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◆5杯目
~うちなー茶~
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夏を感じさせる季節となると、茶房「茶螺々(さらら)」でも夏限定のメニューがいくつか登場する。中でもさらら特製のオリジナルシロップを使ったかき氷が人気であった。
「…ふぅ」
強い日差しから逃げる様に八十島商店街のアーケードの中を歩いていた比嘉優香は、古民家風の店舗の軒先に吊るされた「氷」の文字が入った氷旗の前で足を止めた。
「あ、かき氷…」
暑さもあり、喉の渇きも覚えていた優香は吸い寄せられるようにさららの暖簾をくぐる。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
カウンターの中から榛名に声をかけられた優香がさららの店内を見回すと、カウンター席に男性が一人と座敷席に女性が二人座っていて、女性客の向かいにある窓際の座敷席に座る事にした。
「ご注文がお決まりになりましたら、お呼びください」
お冷と冷たいおしぼりを持って来た榛名はそう言うと、カウンターの方へ戻って行く。
「…んと、何にしよう…」
優香はテーブルの隅に立てかけられたメニュー表を手に取り目を通し始めた。
「かき氷は…と」
優香はそう呟きながらかき氷の文字を探す。ずらっと並んだお茶類の後ろには軽食の文字があり、かき氷はメニュー表の終わりの方の季節限定と書かれた項目にその文字はあった。
「かき氷のシロップは…抹茶、ほうじ茶、ローズヒップ、バタフライピー…月桃茶に茉莉茶⁈」
抹茶やほうじ茶はともかくとして、それ以外のかき氷は他の店ではまず見ないので優香の目が点になる。
――ローズヒップやバタフライピーはハーブティーだよね? 茉莉茶はジャスミンティの事だから、さんぴん茶の親戚なのはわかるけど…月桃茶のかき氷なんて、沖縄でもないんじゃないかしら?
そんな事を考えながら優香は手を上げて榛名を呼んだ。
「あの…この月桃茶って、沖縄なんかで飲まれているお茶の事ですよね?」
注文を聞きにやって来た榛名に優香はメニューを指し示しながら尋ねる。
「——良くご存知ですね。そうです、沖縄で飲まれている月桃茶の事です」
榛名の説明によると、月桃茶のかき氷は月桃茶で作ったシロップがかかっているのだと言う。
「月桃はショウガ科の植物なんで、お茶にするとスパイシーで元々ほんのり甘さがありますからね、かき氷シロップにしても結構いけるんですよ」
「へぇ…面白そう。じゃあ、月桃茶のかき氷を一つお願いします」
「承知いたしました」
榛名はそう言うと、カウンターへ戻って行く。
榛名はかき氷が来るまでの暇つぶしにメニュー表に目を通し始めた。
「ここってお茶に力を入れてるんだ…あ、ジュースってこのお店置いてない…」
普通の喫茶店やカフェなどには必ず置いてあるオレンジジュースやレモネードなどがない事を不思議に思いながら読み進めていると、沖縄の項目に目が釘付けになる。
――沖縄のお茶だけの項目があるって…さんぴん茶、清明茶、ゴーヤ茶、グァバ茶、うっちん茶に月桃茶、クミスクミンに千草茶…ちょっと待って嘘でしょ⁈ ブクブク茶まであるじゃない‼
信じられないと言った表情で優香はカウンターの奥でかき氷を作っている榛名を見た。
榛名の顔の彫りは深いが、九州や沖縄などで見られる南方系いうよりは、白人に見られる様な顔の作りに優香は首を傾げる。
――沖縄の血筋ではなさそうだけど、こんなに沖縄のお茶を置いているなんてどういう事なんだろう?
