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僅かな希望
しおりを挟む俺がトマとグレタに救われて自分を取り戻した次の日、目を覚ますとオリバーの老化現象は消えていつも通りの姿に戻っていた。
…昨夜のあれは、気のせいだったのか?
でもゴミ箱には昨夜俺が捨てた深緑の毛髪があり、グレタの髪もまた銀髪のままだった。
オリバーを仕事へ送り出した後、眠ったままのグレタの胸に手を添えて再び魔力を少しだけ還元するとグレタはようやく目を覚ました。
「おはよう、グレタ。」
「…ヨル…?私は…、まだ生きてる…?」
戸惑いながら掠れた声でグレタが呟く。
その一言でグレタが俺に魔力を全て託して死を決意していたことを確信した。
「俺が死なせないよ。」
俺が囁くように小さく言って絹糸のように細くてサラサラの銀髪の前髪を指で梳くとグレタの瞳に涙が溜まった。
「…私は…、死んでもよかった…。むしろ死ぬつもりだったんだ…。」
「うん…。……でもそれは俺が嫌だったんだ。我儘でごめんね。」
「……………っ。」
俺がグレタの髪を撫でていると、グレタの目から溜まった涙が溢れてきて目の上に腕を置いて声を殺して泣いた。
「グレタ…、我慢しないで…。」
「……っ、わ…、私がいると…っ、…ぅ…、く…っ、幸せになれない…っ、…うぅ…っ」
「……なれるよ。俺はグレタがいないと幸せになれない。」
「…………っ!!」
グレタをそっと抱き寄せると、グレタは俺の胸に顔を埋めてきた。
「…いいよ。俺しかいないから。声我慢しないで。いっぱい泣いて吐き出して。」
それでもグレタはまた声を殺して泣き、涙が治まるまで俺はその美しく色を変えた銀髪をそっと撫で続けた。
涙が落ち着いた後、バルコニーのソファに二人で並んで座り、いつかのようにグレタの淹れてくれた紅茶を飲みながらゆっくりと想いを聞かせてくれた。
「私は本当に死ぬつもりだった…。私がいなければ、二人は私に気兼ねなく心おきなく愛し合えると…。」
「……グレタ。俺はむしろ……。」
「それに…、妊娠はただでさえ身体に大きな負担がかかる。ヨルは知らないだろうけど、私たち両性具有の者は元々性が不安定だから女性より特にその負担が大きいんだ。ホルモンバランスが大きく乱れて肉体の変化がより激しく、心身共に苦痛を伴う。それに加えて、オリバー様の夜伽は毎回…、その…、激しいでしょう…?
私の注いだ魔力を使ってヨルの身体の変化をよりスムーズにして子宮や子供を保護すればその苦痛が少しでも和らぐと……。」
「……グレタ…、な…」
何故、そこまで俺のことを…?
言いかけると、グレタの指が俺の唇にスッと添えられて言葉を制された。
俺が黙ると唇に添えた手をそっと下ろして、今度はその手が俺のお腹に優しく添えられる。
「私の魔力で促したからかな。ほら、お腹も少し膨らんでる。」
「…………っ!!」
「……ふふっ、もう今更妊娠してない、なんて嘘はダメ。この前会った時より"妊婦特有の匂い"が強くハッキリ出てる。貴方は妊娠してるよ。」
その言葉に何故か顔が少し熱くなる。
俺の表情を見て、赤く腫らした目を細めてグレタが優しく微笑んだ。
「迷っているかもしれないけど、私はこの子を産んで欲しい。」
「……………。」
「本当は…、これは言うつもりはなかったんだけど…。可能性は…かなり低いけど…、この子は私の子かもしれない…。」
「…………っ!?」
俺が言葉を失っていると、グレタは俺のお腹に手を当てたまま弱々しく微笑んで少しだけ俯いた。
「兄さんが私の中にいた時、毎日ずっと愛し合っていたのでしょう?初めての妊娠の時はね、私たちの場合、身体を変化させるのに時間がかかるから兆候が出てくるのが遅いんだ。時期的に決して可能性はゼロじゃない。」
この子が…、グレタの子…!?
「私は…、ずっと子供が欲しかった。自分の子供を産み、この手で愛し、慈しみ、大切に育てて一つ一つの成長を喜びたかった。子宮が傷付いて子供を産めない身体になったと知った時、本当に苦しかった。
……私のお腹ではないけど、諦めていた我が子を授かったかもしれないと気付いた時は本当に嬉しかった。私はヨルが大好き。でも今はそれだけじゃない。自分の子供の為なら私は何だって出来る。例え命を失っても私は子供を守りたいと思った。だから……。」
話しているうちにグレタの瞳が輝いていく。その輝きは間違いなく『希望』という名の強い光だった。
「……あの…、でも…。」
確かに時期的には可能性はあるかもしれない。けど俺はその何倍もオリバーと身体を重ね、その子種をこの胎に沢山受け止めてきた。
この事実を口にしていいのか…?
グレタの希望を俺の一言で打ち砕いて、その心が壊れてしまわないだろうか…?
俺は言いかけた瞬間にハッとして、その先の言葉に詰まってしまった。
戸惑っていると、グレタは察したように俺の頭を撫でて優しく微笑む。
「……言いたいことはわかるよ。でも、もし違っていてもそう思わせておいてくれないかな…。お願い…。それが今の私の唯一の僅かな希望で、救いでもあるから…。」
グレタが美しいピンクサファイアの瞳を揺らして訴えるように俺の顔を覗き込んだ。
『希望』『救い』
その言葉に心が大きく揺さぶられた。
ほんの僅かでも。例え嘘だとしても。
それがグレタの支えになるのなら…。
俺は頭を撫でるグレタの手を掴んで自分のお腹に添えて、その手をぎゅっと上から握り締める。
「……うん…。この子はグレタの子…。きっと…、ううん、絶対間違いない。」
「……ヨル…。」
「俺たちがあの日、あの時…、沢山愛し合って、その愛の証としてここに宿った。」
自分にも言い聞かせるようにゆっくり、そしてはっきりと言い切った。
「……ありがとう。」
グレタの瞳から涙が溢れる。
「…ほら、パパ大丈夫ー?って。グレタ、この子が心配しちゃう。」
「……ふふっ。そうだね。」
グレタが一緒キョトンとして、すぐに涙を拭いて笑った。
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「泣き虫パパも可愛いけどね。」
俺たちは再び目が合うとお互いに吹き出して笑い合った。
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