16 / 47
◆Page13
~勤労少女の憂鬱~
しおりを挟む
さまざまな大きな学校イベントが続いた2学期も、気が付けば暦は12月となり学期の終盤を迎えていた。
「最近、インフルエンザが流行ってるけど、香奈子のクラスはどんな感じ?」
恒例の放課後の実験室でお茶を飲んでいた優子がのんびりクッキーをつまみながらお茶を楽しんでいた香奈子に尋ねる。
「うちのクラスもぼちぼち学級閉鎖になりそう」
「そんなにインフルエンザで休んでる人間出ているの?」
優子の問いに香奈子は頷いた。
「期末試験にインフルエンザは勘弁してほしいわね…」
そう言って優子が表情を曇らせているとあおいが可愛らしいくしゃみをして、鼻をすする。
「…あおいも風邪?」
「昨日、炬燵で寝ちゃったんですぅ」
それを聞いた香奈子が「炬燵で寝るのって幸せだもんね」と笑う。
「こたつむりになっちゃうから、私、ホットカーペット派なのよね」
「こたつむり?」
優子の言葉に香奈子が首を傾げる。
「炬燵の中って幸せで出たくないから炬燵に入ったままものを取ろうとしたりして、部屋の中をカタツムリみたいに炬燵ごとズルズル移動しちゃうから『こたつむり』」
「ああ、なるほど。かたつむりの貝殻の代わりに炬燵かぁ」
香奈子とあおいは『こたつむり』の意味を理解して笑う。
「真冬の炬燵ってブラックホールみたいですよね」
「ブラックホール?」
あおいの言葉に今度は優子が訊き返す。
「炬燵の中っていろんなものが入ってません? 半乾きの洗濯物とかリモコン、猫やみかんとか…」
「みかん⁈」
優子と香奈子が顔を見合わせる。
「あれ? みかん温めません?」
「ストーブで焼きみかんにする事はあるけど…」
戸惑い気味に香奈子がそう言うと、「寒い季節に冷たいのを食べたくないから、うちはみかんを籠ごと炬燵で温めるんです」とあおいが笑う。
「籠ごと⁈」
「みかんは食べ出すと止まらなくなるんで、最低でも10個ぐらい温めておかないと、すぐに無くなっちゃいますから」
「…まあ、わからなくもないけど、顔が黄色くなりそうね」と言って優子も笑った。
「みかんはビタミンが豊富だから風邪対策にいいって聞くし、水分補給もできるから乾燥する季節の脱水対策にもいいらしいのよね」
そう言った後、香奈子は何かを思い出したようにカバンから手帳を取り出す。
「確か今月冬至があるはず…」
「どうしたの? 急に」
香奈子の説明によると、みかんの話から柑橘類を連想し、そこから柚子風呂が思い浮かんで冬至はいつなのか気になったらしい。
「…あ、今年は二学期の終業式前の日曜日かぁ」
今年の当時の日にちを確認して香奈子が呟く。
「その頃だと、期末試験の試験休み中ね」
「期末試験やだぁ」
期末試験が目前に迫っている事を認めたくないのか、あおいが頭を振る。
「やだぁ…って言っても、勉強が今のうちらの仕事だしねぇ」
そう言って優子は苦笑いを浮かべる。
「二学期の終業式の後はスキー旅行が待ってるんだから、試験頑張んなきゃ」
香奈子の励ましの言葉にあおいはため息を吐く。
「スキー旅行は楽しみですけど、最近、授業内容がよくわかんないんで、テスト用紙に名前を書くぐらいしか出来ないんですぅ」
そんなあおいの告白に優子と香奈子は驚きの声を上げた。
「——名前を書くしか出来ないって…全教科?」
恐る恐る香奈子が訊くとあおいは頷く。
「前にも言ったと思いますけど、私、新聞配達してるって」
「ああ、そう言えばそんな話してたわね」
記憶の糸を辿っているのか、少し考えながら優子が頷く。
「朝、新聞配達してから学校に来るんで、授業が始まると眠くって…」
「なるほどね…理由はわかったけど、それマズくない?」
香奈子にそう言われたあおいの表情が曇る。
「そうなんです。一学期の最初の頃は頑張って授業を聞いていたんですけど、そのうち起きていられなくなって、二学期に入ってから授業を聞いててもちんぷんかんぷんで…」
授業中、寝てしまう事が多いなら当然の成り行きである。
「あおいは予習復習するタイプでもなさそうだしねぇ」
優子にそう言われたあおいは「予習復習の時間があるならバイトします」と笑う。
「…お菓子を食べるの我慢したら?」
あおいがバイトをしている理由は大量のお菓子を食べる為と言っていた記憶があった香奈子がそう言うと、あおいは少し困った表情を浮かべた。
「バイトを昔からしているのはお菓子の為でもありますけど、うち貧困家庭で、私、五人兄弟の真ん中なんですけど、働いて家にお金を入れないと下の子たちの給食費も払えなくなっちゃうので…」
「いろいろ大変なんだ」
初めてあおいの家庭事情を聞いた優子と香奈子は同情する目で、いつも明るくて元気な後輩を見る。
「兄と姉も働いているので、がっつりバイト三昧じゃなくても大丈夫ですが、一般家庭に比べればかなり金銭的に厳しいってのは事実です」
「…なるほど」
今迄、そんな事情を話す事はなく、それを悟らせるような事も無かったあおいであった。
「一学期の期末、二学期の中間テストは赤点ばっかりで…次の期末テストも赤点かと思うと嫌だなぁって」
