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望み
しおりを挟む慌てて光に手を伸ばすと、ベッドの天蓋のカーテンが目の前にあった。
ここは…、オリバーの部屋の…。
ーー…ああ、なんだ。
目が覚めただけなのか。
ベッドの上から辺りを見回すけど、誰の気配も感じられなかった。
グレタは部屋に帰ったのかな。
何となく寂しくなって、ベッドから立ち上がって部屋のドアをそっと開けて廊下を覗こうとするとオリバーの声が上から降ってきた。
「ノア…?どこか出かけるのか?」
「……あ…、えっ……と……。」
「別に咎めるつもりなどない。その為に鍵も開けてある。後宮内を自由に動いて構わない。お前は正妃になるのだから。」
突然現れたオリバーに動揺しているとオリバーは俺の前で跪き、穏やかな声で言いながら微笑みかけてきた。
「そうだな…。折角ノアが出歩く気になったのだ。中庭でも散策しよう。」
俺が無言のままでいると、オリバーはそう言って会議に連れて行かれていた時のように俺の両膝に片腕をかけて軽々と縦に持ち上げた。
そのまま中庭の湖の畔をぐるりと散歩した後、以前訪れた東屋で休憩を取ることにした。
オリバーは東屋の中のソファに座り、俺は向かいのソファで手摺に肘をつき水面を眺めていると、またあの懐かしい歌が風に乗って聴こえてきてハッとした。
あの時はリュカだと思っていたけど、今ならわかる。これはグレタの歌声だ。
二人は兄弟だ。この歌を知っていても不思議じゃない。あの日、ここで聴いた歌もきっとグレタの…。そう思うと少し切なくなってしまう。
「…この声は…、グレタか…?グレタが歌を歌うなど…、珍しいな。」
今回はオリバーにも聴こえているのか。
湖の上を吹き抜ける爽やかな風に乗って優しい歌声が俺の魂まで響いてくる。
グレタの歌が終わって静かになると俺は一息ついてオリバーの方へ振り向き、話しかけた。
「……ねぇ…、俺の望みは全て叶えてやるって以前言ったよね?」
「…あ、ああ…!!確かに言った!何だ?何が欲しい?何を望む!?何でも叶えてやるぞ!!約束だ!!私に二言はない!」
「絶対……?」
「ああ!!絶対だ!!」
「何でも?」
「勿論だ!!何でも言え!!構わぬ!私は大国の王だ。遠慮は要らぬぞ!!」
「約束する?」
「当然だとも!!」
何度も確認する俺の言葉にオリバーは前のめりになり嬉々として聞いてくる。
「グレタを自由にして。」
「グレタ…?…それは…、出来ない。出来ないというより、グレタの為にならない。グレタは弱い。この城を出ればたちまち盗賊や奴隷商人に捕まってしまうだろう。エルフというだけでも高値で売れるというのに両性具有ならば尚更危険だ。だから…」
「では、グレタを愛せ。」
「………………は……っ?」
俺の言葉にオリバーは固まった。
「俺以上にグレタを大切にし、グレタを心から愛せ。」
「………な…、な……に、何故……っ?!」
声を震わせながらオリバーの表情が引き攣り、徐々に青ざめていく。
「……っ、それは…っ、できな……」
「それも出来ない?」
「………っ、しかし…!それは…」
「たった今、約束したのに?」
オリバーの言葉に次々と被せて念を押すとオリバーはグッと拳を握り締めた。
「"何でも"なんて言っておいて出来ないことばかり…。本当にお前は最低だな。」
はぁぁ…っ、とわざと大きく溜め息をついて蔑むようにオリバーを睨む。
「そ、それは…!!その、グレタが…、それはグレタがお前に言ったのか…!?」
「ふふっ、まさか。グレタはそんなこと絶対に言わない。彼はとても優しくて聡明だもの。そんな事を言う人じゃないってお前も知ってるでしょ。この事で彼を責めたり傷付けたりしたら絶対に許さないから。…勿論叶えてくれるんだよね…?」
俺の言葉にオリバーは激しく動揺し、言葉を失って黙ってしまった。
暫く沈黙が続いて、俺は痺れを切らし何度目かの深い溜め息をついて立ち上がった。
「…………嘘つき。」
青ざめて震えながら固まったままのオリバーに冷たく吐き捨てて立ち上がり、歩き出そうとするとオリバーも慌てて立ち上がって俺の手を掴んで来て、それをバシッと強く振り払った。
「もう二度と俺に触れるな。顔も見せるな。これが俺の最後の望みだ。」
再び固まるオリバーをその場に残して俺は久しぶりに俺の部屋に戻った。
リュカの最期を見送ったあの部屋に。
ドアに鍵を掛けると、吐き気に襲われてトイレに駆け込んで吐いた。
「おぇぇぇ……、…っ、う…っ、うゔ…っ」
吐きながら嗚咽を漏らして泣いた。
言った…。言ってやった……!!
今まで散々好き勝手してきて俺を手に入れられたと浮かれきったあいつにもこの苦痛をほんの少しだけでも味合わせてやりたかった。
だから後悔はしてない。
後悔なんてするものか。
なのに…、何故俺は泣いているの…?
自分でも訳がわからないまま、ずっと誤魔化してきた惨めさと哀しみが胃液と共に一気に溢れ出していくような気がした。
ひと通り吐き終え、部屋に戻ってすっかり綺麗に整えられたベッドに潜り込む。
オリバーはこれからどう動くのだろう。
下腹部がチクチクする。
身体が酷く怠い。
トマ…。トマ……。
光の精霊様。
お願い、どうか…グレタを守って。
俺たちを導いて。
深い闇の深淵から温かい光の中へ。
俺は下腹に両手を添えて強く祈った。
それから数日間、オリバーは姿を現さなかった。
俺の言葉が効いたのだろうか?
激昂して乗り込んでくるか縋ってくるかのどちらかだと考えていたけど、意外と呆気ないものだな…、とバルコニーのソファで膝を抱えながらぼんやりと考えていた時だった。
コンコン
ドアをノックする音が聞こえた。
「はい。どうぞ。」
侍従だと思って入室を促してみたけど、返事がない。
コンコン
もう一度ドアが鳴る。
「………誰?」
不思議に思ってドアを開けて外を覗いた瞬間、突然口を塞がれ、とても嫌な臭いを嗅がされて俺は抵抗する間もなくすぐに意識が飛んでしまった。
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