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◆12杯目
~クレオパトラティー~
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いつのまにか灼熱地獄を思わせる暑さも落ち着き、最近では朝晩の冷え込みを感じる事も多い季節を迎えた頃、茶房「茶螺々(さらら)」のカウンターには、深紅の花苞が竹かご一杯に盛られて置かれていた。
早番の仕事帰りに店へ立ち寄った中島結衣が目ざとくカウンターに置かれたそれを見て榛名に声をかける。
「もしかして、それローゼルですか?」
「正解。さすがだね」
カウンターの中にいた榛名がそう言うと、結衣は「そりゃあ、一応花屋の端くれですから」と言って笑顔を浮かべた。
このローゼルは裏庭に植えていたもので、たくさん実を付けたので収穫しのだと榛名が説明をする。
「ローゼルと言ったらやっぱりハイビスカスティーですよね」と結衣が言うと、カウンター席の隅でほうじ茶を飲みながら話を聞いていた結城一馬が、興味を持ったのか榛名と結衣に「ハイビスカスって南国の花の?」と尋ねた。
「一馬さんが連想したのはたぶん観賞用のハイビスカスで、この花苞はハイビスカスティーに使う食用ハイビスカスのローゼルなんです」
「食用?」
首を傾げる一馬に結衣は頷くと、ローゼルは観賞用ハイビスカスと同じアオイ科のフヨウ属なのだと言う。
「鑑賞用のハイビスカスの親戚筋で花も似ているから、ローゼルは食用ハイビスカスと呼ばれているんです」
「へぇ、そうなんだ。食用のハイビスカスがあるなんて初めて知ったよ」
感心する一馬に榛名が「食用のハイビスカスの仲間と言えば、オクラも花も似ているよ」と言って笑う。
「オクラ…って、あのヌルねばした野菜の?」
「そう。原産地はどれもアフリカあたりらしくてアオイ科の仲間だからね」と言う榛名に、結衣が「どちらもクリーム色のハイビスカスに似たお花ですもんね」と頷く。
「ハイビスカスっていうと赤や黄色、ピンクといった原色のイメージがあるから、似たような花でもクリーム色だとハイビスカスの親戚って言われてもピンとこないなぁ…」
「鑑賞用のハイビスカスにも白やクリーム色の花を付ける品種もあるけれど、一般的なイメージって確かに原色の南国の花のイメージかもね」と、一馬の意見に結衣は苦笑してみせた。
「…で、ハイビスカスティーってうまいの?」
味が全く想像できないと一馬は言う。
「クエン酸なんかの植物酸が豊富だから酸味があるよ」
「酸っぱいの俺苦手だから、ちょっと無理かも…」
まるで酸っぱいものを食べた様な表情を浮かべて一馬が呟いた。
「酸っぱいのが苦手なら、お砂糖を加えて甘酸っぱくしたら大丈夫なんじゃありません? ハイビスカスティーはビタミンCやペクチンも豊富だから風邪予防やのどが痛い時にもいいって話ですよ」
「確かに甘酸っぱい味なら飲めなくはないかな? ——しかしビタミンCが多いものって酸っぱいよな…」
一馬のぼやきを聞いた榛名が「ビタミンC自体が酸っぱいんじゃなくて、ビタミンCを多く含んでいる食べ物は、クエン酸も多く含んでいる事もあるだけの話なんだけどな」と笑う。
「え? そうなの?」
「ブロッコリーや芽キャベツ、じゃがいも、ホウレン草、グァバやパパイヤ、柿なんかもビタミンCが多いけど、酸っぱくないだろ?」
「…確かに」
ビタミンCが酸っぱいのは自分の思い込みだった事に一馬は自嘲気味に嗤う。
「CMなんかだと、よくレモン何個分のビタミンCが入ってますとか言ってるから、ビタミンCってずっと酸っぱいって俺、思い込んでたよ」
「確かにCMとかでそういう表現をしてるの多いですよね」
CMの影響でそういう勘違いをしている人は多そうだと結衣は頷く。
「美肌効果を謳っている薬やドリンク剤って大概ビタミンCが一杯入っているって宣伝してるんで、きっと美容にいいんだろうけどさ、酸っぱいのが苦手な人間は飲むの躊躇すると思うんだよな」
それを聞いた結衣は「そこはキレイになる為なら根性です」と言って笑った。
「…女子って大変だなぁ」
同情半分呆れ半分といった様子の一馬に、結衣が「絶世の美女クレオパトラだって美容にいいからってハイビスカスティーが大好きで飲んでいたそうですよ」と言って微笑んだ。
「あのクレオパトラも⁈」
驚きの声を上げた一馬に、榛名が「クレオパトラはハーブティーが好きだったって話は僕も聞いた事あるなぁ――特にお気に入りだったのがハイビスカスとローズヒップのブレンドティーだったらしいよ」と言う。
「ローズヒップ…? バラの…お尻?」
それを聞いた榛名が笑いながら否定をした。
