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◆episode10
~鍵なる者と地の磐戸~
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地の磐戸の正面にある天井付近に見つけた小さな穴にピリカ達はいた。
「——ほほう…これが謎の箱でございますか…」
穴の中で見つけた箱状の装置が地の磐戸のコントロールパネルなのかを確認しようという事になり、成り行きで付いて来る事となったフヨウは、人工的な加工が施された箱を物珍しそうに見ながら呟きを漏らす。
「これは銀河連合で使われているシステムと同じであるようなんじゃが…」
そんな説明をしながらアオが装置に手を走らせると、再び空中に光の文字の様なものが宙に浮かび上がった。
「…確かにサクヤ様がお使いになっておられます装置に非常に似ておりますな」
サクヤに仕える者として宙に浮かぶ光の文字を目にする事が多いフヨウは、特に驚いた様子もなく感想を口にする。
「そうであろう? 問題はこの文字が読めぬので、その意味も解らぬ事じゃ」
「意味が解らなければ、確かにどうしていいかわかりませぬが、この小部屋の真正面に地の磐戸がある以上、やはり磐戸と大いに関係があると思って間違いはないと思われますな」
そんなフヨウの言葉を聞いたピリカが「やっぱりそう思うよね」と嬉しそうに頷いた。
「アオは下手に触ると危険かもしれないって言ってたけど、この装置があの磐戸が動くか動かないかだけを決めるものだったら、別に触っても大丈夫なんじゃないかと俺は思うんだけど…」
エルはそう言うと、アオの肩から飛び降りて装置の上を歩き回り始める。
「やっぱり俺が歩き回っても何ともない所をみると、心配しすぎだったみたいだな」
歩き回っても特に変化が起きなかったのを確認してそう言うエルに、アオが「変化がないのは、この装置の操作基準である波動レベルにおぬしが達しておらぬだけの話じゃ」と苦笑いをする。
「そうなのか?」
心外そうな顔でエルがアオを見る。
「誤作動されては困るこの手の装置には、鍵の様なものがかかっておる」
正しい使い方が分らぬまま装置を作動させてしまえば大事故となる可能性が高いので、最低限の文明レベルと高い波動を使用者が持っていないと作動しないように安全装置が組み込まれているのだとアオは言う。
「機能は違うが、この星の各地に残る巨人族が古代遺跡と呼んでおるものの中にあるもののほとんどは、銀河連合が持ち込んだ技術の結晶であるので、波動レベルが落ちてしまった今のオニや巨人族では反応もしなければ、操作も出来ないようになっておるので、それと同じじゃな」
「なるほど…あれらはそのようなものでありましたか」
思い当るものがあったのか、フヨウは納得した表情を浮かべた。
「別に意地悪をしておる訳ではなく、赤子の様な何も知らない者達を守る為でもある」というアオに、どのくらいの文明とか波動のレベルが必要なのかとエルが訊く。
「銀河連合で使われている装置は、銀河連合に参加できるレベルの文明と波動を持っておる者なら作動する様になっておるので、これも似たようなものであると思うが…」
この装置に関しては、銀河連合が使っている技術の元である古き者達の装置である様なので、類似点はあってもさすがに詳細設定までは判らないと、困った様にアオはそう言うと肩を竦めた。
「へぇ…じゃあ、私も乗ってみよぉっと」
下手に触ると危険だとアオに言われていたので、好奇心を抑えて箱の上に乗る事を我慢していたピリカは、エルに装置が反応をしなかったのとアオの説明を聞いて安心したのか装置の上に乗る。
「わぁ、すごいつるつる」
物珍しそうに箱の表面撫でまわして人工的に加工された表面の様子を確認してピリカが嬉しそうに声を上げていると、宙に浮かび上がったまま停止していた光の文字列の下に次々と新しい文字列が浮かび上がった。
「えっ…⁈」
まさか装置がピリカに反応するとは思わなかったアオは、新たに現れた光の文字列を二度見する。
「ん? なんか光の模様がいっぱい出てきた~♪」
「俺みたいな文明が発達してなくて波動レベルも低い者には反応しないって言ってたよな――なんかピリカには反応したみたい…なんだけど?」
そう言って説明を求める目でエルは驚きのあまり言葉を失ったアオを見る。
「いったいこれは…青龍様…?」
「…これの認証システムは波動レベルを検知するものではなかったという事か? 波動でなければ一体何を認識した…?」
エルや案内人の疑問に対して答えようを思考を巡らせるが、ピリカを感知すると同時に、自分に反応した時よりも大量の情報が表示された理由がさっぱりわからず、困惑を隠せないアオであった。
「…もしかすると、この小さな神仙様の方が青龍様よりも秀でておる点で反応したのかもしれませぬな」
