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クロノス
しおりを挟むカチ、カチ、カチ、カチ…。
原初神として世界創造の際に創造主より最初に生み出されてから常に正確に、規則的に時を刻み続ける私の世界。穏やかではあるが起伏のない毎日。
だが私にはそれがとても心地良かった。
そんな時に小さな世界の二人の精霊が起こした『神々の黄昏』という禁断の呪文を使用したことによってその日常は突如崩された。
神々はそれぞれお互いを責めて争いあった。それを収めるため、創造主から直々に私に声がかかった。
創造主からの命は『魂の欠片を回収し、絡まった運命の糸を解くこと』。
創造主より最初に生み出された原初神の一柱の私に。
争いの種となった小さな世界。
その世界を司る時計を手に取り、事件の発端を探る。
全てを見終わった後の率直な感想は
『何だ、こんなことで』だった。
創造主は何故こんなつまらない事で原初神である私にわざわざ声を掛けたのだろう。
こんな小さな世界はとっとと消してしまえばいい。この世界の"管理者"である精霊もそう望んで【破滅の呪文】を唱えたのだから。
魂だって、特別なものは時間はかかるし面倒ではあるがまた新しく生成すれば良いだけだ。回収したりする方がより手間がかかって面倒なのに。
なのに何故…ーー?
創造主に何か意図があるのだろうか?
ーー……まぁ、いい。
とりあえず私は言われたことをするだけだ。面倒だと思いつつ、事態をどう収束させるべきが考える。
リュカとやらの魂は爆発が起きた衝撃と神々や精霊が奪い合った時に様々な方向に引っ張られた圧力でバラバラに砕けてしまった。
その中の一つと『勇者の種』が融合し、リュカの身体に戻って本来あるはずのなかった歪な人生を送っている。
まずはこのリュカの魂の欠片を集めて『勇者の種』と分離させなければならない。
幸い手元にはリュカの魂の欠片が数個ある。精霊達と奪い合った際に神々が引きちぎったものだ。
残りは主犯の精霊達や、人間の中にも…。
手っ取り早く事件が起こる前まで時間を巻き戻してしまおうか?
しかしそれをするにしても運命の糸もかなりもつれてしまっているし、別々の世界間で転生や転移が頻繁に行われている為、時空を共有している他の全ての世界に干渉しなければならず、どちらにせよ莫大な労力が必要になる。
やはりかなり面倒な案件だな、と苛立ちを含めた溜め息を吐き、まずは違う世界に一人飛ばされた光の精霊の元へ行くことにした。
時間を巻き戻すのに躊躇った理由は実はもう一つある。事の発端を確認している時にこの光の精霊に興味が湧いたからだ。
彼の本質は我々神に類似している。
誰にでも優しく平等であり、誰にでも冷たく狡猾であること。
それが我々神に最も必要な要素だ。
闇の精霊に対しての強い執着を置いて考えると、彼は神の素質を持っているという事になる。
そして事態が起こった際の判断、魂の融合や入れ替えの高い技術など、退屈な日々を送っていた私にとって好奇心をそそられる逸材だった。
転生して彼が固執する闇の精霊もおらず、記憶がリセットされている今ならばより近付きやすい。
時間を巻き戻す前に、どのような者か自分の目で確かめてみたかった。
『トマ』という名前で人間として生まれた光の精霊は、己の半身を失くして感情が殆どなかった。
記憶はないはずなのに何にも興味を示さずただただ人や物、特に自分の影をじっと見つめ続けている。無意識に失った己の半身、闇の精霊を求めているのだろう。
数年経っても変わらず、見ているうちに何故か心配になってきてしまい、リュカの魂の欠片を使って人間になってトマに近付いた。
トマに怪しまれぬよう、幼い頃に病気で亡くなったトマと同年齢の子供を持つ家族の中に暗示をかけて潜り込み、その亡くなった子供の名前『悠太』を名乗ることにした。
「……ねぇ、一緒に遊ぼうよ。」
公園で木の下で膝を抱えてしゃがみ込み、俯いて影を見つめるトマに声を掛けてみる。
「………………。」
トマは無言のまま、俺を無視して影を眺め続けた。
次の日も同じように声を掛けてみたが、反応は同じだった。
四日目になると少し顔を上げてやっと俺の方を見た。だがそれは一瞬だけでトマはすぐにまた俯いてじっと影を眺め、自分の世界に閉じこもってしまった。
そこからトマは暫く外出せず、数日後に再会した時にはもう俺のことは覚えておらず、振り出しに戻ってしまう。
それから数ヶ月もの間、トマが公園に来る度に何度も何度も声を掛け続けては振り出しに戻され、それを繰り返しながらようやく認知されて会話が出来た時には言いようのない喜びが心の中に芽生えた。
よくよく考えると、神の中でも創造主に次ぐ最高位の原初神である俺はこのように無視され、粗末に扱われた事など一度もなかった。だから余計に好奇心をくすぐられたし、嬉しかったのかもしれない。
トマと少しずつ交流を深めていくうちに、特別な感情を抱くようになっていった。
最初はただの好奇心。
そこから徐々に親のような感情に変化した。
何にも興味を持たず、隙を見ると影を見つめてボーッと佇むトマが放っておけなくて、何でもいいから興味を持たせようと遊びも勉強も色々な事を教えた。
トマは相変わらず何にも興味を持たなかったが、教えたことは何でも卒なくこなし、何かにつけて世話を焼く俺自身には興味を示してくれた。
無表情だったトマが初めて口角を少し上げて微笑みかけてくれた時は本当に嬉しくて胸がグッと熱くなり、ぎゅっと締め付けられるような感覚を覚えた。
トマ自身もやはり元々の本質が影響しているのか、誰にでも平等に接しながらも決して誰も踏み込ませない絶対領域を保ち、大人しそうで従順そうに見えるが言いたい事は割と物怖じせずハッキリ言う。それが更にトマの魅力を引き立てていた。
トマの容姿は美しい。何故か精霊の時のままの姿を保って生まれてきた為に、様々な人間が近付いてきた。
トマに近付こうとする人間はその容姿の美しさに加えてトマの優しさに絆され、好奇心や恋愛感情を持つ者はもちろんのこと、中には変質者と呼ばれる者もいた為、俺は裏で牽制したり排除したりした。
俺の庇護欲はトマに構えば構う程どんどん増してきて、いつの間にかそれは独占欲となり、他の人間とトマが接触し、仲良くなるのが疎ましくさえ感じるようになった。
いっそのこと【神の加護】を付与してしまおうかとさえ考えた。
この気持ちが『嫉妬』だと気付いた時、同時に俺はトマを特別な意味で好きになっていたのだと気付いた。
他の神々は沢山の恋愛をする。
だが俺は今まで誰かを愛したことなど一度もなかった。
初めて抱く『愛情』。
俺は創造主から授かった使命を忘れ、トマと口付けを交わし、このまま『悠太』としてトマの傍に居たいと思っていた。
トマを完全に自分のものにしたい、と。
キスをしたあの日の俺は酷く浮かれていた。
浮かれていたせいで大きなミスを犯した。
トマが殺されてしまったのだ。
きっと俺の使命を思い出させる為に創造主が動いたのだろうとすぐに気付き、酷く後悔し憤慨した。
俺はすぐに創造主の元へ行き、抗議したが使命を忘れ、トマに夢中になっていたことを逆に叱られてしまった。
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