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第一章 高慢令嬢成敗編
第八話 表彰式
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それから何日かが経ったが、対策の甲斐あって、アンナの持ち物が隠されることはなかった。アンナの美しい金色の瞳にもいくらか輝きが戻ってきていた。リズ、シリル、アンナの三人は、以前よりも打ち解けた会話を交わすようになっていた。
そんなある日、三人は食堂で昼食を取っていた。学食といえども、シルヴィリス学園の昼食は一流シェフの手がける大変美味なものだ。一通り食事を終えると、アンナはここ数日では珍しく嬉々として、リズとシリルに話し出した。
「今日は、お二人に聞いてほしいことがあるんです!」
「どうしたの?」
リズが首を傾げると、アンナは声を落として二人に言った。
「実は……あたし、科学研究会で、ある実験を成功させたんです!」
「ある実験、ですか?」
シリルが興味深そうに尋ねると、アンナは笑みを深めた。
「それがですね……なんと、カルディア王国でも、成功例が数えるほどしかないくらい、難しい実験なんです。学生での成功例は、あたしが初めてらしくて。ある物質を生成する実験なんですけど——」
夢中になってその実験について話すアンナを、リズとシリルは微笑まし気に見つめている。
「へぇ……アンナ、すごいじゃない」
「流石でございますね」
「えへへ……ありがとうございます」
アンナの話がひと段落すると、リズとシリルは口を揃えてアンナに賛辞の言葉を贈った。アンナは照れて目を伏せているが、その表情はまんざらでもなさそうだ。
「あ、あと、それでですね……なんと私、今度の全校集会で表彰されることになっちゃったんですよ~」
「表彰? 全校集会で?」
「はい。短いスピーチもしないといけないので、緊張しちゃいますね……」
「それって、本当にすごいことじゃない。応援してるわ」
シルヴィリス学園では、月に一度の全校集会がある。全校集会は、全校生徒六百人近くが一同に大講堂に会する、貴重な機会だ。そこで表彰式が執り行われるということは、かなりの快挙なのだろう。リズは自分まで誇らしくなって微笑んだ。
するとその時、昼休憩の終わりを知らせるチャイムが鳴った。
「あっ、チャイム鳴っちゃいましたね。それじゃ、もう行きましょうか」
「えぇ、そうね——」
頷いて立ち上がろうとしたリズを、シリルがそっと制した。何か二人で話したいことがあるらしい。それを察すると、リズはアンナに断った。
「——えっと、ごめんなさい。私、シリルと後から行くわ」
「申し訳ありません、済まさなければならない用事がありましたので。お先に行っていてくださいますか?」
「あ、そうですか。分かりました。それでは、お先に」
アンナはにっこり笑って二人に一礼すると、軽い足取りで歩き出した。シリルは彼女が声の届かない範囲まで去ったことを確認すると、小声でリズに言った。
「——リズ様、お引き止めしてしまいすみません。少し、気にかかることがありまして」
「いいのよ。気にかかることって?」
リズは肩を竦めると、話の続きを促した。シリルは周りに人のいない辺りまでリズを自然に連れて行くと、話し出した。
「アンナ様の表彰式の件ですが、何か嫌な予感がします」
「嫌な予感? ……もしかして——」
「そうです。嫌がらせをしてきた令嬢方にとっては、アンナさんに恥をかかせる絶好のチャンスです。しかも、全校生徒が集まる場ですから。この機会を、彼女たちが逃すとは思えません」
シリルの推測に、リズは顔を曇らせた。
「確かに、そうかもね。……でも、どうやって? 実験の成果はもう確かなんでしょう? それを台無しにするなんて、いくら彼女たちでもできるかしら……」
「……そうですね。あくまで俺の勘ですので、確かとは言えませんが。ただの杞憂であれば、それが一番良いんですけどね……」
シリルは、物憂げにそう口にすると、険しい目で遠くを見つめた。
「……そうね。きっと、大丈夫よ」