「笑ってる場合じゃないわよ…それ。進級出来ない可能性すごく高いじゃない!」
優子にそう指摘されてあおいは「そうみたいですね~」と笑う。
「他人事みたいに笑ってる場合じゃないじゃない」
「もう一回一年をするしかないなぁ…って悟っちゃったんで」
「…」
諦め半分、開き直り半分といったあおいの言葉を聞いて優子たちは言葉を失う。
「大丈夫ですよぉ…。人生長いんだから、なんとかなります」
心配そうな先輩たちにガッツポーズをして見せるあおいであった。
あおいの学校の授業についていけない問題が発覚した数日後、いつものように放課後の生物室でお茶を楽しんでいた静香が、香奈子からあおいの話を聞かされていた。
「ふぅん…あの子もいろいろ大変なんだ」
暖かい玄米茶が入った湯呑を手に静香は意外そうな表情を浮かべる。
「留年するってやっぱり大変なんでしょ?」
今年、二度目の二年生を経験している留年組の静香に香奈子が訊いた。
「大変なのは授業より、人間関係ではあるわね…」
仲が良くなった年下のクラスメートもいるが、静香の事を毛嫌いするクラスメートもいて、クラスで何か決め事や団体行動をとらなくてはいけない時、たまに居心地が悪いと感じる事はある静香である。
「——ただ、私の留年理由は、病気で出席日数が足りなくてってだけだったからなぁ…」
授業内容はきちんと理解できているし、定期テストの成績も問題が無い静香としては、あおいに適切なアドバイスを思いつく事が出来なかった。
「あおいちゃんのキャラクターなら、人間関係で悩むことは少なそうだけど、一番の問題は早朝に新聞配達のバイトだと私は思うのよ」
あおいが授業中に寝てしまう原因は早起きして、早朝バイトをして疲れるという事が考えられるだけに、早朝バイトを止めない限り留年しても同じことを繰り返す可能性が非常に高いと香奈子は考えていた。
「私もそう思うけど、他人の家庭の事情だしねぇ…」
ただの女子高生である静香や香奈子ではどうする事もない問題である。
深刻な顔で静香と香奈子がどうしたものかと悩んでいると、白い紙袋を持った洋司が食堂から戻って来た。
「豚まんとピザまん買ってきたよ」
そう言って洋司は静香に紙袋を差し出す。
「——どうしたの? 何かあった?」
いつもなら笑顔で学食で買ってきたものを受け取るのに、自分が戻ってきた事にも気が付く様子がなく考え込んでいる静香に何があったのかと洋司が訊ねた。
「…実はね」
そう言って洋司にあおいの事情を静香は説明し始める。
「よ~ちゃんには理解しずらい家庭環境だとは思うけど、勉強したくても働かないと食べていけないって家庭も世の中にあるのよ」
説明を終えた後、静香はそう言ってふぅ…と息を吐いた。
「私もバイトでは無いけど、母のお店に手伝いに入る事多いのよね…学校には内緒だけど」
「静香さんの家の御商売って?」
静香の話に興味を持ったのか洋司が訊ねる。
「うちはスナック…いわゆる夜のお仕事ってやつ」
静香の話によると、バイトのホステスが急に休んだ時に応援として客の相手をするという。夜のお酒が絡む水商売でもあるので当然、客には年齢を偽り、学校には内緒にするしかない。
そんな静香の家庭の事情を聞いていた香奈子が「どこも一緒ね…私もママの手伝いでお店に入る事あるもん」と言い出した。
「…え?」
香奈子から予想外の言葉を耳にして、静香は驚いた様子で香奈子を見る。
「香奈子さんちも?」
「うん。うち昼間は伯母さんが喫茶店をやっていて、夜はうちのママがスナックをやってるの――うちもシングルマザーだから、助け合っていかないと…風営法だとか、労働基準法なんて言ってたら路頭に迷う事になるんだから、そんな事言ってられないわ」
そんな香奈子の話を聞いて静香は少しホッとした表情を浮かべた。
「なぁんだ…私だけかと思っていたら、こんな身近にお仲間がいるなんて」
「シングルマザーで水商売やっている家ならどこも同じような状態じゃない?」
そう言って香奈子は苦笑いする。
「——家業の手伝いをしても勉強に支障をきたす事は君たちはないのかい?」
彼女たちの話を聞いていた洋司が疑問を口にする。
「店の手伝いって言っても、お酒を飲む訳じゃなく、お客さんの話相手をしたり、お酌をしたり、ちょっとグラスなんかの洗い物をしたりするだけだもの、毎日何時間も肉体労働する訳じゃないからね」
それに対してあおいは、休刊日以外は毎朝何時間も新聞配達を自転車でやっているという。
「そりゃ、自転車で走り回って、配達先の建物の階段を上り下りするのを毎朝、何時間もやってれば、疲れて授業中に眠くもなるわよ」
自分には絶対にできない事だと思いながら静香が言う。
「みんな、まだ高校生だと言うのに働かなきゃいけないのか…」
彼女たちの家庭の事情に感じるものがあるのか、複雑そうな表情を浮かべ洋司が呟く。
「勤労少女なんてこの世の中には履いて捨てるほどいるわ」
決して珍しい事では無いと静香と香奈子はそう言って頷きあう。
「そうか…」
自分の知らない世界を垣間見た様な気がしたのか洋司はそう言うと、窓の外に見える灰色の空を愁いを帯びた目で見上げた。