フヨウもその理由を考えているのかそんな事を呟くと、エルが「ピリカがアオよりも秀でている事って、馬鹿正直な性格か、食欲ぐらいなものだろう」と言って笑う。
「ピリカお馬鹿じゃないのに、ひどい~」
エルにピリカは抗議の声を上げるが、つい先ほど神上がりしてもおかしくないピリカと食欲について話していたアオとフヨウはお互いの顔を見合わせる。
「もしや…」
まさかという顔になったアオは、ピリカに「試しにではあるが、スサ様が地の磐戸の中から出られるように、磐戸にそこから動くように命じてみてくれぬか?」と言う。
「命じる? お願いならしてもいいけど…」
アオの依頼の意図が判らないまま、強制力のある言葉を使いたくないピリカはそう言うと、装置の上に立ったまま磐戸に向かってそっと手を合わせる。
「磐戸さん磐戸さん…貴方の向こう側にいるスサが一人ぼっちで寂しくて可哀想なの。スサがこちらに来れるように、ちょっとそこから動いて欲しいの――私のお願いを聞いて…」
そんなピリカのお願いの言葉と同時に、再び光の文字列がものすごい勢いで現れては流れて消えていく。
「…」
無言のまま洪水の様に流れる光の文字列を一行が見守っていると、文字列はその流れを止めた。それと同時にじわじわと静かに磐戸が動き始める。
「え…?」
アオに言われるままお願いの言葉を口にしたピリカ自身も、まさか磐戸が動き出すとは思っていなかったのか、何が起きたのか解らない様子で小さく驚きの声を漏らす。
「う…動いてる…よな?」
まるで信じられないものを見たような表情を浮かべながらエルは、確かめるように他の者達に訊く。
「——ついに…この時が…」
アオはエルの問いかけに答えるでもなくそんな呟きを漏らし、フヨウも右眉を吊り上げたまま動き始めた磐戸を凝視していた。
「スサ様がお出ましになられる…」
アオは感慨深そうに呟くようにエルに答えていると、ピリカが満面の笑顔を浮かべながら装置から飛び降りた。
「私、スサの所に行ってくる!」
スサが出てくるのを待っていられなくなったのか、ピリカはそう叫ぶと穴の中から岩壁伝いに下に降りて行き、エルが慌ててその後を追う。
そんなピリカ達を見送ったフヨウは「どうやらこの装置の作動基準は魂の成長レベルであったようですな」とアオに語り掛けた。
それを聞いたアオは頷くと、複雑な表情を浮かべる。
「磐戸の鍵の解除は、神上がりレベルの魂の状態でないと作動しないようになっておったとは…こんな無茶苦茶な基準であったのなら、確かに煎り豆に花が咲まで開く事はないではないか」
宇宙広しといえど、そこまでの魂の状態である者はほぼいない上に、その者がこの地の磐戸の制御装置に関わるとなると、確率的にもほぼ0と言って差支えないほど有り得ない事であったのでアオは唸り声をあげた。
「ピリカが鍵なる者であるやもしれぬ…と思った事もあったが、まさか本当にそうであったとは…」
信じられない様子のアオにフヨウが「鍵の役割を果たしたのであれば、合鍵でも問題はございませんでしたね」と言って笑う。そんなフヨウにアオは苦笑いを浮かべた。
「…いや、ほとんどの古き者でも満たすことが出来ない条件であるのじゃから、ピリカは合鍵ではなくマスターキーの資格を持っておったのであろう」
マスターキーとは、全ての鍵を開ける事が出来る鍵——最上級の権限を持つその鍵は管理責任の資格を持つ存在にしか使う事が許されていないものである。
「古き者を越える存在…それすなわち神…」
小さな存在であるが大きな力を持つピリカと出会えた事自体、神の意思を感じずにはいられないアオであった。
「スサ~お外に出られるようになったよ~!」
地の磐戸の入り口から中にいるスサに向かってピリカが呼びかける。
「みんな仲良くなれるように、スサの調和の力が必要なの~」
そんなピリカの言葉に反応する様に磐戸の中の気配が揺らめいた。
「…刻、満ちたもうた…か…」
穏やかな声と共に磐戸の奥から一人の男性が姿を現す。
「…スサ?」
現れた男性から眩しさの様なものを感じてピリカは目を細めながら問いかける。
「——いかにも。この度の磐戸開き心より感謝いたす」
その言葉を聞いたピリカは感謝されるような事は何もしていないと笑った。
「私がしたのはお願いだけだもん――でもスサとの約束を守れて良かった~」
屈託のない笑顔を見せているピリカの横で、エルが怪訝そうにスサに磐戸の中では巨大だった体が小さくなったのは何故だと訊く。
「磐戸が開いた事によって時空間が変化したので、こちらの時空間に合わせた形態に投影されているのであろう」とスサは静かにそう答えると、アオがどこにいるのかと尋ねた。
「アオ? んと…あ、来た来た、あそこ」
スサが磐戸の中から出てきたのを上から確認して慌てて駆けつけてくるアオの姿を指し示しながら答える。
「…お出まし、おめでとうございます」
