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大人の味
しおりを挟むお風呂から上がると少しのぼせた身体を冷まそうとグレタに誘われ、バルコニーに出てソファに座ってテーブルの上にガラスで囲われた蝋燭の火を灯した。
ティーカップだと冷めるのが早くなってしまうからとグレタが紅茶をマグカップに淹れて持ってきてくれた。
すっかり夜が深くなり、空いっぱいに散りばめられた星々と昨夜より少し細くなった三日月を眺めながらゆっくりと紅茶の入ったマグカップに口をつける。
ひと口飲んでみると喉の奥がじわっと熱くなる。喉元を過ぎると今度はお腹の奥が温かくなるような、媚薬とは違う…何だかふわふわしてくるような…。美味しいけど不思議な味だった。
「ふふっ、実はほんの少しだけお酒を入れたんだ。温まるし落ち着くでしょう?」
「…ん…。落ち着く…、かも……??」
初めての味と感覚に首を傾げながら答えるとグレタはニッコリと笑って自分のカップに口をつけた。
「私も久しぶりにお酒が飲みたくて。ヨルには大人の味はまだ早いからちょっとだけ…ね。ふふっ」
そう言ってグレタはちょっと意地悪な顔で舌をペロッと出した。思わず俺がクスッと笑うとグレタと目が合って二人で笑った。
「やっとちゃんと笑ってくれた。」
グレタが湯上がりの艶やかで美しい髪を夜のそよ風に靡かせて優しく微笑む。
そうしてくれたのはグレタのお陰…。
孤独感や絶望感でいっぱいだったのに、ずっと一緒にいてくれて今はほんのり温かくてむずむずした気持ちになる。
とても不思議な気分。
「そう言えばヨルが持ってたあの異国の服って見たことないけど…、ヨルの故郷のものなの?」
「………そう、だよ……。」
本当はトマの物だけど。
「ヨルの故郷はどんな所だったの?」
故郷と聞いてすぐに思い浮かんだのはトマだった。
「…とても…、温かくて…穏やかで優しい所。俺にとって唯一無二のかけがえのない大切な居場所。俺の心の支えで、いつも俺の中心にある。その存在だけで俺はいつも強くいられた…。俺の全て。」
「……なんだか故郷というより…、愛する人を想う言葉みたいだね…。」
「愛…。『愛』って…、俺はよくわからないけど…、家族や恋人よりもっと深くて強い繋がりがあるんだ…。その場所は俺そのものだから。」
「なんか…深いなぁ…。うーん。『愛』と言ってもきっと色々な形があるからね…。ヨルの言うように故郷を想う愛、家族の愛、友を思う友愛、恋人同士の愛、…。その種類は様々で、そのどれもが人によって想い方も考え方も違うから…難しいよね…。でも、ヨルの故郷はきっと…とても素敵な場所なんだろうね。」
「…………うん。すごく、ね。」
そう。トマの存在は俺の心の支柱だ。
トマが存在してくれているだけで俺は強くいられた。
俺が生まれてこれたのもリュカを好きになれたのも、全てトマがいてくれたから…。
グレタの言うように、トマへの想いとリュカへの想いは同じようで全然違う。
2人共、俺にとって、とても大切で大好きだけど…。
トマは俺の魂そのもので、俺の唯一無二の心の支えで…、リュカはずっと傍にいて温もりを感じていたい人。
--……でも…、今は……。
色々と考えている内に、二人が傍に居ないことを改めて思い知らされて胸がギュッと締め付けられるように痛くなる。
「…………ヨル…?大丈夫…?」
グレタの声でハッとして思考を止めた。
「大丈夫だよ。」
「今日はとても疲れたでしょう。もう遅いしベッドで休もうか。」
グレタに促されてベッドに入り、グレタが俺に毛布を掛けた。
「ねぇ…、グレタ…、一緒にいて…?」
急に寂しくなって毛布を掛けるグレタの手を握って我儘を言うと、グレタは嫌な顔一つせずに「いいよ」と言ってフワッと優しく微笑んでベッドに入って来てくれた。
