「さらら」~茶房物語~

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◆2杯目

~こだわりの店~

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 茶房「茶螺々(さらら)」は様々なお茶を取り揃えているのが特徴のお店ではあるが、おにぎりセットやお茶漬けセットといった軽食も密かな人気メニューである――。

「由宇は何にするの?」
 さららの座敷席で花田香織が、向かいの席でメニュー表を熱心に見ていた娘の由宇に声をかけた。
「…んと、おにぎり」
 メニューを置いて由宇はそう答えると、「あと、みたらし団子も食べたい」と母、香織にお伺いを立てる様に上目遣いで見る。
「そんなに食べられる? メニューにおにぎりは一皿で三種類って書いてあるよ?」
「大丈夫。由宇、おにぎりもお団子も食べられる~」
「…まあ、いっか」
 自信満々な娘の言葉を聞いて香織はそう言うと、「すいません~」と言いながら片手を挙げ、カウンターの中にいた白髪交じりの髪の毛をポニーテールにしている榛名に声をかけた。
「おにぎりとお茶漬けを一つずつ…と、食後にみたらし団子を一つお願いします」
「おにぎりとお茶漬けセット…食後にみたらしがおひとつ、承知しました」
 榛名は持っていた伝票に注文を書きつけると、カウンターの中に戻って行く。
 その様子を見ていた由宇が口を開く。
「あのおじさん、男なのにポニーテールだよ?」
 不思議そうな娘に香織はそうねと頷いた後、世の中にはそういう男の人もいると言って微笑む。
「男の人だけじゃなく、女の人も伸ばしっぱなしのボサボサだと見苦しいけど、ああやってきちんとお手入れしているんだから、ママはいいと思うけどな~」
「そうだね。あのおじさんポニーテールだけど、なんかかっこいい…ん~、しぶいって…いったらいいの?」
 おませな娘の言葉を聞いて香織がくすくす笑っていると、榛名が注文したおにぎりとお茶漬けを運んできた。
「おにぎりは…どちらに…?」
 置く場所を尋ねる榛名に由宇が元気よく手を上げる。
「はーい、おにぎりはこっち~」
 それを聞いた榛名はおにぎりが乗った長方形の皿を由宇の前に置き、お茶漬けセットを香織の前に並べた。
「ごゆっくりどうぞ」と言って戻ろうとする榛名に「ポニーテールのおじさんありがとう」と由宇が声をかけると、榛名は「ありがとう。可愛いお嬢さん」と笑顔で返す。
 それを聞いた由宇は「ママ~、由宇の事、可愛いお嬢さんだって~」と嬉しそうに香織に報告をした。
「良かったわね」と娘に言った後、香織は榛名に礼を言って軽く会釈をすると、榛名は笑顔で頷くと香織たちの席から離れカウンターの奥へ姿を消す。
「…さ、いただきましょ」
「いただきま~す」
 由宇は手を合わせて元気よくそう言うと、おにぎりを食べ始めた。
 由宇が注文したおにぎりは俵型で、具材は梅おかか、青菜、ごまの三種類と付け合わせにたくわんが二枚。一方、香織が注文したお茶漬けセットは、ほうじ茶が入った急須とお茶碗に盛られたごはん、そして薬味皿にはささら特製の昆布の佃煮、ちりめん山椒、お漬物といった三種の付け合わせが盛り付けられていた。
「…あら、いい香り」
 急須からごはん茶碗にお茶を注いだ香織が、その芳ばしい香りに驚いた表情に変わる。
 お茶漬けを食べ終えた香織は食べ終わった器を回収に来た榛名に声をかけた。
「…このお茶、すごく香りがいいですね」
「ありがとうございます。ほうじ茶はうちで炒って作っているんです」
「…え? このお茶はほうじ茶ですよね? ほうじ茶って炒るんですか?」
 不思議そうな香織に榛名は頷く。
「ほうじ茶は一般的には番茶を炒ったものなんですよ――コーヒーもそうですが炒りたてのものの方が香りが良いので、焙烙(ほうろく)で炒ってるんです」