スサの元にやってきたアオはひざまずくと、感無量といった様子でスサを見上げてお祝いの言葉を口にした。
「大儀であった」
「…お待ちしておりました」
嬉しさのあまり涙ぐみそうになるのを抑えながらアオはそう答えると、スサはゆっくりと頷く。
「——して、この世界は今、その様な状況の刻であるのか?」
「次元再編間際でございます」
「そうか…」
簡潔なアオの答えだけで状況を理解したのかスサは小さく頷くと、磐戸の間を見回す。
「確かに――約束の刻が迫っておるようであるな…」
「…?」
磐戸の中から出てきたばかりのスサが何の事を言っているか理解できず、ピリカとエルは怪訝な顔になった。
「…失礼いたします。約束の刻とは何でございましょうか?」
アオと共に戻ってきたフヨウが疑問を口にする。
「約束の刻とは次元再編成…神の帳面とも呼ばれておるアカシックレコードに記された天位転換の事である」
スサは不要に答えてから、アオに「この者は?」と尋ねた。
「芙蓉と申す仙人で、今はサクヤに仕えておる者でございます」
「…サクヤ…そうかあの者の縁者か」
アオからサクヤの名を聞いて懐かしそうな表情をスサが浮かべると、フヨウはサクヤ名を聞いて使いの途中であった事を思い出したのか慌て出す。
「これはいかん、神仙さまや謎の箱に心を奪われて、すっかり使いの事を忘れておった」
急いでサクヤの元へ戻らなければならないと言って、フヨウがサクヤの元へ戻ろうとしたところで「その必要はありませんわ」という女性の声が聞こえてきた。
「あ、サクヤちゃんだぁ」
突如割り込んできた声の主を見たピリカは嬉しそうな声を上げる。
「ごきげんようピリカちゃん――フヨウ、あまりに遅いので何かあったのかと心配したではありませんか」
サクヤはピリカに微笑みかけた後、フヨウに向き直り少し怒っている様な表情を見せた。どうやらサクヤは使いに出たフヨウがなかなか戻ってこないのを心配して、使い先であった地の磐戸の間に様子を見に来たようである。
「申し訳ございません」
恐縮しながら謝るフヨウに何か言おうとしたところで、スサの存在に気が付いたサクヤはその場で固まり、信じられないものを見た様な表情を浮かべた。
「…‼」
「久しいな、サクヤ。息災で何より」
「スサ様!」
穏やかなスサの声を聞いたサクヤは悲鳴交じりの声を上げる。
「い…いつお出ましに⁈ …あ、おかえりなさいませ!」
パニック気味にサクヤはスサにそう言うと、慌ててその場に跪く。それに倣うようにフヨウもサクヤの後ろに回ると静かに跪いた。
「ええっと…これって、スサってアオやサクヤの長って事でいいのかな?」
アオやサクヤが並んでスサの前に跪いているのを見たエルが呟きをもらす。
「よくわかんないけど、そんな感じだね~」
組織的や上下関係など全く無縁であるピリカが暢気に笑ってエルにそう言っていると、スサが口を開いた。
「長い間の留守、苦労を掛けた。早速ではあるが、次元軸がここまで傾いておるとなると急を要する…申し訳ないがお前たち手伝ってもらえるか?」
「勿論でございます」
躊躇する事無くスサの問いかけに対してアオとサクヤは答える。
「感謝する…では早々に大建て替えに取り掛かる事と致そうではないか」
スサの指示の元バタバタと動き出したアオやサクヤたちを見ながらピリカが呟く。
「私たちはそろそろ行こっか」
「え?」
ピリカの言葉にエルは驚く。
「みんな忙しそうだし、私たちがいつまでもここにいても仕方がないじゃない」
「そりゃそうだけど…いいのか?」
「うん」
ピリカは迷うことなく頷く。
元々、黄昏の国の旅だったはずであったのが、成り行きであの世の旅になってしまっていたので、約束も果たした事であるし元の旅を続けたいというのがピリカの希望であった。
「ピリカそうしたいなら俺は構わないぜ――最初は黄昏の国の事も巨人族の事も何も解らなかったけど、今ならだいたいわかるしな」と言ってエルはにやりと笑みを浮かべる。
そんなエルにピリカは頷くと、地の磐戸の間から喋る石たちがいる鍾乳洞の方へ続く通路を歩き出した。
「…アオ達に別れの挨拶はしなくていいのか?」
ふり向く事なく、星の通路を進むピリカにエルが訊く。
「行くって言ったらきっと止められそうなんだもん――次元再編がどうだとかいってさ」
「あ~確かに」
別れを告げて旅を再開すると言えば、ピリカが言うようにアオは間違いなくそう言って反対しそうだとエルは笑う。
「宇宙がどうだだとか、次元がどうだとかいう難しい事なんて解んないし、解ったとしても私にはどうする事も出来ないお話じゃない」
自分が出来る事、したい事をすればいいと思うとピリカは笑った。
「そりゃあそうだよな~、俺達はしがないこの星のちっぽけな命でしかないんだし」
一転の迷いも無いピリカの言葉にエルは同意する。
「…まあ、アオと出会って不思議な場所や巨人さんたち以外の存在と一杯出逢えた事には感謝だね」