期末試験1週間前になり部活の自粛期間であったが、生物部にはグリーンイグアナのラッキーをはじめとする小さな命が複数いる為、放課後、餌、水の交換などの世話の為に部員たちが生物室に集まっていた。
「水槽の水換えそろそろやらないとマズいんじゃありません?」
アフリカツメガエルの世話をしていた渉が、ラッキーの健康チェックをしていた古谷に声をかける。
「冬やし、試験休みでええんとちゃう? ——今から90㎝水槽の水換えと掃除となったらめちゃ時間かかるし」
「…ですよね」
古谷が言うように、大型水槽の水換えとなるとかなりの手間と時間がかかるのは間違えがない。
「とりあえず上部フィルターだけ洗っといて」
「了解しました」
渉は古谷の指示に従って、水槽の上に設置してある上部のろ過装置の蓋を開けて、茶色がかった緑色に変色したフィルターを取り出し、流しで洗い始めた。
「水槽の苔掃除要員にヤマトヌマエビとかコリドラスを入れていてもええかもな」
ラッキーをケージに戻しながら古谷が言う。
「何ですかそれ?」
「苔とかエサの食べ残しなんかを食べてくれる淡水のお掃除生物や」
そんな説明を古谷がしているとプラナリアの水槽をチェックしていた優子が「ヤマトヌマエビは水質の急変に弱いから気をつけないとすぐ死んじゃうわよ」とツッコミを入れた。
「どういうことですか?」
首を傾げる渉に優子が補足を付け加える。
「ヤマトヌマエビってね農薬なんかの化学物質とか水質の急激な変化に弱いの。水槽の水交換の際に水合わせ――元の水槽の水と新しいカルキを抜いた水を混ぜ合わせたものにしばらく水生生物を入れて、新旧の水の中間的な水質に慣れさせてから、新しい水の水槽に移し替える作業——をしっかりしないと全滅させちゃう事が多いのよ」
「へぇ…」
小さい頃に夜店で捕った金魚を少しの間、家で飼っていた経験ぐらいしかない渉にとっては知らない事ばかりである。
「無知ゆえに死なしちゃうの可哀想だから、新しい命をお迎えしたいなら事前に調べて勉強する事をお勧めするわ」
「そういう勉強なら苦にならないかもですね」
渉の言葉に優子と古谷が小さく笑う。
「学校の勉強ばかりが全てではないけれど、新しい物事を理解をする時の助けになるのが学校での勉強だから、最低限の基礎知識は身に付けておいた方がいいってよく聞くしね」
その言葉は人生の先輩たちが言っている事の受け売りで、まだ実感を持っている訳でないが、直感的にその意見が正しい事なのだと優子は感じていた。
「確かに数学とか解らなくなると、その後の授業内容が全くわからなくなるもんなぁ」
文系の授業は内容が理解できなくても多少なら何とかなるが、積み重ねの学問と言われている数学や化学や物理となると、一度つまずくとその先が全く理解出来なくなって、進めなくなってしまうのを体験した事がある渉の言葉は実感がこもっていた。
「――やっぱ、あおいちゃん厳しいよな」
香奈子からあおいが留年するかもしれないという話を聞いた古谷が呟きを漏らす。
「あおいの場合、理解力が無いんじゃなくて、勉強する環境を整えなきゃいけないのが問題だからねぇ…」
経済的な問題なので、助けたくても全く手出しが出来ず、ただ歯がゆい想いばかりである。
「そやなぁ――他にええバイト先が見つかったらええんやけど…」
そんな事を話していると、噂のあおいが実験室に顔を出した。
「お疲れ様で~す。何か手伝う事あります?」
いつもと変わらず明るい調子であおいが優子たちに尋ねる。
「今日のお世話はもう終わって、今から帰るとこ」
「そうなんですね…あ、先輩、聞いてください!」
「何?」
嬉しそうな様子のあおいに優子が訊く。
「新しいバイト見つかったんで、新聞配達辞める事になったんです」
「え!」
驚きの表情を浮かべ優子や古谷があおいを見る。
「週1~2回、パーティーなんかのお手伝いをするお仕事なんですけど、お給料が新聞配達を毎日するより多くもらえるバイトが決まったんです」
「…それ、話がうますぎない? 大丈夫?」
うまい話には裏があると信じて疑わない優子は、不信感を隠そうともせずあおいを問いただす。
「大丈夫ですぅ…だって洋司先輩のおうちですから」
「え⁈」
あおいの言葉を聞いて、一同驚きの声を上げた。
「…どういう事?」
あおいの話によると、洋司の家では週に何回か国内外のお客さんを呼んでパーティーが行われていて、給仕などのスタッフが足りないので、バイト代を出すので手伝ってくれないかと洋司があおいの教室まで来て頼んだのだと言う。
「日曜日なんかだと昼間、お庭でパーティーとかもあるらしいので、そういう日は出て欲しいって言われてるけど、お手当は弾んでくれるらしいです」
そう言うあおいの表情は明るい。
「昨日も夕方からバイトに入ったんですけど、洋司先輩のおうちってすごいお屋敷で、高級な車もたくさん止まっていたからびっくりしちゃいました」
「…あ、もう行ってるんだ」
行動の速さに優子は驚く。
「変な所なら断ろうと思ったんですけど、スタッフの皆さんも優しくしてくれるし、続けられそうです」
「あおいちゃん良かったなぁ」
古谷の言葉にあおいは大きく頷く。