リズもなぜか胸騒ぎがしたが、きっと気のせいだ、と思い不安を胸の奥にしまい込んだ。今は、ただアンナの成功を祝おう。全てが良い方向に向かい出したというのだから、きっと大丈夫だ。そう、自分に言い聞かせながら。
そうして、少しの懸念は残りつつも、アンナの表彰式当日がやってきた。学園で一番大きい広間である大講堂では、大勢の生徒たちがひしめき合っていた。円形劇場を思わせる大講堂には、荘厳かつ精巧な装飾があちこちに施されている。赤いベルベット地の座席は二階まであり、舞台に近い側から一階に一年、一階の奥と二階の手前に二年、二階の奥に三年、という順でほぼ満席だった。生徒たちの視線の先にある舞台はまだ暗いが、その中央には大きな演台が一つ置かれている。リズとシリルは、一年生の中でも特に舞台に近い席に座っていた。アンナとは人波に揉まれてはぐれてしまったが、きっと舞台に近い通路側にいるのだろう。
「——それでは、ただいまより全校集会を始めます」
教授の声が響くと、生徒たちは一気にしんと静まり返る。
「初めに、学園長の話です。学園長、お願いいたします」
そして、シルヴィリス学園の学園長であるレドモンド伯爵が壇上に上がった。学園長は、白の混ざった銀髪を撫でつけ、極端に細身で背の高い体にグレーの背広を身に纏っていた。威厳たっぷりのその風貌に、生徒の視線は釘付けになる。彼は、咳払いをすると話を始めた。
季節に関する長い前置きを終えると、彼はついに本題に入った。アンナの表彰についてだ。
「——本日諸君に集まってもらったのは、他でもない、ある生徒の表彰のためだ。一年生科学研究会所属、アンナ・レイシー。彼女は、このカルディア王国でも成功例が僅かしかない高度な実験を、史上最年少にして成功させた。これは、シルヴィリス学園にとって非常に名誉なことだ。その栄誉を、ここに称えたい。ミス・レイシー、前へ出てきたまえ」
学園長の言葉を合図に、暗かった座席の一部分にスポットライトが当てられた。全校生徒の視線が、一気にそちらへ集中する。そこに座っていたのは、案の定アンナだった。アンナはぎこちなく立ち上がると、通路へと歩を進めた。かなり緊張しているのか、その足取りはどこかおぼつかない。リズは、はらはらしながら彼女を見守った。
するとその時、アンナが何かに躓いたように、前のめりになって盛大に転んでしまった。それを見た生徒たちがどよめく。リズはまさかと思い、アンナの歩いていた側の座席に目を走らせた。悪い予想は的中し、そこにはあの令嬢たちがくすくす笑いながら座っていた。その時リズは確かに、彼女たちのうちの一人、通路に面した席に座っている少女が素速く脚を引っ込めたのを見た。リズはすぐさま何が起きたのかを悟った。
リズが隣のシリルに目配せすると、彼もやはり気づいていたようで、深刻な面持ちで頷いた。シリルの懸念は、ついに現実となってしまったのだ。
気づけば、嘲笑は例の令嬢たちを初めとして少しずつ生徒たちの間に伝播していた。二階でも同じような笑いが起こっているのが、リズの席からも微かに聞き取れた。アンナは泣きそうな顔で立ち上がると、再び歩き出した。しかし、その足取りはどこか違和感を覚えるようで、危なっかしい。そう、怪我をした足を庇うような——。その考えに至ると、リズは思わず声に出して呟いた。
「——まさか彼女、怪我を?」
「そうですね、恐らくは。足を痛めたのでしょうか……」
その声が届いたのは、幸い隣にいたシリルだけだったようだ。他の生徒は変わらずアンナを見てくすくすと笑ったり、何かを小声で話したりしていた。シリルが小声でそう言うと、リズは唇を引き結んだ。
「それなら、助けないと——」
「リズ様、お待ちください」
すぐさま立ち上がろうとしたリズの腕を掴み、シリルが彼女を制す。リズは、彼をきっと睨みつけた。
「——どうして止めるの? 行かせてちょうだい」
「今お嬢様が割って入っても、逆効果ですよ。今は『まだ』、抑えてください」
シリルは、睨まれてもなおその細い手首を離そうとはせず、真っ直ぐにリズを見て言った。シリルの言葉を聞いた後も、リズは彼の瞳に訴えるようにしばし見つめていたが、悔しそうに視線を下げると、席に着いた。その間に、アンナはやっとのことで壇上まで辿り着いていたようだ。彼女は一礼をして、学園長が先程まで立っていた演台の前に立った。