ピリカはそう言って鍾乳洞に続く濃密な気が満ちる壁の前で立ち止まると、地の磐戸の間があった方向を振り返る。
「楽しかったよ。ありがとう…バイバイ」
そう呟いて地の磐戸の間がある方向へ小さく手を振ると、ピリカ達は濃密な気が満ちる壁の中へ姿を消した。
ねっとりとまとわりつく濃厚でそれでいて懐かしい暖かい気が満ちる魂の源である空間を抜けると、意志を持つ石たちが一斉に騒ぎだす。
――鍵だ
――鍵だ
――鍵が現れた
――刻満ちたり
――時の扉が開く
――まぜこぜ
――まぜこぜ
――・になる
――∞になる
喧噪といっていいほどの石たちの囁きにピリカは立ち止まった。
「この子達って、いっつも変な事囁いてるよね」
「アオは気にするなって言ってたけど、気になるよな」
ピリカの横で足を止めたエルはそう言うと、改めて喋る石たちがいる鍾乳洞の中を見回す。
石柱や石筍の間を清らかな水が流れる神秘的な空間であるのであるが、ざわめく石たちの影響なのか、どこか猥雑とした巨人達の街を思わせる雰囲気が漂っていた。
「こう…なんか落ち着かないよな、ここ…」
エルが感想を漏らしていると再び石たちがざわめく。
――赤い龍
――青い龍
――ぐるぐる
――グルグル
――黄金の龍
――まぜこぜ
「…なんだぁ?」
エルの言葉に答えるものはいない。
「なんかいろんな龍のお話してるね…意味わかんないけど」と言ってピリカは鍾乳洞の中の石たちに問いかける。
「ねぇ、石さんたちは何が言いたいの? 意味わかんないから、解るように話して」
――鍵だ
――鍵だ
――鍵が新たな扉を開く
ピリカの問いとは全く関係がない事を石はざわめく。
「ダメだこりゃ――魂が宿っているって言ってたけど、話になんないや」
石たちと会話が成立しないと判断したらしく、エルは肩を竦めてみせた。
「う~ん、ちゃんとお話し出来たらよかったのに」
自分の事をアオたちが鍵なる者と呼んでいる事など全く知らないピリカは残念そうにそう言うと、エルを促し鍾乳洞を後にして、樹海に続く黄泉平坂を上り始める。
緩やかな坂道を上って行くと、壁にはめ込まれた窓の様なものがある場所に差し掛かった。窓の向こうには赤黒く光を放つ液体の様なものがゆっくりと渦巻いている。
「これ…この星の血液みたいなものって言ってたっけ?」
最初に訪れた時、アオが説明をしていた言葉を思い出しながらピリカは首を傾げた。
「マントルとかいうこの星の血液みたいなものって言ってたけど、この星の血液みたいなのって龍脈にも流れているって言ってたよな?」
「あ、そういえばそんな事言ってたね…って事は、ワッカがこの中に居るのかな?」
そう言ってピリカはワッカの姿を探して窓に張り付く。
物理的な世界であれば、高温すぎるマントルの影響で窓に触る事など到底できない(そもそもその熱に耐えうるだけのガラスなど存在しないであろうが…)はずであったが、その窓の様なものはひんやりと冷たくピリカには感じられた。
「…う~ん、よくわかんない」
窓の貼り付くようにして、しばらく光の赤黒い渦の中にワッカの姿がないかと目を皿の様にして見ていたピリカであったが、その姿を見つける事が出来ず、残念そうに窓から離れた。そんなピリカに「ワッカがここに居るとは決まってないんだからさ、別の場所にいるんだろ」とエルは言う。
「そうかもしれないね~。また会えたらいいなぁ」
少し気を取り直したのかピリカがそう言って再び歩き出そうとした時、ぐらりと大きく地面…というよりも空間自体が揺らいだ。
「何だぁ⁈」
初めて体験する奇妙な感覚にエルが思わず声を上げる。
「なんか嫌な感じ…早く行こ」
不愉快で奇妙な感覚を覚えたピリカはエルにそう言うと、樹海の洞窟があるはずの坂の上へ歩き出した。
「…あれ?」
樹海の洞窟から黄泉平坂を下ってあの世である精神界に辿り着いたのであるから、その逆を辿れば物質界である樹海の洞窟に出るはずであったが、坂の一番上には古木が行く手を阻む様に立ち塞がっていた。
「前はこんなの無かったよね?」
「だよな…森の中の洞窟に出るはずなのに…」
どういう事かとエルが首を傾げていると、再び空間がぐらりと揺らめく。
「わっ、まただ!」
悲鳴交じりの声をエルが上げていると、行く手を阻んでいた古木が突如その姿を消した。
「消えた⁈」
訳が分からないといった顔でエルとピリカは顔を見合わせる。
そうしている間にも再度空間が揺らめき、今度は古い木の扉が現れた。
「…扉?」
目の前に出現した扉を見上げピリカは首を傾げる。
「黄泉平坂って精神界と物質界を繋げる装置なんだろ? 俺たちを引き留める為に清めの水を引いた時みたいに物質界に繋げている場所をアオが変更したとか?」
「わかんない…わかんないけど、この扉開くかな?」
エルの推測にピリカはそう答えながら目の前の大きな扉に手を触れると、その大きな扉は重さを全く感じさせる事なく開いた。
「…どこに繋がってるかわかんないけど、入ってみる?」