「ローズヒップはバラの果実の事で、イヌバラなんかをローズヒップの採取目的で栽培している事が多いらしいよ」
元々、ヒップという単語一つでバラの果実という意味を持っているのだという。
「バラの実なんて初めて聞いた…」
「そりゃバラだって植物ですから、花を咲かせれば実を付けて種を残しますよ。そうじゃないと子孫を残せないじゃないですか」
「言われてみれば、そりゃそうか」
結衣の説明に納得をしたのか一馬がそう言うと、ローズヒップも美容にいいのか? と疑問を口にした。
「ビタミンCたっぷりで、それ以外にもβカロテンとかルテインとかも豊富だから昔からスキンケアの民間薬として使われていたらしいけど…」
「クレオパトラって絶世の美女でいろんな殿方を虜にしたって話だから、お肌プルプルのピチピチだったんだろうなぁ…」
羨ましいと呟く結衣に「結衣ちゃんもクレオパトラの真似をしてハイビスカスとローズヒップのブレンドティーを飲んだらいいんじゃない?」と榛名言う。
「本当に効果あるかなぁ…」
「とりあえず飲んでみたら? 結衣ちゃんに効果があったら、うちの嫁にも勧めるから」と言って一馬がニヤリとする。
「え~、私で実験ですかぁ⁈」
抗議めいた声を上げる結衣に「為せば成る為さねばならぬ何事も」と榛名も面白がる。
「…まあ、体に悪いものじゃないだろうけど…」
「ダメ元でさぁ、プルプルピチピチになったらめっけもんじゃん」
「…ですね」
一馬の言葉に背中を押される形になった結衣は頷くと、榛名にハイビスカスとローズヒップのブレンドティーをオーダーした。
「ハイビスカスとローズヒップのブレンドティーって名前が長いからさ、クレオパトラティーって名前にしたら?」
「あ、それいいですね。美女になりそうな名前だし」
一馬と結衣の会話に、深紅のハイビスカスとローズヒップのブレンドティーが入ったティーポットを運んできた榛名が苦笑いする。
「それじゃ何のお茶か一般のお客さんにわからないじゃないか」
「メニューに、クレオパトラティー(ハイビスカスとローズヒップのブレンドティー)って書いておけば問題なし」
無責任に言う一馬に榛名は「そういう問題か? 文字数増えてるじゃないか」と言いながら、結衣の前にティーポットを置き真顔になった。
「ご注文のクレオパトラティーです――ごゆっくりお楽しみください」
そんな榛名の言葉を聞いた結衣は爆笑する。
――こうしてハイビスカスとローズヒップのブレンドティーは、この日から茶房「茶螺々(さらら)」ではクレオパトラティーと呼ばれるようになった――
早番の仕事帰りに店へ立ち寄った中島結衣が目ざとくカウンターに置かれたそれを見て榛名に声をかける。
「もしかして、それローゼルですか?」
「正解。さすがだね」
カウンターの中にいた榛名がそう言うと、結衣は「そりゃあ、一応花屋の端くれですから」と言って笑顔を浮かべた。
このローゼルは裏庭に植えていたもので、たくさん実を付けたので収穫しのだと榛名が説明をする。
「ローゼルと言ったらやっぱりハイビスカスティーですよね」と結衣が言うと、カウンター席の隅でほうじ茶を飲みながら話を聞いていた結城一馬が、興味を持ったのか榛名と結衣に「ハイビスカスって南国の花の?」と尋ねた。
「一馬さんが連想したのはたぶん観賞用のハイビスカスで、この花苞はハイビスカスティーに使う食用ハイビスカスのローゼルなんです」
「食用?」
首を傾げる一馬に結衣は頷くと、ローゼルは観賞用ハイビスカスと同じアオイ科のフヨウ属なのだと言う。
「鑑賞用のハイビスカスの親戚筋で花も似ているから、ローゼルは食用ハイビスカスと呼ばれているんです」
「へぇ、そうなんだ。食用のハイビスカスがあるなんて初めて知ったよ」
感心する一馬に榛名が「食用のハイビスカスの仲間と言えば、オクラも花も似ているよ」と言って笑う。
「オクラ…って、あのヌルねばした野菜の?」
「そう。原産地はどれもアフリカあたりらしくてアオイ科の仲間だからね」と言う榛名に、結衣が「どちらもクリーム色のハイビスカスに似たお花ですもんね」と頷く。
「ハイビスカスっていうと赤や黄色、ピンクといった原色のイメージがあるから、似たような花でもクリーム色だとハイビスカスの親戚って言われてもピンとこないなぁ…」
「鑑賞用のハイビスカスにも白やクリーム色の花を付ける品種もあるけれど、一般的なイメージって確かに原色の南国の花のイメージかもね」と、一馬の意見に結衣は苦笑してみせた。
「…で、ハイビスカスティーってうまいの?」
味が全く想像できないと一馬は言う。
「クエン酸なんかの植物酸が豊富だから酸味があるよ」
「酸っぱいの俺苦手だから、ちょっと無理かも…」
まるで酸っぱいものを食べた様な表情を浮かべて一馬が呟いた。