そんな事を考えて優香が不思議に思っていると、お盆に乗せたかき氷を榛名が運んで来た。
「お待たせしました。月桃茶のかき氷です」
そう言って榛名は優香の前にお盆ごとかき氷を置くと、ごゆっくりと言って席を離れる。
「これが月桃茶のかき氷…」
興味深々といった様子で優香はガラスの鉢に盛り付けられたかき氷を見る。
かき氷は月桃茶の色である赤みがかった茶色いシロップが掛かっていて、マルベリーがトッピングされていた。
氷が溶けないうちにと優香はスプーンを手に取り、かき氷を食べ始める。
「不思議な味…」
シロップには月桃だけではなくレモングラスも加えているのか、スパイシーだけど甘みがあり柑橘系のさわやかさが加わっている為か、非常にすっきりとした味わいのかき氷であった。
――後味、さっぱり…真夏の暑い日には結構いいかも…
そんな事を優香が考えていると、向かいの女性客が帰った後の片付けを榛名が始める。使い終わった食器をトレイに乗せテーブルを拭いていた榛名に優香は思い切って声をかけた。
「…あの…ここのお店、沖縄の珍しいお茶も置いてありますけど、どうしてなんですか?」
「メニューを見たの?」
テーブルを拭く手を止め振り返った榛名は笑顔で優香を見る。
「…あ、はい。いっぱい沖縄のお茶を取り揃えていたからびっくりしちゃって」
「お嬢さん、顔立ちから推察するに沖縄の人?」
「あ、両親が沖縄出身なんです。私はうちなーんちゅう(沖縄人)じゃないんですけど、小さい頃はよく沖縄のおじいやおばあの所へ行っていたんもので…」
「ああ、そうなんだ」
榛名はそう言うと、沖縄出身の友人がさまざまな沖縄のお茶について教えてくれたのだと笑顔を見せた。
「——沖縄のお茶は美味しいし、どれも個性的で薬膳茶としても優れていると思ったんで、うちでも取り扱う事にしたんだ」
「それにしてもブクブク茶まで置いてるなんて…お水どうしてるんですか?」
ブクブク茶は沖縄ではお祝い事で飲まれるお茶で、煎り米を煮出してさんぴん茶や番茶と合わせて巨大な茶筅で泡立て、それを茶湯と赤飯上に泡立てたお茶を山盛りに乗せて、落花生の粉末をかけてあるものなのだが、長時間崩れない泡を作る為には、茶湯に石灰質を多く含む硬水が必要であった。
「あ、うちは紅茶用に硬水のミネラルウォーターを使ってるんで、その水を使ってるんだよ」
「え? 紅茶も硬水のお水が必要なんですか?」
普段、水道水を沸かした湯で紅茶を飲んでいる優香は首を傾げる。
「日本の水は軟水である事が多いのは知っているかな?」
「聞いた事がある様な気がします」
優香の返答に榛名は頷いた。
「沖縄はサンゴ礁で出来た地層だから地下水は石灰質が多い硬水だけど、日本本土の水は地域差があるとはいえ基本的には水道水は軟水だからね…軟水は日本茶を入れるの最適なんだ」
ちなみにイギリスなんかだと水は硬水が一般的なので、硬水で入れた方が美味しい紅茶が普及したと榛名は言う。
「へぇ…イギリスって硬水なんだ。硬水って飲みにくいって言うか…重たい感じが私するんですけど…」
「紅茶は赤ワインみたいな重厚な風味が高級と言われているから、重たく感じる硬水が紅茶を引き立てているんじゃないかな?」
高級な紅茶の条件など考えた事も無かった優香は興味深かそうに榛名の話を聞いている。
「…それにしても、マグネシウムやカルシウムといったミネラル分は無味無臭のはずなのにそれが判るのは興味深いよね」
榛名が言うように無味無臭にも関わらずその違いが判るのは優香も不思議であった。
「今でこそ科学が進歩して科学的な成分分析が出来るようになったけれど、昔は自分たちの感覚と経験を元にして、その地域や気候に即した食やお茶の文化を育んできたんだから、先人達の知恵と努力というのは尊敬に値すると僕は思うんだ」