「戻っても仕方がないしな…行こう」
ピリカとエルは頷き合うと、扉の向こうへ歩を進めた。
「——ほほう…これが謎の箱でございますか…」
穴の中で見つけた箱状の装置が地の磐戸のコントロールパネルなのかを確認しようという事になり、成り行きで付いて来る事となったフヨウは、人工的な加工が施された箱を物珍しそうに見ながら呟きを漏らす。
「これは銀河連合で使われているシステムと同じであるようなんじゃが…」
そんな説明をしながらアオが装置に手を走らせると、再び空中に光の文字の様なものが宙に浮かび上がった。
「…確かにサクヤ様がお使いになっておられます装置に非常に似ておりますな」
サクヤに仕える者として宙に浮かぶ光の文字を目にする事が多いフヨウは、特に驚いた様子もなく感想を口にする。
「そうであろう? 問題はこの文字が読めぬので、その意味も解らぬ事じゃ」
「意味が解らなければ、確かにどうしていいかわかりませぬが、この小部屋の真正面に地の磐戸がある以上、やはり磐戸と大いに関係があると思って間違いはないと思われますな」
そんなフヨウの言葉を聞いたピリカが「やっぱりそう思うよね」と嬉しそうに頷いた。
「アオは下手に触ると危険かもしれないって言ってたけど、この装置があの磐戸が動くか動かないかだけを決めるものだったら、別に触っても大丈夫なんじゃないかと俺は思うんだけど…」
エルはそう言うと、アオの肩から飛び降りて装置の上を歩き回り始める。
「やっぱり俺が歩き回っても何ともない所をみると、心配しすぎだったみたいだな」
歩き回っても特に変化が起きなかったのを確認してそう言うエルに、アオが「変化がないのは、この装置の操作基準である波動レベルにおぬしが達しておらぬだけの話じゃ」と苦笑いをする。
「そうなのか?」
心外そうな顔でエルがアオを見る。
「誤作動されては困るこの手の装置には、鍵の様なものがかかっておる」
正しい使い方が分らぬまま装置を作動させてしまえば大事故となる可能性が高いので、最低限の文明レベルと高い波動を使用者が持っていないと作動しないように安全装置が組み込まれているのだとアオは言う。
「機能は違うが、この星の各地に残る巨人族が古代遺跡と呼んでおるものの中にあるもののほとんどは、銀河連合が持ち込んだ技術の結晶であるので、波動レベルが落ちてしまった今のオニや巨人族では反応もしなければ、操作も出来ないようになっておるので、それと同じじゃな」
「なるほど…あれらはそのようなものでありましたか」
思い当るものがあったのか、フヨウは納得した表情を浮かべた。
「別に意地悪をしておる訳ではなく、赤子の様な何も知らない者達を守る為でもある」というアオに、どのくらいの文明とか波動のレベルが必要なのかとエルが訊く。
「銀河連合で使われている装置は、銀河連合に参加できるレベルの文明と波動を持っておる者なら作動する様になっておるので、これも似たようなものであると思うが…」
この装置に関しては、銀河連合が使っている技術の元である古き者達の装置である様なので、類似点はあってもさすがに詳細設定までは判らないと、困った様にアオはそう言うと肩を竦めた。
「へぇ…じゃあ、私も乗ってみよぉっと」
下手に触ると危険だとアオに言われていたので、好奇心を抑えて箱の上に乗る事を我慢していたピリカは、エルに装置が反応をしなかったのとアオの説明を聞いて安心したのか装置の上に乗る。
「わぁ、すごいつるつる」
物珍しそうに箱の表面撫でまわして人工的に加工された表面の様子を確認してピリカが嬉しそうに声を上げていると、宙に浮かび上がったまま停止していた光の文字列の下に次々と新しい文字列が浮かび上がった。
「えっ…⁈」
まさか装置がピリカに反応するとは思わなかったアオは、新たに現れた光の文字列を二度見する。
「ん? なんか光の模様がいっぱい出てきた~♪」
「俺みたいな文明が発達してなくて波動レベルも低い者には反応しないって言ってたよな――なんかピリカには反応したみたい…なんだけど?」
そう言って説明を求める目でエルは驚きのあまり言葉を失ったアオを見る。
「いったいこれは…青龍様…?」
「…これの認証システムは波動レベルを検知するものではなかったという事か? 波動でなければ一体何を認識した…?」
エルや案内人の疑問に対して答えようを思考を巡らせるが、ピリカを感知すると同時に、自分に反応した時よりも大量の情報が表示された理由がさっぱりわからず、困惑を隠せないアオであった。
「…もしかすると、この小さな神仙様の方が青龍様よりも秀でておる点で反応したのかもしれませぬな」
フヨウもその理由を考えているのかそんな事を呟くと、エルが「ピリカがアオよりも秀でている事って、馬鹿正直な性格か、食欲ぐらいなものだろう」と言って笑う。
「ピリカお馬鹿じゃないのに、ひどい~」