「焙烙?」
 聞いた事がないものの名に香織は首を傾げる。
「ああ、焙烙を知らないのも無理はないな…」
 榛名は香織にちょっと待つように言い、厨房の奥に行くと土瓶の様な形をした物を手に香織たちの席へ戻って来た。
「これが焙烙です」
 そう言って榛名は香織に焙烙を手渡す。
 焙烙は土瓶といった形であるが、蓋は無く、横に持ち手が付いている急須の様な形をしており、今まで香織は見た事が無い器であった。
「…どうやって使うんですか?」
 焙烙をさまざまな角度で見ながら香織は尋ねる。
「簡単ですよ。中に炒りたいものを中に入れて火にかけて、ほうじ茶なら1~2分を目安に焦がさないように炒って、煙が出始めたら完成です」
 茶葉だけではなく、コーヒー豆や胡麻、銀杏などを炒るのにも重宝すると榛名は言う。
「最初の焼き芋は、江戸の本郷とかいう場所で焙烙でサツマイモを蒸したものだったらしいですよ」
「…へぇ」
 おにぎりをようやく食べ終えた由宇が、両手を出して焙烙を渡すようにアピールしているのを横目に、香織は榛名に炮烙の材質は何かと尋ねる。
「素焼きの土器です…あ、お嬢さんにそれ渡してもいいですよ――縄文時代には調理器具として土器が使われていたものだから、急激な温度変化には弱いですが、直火にかけても大丈夫なものなんです」
「そうなんだ。知らなかった~」
 由宇に炮烙を手渡した香織は榛名の話を聞いて目を丸くする。
「…小さなお鍋みたい」
 しげしげと炮烙を見ていた由宇が感想を口にすると、榛名は頷いて「それは土のお鍋のだからね」と言って微笑む。
「最近は金属製の調理器具が多いですけど、土鍋はいいですよ――うちでお出ししているごはんも土鍋で炊いているものなんです」
「じゃあ、今、頂いた、お茶漬けのご飯もおにぎりのごはんも?」
「はい。土鍋だと火の通りがゆっくりなので、ご飯がふっくら炊き上がるのでね…」
 それを聞いた香織はなるほどといった様子で「だから最近の高級炊飯器の内釜って土鍋を使ってるのってそのせいだったんだ…」と呟く。
「金属と違って手荒に扱うと割れるのが難点だけどね」
 笑いながら榛名はそう言うと、おにぎりが乗っていた皿を引き上げ、代わりにみたらし団子の皿をテーブルに置き厨房へ戻って行った。
 由宇はみたらし団子に手を伸ばすと、口の周りをみたらし餡でベタベタにしながら団子を頬張る。幸せそうな顔をしている娘を見ながら香織もみたらし団子を口にした。
 団子をみたらし餡に絡める前に炭火で炙っているのか、口の中に広がる芳ばしい香りに香織は目を丸くする。
 出されたものはどれも美味しく、きちんと手間暇をかけて作られているのがよく分かった香織は、改めてさららの店内を見回す。
 お世辞にも広いとは言えない店であったが、木と和紙を基調とした内装で照明が間接照明である為か柔らかい光で包まれている。壁には手ぬぐいと思しきタペストリーが飾られ、味のある形と色をした花瓶には花が生けられていた。各テーブルにはオリエンタル調のテーブルセンターが敷かれている事もあり、和モダンなお洒落な空間の中に店主のこだわりの様を感じる事が出来た。
 高級店などにありそうな雰囲気であるが、メニューの価格設定は下町の喫茶店とさほど変わらないので、気さくに話をしてくれた店主の人柄を感じさせて香織は思わず一人で笑ってしまう。
「…どうしたの? ママ」
 一人でニヤニヤし始めた香織に気が付いた由宇が、怪訝そうに訊く。
「なんでもないわ――おだんご美味しかった?」
「うん。美味しかった。また食べに来ようね」
 無邪気な笑顔を浮かべる娘に香織は頷きながら思う。
――このお店に入った私えらい。
 お気に入りの場所がまたひとつ増えた事にささやかな喜びを感じる香織であった。
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