「先輩を追ってこの学校に入学して、生物部に入ってなかったら洋司先輩と知り合う事もなかったですから、先輩と生物部に感謝ですぅ」
そう言うあおいは満面の笑顔である。
「ま、無理せず頑張ってね」
あおいにエールを送りながら、洋司の真意が気になって仕方がない優子であった。
後日談ではあるが、優子は洋司から直接あおいへのバイト斡旋の真意を聞く機会があった。
やはり、あおいの事情を知り同情から、なんとか出来ないものかと考えてのバイト話だったのだという。
「嫌味に思うかも思うかもしれないけれど、うちは大富豪と言っても差し支えがない家だし、僕は次期当主だからね」
そう言う洋司は、最初、あおいの家に直接金銭的な支援も考えたらしいが、それはあまりにも露骨であるし、あおいやあおいの家族のプライドを傷つける恐れもあったのでやめたのだと言う。
「あおいちゃんと知り合ったのもご縁ってやつだし、明るくていい子なのは知っているから、助けたかったんだ――留年しても結局授業についていけなくて、学校を中退しそうな感じだったから」
そう言って洋司は少し困った様な表情を浮かべる。
「なんだかんだ言って、この世の中、学歴社会だからね――中卒だと働ける場所も限られるし低賃金って事が多いから」
貧困スパイラルから抜け出せなくなるのを危惧したのだという。
「静香さんや香奈子さんの所も大変なのに、それは助けないのか? って言われそうだけど、彼女たちはなんだかんだ言っても、ちゃんと卒業できそうだからね」
援助するにしても、洋司なりの基準があるらしかった。
「僕は援助は最低限しかしない主義だけどね――ケチなんかじゃなく、何事もそうだけど、過ぎたるものは毒としかならない。その人の為にならないと考えているから…」
そんな話を聞きながら、洋司がこうあるのは小さい頃から叩き込まれてきた帝王学のせいか、はたまた彼自身が持って生まれたものなのかわからないが、高校生とは思えない思考回路の持ち主だなぁと感じると同時に、自分たち庶民にはわからない悩みも多そうなのが時々洋司の言動から垣間見えるのも気になる。
――案外、平凡なのが一番幸せなのかもしんない。
そんな事をぼんやりと思う優子であった。
「最近、インフルエンザが流行ってるけど、香奈子のクラスはどんな感じ?」
恒例の放課後の実験室でお茶を飲んでいた優子がのんびりクッキーをつまみながらお茶を楽しんでいた香奈子に尋ねる。
「うちのクラスもぼちぼち学級閉鎖になりそう」
「そんなにインフルエンザで休んでる人間出ているの?」
優子の問いに香奈子は頷いた。
「期末試験にインフルエンザは勘弁してほしいわね…」
そう言って優子が表情を曇らせているとあおいが可愛らしいくしゃみをして、鼻をすする。
「…あおいも風邪?」
「昨日、炬燵で寝ちゃったんですぅ」
それを聞いた香奈子が「炬燵で寝るのって幸せだもんね」と笑う。
「こたつむりになっちゃうから、私、ホットカーペット派なのよね」
「こたつむり?」
優子の言葉に香奈子が首を傾げる。
「炬燵の中って幸せで出たくないから炬燵に入ったままものを取ろうとしたりして、部屋の中をカタツムリみたいに炬燵ごとズルズル移動しちゃうから『こたつむり』」
「ああ、なるほど。かたつむりの貝殻の代わりに炬燵かぁ」
香奈子とあおいは『こたつむり』の意味を理解して笑う。
「真冬の炬燵ってブラックホールみたいですよね」
「ブラックホール?」
あおいの言葉に今度は優子が訊き返す。
「炬燵の中っていろんなものが入ってません? 半乾きの洗濯物とかリモコン、猫やみかんとか…」
「みかん⁈」
優子と香奈子が顔を見合わせる。
「あれ? みかん温めません?」
「ストーブで焼きみかんにする事はあるけど…」
戸惑い気味に香奈子がそう言うと、「寒い季節に冷たいのを食べたくないから、うちはみかんを籠ごと炬燵で温めるんです」とあおいが笑う。
「籠ごと⁈」
「みかんは食べ出すと止まらなくなるんで、最低でも10個ぐらい温めておかないと、すぐに無くなっちゃいますから」
「…まあ、わからなくもないけど、顔が黄色くなりそうね」と言って優子も笑った。
「みかんはビタミンが豊富だから風邪対策にいいって聞くし、水分補給もできるから乾燥する季節の脱水対策にもいいらしいのよね」
そう言った後、香奈子は何かを思い出したようにカバンから手帳を取り出す。
「確か今月冬至があるはず…」
「どうしたの? 急に」
香奈子の説明によると、みかんの話から柑橘類を連想し、そこから柚子風呂が思い浮かんで冬至はいつなのか気になったらしい。
「…あ、今年は二学期の終業式前の日曜日かぁ」
今年の当時の日にちを確認して香奈子が呟く。
「その頃だと、期末試験の試験休み中ね」
「期末試験やだぁ」
期末試験が目前に迫っている事を認めたくないのか、あおいが頭を振る。
「やだぁ…って言っても、勉強が今のうちらの仕事だしねぇ」
そう言って優子は苦笑いを浮かべる。
「二学期の終業式の後はスキー旅行が待ってるんだから、試験頑張んなきゃ」
香奈子の励ましの言葉にあおいはため息を吐く。
「スキー旅行は楽しみですけど、最近、授業内容がよくわかんないんで、テスト用紙に名前を書くぐらいしか出来ないんですぅ」