エルにピリカは抗議の声を上げるが、つい先ほど神上がりしてもおかしくないピリカと食欲について話していたアオとフヨウはお互いの顔を見合わせる。
「もしや…」
まさかという顔になったアオは、ピリカに「試しにではあるが、スサ様が地の磐戸の中から出られるように、磐戸にそこから動くように命じてみてくれぬか?」と言う。
「命じる? お願いならしてもいいけど…」
アオの依頼の意図が判らないまま、強制力のある言葉を使いたくないピリカはそう言うと、装置の上に立ったまま磐戸に向かってそっと手を合わせる。
「磐戸さん磐戸さん…貴方の向こう側にいるスサが一人ぼっちで寂しくて可哀想なの。スサがこちらに来れるように、ちょっとそこから動いて欲しいの――私のお願いを聞いて…」
そんなピリカのお願いの言葉と同時に、再び光の文字列がものすごい勢いで現れては流れて消えていく。
「…」
無言のまま洪水の様に流れる光の文字列を一行が見守っていると、文字列はその流れを止めた。それと同時にじわじわと静かに磐戸が動き始める。
「え…?」
アオに言われるままお願いの言葉を口にしたピリカ自身も、まさか磐戸が動き出すとは思っていなかったのか、何が起きたのか解らない様子で小さく驚きの声を漏らす。
「う…動いてる…よな?」
まるで信じられないものを見たような表情を浮かべながらエルは、確かめるように他の者達に訊く。
「——ついに…この時が…」
アオはエルの問いかけに答えるでもなくそんな呟きを漏らし、フヨウも右眉を吊り上げたまま動き始めた磐戸を凝視していた。
「スサ様がお出ましになられる…」
アオは感慨深そうに呟くようにエルに答えていると、ピリカが満面の笑顔を浮かべながら装置から飛び降りた。
「私、スサの所に行ってくる!」
スサが出てくるのを待っていられなくなったのか、ピリカはそう叫ぶと穴の中から岩壁伝いに下に降りて行き、エルが慌ててその後を追う。
そんなピリカ達を見送ったフヨウは「どうやらこの装置の作動基準は魂の成長レベルであったようですな」とアオに語り掛けた。
それを聞いたアオは頷くと、複雑な表情を浮かべる。
「磐戸の鍵の解除は、神上がりレベルの魂の状態でないと作動しないようになっておったとは…こんな無茶苦茶な基準であったのなら、確かに煎り豆に花が咲まで開く事はないではないか」
宇宙広しといえど、そこまでの魂の状態である者はほぼいない上に、その者がこの地の磐戸の制御装置に関わるとなると、確率的にもほぼ0と言って差支えないほど有り得ない事であったのでアオは唸り声をあげた。
「ピリカが鍵なる者であるやもしれぬ…と思った事もあったが、まさか本当にそうであったとは…」
信じられない様子のアオにフヨウが「鍵の役割を果たしたのであれば、合鍵でも問題はございませんでしたね」と言って笑う。そんなフヨウにアオは苦笑いを浮かべた。
「…いや、ほとんどの古き者でも満たすことが出来ない条件であるのじゃから、ピリカは合鍵ではなくマスターキーの資格を持っておったのであろう」
マスターキーとは、全ての鍵を開ける事が出来る鍵——最上級の権限を持つその鍵は管理責任の資格を持つ存在にしか使う事が許されていないものである。
「古き者を越える存在…それすなわち神…」
小さな存在であるが大きな力を持つピリカと出会えた事自体、神の意思を感じずにはいられないアオであった。
「スサ~お外に出られるようになったよ~!」
地の磐戸の入り口から中にいるスサに向かってピリカが呼びかける。
「みんな仲良くなれるように、スサの調和の力が必要なの~」
そんなピリカの言葉に反応する様に磐戸の中の気配が揺らめいた。
「…刻、満ちたもうた…か…」
穏やかな声と共に磐戸の奥から一人の男性が姿を現す。
「…スサ?」
現れた男性から眩しさの様なものを感じてピリカは目を細めながら問いかける。
「——いかにも。この度の磐戸開き心より感謝いたす」
その言葉を聞いたピリカは感謝されるような事は何もしていないと笑った。
「私がしたのはお願いだけだもん――でもスサとの約束を守れて良かった~」
屈託のない笑顔を見せているピリカの横で、エルが怪訝そうにスサに磐戸の中では巨大だった体が小さくなったのは何故だと訊く。
「磐戸が開いた事によって時空間が変化したので、こちらの時空間に合わせた形態に投影されているのであろう」とスサは静かにそう答えると、アオがどこにいるのかと尋ねた。
「アオ? んと…あ、来た来た、あそこ」
スサが磐戸の中から出てきたのを上から確認して慌てて駆けつけてくるアオの姿を指し示しながら答える。
「…お出まし、おめでとうございます」
スサの元にやってきたアオはひざまずくと、感無量といった様子でスサを見上げてお祝いの言葉を口にした。
「大儀であった」
「…お待ちしておりました」
嬉しさのあまり涙ぐみそうになるのを抑えながらアオはそう答えると、スサはゆっくりと頷く。