「酸っぱいのが苦手なら、お砂糖を加えて甘酸っぱくしたら大丈夫なんじゃありません? ハイビスカスティーはビタミンCやペクチンも豊富だから風邪予防やのどが痛い時にもいいって話ですよ」
「確かに甘酸っぱい味なら飲めなくはないかな? ——しかしビタミンCが多いものって酸っぱいよな…」
一馬のぼやきを聞いた榛名が「ビタミンC自体が酸っぱいんじゃなくて、ビタミンCを多く含んでいる食べ物は、クエン酸も多く含んでいる事もあるだけの話なんだけどな」と笑う。
「え? そうなの?」
「ブロッコリーや芽キャベツ、じゃがいも、ホウレン草、グァバやパパイヤ、柿なんかもビタミンCが多いけど、酸っぱくないだろ?」
「…確かに」
ビタミンCが酸っぱいのは自分の思い込みだった事に一馬は自嘲気味に嗤う。
「CMなんかだと、よくレモン何個分のビタミンCが入ってますとか言ってるから、ビタミンCってずっと酸っぱいって俺、思い込んでたよ」
「確かにCMとかでそういう表現をしてるの多いですよね」
CMの影響でそういう勘違いをしている人は多そうだと結衣は頷く。
「美肌効果を謳っている薬やドリンク剤って大概ビタミンCが一杯入っているって宣伝してるんで、きっと美容にいいんだろうけどさ、酸っぱいのが苦手な人間は飲むの躊躇すると思うんだよな」
それを聞いた結衣は「そこはキレイになる為なら根性です」と言って笑った。
「…女子って大変だなぁ」
同情半分呆れ半分といった様子の一馬に、結衣が「絶世の美女クレオパトラだって美容にいいからってハイビスカスティーが大好きで飲んでいたそうですよ」と言って微笑んだ。
「あのクレオパトラも⁈」
驚きの声を上げた一馬に、榛名が「クレオパトラはハーブティーが好きだったって話は僕も聞いた事あるなぁ――特にお気に入りだったのがハイビスカスとローズヒップのブレンドティーだったらしいよ」と言う。
「ローズヒップ…? バラの…お尻?」
それを聞いた榛名が笑いながら否定をした。
「ローズヒップはバラの果実の事で、イヌバラなんかをローズヒップの採取目的で栽培している事が多いらしいよ」
元々、ヒップという単語一つでバラの果実という意味を持っているのだという。
「バラの実なんて初めて聞いた…」
「そりゃバラだって植物ですから、花を咲かせれば実を付けて種を残しますよ。そうじゃないと子孫を残せないじゃないですか」
「言われてみれば、そりゃそうか」
結衣の説明に納得をしたのか一馬がそう言うと、ローズヒップも美容にいいのか? と疑問を口にした。
「ビタミンCたっぷりで、それ以外にもβカロテンとかルテインとかも豊富だから昔からスキンケアの民間薬として使われていたらしいけど…」
「クレオパトラって絶世の美女でいろんな殿方を虜にしたって話だから、お肌プルプルのピチピチだったんだろうなぁ…」
羨ましいと呟く結衣に「結衣ちゃんもクレオパトラの真似をしてハイビスカスとローズヒップのブレンドティーを飲んだらいいんじゃない?」と榛名言う。
「本当に効果あるかなぁ…」
「とりあえず飲んでみたら? 結衣ちゃんに効果があったら、うちの嫁にも勧めるから」と言って一馬がニヤリとする。
「え~、私で実験ですかぁ⁈」
抗議めいた声を上げる結衣に「為せば成る為さねばならぬ何事も」と榛名も面白がる。
「…まあ、体に悪いものじゃないだろうけど…」
「ダメ元でさぁ、プルプルピチピチになったらめっけもんじゃん」
「…ですね」
一馬の言葉に背中を押される形になった結衣は頷くと、榛名にハイビスカスとローズヒップのブレンドティーをオーダーした。
「ハイビスカスとローズヒップのブレンドティーって名前が長いからさ、クレオパトラティーって名前にしたら?」
「あ、それいいですね。美女になりそうな名前だし」
一馬と結衣の会話に、深紅のハイビスカスとローズヒップのブレンドティーが入ったティーポットを運んできた榛名が苦笑いする。
「それじゃ何のお茶か一般のお客さんにわからないじゃないか」
「メニューに、クレオパトラティー(ハイビスカスとローズヒップのブレンドティー)って書いておけば問題なし」
無責任に言う一馬に榛名は「そういう問題か? 文字数増えてるじゃないか」と言いながら、結衣の前にティーポットを置き真顔になった。
「ご注文のクレオパトラティーです――ごゆっくりお楽しみください」
そんな榛名の言葉を聞いた結衣は爆笑する。
――こうしてハイビスカスとローズヒップのブレンドティーは、この日から茶房「茶螺々(さらら)」ではクレオパトラティーと呼ばれるようになった――
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