そんなあおいの告白に優子と香奈子は驚きの声を上げた。
「——名前を書くしか出来ないって…全教科?」
恐る恐る香奈子が訊くとあおいは頷く。
「前にも言ったと思いますけど、私、新聞配達してるって」
「ああ、そう言えばそんな話してたわね」
記憶の糸を辿っているのか、少し考えながら優子が頷く。
「朝、新聞配達してから学校に来るんで、授業が始まると眠くって…」
「なるほどね…理由はわかったけど、それマズくない?」
香奈子にそう言われたあおいの表情が曇る。
「そうなんです。一学期の最初の頃は頑張って授業を聞いていたんですけど、そのうち起きていられなくなって、二学期に入ってから授業を聞いててもちんぷんかんぷんで…」
授業中、寝てしまう事が多いなら当然の成り行きである。
「あおいは予習復習するタイプでもなさそうだしねぇ」
優子にそう言われたあおいは「予習復習の時間があるならバイトします」と笑う。
「…お菓子を食べるの我慢したら?」
あおいがバイトをしている理由は大量のお菓子を食べる為と言っていた記憶があった香奈子がそう言うと、あおいは少し困った表情を浮かべた。
「バイトを昔からしているのはお菓子の為でもありますけど、うち貧困家庭で、私、五人兄弟の真ん中なんですけど、働いて家にお金を入れないと下の子たちの給食費も払えなくなっちゃうので…」
「いろいろ大変なんだ」
初めてあおいの家庭事情を聞いた優子と香奈子は同情する目で、いつも明るくて元気な後輩を見る。
「兄と姉も働いているので、がっつりバイト三昧じゃなくても大丈夫ですが、一般家庭に比べればかなり金銭的に厳しいってのは事実です」
「…なるほど」
今迄、そんな事情を話す事はなく、それを悟らせるような事も無かったあおいであった。
「一学期の期末、二学期の中間テストは赤点ばっかりで…次の期末テストも赤点かと思うと嫌だなぁって」
「笑ってる場合じゃないわよ…それ。進級出来ない可能性すごく高いじゃない!」
優子にそう指摘されてあおいは「そうみたいですね~」と笑う。
「他人事みたいに笑ってる場合じゃないじゃない」
「もう一回一年をするしかないなぁ…って悟っちゃったんで」
「…」
諦め半分、開き直り半分といったあおいの言葉を聞いて優子たちは言葉を失う。
「大丈夫ですよぉ…。人生長いんだから、なんとかなります」
心配そうな先輩たちにガッツポーズをして見せるあおいであった。
あおいの学校の授業についていけない問題が発覚した数日後、いつものように放課後の生物室でお茶を楽しんでいた静香が、香奈子からあおいの話を聞かされていた。
「ふぅん…あの子もいろいろ大変なんだ」
暖かい玄米茶が入った湯呑を手に静香は意外そうな表情を浮かべる。
「留年するってやっぱり大変なんでしょ?」
今年、二度目の二年生を経験している留年組の静香に香奈子が訊いた。
「大変なのは授業より、人間関係ではあるわね…」
仲が良くなった年下のクラスメートもいるが、静香の事を毛嫌いするクラスメートもいて、クラスで何か決め事や団体行動をとらなくてはいけない時、たまに居心地が悪いと感じる事はある静香である。
「——ただ、私の留年理由は、病気で出席日数が足りなくてってだけだったからなぁ…」
授業内容はきちんと理解できているし、定期テストの成績も問題が無い静香としては、あおいに適切なアドバイスを思いつく事が出来なかった。
「あおいちゃんのキャラクターなら、人間関係で悩むことは少なそうだけど、一番の問題は早朝に新聞配達のバイトだと私は思うのよ」
あおいが授業中に寝てしまう原因は早起きして、早朝バイトをして疲れるという事が考えられるだけに、早朝バイトを止めない限り留年しても同じことを繰り返す可能性が非常に高いと香奈子は考えていた。
「私もそう思うけど、他人の家庭の事情だしねぇ…」
ただの女子高生である静香や香奈子ではどうする事もない問題である。
深刻な顔で静香と香奈子がどうしたものかと悩んでいると、白い紙袋を持った洋司が食堂から戻って来た。
「豚まんとピザまん買ってきたよ」
そう言って洋司は静香に紙袋を差し出す。
「——どうしたの? 何かあった?」
いつもなら笑顔で学食で買ってきたものを受け取るのに、自分が戻ってきた事にも気が付く様子がなく考え込んでいる静香に何があったのかと洋司が訊ねた。
「…実はね」
そう言って洋司にあおいの事情を静香は説明し始める。
「よ~ちゃんには理解しずらい家庭環境だとは思うけど、勉強したくても働かないと食べていけないって家庭も世の中にあるのよ」
説明を終えた後、静香はそう言ってふぅ…と息を吐いた。
「私もバイトでは無いけど、母のお店に手伝いに入る事多いのよね…学校には内緒だけど」
「静香さんの家の御商売って?」
静香の話に興味を持ったのか洋司が訊ねる。
「うちはスナック…いわゆる夜のお仕事ってやつ」
静香の話によると、バイトのホステスが急に休んだ時に応援として客の相手をするという。夜のお酒が絡む水商売でもあるので当然、客には年齢を偽り、学校には内緒にするしかない。