「——して、この世界は今、その様な状況の刻であるのか?」
「次元再編間際でございます」
「そうか…」
簡潔なアオの答えだけで状況を理解したのかスサは小さく頷くと、磐戸の間を見回す。
「確かに――約束の刻が迫っておるようであるな…」
「…?」
磐戸の中から出てきたばかりのスサが何の事を言っているか理解できず、ピリカとエルは怪訝な顔になった。
「…失礼いたします。約束の刻とは何でございましょうか?」
アオと共に戻ってきたフヨウが疑問を口にする。
「約束の刻とは次元再編成…神の帳面とも呼ばれておるアカシックレコードに記された天位転換の事である」
スサは不要に答えてから、アオに「この者は?」と尋ねた。
「芙蓉と申す仙人で、今はサクヤに仕えておる者でございます」
「…サクヤ…そうかあの者の縁者か」
アオからサクヤの名を聞いて懐かしそうな表情をスサが浮かべると、フヨウはサクヤ名を聞いて使いの途中であった事を思い出したのか慌て出す。
「これはいかん、神仙さまや謎の箱に心を奪われて、すっかり使いの事を忘れておった」
急いでサクヤの元へ戻らなければならないと言って、フヨウがサクヤの元へ戻ろうとしたところで「その必要はありませんわ」という女性の声が聞こえてきた。
「あ、サクヤちゃんだぁ」
突如割り込んできた声の主を見たピリカは嬉しそうな声を上げる。
「ごきげんようピリカちゃん――フヨウ、あまりに遅いので何かあったのかと心配したではありませんか」
サクヤはピリカに微笑みかけた後、フヨウに向き直り少し怒っている様な表情を見せた。どうやらサクヤは使いに出たフヨウがなかなか戻ってこないのを心配して、使い先であった地の磐戸の間に様子を見に来たようである。
「申し訳ございません」
恐縮しながら謝るフヨウに何か言おうとしたところで、スサの存在に気が付いたサクヤはその場で固まり、信じられないものを見た様な表情を浮かべた。
「…‼」
「久しいな、サクヤ。息災で何より」
「スサ様!」
穏やかなスサの声を聞いたサクヤは悲鳴交じりの声を上げる。
「い…いつお出ましに⁈ …あ、おかえりなさいませ!」
パニック気味にサクヤはスサにそう言うと、慌ててその場に跪く。それに倣うようにフヨウもサクヤの後ろに回ると静かに跪いた。
「ええっと…これって、スサってアオやサクヤの長って事でいいのかな?」
アオやサクヤが並んでスサの前に跪いているのを見たエルが呟きをもらす。
「よくわかんないけど、そんな感じだね~」
組織的や上下関係など全く無縁であるピリカが暢気に笑ってエルにそう言っていると、スサが口を開いた。
「長い間の留守、苦労を掛けた。早速ではあるが、次元軸がここまで傾いておるとなると急を要する…申し訳ないがお前たち手伝ってもらえるか?」
「勿論でございます」
躊躇する事無くスサの問いかけに対してアオとサクヤは答える。
「感謝する…では早々に大建て替えに取り掛かる事と致そうではないか」
スサの指示の元バタバタと動き出したアオやサクヤたちを見ながらピリカが呟く。
「私たちはそろそろ行こっか」
「え?」
ピリカの言葉にエルは驚く。
「みんな忙しそうだし、私たちがいつまでもここにいても仕方がないじゃない」
「そりゃそうだけど…いいのか?」
「うん」
ピリカは迷うことなく頷く。
元々、黄昏の国の旅だったはずであったのが、成り行きであの世の旅になってしまっていたので、約束も果たした事であるし元の旅を続けたいというのがピリカの希望であった。
「ピリカそうしたいなら俺は構わないぜ――最初は黄昏の国の事も巨人族の事も何も解らなかったけど、今ならだいたいわかるしな」と言ってエルはにやりと笑みを浮かべる。
そんなエルにピリカは頷くと、地の磐戸の間から喋る石たちがいる鍾乳洞の方へ続く通路を歩き出した。
「…アオ達に別れの挨拶はしなくていいのか?」
ふり向く事なく、星の通路を進むピリカにエルが訊く。
「行くって言ったらきっと止められそうなんだもん――次元再編がどうだとかいってさ」
「あ~確かに」
別れを告げて旅を再開すると言えば、ピリカが言うようにアオは間違いなくそう言って反対しそうだとエルは笑う。
「宇宙がどうだだとか、次元がどうだとかいう難しい事なんて解んないし、解ったとしても私にはどうする事も出来ないお話じゃない」
自分が出来る事、したい事をすればいいと思うとピリカは笑った。
「そりゃあそうだよな~、俺達はしがないこの星のちっぽけな命でしかないんだし」
一転の迷いも無いピリカの言葉にエルは同意する。
「…まあ、アオと出会って不思議な場所や巨人さんたち以外の存在と一杯出逢えた事には感謝だね」
ピリカはそう言って鍾乳洞に続く濃密な気が満ちる壁の前で立ち止まると、地の磐戸の間があった方向を振り返る。
「楽しかったよ。ありがとう…バイバイ」
そう呟いて地の磐戸の間がある方向へ小さく手を振ると、ピリカ達は濃密な気が満ちる壁の中へ姿を消した。