榛名の言葉に優香は大きく頷く。
「僕はお茶好きなんで先人の知恵であるお茶を大切にしたいし、お客さんも楽しんもらいたいからこの店をやっている様なものだからね――ここが憩いの場所だと思って貰える事ほど幸せな事はないよ」
――なんか、うちのおじいやおばあみたい…。
やまとんちゅう(日本本土の人)らしくない風貌の榛名の言葉を聞きながら、不思議な気持ちになる優香であった。
「…ふぅ」
強い日差しから逃げる様に八十島商店街のアーケードの中を歩いていた比嘉優香は、古民家風の店舗の軒先に吊るされた「氷」の文字が入った氷旗の前で足を止めた。
「あ、かき氷…」
暑さもあり、喉の渇きも覚えていた優香は吸い寄せられるようにさららの暖簾をくぐる。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
カウンターの中から榛名に声をかけられた優香がさららの店内を見回すと、カウンター席に男性が一人と座敷席に女性が二人座っていて、女性客の向かいにある窓際の座敷席に座る事にした。
「ご注文がお決まりになりましたら、お呼びください」
お冷と冷たいおしぼりを持って来た榛名はそう言うと、カウンターの方へ戻って行く。
「…んと、何にしよう…」
優香はテーブルの隅に立てかけられたメニュー表を手に取り目を通し始めた。
「かき氷は…と」
優香はそう呟きながらかき氷の文字を探す。ずらっと並んだお茶類の後ろには軽食の文字があり、かき氷はメニュー表の終わりの方の季節限定と書かれた項目にその文字はあった。
「かき氷のシロップは…抹茶、ほうじ茶、ローズヒップ、バタフライピー…月桃茶に茉莉茶⁈」
抹茶やほうじ茶はともかくとして、それ以外のかき氷は他の店ではまず見ないので優香の目が点になる。
――ローズヒップやバタフライピーはハーブティーだよね? 茉莉茶はジャスミンティの事だから、さんぴん茶の親戚なのはわかるけど…月桃茶のかき氷なんて、沖縄でもないんじゃないかしら?
そんな事を考えながら優香は手を上げて榛名を呼んだ。
「あの…この月桃茶って、沖縄なんかで飲まれているお茶の事ですよね?」
注文を聞きにやって来た榛名に優香はメニューを指し示しながら尋ねる。
「——良くご存知ですね。そうです、沖縄で飲まれている月桃茶の事です」
榛名の説明によると、月桃茶のかき氷は月桃茶で作ったシロップがかかっているのだと言う。
「月桃はショウガ科の植物なんで、お茶にするとスパイシーで元々ほんのり甘さがありますからね、かき氷シロップにしても結構いけるんですよ」
「へぇ…面白そう。じゃあ、月桃茶のかき氷を一つお願いします」
「承知いたしました」
榛名はそう言うと、カウンターへ戻って行く。
榛名はかき氷が来るまでの暇つぶしにメニュー表に目を通し始めた。
「ここってお茶に力を入れてるんだ…あ、ジュースってこのお店置いてない…」
普通の喫茶店やカフェなどには必ず置いてあるオレンジジュースやレモネードなどがない事を不思議に思いながら読み進めていると、沖縄の項目に目が釘付けになる。
――沖縄のお茶だけの項目があるって…さんぴん茶、清明茶、ゴーヤ茶、グァバ茶、うっちん茶に月桃茶、クミスクミンに千草茶…ちょっと待って嘘でしょ⁈ ブクブク茶まであるじゃない‼
信じられないと言った表情で優香はカウンターの奥でかき氷を作っている榛名を見た。
榛名の顔の彫りは深いが、九州や沖縄などで見られる南方系いうよりは、白人に見られる様な顔の作りに優香は首を傾げる。
――沖縄の血筋ではなさそうだけど、こんなに沖縄のお茶を置いているなんてどういう事なんだろう?