そんな静香の家庭の事情を聞いていた香奈子が「どこも一緒ね…私もママの手伝いでお店に入る事あるもん」と言い出した。
「…え?」
香奈子から予想外の言葉を耳にして、静香は驚いた様子で香奈子を見る。
「香奈子さんちも?」
「うん。うち昼間は伯母さんが喫茶店をやっていて、夜はうちのママがスナックをやってるの――うちもシングルマザーだから、助け合っていかないと…風営法だとか、労働基準法なんて言ってたら路頭に迷う事になるんだから、そんな事言ってられないわ」
そんな香奈子の話を聞いて静香は少しホッとした表情を浮かべた。
「なぁんだ…私だけかと思っていたら、こんな身近にお仲間がいるなんて」
「シングルマザーで水商売やっている家ならどこも同じような状態じゃない?」
そう言って香奈子は苦笑いする。
「——家業の手伝いをしても勉強に支障をきたす事は君たちはないのかい?」
彼女たちの話を聞いていた洋司が疑問を口にする。
「店の手伝いって言っても、お酒を飲む訳じゃなく、お客さんの話相手をしたり、お酌をしたり、ちょっとグラスなんかの洗い物をしたりするだけだもの、毎日何時間も肉体労働する訳じゃないからね」
それに対してあおいは、休刊日以外は毎朝何時間も新聞配達を自転車でやっているという。
「そりゃ、自転車で走り回って、配達先の建物の階段を上り下りするのを毎朝、何時間もやってれば、疲れて授業中に眠くもなるわよ」
自分には絶対にできない事だと思いながら静香が言う。
「みんな、まだ高校生だと言うのに働かなきゃいけないのか…」
彼女たちの家庭の事情に感じるものがあるのか、複雑そうな表情を浮かべ洋司が呟く。
「勤労少女なんてこの世の中には履いて捨てるほどいるわ」
決して珍しい事では無いと静香と香奈子はそう言って頷きあう。
「そうか…」
自分の知らない世界を垣間見た様な気がしたのか洋司はそう言うと、窓の外に見える灰色の空を愁いを帯びた目で見上げた。
期末試験1週間前になり部活の自粛期間であったが、生物部にはグリーンイグアナのラッキーをはじめとする小さな命が複数いる為、放課後、餌、水の交換などの世話の為に部員たちが生物室に集まっていた。
「水槽の水換えそろそろやらないとマズいんじゃありません?」
アフリカツメガエルの世話をしていた渉が、ラッキーの健康チェックをしていた古谷に声をかける。
「冬やし、試験休みでええんとちゃう? ——今から90㎝水槽の水換えと掃除となったらめちゃ時間かかるし」
「…ですよね」
古谷が言うように、大型水槽の水換えとなるとかなりの手間と時間がかかるのは間違えがない。
「とりあえず上部フィルターだけ洗っといて」
「了解しました」
渉は古谷の指示に従って、水槽の上に設置してある上部のろ過装置の蓋を開けて、茶色がかった緑色に変色したフィルターを取り出し、流しで洗い始めた。
「水槽の苔掃除要員にヤマトヌマエビとかコリドラスを入れていてもええかもな」
ラッキーをケージに戻しながら古谷が言う。
「何ですかそれ?」
「苔とかエサの食べ残しなんかを食べてくれる淡水のお掃除生物や」
そんな説明を古谷がしているとプラナリアの水槽をチェックしていた優子が「ヤマトヌマエビは水質の急変に弱いから気をつけないとすぐ死んじゃうわよ」とツッコミを入れた。
「どういうことですか?」
首を傾げる渉に優子が補足を付け加える。
「ヤマトヌマエビってね農薬なんかの化学物質とか水質の急激な変化に弱いの。水槽の水交換の際に水合わせ――元の水槽の水と新しいカルキを抜いた水を混ぜ合わせたものにしばらく水生生物を入れて、新旧の水の中間的な水質に慣れさせてから、新しい水の水槽に移し替える作業——をしっかりしないと全滅させちゃう事が多いのよ」
「へぇ…」
小さい頃に夜店で捕った金魚を少しの間、家で飼っていた経験ぐらいしかない渉にとっては知らない事ばかりである。
「無知ゆえに死なしちゃうの可哀想だから、新しい命をお迎えしたいなら事前に調べて勉強する事をお勧めするわ」
「そういう勉強なら苦にならないかもですね」
渉の言葉に優子と古谷が小さく笑う。
「学校の勉強ばかりが全てではないけれど、新しい物事を理解をする時の助けになるのが学校での勉強だから、最低限の基礎知識は身に付けておいた方がいいってよく聞くしね」
その言葉は人生の先輩たちが言っている事の受け売りで、まだ実感を持っている訳でないが、直感的にその意見が正しい事なのだと優子は感じていた。
「確かに数学とか解らなくなると、その後の授業内容が全くわからなくなるもんなぁ」
文系の授業は内容が理解できなくても多少なら何とかなるが、積み重ねの学問と言われている数学や化学や物理となると、一度つまずくとその先が全く理解出来なくなって、進めなくなってしまうのを体験した事がある渉の言葉は実感がこもっていた。
「――やっぱ、あおいちゃん厳しいよな」
香奈子からあおいが留年するかもしれないという話を聞いた古谷が呟きを漏らす。
「あおいの場合、理解力が無いんじゃなくて、勉強する環境を整えなきゃいけないのが問題だからねぇ…」
経済的な問題なので、助けたくても全く手出しが出来ず、ただ歯がゆい想いばかりである。