そしてアンナは、震える手で制服の内ポケットから原稿を取り出した。ところが、アンナはそれを見た途端、青ざめてわなわなと震え出した。一旦は落ち着いていた観衆が、再びざわめき出す。リズはまたただならぬことがあったのだと悟ったが、彼女には何もできず、スカートの上で拳を握りしめた。
アンナはしばらく黙って紙を見つめていたが、やがて諦めたように嘆息すると、それをポケットにしまい込んだ。そして、客席からも分かるほど深く深呼吸をすると、アンナはついに前を向いて話し出した。
「——えっ……と、この度、このような式を執り行っていただいたこと、誠に感謝しております。私アンナ・レイシーは、科学研究会にて、実験を——えっと、国内でも比較的——じゃなくて、かなり成功者の少ない、困難な実験を……っ」
アンナはそこで、言葉に詰まり俯いてしまった。聴衆から、嫌な忍び笑いや陰口が飛び交う。
「やっぱり、平民なんて所詮はこんなものね」
「実験だって、本当に成功したのかしら? 怪しいところだわぁ」
先程の令嬢たちが、わざと大きな声でそう言って嘲笑った。その声に、幾人かの生徒が賛同し、口々に似たような罵倒を言い始めた。ついには、同調して彼女の実験成果を疑い出す声まで上がり出した。アンナは、ステージ上でただ一人赤面し、両の手の平を握りしめて俯いている。その頬に、一筋の涙が伝ったのが目に映った瞬間、リズの怒りはついに頂点に達した。
リズは周りの目など忘れて、勢い良く立ち上がるとつかつかと壇上へ歩を進めた。生徒たちは、突如の出来事に唖然として彼女を見つめている。シリルも一呼吸置いて立ち上がると、何食わぬ顔でリズの後を追った。壇上へ上ると、リズはアンナにそっと耳打ちをした。
「貴方はもういいわ。ここは私に任せて」
アンナは返事もできず、しゃくり上げながらリズの青く燃えさかる瞳を見つめた。そこへ、シリルがやって来て優しく微笑みかけた。
「アンナさん、訳が分からないとは思いますが、今はリズ様を信じてください」
「……は、はい」
シリルの毅然とした言葉に、アンナは困惑しつつも頷き、彼に連れられて舞台袖へ退いた。リズは、そんなアンナの代わりに演台の前に立つと、一つ息をついて顔を上げ、全校生徒に向かって口を開いた。
そんなある日、三人は食堂で昼食を取っていた。学食といえども、シルヴィリス学園の昼食は一流シェフの手がける大変美味なものだ。一通り食事を終えると、アンナはここ数日では珍しく嬉々として、リズとシリルに話し出した。
「今日は、お二人に聞いてほしいことがあるんです!」
「どうしたの?」
リズが首を傾げると、アンナは声を落として二人に言った。
「実は……あたし、科学研究会で、ある実験を成功させたんです!」
「ある実験、ですか?」
シリルが興味深そうに尋ねると、アンナは笑みを深めた。
「それがですね……なんと、カルディア王国でも、成功例が数えるほどしかないくらい、難しい実験なんです。学生での成功例は、あたしが初めてらしくて。ある物質を生成する実験なんですけど——」
夢中になってその実験について話すアンナを、リズとシリルは微笑まし気に見つめている。
「へぇ……アンナ、すごいじゃない」
「流石でございますね」
「えへへ……ありがとうございます」
アンナの話がひと段落すると、リズとシリルは口を揃えてアンナに賛辞の言葉を贈った。アンナは照れて目を伏せているが、その表情はまんざらでもなさそうだ。
「あ、あと、それでですね……なんと私、今度の全校集会で表彰されることになっちゃったんですよ~」
「表彰? 全校集会で?」
「はい。短いスピーチもしないといけないので、緊張しちゃいますね……」
「それって、本当にすごいことじゃない。応援してるわ」
シルヴィリス学園では、月に一度の全校集会がある。全校集会は、全校生徒六百人近くが一同に大講堂に会する、貴重な機会だ。そこで表彰式が執り行われるということは、かなりの快挙なのだろう。リズは自分まで誇らしくなって微笑んだ。
するとその時、昼休憩の終わりを知らせるチャイムが鳴った。
「あっ、チャイム鳴っちゃいましたね。それじゃ、もう行きましょうか」