そんな事を考えて優香が不思議に思っていると、お盆に乗せたかき氷を榛名が運んで来た。
「お待たせしました。月桃茶のかき氷です」
そう言って榛名は優香の前にお盆ごとかき氷を置くと、ごゆっくりと言って席を離れる。
「これが月桃茶のかき氷…」
興味深々といった様子で優香はガラスの鉢に盛り付けられたかき氷を見る。
かき氷は月桃茶の色である赤みがかった茶色いシロップが掛かっていて、マルベリーがトッピングされていた。
氷が溶けないうちにと優香はスプーンを手に取り、かき氷を食べ始める。
「不思議な味…」
シロップには月桃だけではなくレモングラスも加えているのか、スパイシーだけど甘みがあり柑橘系のさわやかさが加わっている為か、非常にすっきりとした味わいのかき氷であった。
――後味、さっぱり…真夏の暑い日には結構いいかも…
そんな事を優香が考えていると、向かいの女性客が帰った後の片付けを榛名が始める。使い終わった食器をトレイに乗せテーブルを拭いていた榛名に優香は思い切って声をかけた。
「…あの…ここのお店、沖縄の珍しいお茶も置いてありますけど、どうしてなんですか?」
「メニューを見たの?」
テーブルを拭く手を止め振り返った榛名は笑顔で優香を見る。
「…あ、はい。いっぱい沖縄のお茶を取り揃えていたからびっくりしちゃって」
「お嬢さん、顔立ちから推察するに沖縄の人?」
「あ、両親が沖縄出身なんです。私はうちなーんちゅう(沖縄人)じゃないんですけど、小さい頃はよく沖縄のおじいやおばあの所へ行っていたんもので…」
「ああ、そうなんだ」
榛名はそう言うと、沖縄出身の友人がさまざまな沖縄のお茶について教えてくれたのだと笑顔を見せた。
「——沖縄のお茶は美味しいし、どれも個性的で薬膳茶としても優れていると思ったんで、うちでも取り扱う事にしたんだ」
「それにしてもブクブク茶まで置いてるなんて…お水どうしてるんですか?」
ブクブク茶は沖縄ではお祝い事で飲まれるお茶で、煎り米を煮出してさんぴん茶や番茶と合わせて巨大な茶筅で泡立て、それを茶湯と赤飯上に泡立てたお茶を山盛りに乗せて、落花生の粉末をかけてあるものなのだが、長時間崩れない泡を作る為には、茶湯に石灰質を多く含む硬水が必要であった。
「あ、うちは紅茶用に硬水のミネラルウォーターを使ってるんで、その水を使ってるんだよ」
「え? 紅茶も硬水のお水が必要なんですか?」
普段、水道水を沸かした湯で紅茶を飲んでいる優香は首を傾げる。
「日本の水は軟水である事が多いのは知っているかな?」
「聞いた事がある様な気がします」
優香の返答に榛名は頷いた。
「沖縄はサンゴ礁で出来た地層だから地下水は石灰質が多い硬水だけど、日本本土の水は地域差があるとはいえ基本的には水道水は軟水だからね…軟水は日本茶を入れるの最適なんだ」
ちなみにイギリスなんかだと水は硬水が一般的なので、硬水で入れた方が美味しい紅茶が普及したと榛名は言う。
「へぇ…イギリスって硬水なんだ。硬水って飲みにくいって言うか…重たい感じが私するんですけど…」
「紅茶は赤ワインみたいな重厚な風味が高級と言われているから、重たく感じる硬水が紅茶を引き立てているんじゃないかな?」
高級な紅茶の条件など考えた事も無かった優香は興味深かそうに榛名の話を聞いている。
「…それにしても、マグネシウムやカルシウムといったミネラル分は無味無臭のはずなのにそれが判るのは興味深いよね」
榛名が言うように無味無臭にも関わらずその違いが判るのは優香も不思議であった。
「今でこそ科学が進歩して科学的な成分分析が出来るようになったけれど、昔は自分たちの感覚と経験を元にして、その地域や気候に即した食やお茶の文化を育んできたんだから、先人達の知恵と努力というのは尊敬に値すると僕は思うんだ」
榛名の言葉に優香は大きく頷く。
「僕はお茶好きなんで先人の知恵であるお茶を大切にしたいし、お客さんも楽しんもらいたいからこの店をやっている様なものだからね――ここが憩いの場所だと思って貰える事ほど幸せな事はないよ」
――なんか、うちのおじいやおばあみたい…。
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