ねっとりとまとわりつく濃厚でそれでいて懐かしい暖かい気が満ちる魂の源である空間を抜けると、意志を持つ石たちが一斉に騒ぎだす。
――鍵だ
――鍵だ
――鍵が現れた
――刻満ちたり
――時の扉が開く
――まぜこぜ
――まぜこぜ
――・になる
――∞になる
喧噪といっていいほどの石たちの囁きにピリカは立ち止まった。
「この子達って、いっつも変な事囁いてるよね」
「アオは気にするなって言ってたけど、気になるよな」
ピリカの横で足を止めたエルはそう言うと、改めて喋る石たちがいる鍾乳洞の中を見回す。
石柱や石筍の間を清らかな水が流れる神秘的な空間であるのであるが、ざわめく石たちの影響なのか、どこか猥雑とした巨人達の街を思わせる雰囲気が漂っていた。
「こう…なんか落ち着かないよな、ここ…」
エルが感想を漏らしていると再び石たちがざわめく。
――赤い龍
――青い龍
――ぐるぐる
――グルグル
――黄金の龍
――まぜこぜ
「…なんだぁ?」
エルの言葉に答えるものはいない。
「なんかいろんな龍のお話してるね…意味わかんないけど」と言ってピリカは鍾乳洞の中の石たちに問いかける。
「ねぇ、石さんたちは何が言いたいの? 意味わかんないから、解るように話して」
――鍵だ
――鍵だ
――鍵が新たな扉を開く
ピリカの問いとは全く関係がない事を石はざわめく。
「ダメだこりゃ――魂が宿っているって言ってたけど、話になんないや」
石たちと会話が成立しないと判断したらしく、エルは肩を竦めてみせた。
「う~ん、ちゃんとお話し出来たらよかったのに」
自分の事をアオたちが鍵なる者と呼んでいる事など全く知らないピリカは残念そうにそう言うと、エルを促し鍾乳洞を後にして、樹海に続く黄泉平坂を上り始める。
緩やかな坂道を上って行くと、壁にはめ込まれた窓の様なものがある場所に差し掛かった。窓の向こうには赤黒く光を放つ液体の様なものがゆっくりと渦巻いている。
「これ…この星の血液みたいなものって言ってたっけ?」
最初に訪れた時、アオが説明をしていた言葉を思い出しながらピリカは首を傾げた。
「マントルとかいうこの星の血液みたいなものって言ってたけど、この星の血液みたいなのって龍脈にも流れているって言ってたよな?」
「あ、そういえばそんな事言ってたね…って事は、ワッカがこの中に居るのかな?」
そう言ってピリカはワッカの姿を探して窓に張り付く。
物理的な世界であれば、高温すぎるマントルの影響で窓に触る事など到底できない(そもそもその熱に耐えうるだけのガラスなど存在しないであろうが…)はずであったが、その窓の様なものはひんやりと冷たくピリカには感じられた。
「…う~ん、よくわかんない」
窓の貼り付くようにして、しばらく光の赤黒い渦の中にワッカの姿がないかと目を皿の様にして見ていたピリカであったが、その姿を見つける事が出来ず、残念そうに窓から離れた。そんなピリカに「ワッカがここに居るとは決まってないんだからさ、別の場所にいるんだろ」とエルは言う。
「そうかもしれないね~。また会えたらいいなぁ」
少し気を取り直したのかピリカがそう言って再び歩き出そうとした時、ぐらりと大きく地面…というよりも空間自体が揺らいだ。
「何だぁ⁈」
初めて体験する奇妙な感覚にエルが思わず声を上げる。
「なんか嫌な感じ…早く行こ」
不愉快で奇妙な感覚を覚えたピリカはエルにそう言うと、樹海の洞窟があるはずの坂の上へ歩き出した。
「…あれ?」
樹海の洞窟から黄泉平坂を下ってあの世である精神界に辿り着いたのであるから、その逆を辿れば物質界である樹海の洞窟に出るはずであったが、坂の一番上には古木が行く手を阻む様に立ち塞がっていた。
「前はこんなの無かったよね?」
「だよな…森の中の洞窟に出るはずなのに…」
どういう事かとエルが首を傾げていると、再び空間がぐらりと揺らめく。
「わっ、まただ!」
悲鳴交じりの声をエルが上げていると、行く手を阻んでいた古木が突如その姿を消した。
「消えた⁈」
訳が分からないといった顔でエルとピリカは顔を見合わせる。
そうしている間にも再度空間が揺らめき、今度は古い木の扉が現れた。
「…扉?」
目の前に出現した扉を見上げピリカは首を傾げる。
「黄泉平坂って精神界と物質界を繋げる装置なんだろ? 俺たちを引き留める為に清めの水を引いた時みたいに物質界に繋げている場所をアオが変更したとか?」
「わかんない…わかんないけど、この扉開くかな?」
エルの推測にピリカはそう答えながら目の前の大きな扉に手を触れると、その大きな扉は重さを全く感じさせる事なく開いた。
「…どこに繋がってるかわかんないけど、入ってみる?」
「戻っても仕方がないしな…行こう」
ピリカとエルは頷き合うと、扉の向こうへ歩を進めた。
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