「えぇ、そうね——」
頷いて立ち上がろうとしたリズを、シリルがそっと制した。何か二人で話したいことがあるらしい。それを察すると、リズはアンナに断った。
「——えっと、ごめんなさい。私、シリルと後から行くわ」
「申し訳ありません、済まさなければならない用事がありましたので。お先に行っていてくださいますか?」
「あ、そうですか。分かりました。それでは、お先に」
アンナはにっこり笑って二人に一礼すると、軽い足取りで歩き出した。シリルは彼女が声の届かない範囲まで去ったことを確認すると、小声でリズに言った。
「——リズ様、お引き止めしてしまいすみません。少し、気にかかることがありまして」
「いいのよ。気にかかることって?」
リズは肩を竦めると、話の続きを促した。シリルは周りに人のいない辺りまでリズを自然に連れて行くと、話し出した。
「アンナ様の表彰式の件ですが、何か嫌な予感がします」
「嫌な予感? ……もしかして——」
「そうです。嫌がらせをしてきた令嬢方にとっては、アンナさんに恥をかかせる絶好のチャンスです。しかも、全校生徒が集まる場ですから。この機会を、彼女たちが逃すとは思えません」
シリルの推測に、リズは顔を曇らせた。
「確かに、そうかもね。……でも、どうやって? 実験の成果はもう確かなんでしょう? それを台無しにするなんて、いくら彼女たちでもできるかしら……」
「……そうですね。あくまで俺の勘ですので、確かとは言えませんが。ただの杞憂であれば、それが一番良いんですけどね……」
シリルは、物憂げにそう口にすると、険しい目で遠くを見つめた。
「……そうね。きっと、大丈夫よ」
リズもなぜか胸騒ぎがしたが、きっと気のせいだ、と思い不安を胸の奥にしまい込んだ。今は、ただアンナの成功を祝おう。全てが良い方向に向かい出したというのだから、きっと大丈夫だ。そう、自分に言い聞かせながら。
そうして、少しの懸念は残りつつも、アンナの表彰式当日がやってきた。学園で一番大きい広間である大講堂では、大勢の生徒たちがひしめき合っていた。円形劇場を思わせる大講堂には、荘厳かつ精巧な装飾があちこちに施されている。赤いベルベット地の座席は二階まであり、舞台に近い側から一階に一年、一階の奥と二階の手前に二年、二階の奥に三年、という順でほぼ満席だった。生徒たちの視線の先にある舞台はまだ暗いが、その中央には大きな演台が一つ置かれている。リズとシリルは、一年生の中でも特に舞台に近い席に座っていた。アンナとは人波に揉まれてはぐれてしまったが、きっと舞台に近い通路側にいるのだろう。
「——それでは、ただいまより全校集会を始めます」
教授の声が響くと、生徒たちは一気にしんと静まり返る。
「初めに、学園長の話です。学園長、お願いいたします」
そして、シルヴィリス学園の学園長であるレドモンド伯爵が壇上に上がった。学園長は、白の混ざった銀髪を撫でつけ、極端に細身で背の高い体にグレーの背広を身に纏っていた。威厳たっぷりのその風貌に、生徒の視線は釘付けになる。彼は、咳払いをすると話を始めた。
季節に関する長い前置きを終えると、彼はついに本題に入った。アンナの表彰についてだ。
「——本日諸君に集まってもらったのは、他でもない、ある生徒の表彰のためだ。一年生科学研究会所属、アンナ・レイシー。彼女は、このカルディア王国でも成功例が僅かしかない高度な実験を、史上最年少にして成功させた。これは、シルヴィリス学園にとって非常に名誉なことだ。その栄誉を、ここに称えたい。ミス・レイシー、前へ出てきたまえ」
学園長の言葉を合図に、暗かった座席の一部分にスポットライトが当てられた。全校生徒の視線が、一気にそちらへ集中する。そこに座っていたのは、案の定アンナだった。アンナはぎこちなく立ち上がると、通路へと歩を進めた。かなり緊張しているのか、その足取りはどこかおぼつかない。リズは、はらはらしながら彼女を見守った。
するとその時、アンナが何かに躓いたように、前のめりになって盛大に転んでしまった。それを見た生徒たちがどよめく。リズはまさかと思い、アンナの歩いていた側の座席に目を走らせた。悪い予想は的中し、そこにはあの令嬢たちがくすくす笑いながら座っていた。その時リズは確かに、彼女たちのうちの一人、通路に面した席に座っている少女が素速く脚を引っ込めたのを見た。リズはすぐさま何が起きたのかを悟った。