「そやなぁ――他にええバイト先が見つかったらええんやけど…」
そんな事を話していると、噂のあおいが実験室に顔を出した。
「お疲れ様で~す。何か手伝う事あります?」
いつもと変わらず明るい調子であおいが優子たちに尋ねる。
「今日のお世話はもう終わって、今から帰るとこ」
「そうなんですね…あ、先輩、聞いてください!」
「何?」
嬉しそうな様子のあおいに優子が訊く。
「新しいバイト見つかったんで、新聞配達辞める事になったんです」
「え!」
驚きの表情を浮かべ優子や古谷があおいを見る。
「週1~2回、パーティーなんかのお手伝いをするお仕事なんですけど、お給料が新聞配達を毎日するより多くもらえるバイトが決まったんです」
「…それ、話がうますぎない? 大丈夫?」
うまい話には裏があると信じて疑わない優子は、不信感を隠そうともせずあおいを問いただす。
「大丈夫ですぅ…だって洋司先輩のおうちですから」
「え⁈」
あおいの言葉を聞いて、一同驚きの声を上げた。
「…どういう事?」
あおいの話によると、洋司の家では週に何回か国内外のお客さんを呼んでパーティーが行われていて、給仕などのスタッフが足りないので、バイト代を出すので手伝ってくれないかと洋司があおいの教室まで来て頼んだのだと言う。
「日曜日なんかだと昼間、お庭でパーティーとかもあるらしいので、そういう日は出て欲しいって言われてるけど、お手当は弾んでくれるらしいです」
そう言うあおいの表情は明るい。
「昨日も夕方からバイトに入ったんですけど、洋司先輩のおうちってすごいお屋敷で、高級な車もたくさん止まっていたからびっくりしちゃいました」
「…あ、もう行ってるんだ」
行動の速さに優子は驚く。
「変な所なら断ろうと思ったんですけど、スタッフの皆さんも優しくしてくれるし、続けられそうです」
「あおいちゃん良かったなぁ」
古谷の言葉にあおいは大きく頷く。
「先輩を追ってこの学校に入学して、生物部に入ってなかったら洋司先輩と知り合う事もなかったですから、先輩と生物部に感謝ですぅ」
そう言うあおいは満面の笑顔である。
「ま、無理せず頑張ってね」
あおいにエールを送りながら、洋司の真意が気になって仕方がない優子であった。
後日談ではあるが、優子は洋司から直接あおいへのバイト斡旋の真意を聞く機会があった。
やはり、あおいの事情を知り同情から、なんとか出来ないものかと考えてのバイト話だったのだという。
「嫌味に思うかも思うかもしれないけれど、うちは大富豪と言っても差し支えがない家だし、僕は次期当主だからね」
そう言う洋司は、最初、あおいの家に直接金銭的な支援も考えたらしいが、それはあまりにも露骨であるし、あおいやあおいの家族のプライドを傷つける恐れもあったのでやめたのだと言う。
「あおいちゃんと知り合ったのもご縁ってやつだし、明るくていい子なのは知っているから、助けたかったんだ――留年しても結局授業についていけなくて、学校を中退しそうな感じだったから」
そう言って洋司は少し困った様な表情を浮かべる。
「なんだかんだ言って、この世の中、学歴社会だからね――中卒だと働ける場所も限られるし低賃金って事が多いから」
貧困スパイラルから抜け出せなくなるのを危惧したのだという。
「静香さんや香奈子さんの所も大変なのに、それは助けないのか? って言われそうだけど、彼女たちはなんだかんだ言っても、ちゃんと卒業できそうだからね」
援助するにしても、洋司なりの基準があるらしかった。
「僕は援助は最低限しかしない主義だけどね――ケチなんかじゃなく、何事もそうだけど、過ぎたるものは毒としかならない。その人の為にならないと考えているから…」
そんな話を聞きながら、洋司がこうあるのは小さい頃から叩き込まれてきた帝王学のせいか、はたまた彼自身が持って生まれたものなのかわからないが、高校生とは思えない思考回路の持ち主だなぁと感じると同時に、自分たち庶民にはわからない悩みも多そうなのが時々洋司の言動から垣間見えるのも気になる。
――案外、平凡なのが一番幸せなのかもしんない。
そんな事をぼんやりと思う優子であった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
ホビーレーサー!~最強中年はロードレースで敗北を満喫する~
大場里桜
青春
会社で『最強』と称えられる40才の部長 中杉猛士。
周囲の社員の軟弱さを嘆いていたが、偶然知った自転車競技で全力で戦う相手を見つける。
「いるじゃないか! ガッツのある若者! 私が全力で戦ってもいい相手が!!」
最強中年はロードレースで敗北を満喫するのであったーー
本作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルアッププラス様でも公開しております。
タカラジェンヌへの軌跡
赤井ちひろ
青春
私立桜城下高校に通う高校一年生、南條さくら
夢はでっかく宝塚!
中学時代は演劇コンクールで助演女優賞もとるほどの力を持っている。
でも彼女には決定的な欠陥が