ベッドサイドに置かれた蝋燭の仄かな明かりが揺らめく中、中々寝付けない俺の為に寝物語の代わりにグレタがリュカとの過去の話を簡単にしてくれて、俺も少しだけリュカとの話をした。
ブラッドの屋敷に潜入したリュカと出会い、身体を重ねたことを。
そしてリュカを大好きになったこと。
「そっかぁ…。兄さんてば…!たった数回でこんな可愛い子の心を掴んじゃうなんてやるなぁ…!」
ベッドのサイドテーブルに置いたお酒を飲みながらグレタはホロ酔いで笑いながら薄っすらと目に涙を滲ませていた。
「リュカは…、俺と出会って…本当に良かったのかな…。本当に俺のこと…、想ってくれてたのかな…。」
話し込んでいるうちに心の不安が思わず零れた。
「……あのね…、出会ってすぐに身体の繋がりを持ってしまって不安になるだろうけど、兄さんはとても誠実で…、不器用だけど凄く凄く優しくて、人の心や身体を弄ぶようなことは絶対にしない人だよ。幼い頃に色々あって心の傷の痛みを誰より知ってる。だからこそ、特に人の心を傷付けたり思いを踏みにじるようなことは絶対しない。」
グレタは真っ直ぐ俺の目を見つめながら優しい口調だけど、その言葉の重みや強さはすごく伝わってくる。
「しかもね、今までずっと他人には絶対に心を許さなかった。…ふふっ、本当不器用で口下手な人だけど…、ヨルへの気持ちは本当だと思うよ。私も話を聞いてて「あの兄さんが!?」って凄く驚いちゃったし。…それくらい、本気だったんじゃないのかな。だからきっと兄さんはヨルと出会えて幸せだったと思う。……ねぇヨル…、兄さんの想いは信じてあげて欲しいな…。これは私の我儘でもあるんだけど…。」
時々思い出し笑いをしながらもグレタの目は真剣だった。
「……うん…。ごめん…、でも……っ」
俺だって本当はリュカを、トマを信じてる。
……でも…。
「お……っ、れ……っ、も…っ」
静かに降り積もる雪のように俺の心の中いっぱいに溜まったどうしようもない会えない寂しさや不安や孤独感が一気に押し寄せてきて、その思いが涙に姿を変えて目から溢れ出して言葉が上手く出てきてくれない。
「……ヨル…、泣かないで…。」
「会いたい…っ、寂しい…、ぐすっ…、寂しい…、辛いよぉ…っ」
突然泣き出してしまった俺の涙をグレタがそっと指で拭う。
宥めるように優しく俺の髪を撫でるグレタの表情は、リュカが俺の髪を撫でてくれた時に見せた表情にとても似ていた。
「グレタ…、グレタはずっと俺の傍に居てくれる…?」
「………うん、傍にいるよ。」
「俺を、置いていかないで…。」
「置いていったりなんかしない。」
「俺を見捨てないで……。」
「そんなことしないよ。」
「お願い……っ、…こんな場所で…、こんな世界で…、俺を、俺だけ独りぼっちにしないで…っ」
俺は泣きじゃくりながら縋るように言うと、グレタに抱きつきながら身体の上に乗って自分からグレタの口に無理矢理唇を重ねた。
「あ…、ヨル…っ!?…だめ……っ」
グレタは驚いて俺を優しく離そうとしたけど、離れるたびにその唇を追いかけて何度もまた唇を重ねる。
「あ…っ、はぁ……、んんっ」
それを繰り返していると次第にグレタの手の力が抜けてきて、その口から甘い声が漏れ出し、俺の舌を徐々に受け入れだした。
「ん…っ、ふぁ…♡…んん…っ♡」
グレタの口の中は『大人の味』がした。
ちゅ、くちゅ、ちゅ、ちゅぷ
二人の口から熱い吐息と唾液の絡まる音が交互に絶え間なく溢れてくる。
長い時間舌を何度も深く絡ませた後、唇がゆっくり離れると二人の間には薄い糸が引いていて、それが蝋燭の光に照らされてキラキラと揺れていた。
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