リズが隣のシリルに目配せすると、彼もやはり気づいていたようで、深刻な面持ちで頷いた。シリルの懸念は、ついに現実となってしまったのだ。
気づけば、嘲笑は例の令嬢たちを初めとして少しずつ生徒たちの間に伝播していた。二階でも同じような笑いが起こっているのが、リズの席からも微かに聞き取れた。アンナは泣きそうな顔で立ち上がると、再び歩き出した。しかし、その足取りはどこか違和感を覚えるようで、危なっかしい。そう、怪我をした足を庇うような——。その考えに至ると、リズは思わず声に出して呟いた。
「——まさか彼女、怪我を?」
「そうですね、恐らくは。足を痛めたのでしょうか……」
その声が届いたのは、幸い隣にいたシリルだけだったようだ。他の生徒は変わらずアンナを見てくすくすと笑ったり、何かを小声で話したりしていた。シリルが小声でそう言うと、リズは唇を引き結んだ。
「それなら、助けないと——」
「リズ様、お待ちください」
すぐさま立ち上がろうとしたリズの腕を掴み、シリルが彼女を制す。リズは、彼をきっと睨みつけた。
「——どうして止めるの? 行かせてちょうだい」
「今お嬢様が割って入っても、逆効果ですよ。今は『まだ』、抑えてください」
シリルは、睨まれてもなおその細い手首を離そうとはせず、真っ直ぐにリズを見て言った。シリルの言葉を聞いた後も、リズは彼の瞳に訴えるようにしばし見つめていたが、悔しそうに視線を下げると、席に着いた。その間に、アンナはやっとのことで壇上まで辿り着いていたようだ。彼女は一礼をして、学園長が先程まで立っていた演台の前に立った。
そしてアンナは、震える手で制服の内ポケットから原稿を取り出した。ところが、アンナはそれを見た途端、青ざめてわなわなと震え出した。一旦は落ち着いていた観衆が、再びざわめき出す。リズはまたただならぬことがあったのだと悟ったが、彼女には何もできず、スカートの上で拳を握りしめた。
アンナはしばらく黙って紙を見つめていたが、やがて諦めたように嘆息すると、それをポケットにしまい込んだ。そして、客席からも分かるほど深く深呼吸をすると、アンナはついに前を向いて話し出した。
「——えっ……と、この度、このような式を執り行っていただいたこと、誠に感謝しております。私アンナ・レイシーは、科学研究会にて、実験を——えっと、国内でも比較的——じゃなくて、かなり成功者の少ない、困難な実験を……っ」
アンナはそこで、言葉に詰まり俯いてしまった。聴衆から、嫌な忍び笑いや陰口が飛び交う。
「やっぱり、平民なんて所詮はこんなものね」
「実験だって、本当に成功したのかしら? 怪しいところだわぁ」
先程の令嬢たちが、わざと大きな声でそう言って嘲笑った。その声に、幾人かの生徒が賛同し、口々に似たような罵倒を言い始めた。ついには、同調して彼女の実験成果を疑い出す声まで上がり出した。アンナは、ステージ上でただ一人赤面し、両の手の平を握りしめて俯いている。その頬に、一筋の涙が伝ったのが目に映った瞬間、リズの怒りはついに頂点に達した。
リズは周りの目など忘れて、勢い良く立ち上がるとつかつかと壇上へ歩を進めた。生徒たちは、突如の出来事に唖然として彼女を見つめている。シリルも一呼吸置いて立ち上がると、何食わぬ顔でリズの後を追った。壇上へ上ると、リズはアンナにそっと耳打ちをした。
「貴方はもういいわ。ここは私に任せて」
アンナは返事もできず、しゃくり上げながらリズの青く燃えさかる瞳を見つめた。そこへ、シリルがやって来て優しく微笑みかけた。
「アンナさん、訳が分からないとは思いますが、今はリズ様を信じてください」
「……は、はい」
シリルの毅然とした言葉に、アンナは困惑しつつも頷き、彼に連れられて舞台袖へ退いた。リズは、そんなアンナの代わりに演台の前に立つと、一つ息をついて顔を上げ、全校生徒に向かって口を開いた。
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