ――」

 キースが言葉を続けようとすると、リズは何となく嫌な予感がして身構えた。

「――リズが、俺との婚約の話、一度しっかり考えてくれるって言うんなら、だけど」

 悪い予感は当たってしまったらしい。リズは脱力する。
 キースは、いつも浮かべている屈託のない笑顔とは違う、上品な微笑みを湛えた。しかし、すぐにその表情は崩され、またいつもの少年の笑みに戻る。

「なーんて、冗談だよ。リズのためなら俺は何でもするし、見返りだっていらない」

 キースと一緒にいると、どこまでが本気なのか、たまに分からなくなる。この時も、彼のくりっとした深緑の瞳を見つめながら、リズは複雑な表情をしていた。

「…………そう。ありがとう」

 やがて、リズは溜息をついて言った。どうやら、今回は彼なりの冗談だったらしい。

「キース様が手伝うと仰るなら、自分もお供します」

 ジョンがそう言ってぺこりと頭を下げた。

「ジョンも、ありがとう。——それじゃあ、早速作戦会議といきましょうか」
「そうですね!」
「おう、そうだな!」

 リズが気を取り直して言うと、みな口々に同意する。アンナやキースに至っては、心なしか楽しそうだ。リズはそんな彼らを見て苦笑しつつ、自らも決意を固めた。その端麗な顔に、毅然とした笑みを浮かべて言う。

「――――絶対に、疑いを晴らしてみせましょう」
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