受験期間高校三年までの残ります三年。必死にレッスンに励むさくらに運命の女神は微笑むのか。
限られた時間の中で夢を追う少女たちを書いた青春小説。
脇を囲む教師たちと高校生の物語。
Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説
宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。
美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!!
【2022/6/11完結】
その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。
そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。
「制覇、今日は五時からだから。来てね」
隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。
担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。
◇
こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく……
――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――

切り札の男
古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。
ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。
理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。
そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。
その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。
彼はその挑発に乗ってしまうが……
小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。

俺たちの共同学園生活
雪風 セツナ
青春
初めて執筆した作品ですので至らない点が多々あると思いますがよろしくお願いします。
2XXX年、日本では婚姻率の低下による出生率の低下が問題視されていた。そこで政府は、大人による婚姻をしなくなっていく風潮から若者の意識を改革しようとした。そこて、日本本島から離れたところに東京都所有の人工島を作り上げ高校生たちに対して特別な制度を用いた高校生活をおくらせることにした。
しかしその高校は一般的な高校のルールに当てはまることなく数々の難題を生徒たちに仕向けてくる。時には友人と協力し、時には敵対して競い合う。
そんな高校に入学することにした新庄 蒼雪。
蒼雪、相棒・友人は待ち受ける多くの試験を乗り越え、無事に学園生活を送ることができるのか!?
水曜日は図書室で
白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
青春
綾織 美久(あやおり みく)、高校二年生。
見た目も地味で引っ込み思案な性格の美久は目立つことが苦手でクラスでも静かに過ごしていた。好きなのは図書室で本を見たり読んだりすること、それともうひとつ。
あるとき美久は図書室で一人の男子・久保田 快(くぼた かい)に出会う。彼はカッコよかったがどこか不思議を秘めていた。偶然から美久は彼と仲良くなっていき『水曜日は図書室で会おう』と約束をすることに……。
第12回ドリーム小説大賞にて奨励賞をいただきました!
本当にありがとうございます!

夏と夏風夏鈴が教えてくれた、すべてのこと
サトウ・レン
青春
「夏風夏鈴って、名前の中にふたつも〈夏〉が入っていて、これでもかって夏を前面に押し出してくる名前でしょ。ナツカゼカリン。だから嫌いなんだ。この名前も夏も」
困惑する僕に、彼女は言った。聞いてもないのに、言わなくてもいいことまで。不思議な子だな、と思った。そしてそれが不思議と嫌ではなかった。そこも含めて不思議だった。彼女はそれだけ言うと、また逃げるようにしていなくなってしまった。
※1 本作は、「ラムネ色した空は今日も赤く染まる」という以前書いた短編を元にしています。
※2 以下の作品について、本作の性質上、物語の核心、結末に触れているものがあります。
〈参考〉
伊藤左千夫『野菊の墓』(新潮文庫)
ボリス・ヴィアン『うたかたの日々』(ハヤカワepi文庫)
堀辰雄『風立ちぬ/菜穂子』(小学館文庫)
三田誠広『いちご同盟』(集英社文庫)
片山恭一『世界の中心で、愛をさけぶ』(小学館文庫)
村上春樹『ノルウェイの森』(講談社文庫)
住野よる『君の膵臓をたべたい』(双葉文庫)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる