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~マッドサイエンティストの実験室~
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11月の最初の土・日曜日は府立珠河高等学校では文化祭の開催日。
父兄などの関係者だけではなく一般の来場客も入場でき、近隣校の生徒や地元住民なども文化祭に遊びに来ているせいか朝から学校内は賑やかである。
「我が実験室へ入るのじゃ!」
白衣を纏いマットサイエンティスト風かつらを被った藤木が、芝居がかった口調で本校舎の生物実験室の前で模擬店の呼び込みをしていた。
実験室に足を踏み入れると暗幕が引かれているせいか薄暗く、実験台の上の並べられた実験器具にスポットライトが当てられて、闇の中に怪しく浮かび上がっていた。その中をさらに進むと様々なホールスパイスが入った薬瓶が並べられているカウンターがある。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
カウンターの中には看護婦のコスプレ衣装を身にまとった静香が訪れた客達のオーダーを取っていた。
「…ええっと、このマッドサイエンティストのコーラを一つ」
男性客はメニュー表を指さし注文を出す。
「マッドサイエンティストのコーラがおひとつですね――ご一緒に博士特製プラナリアクッキーはいかがでしょうか?」
カウンターの上に置かれた籠の中のラッピングされたクッキーを勧める。
「あ、じゃあそれも…一つ」
「ありがとうございます」
静香は客に笑顔でそう言って、カウンターの奥にオーダーを通す。
「マッドワン、プラナリアワン頂きました~」
静香の声に奥にいた香奈子たちが「ありがとうございます!」と言いながら、オーダーのドリンクを作り始める。
模擬店の中には実験台をテーブルとしたイートインスペースが設けられていて、文化祭開始して間もない時間にもかかわらず、なかなかの盛況ぶりであった。
「今回はいい感じじゃない?」
カウンターの奥から模擬店の様子を見ていた優子が満足そうに呟く。
「みんな物珍しいんじゃないですか?」
骸骨の全身タイツに身を包んだ渉が笑う。
マッドサイエンティストコーラと名付けたクラフトコーラはもちろんの事ではあるが、ユーグレナわらび餅——スライム餅も人気であった。スライム餅はきなこの代わりにユーグレナに砂糖を混ぜてわらび餅に振りかけたものなのだが、色が抹茶に見えるのかミドリムシだと思わず購入していく客も多い。
「一応、メニューにはユーグレナって記載してるんだけど、意外に見ていない人が多いからびっくりだわ」
「ユーグレナが何かを知らない人も多いからだと思いますが…」
美味しい、可愛いと言いながら食べている客達が、緑色の粉末の正体がミドリムシだと知ったらどんな顔をするのだろうか? と考えると笑えてくる。
「チラシ配りの効果も出てるのかな?」
ナースのコスプレをしたあおいが校門で来場者にチラシ配りをしているはずである。
「チラシ持参でインスタにも使えるマッドサイエンティストとの記念写真の特典なんて需要があるとは思えませんけど…」と言いながら渉が笑う。
マッドサイエンティストとはもちろんコスプレした藤木の事で、模擬店の片隅にハロウィン仕様の人体模型のトオル君と共に、怪しい実験室の記念撮影が出来るスペースを作っていた。
「何がウケるかわかんないんだから、ネタは仕込んでおくに越したことがないわ」と言いながら優子が時計に目を走らせる。
「そろそろ古谷君のティーサービスが始まる時間ね…」
「あ、じゃあ、俺も行かなきゃ」
渉はそう言うと、バタバタとカウンターの中から廊下に飛び出して行った。
生物部の模擬店がある実験室前の廊下では呼び込みをしていた藤木と入れ替わり、研究員風のコスプレ(と言っても白衣を着て髪の毛をオールバックにしただけ)をした古谷が、机に置かれた真っ青な液体が入ったティーサーバーの傍に立っていた。
「ほな、ぼちぼち始めよか」
実験室から出てきた渉と視線を合わせた古谷はそう言うと、廊下を行きかう人たちに向かって「この美しいブルーの液体——美容と健康に良いハーブティの無料サービスやから、飲んでいってな」と声を張り上げた。
無料という言葉に反応して足を止めた者たちに向かって古谷はティーサーバーを持ち上げ「お集りの皆さまご注目~。この青いお茶が、あっという間に色が変わるから見ててな」と言い、少量の液体を青い液体の中に注ぎ入れた。
その瞬間から青色が紫色に色変わりする。それを見て少し驚いた様な表情を見せた客達に古谷が「青いハーブティーはバタフライピーというマメ科の花のお茶――そのまま飲んでもいいし、紫に変えるのをやってみたい人は言ってな」と言うと、渉に頷きかけた。
渉は試飲用の小さな紙コップに青いお茶を注いで通行人に配り始めた。
「何を入れたの?」
色変わりの様子を見て興味を持ったのか、お茶を受け取って渉や古谷に尋ねる者たちにレモン汁を入れたのだと説明してまわる。
「小学校の理科で習ったリトマス反応と同じで、酸を加えた部分が赤色に変化して青い部分と混ざって紫に変わったんです」
渉の説明を聞いて感心する者や、リトマス紙が懐かしいと口にする者と反応は様々であったが、青いハーブティーが珍しいのか用意したお茶はあっという間に無くなった。
「この中の実験室の中にも珍しいメニューがあるんで、良かったら試してみてくださいね」と古谷と渉は紙コップを手にした人たちに声をかけてまわった。
それが呼び水となったのか、実験室の方に数人が入って行くのを見ていた華が古谷に歩み寄った。
「今年は盛況みたいね」
華に話しかけられた古谷は「おかげさまで――エンターテーメント重視が当たりました」と答えて笑顔を見せた。
「…で、藤木は?」
「お昼休憩です」
「ふ~ん、真面目に頑張ってるじゃない」
少し意外といった表情を華は浮かべる。
「藤木先輩って、ああ見えて律儀な性格やから」と言いながら古谷が笑う。
「私はそろそろ静香と交替しなきゃ」
そう言って華は実験室の中に入って行く。その後ろ姿を見送りながら渉が「華先輩のナース服って、本物っぽいなぁ」と呟いた。
「結城のナース服姿はエロビデオのコスプレみたいやのにな」と古谷が笑っていると、その古谷の後頭部を静香が「余計なお世話よ」といいながら叩いた。
「なんや、おったんか」
お昼休憩と答える静香に古谷は「その格好で校内うろつくんか?」と訊く。
「そうよ、悪い?」
「着替えるか、白衣を羽織った方が…ええと思うんやけど」
セクシーナースといった風情の静香に古谷はそう言うと、自分が着ていた白衣を脱いで静香に差し出す。
「校内をうろつくにはちょっとセクシーすぎやし、たけやんが怒られるかもしれんから、これ着とき」
古谷にそう言われて少し不満げではあったが、クラブ顧問の武田に迷惑が掛かると申し訳ないと思ったのか、静香は黙って白衣を受け取ると、ナース服の上から白衣を纏った。
「今度は女医さんみたいですけど――先輩が着るとやっぱりエロ系のコスプレっすね」
渉がそんな感想を漏らしている横で古谷は頭を抱える。
「そんなの知らないわよ。別にわざとエロく見せてる訳じゃないんだし」
静香は開き直る様にそう言うと、白衣姿のまま文化祭で盛り上がる校内に姿を消した。
午後からはクラスの出し物が終わった岡部や洋司と今日のチラシ配りを終えたあおいが加わったので、比較的長めの休憩を交替で取りながら模擬店の運営をするというスタイルになった――呼び込みの藤木以外は。
「そこのお兄さん、ワシの実験台になってみんか⁈」
朝からマッドサイエンティストを演じ続けた藤木は、最初の頃はただ呼び込みするだけであったが、午後になって普通の呼び込みが飽きてきたのか、模擬店の呼び込みをキャッチセールス方式に変えていた。
藤木の声掛けを無視して素通りする者も多いが、中には面白がってマッドサイエンティストとの会話で遊ぶ者も出てきていた。
「実験台って何の実験?」
「ワシが開発したドリンクを飲んで改造人間になるんじゃ」
「改造人間って、死神博士かよw」
と言うような会話になる事も多く、藤木自身もそんな会話が楽しいらしかった。
「…優子先輩」
カウンターでオーダー担当に交替した優子に、フードスペースのかたずけ担当当番になった渉が客の途切れたタイミングを計って話しかけてきた。
「ん? なに?」
「ショッカーって何ですか?」
「は?」
前置き無くいきなり渉に訊かれた優子はきょとんとした表情を浮かべる。
「入って来たお客さんが俺を指さして、ショッカーがいるって言って笑うんです…何人も」
「ショッカー…あ~、なるほど」
少し頭を捻った優子は渉の骸骨の全身タイツ姿を見て不意に納得する。
「原因は骸骨の全身タイツよ――それ骨格標本のつもりで用意したんだけど、表で藤木先輩のキャッチの会話が死神博士ネタになってるから、そのタイツがショッカーに見えるんだわ」と言って爆笑する。
「ショッカーは仮面ライダーに出てくる悪の組織の戦闘員だよ」と厨房担当だった洋司が渉に説明する。
「ショッカーってこういうの」
白衣からスマホを取り出し画像検索した優子が渉に画面を見せる。
「——あ~、なるほど」
黒の全身タイツに人間骨格を模した白抜きデザインのショッカーの衣装は、渉が身に付けているものとよく似ていた。
「渉君は小さい頃特撮とか見なかった?」
洋司にそう訊かれ渉はウルトラマン派だったので、仮面ライダーは少し見ていただけであまり詳しくないと答える。
「そっかぁ…僕は今も特撮全般好きだけどなぁ」と笑う洋司に優子は意外そうな表情を浮かべた。
「…今もですか?」
「僕の部屋、特撮のコレクションルームあるよ」という洋司の返答に優子と渉は顔を見合わせた。
「コレクション『ケース』じゃなく、『ルーム』…」
自分の部屋と洋司は言っていたが、その部屋の広さと間取りが気になるところである。そんな事をぼんやり考えている優子と渉を気にすることなく、洋司はカウンター越しにイートインスペースの様子を見ながら「今回の客層って男が多く思えるんだけど」と言い出した。
「…確かに」
客引きはマッドサイエンティストだし、カウンターにはナース、店内には黒タイツの骸骨がウロウロして、店内は実験器具と人体模型のトオル君…と可愛い要素が全くない装飾である。スライム餅が可愛いと買いに来る女子の姿もあるが、比率的には7:3と男性客の方が多いい印象は否めない。
「このままでも悪くは無いと思うけど、明日もう少し遊ばない?」
「どういう事?」
優子に訊き返された洋司は「藤木君に死神博士のコスプレをさせたら面白いんじゃないかなって思うんだけど」と言って少し悪戯っ子っぽい表情を浮かべる。
「面白そうだけど、死神博士の衣装って白のタキシードに裏地が赤い黒いケープよ? すぐに用意できるものじゃないし、ケープはドラキュラのコスプレ用のマントでそれっぽくできるとしても、白のタキシードはさすがにパーティーグッツショップじゃ置いていないんじゃない? それにあの特徴のある髪型のかつらを用意するとなると…」
この文化祭に合わせたナース服やどくろの黒タイツは安価なパーティグッツのものを購入したものだったし、藤木や古谷などが着ているノーマルの白衣は実験などで使用するので以前自前で購入した私物である。洋司のアイディアは面白そうではあるが、用意する時間と予算を考えれば現実的ではないと優子は判断して、残念そうな表情を浮かべ首を振った。
「あ、わざわざ買う必要はないよ――僕のコレクションにレプリカだけど死神博士の衣装持ってるから」
「は?」
予想外の洋司の言葉に優子の目が点になる。
「僕、死神博士が昔から好きで、いろいろ集めてるんだ――死神博士コレクションの中に衣装とかつらもあって、マネキンに着せて飾ってるからそれを使えばいいよ」
「——何気に洋司先輩、さらっとすごい事を言ってるような気が…」
渉が複雑な表情を浮かべながら呟く。
「じゃあ、お言葉に甘えて、明日持って来てもらおうかしら?」
「お安い御用——衣装も着てもらって喜ぶと思うよ」
明日の情景を想像したのか洋司は目を輝かせる。
コレクターやマニアにも色んな人種がいるが、洋司はコレクションをただ飾っておくだけでは満足できないタイプなのかもしれない。
――大切なコレクションを貸し出すなんて、俺には出来ないな
洋司がおおらかなのか太っ腹なのかはわからないが、そう思わずにはいられない渉であった。
翌日、文化祭の二日目の日曜日。
初日の好調だった生物部の模擬店は、今日もスタートから客足は好調であった。
開門時から校門前で死神博士の衣装を纏った藤木の宣伝効果も大きかったのかもしれない。
「私の実験室に皆来るのだぞ!」
そう言いながら芝居がかった様子でポーズを取る藤木と、骸骨タイツでチラシ配りをする渉コンビは、校門前の客引きの中でもひときわ異彩を放つ存在であった。
「うぁ…死神博士のコス、気合入ってるなぁ」
「特撮部? …え、違う?」
「また、生物部が変な事やってるぞ」
一般の来場者の中にも死神博士を知る者がいるらしく、藤木達に驚いて足を止める者もいれば、在校生の客引き達が生物部の宣伝だと知ってヒソヒソ話をしたりとその反応は様々である中、いつにない時分に集まる視線に藤木は最初戸惑っていたものの、次第にそれが快感となりつつあった。
「なんか俺、すごく見られてるよな?」
チラシの補充をしている渉に藤木が囁く。
「そりゃそうでしょう――その衣装、生地からして高級生地だから、お手製のコスプレ衣装みたいな安っぽさが全く無いですもん」
恐るべしお金持ちパワーと思いながら渉はチラシの束を手に藤木を見る。
「…このチラシで配布は終わりですから、もうひと頑張りしましょう――この後、既に記念撮影予約が数件入っているんですから」
先日、チラシ持参特典の記念撮影の申込みは一件も無かったのだが、死神博士効果なのか、今日は既に記念撮影の予約が件ほど入っていた。
「…お、おう」
藤木自身、こんなに反響があると思っていなかったらしく、戸惑いを隠せないようである。
「このチラシ持参で、博士との記念写真が撮れますよ~」
そう言いながら渉はチラシの配布を再び始め、それに合わせて藤木も再び「私の実験室は生物室じゃ! 来れば改造人間になれるかもしれんぞ!」と訳の分からない呼び込みを始め、笑いを取るのを楽しんでいた。
一方の生物室。昨日とは違う趣向の呼び込みのせいか、ちょっとした混乱が起きていた。
「ショッカーのお店ここ?」
「死神博士のドリンクひとつ」
「あ、イカデビルのクッキーもある!」
死神博士の認知度が高いせいか、生物部の模擬店をショッカーや死神博士がコンセプトだと勘違いした客達で溢れかえる事となったのである。
マッドサイエンティストのコーラのクラフトコーラを死神博士のドリンクと注文する者が続き、プラナリアクッキーはその形状からイカデビルのクッキーと言う者が続出した為、特撮に疎い女子陣が何の事か解らず混乱する事となったのである。
とりあえず優子や洋司が女子部員たちに事情を説明して、オーダーを受けるのはスムーズに行われるようになったが、行列が出来るほどの状態になった為、部員全員がフル稼働で客達を捌かないといけない事態に陥っていた。
「いったいどうなってるのよ」
休憩を取る間もなく押し寄せる客達の行列の整理をしながら静香が困惑の表情を浮かべていた。
「記念撮影希望の方はこちらの列にお並び下さい」と言いながら華は、静香に「藤木のコスプレのせいらしいわよ」と囁く。
「あんにゃろ――余計な事してくれちゃって」
藤木は言われるまま、発案者の洋司が持参した衣装を着ただけなのだが、日ごろの行いのせいなのか、休憩も取れないような忙しさの怒りの矛先は藤木へと向けられた。
「この混乱の責任どう取らせてやろうか…」
「終わってからにしましょ――とりあえずこれ捌かないと…」
「そうね…」
華に言われて静香は気持ちを切り替えて満面の笑顔を浮かべ、客の誘導に専念する事にする。
結局、閑古鳥が鳴いても、忙しくなっても責められるのは藤木で、彼は受難の運命を背負う定めなのかもしれない。
用意した全商品を午後に入ってすぐ完売した生物部の模擬店であったが、記念撮影の列が最後まで絶える事がなく、結局、文化祭終了のアナウンスが流れる迄、客達の対応に追われる事となった。
「やっと終わった」
ようやく静けさを取り戻した生物室で藤木は疲れ切った様子で椅子に座り込んだ。
「みんな、お疲れさまでした」
そう言いながら優子と香奈子が準備室からお茶を運んできて、働き詰めとなった部員たちに手渡してまわる。
「いやはや、今日はすごい人手だったね」
お茶を手にした岡部もようやくホッとした表情を浮かべた。
満員御礼状態が続いた今日は、研究員風の岡部と古谷、がイートインスペースのかたずけ係に徹し、カウンター内は優子、香奈子、あおいが担当、行列整理を静香と華、記念撮影のカメラマンは洋司、死神博士の藤木とショッカー戦闘員(?)の渉は客と記念撮影という編成で模擬店を運用。完売してからようやく交替で休憩が取れるようになったが、それまでトイレ休憩すらままならない状態だったので、部員たち全員が疲れ切った表情を浮かべるのも無理はなかった。
「まさか、藤木が着ていた今日のコスプレ、よ~ちゃんが持ってきた私物だったなんて…」
客達が掃けてから事の真相を知らされた静香が呆れた様子で、実験室の隅で黙ってお茶をすすっていた洋司を見ながら呟いた。
「お…俺が悪いんじゃないからな!」
優子の口から今日の異常事態の原因がみんなに知らされるまで、部員たちから恨みがましい視線を向け続けられた藤木がお茶を飲み干した後、声を上げた。
「…はいはい、もうわかったから」
華が手をひらひらさせながら藤木の言葉を遮る。
「仮面ライダーシリーズの悪役の中でも死神博士ってダントツの人気なんだけど、ここまで受けるとは正直僕も思わなかったよ」
そう言いながら洋司が笑う。
「今日のお客さん、一般の男性…それも子連れのお父さんとか、おじいちゃんみたいな人が多くてびっくりしたわ」
古谷の言葉に岡部も頷く。
「いろいろあったけど、用意したもの全部完売して良かった」
プラナリアクッキーとスライム餅の企画と製造担当だった香奈子が、嬉しそうな表情を浮かべた。
「…完売は嬉しかったですけど、可愛いプラナリアちゃんクッキーが、今日はイカデビルクッキーとしか呼んで貰えなかったのが悔しいですぅ」
あおいが不満そうに口を尖らせた。
「プラナリアの頭の形とイカの頭の形が似ていたんだから、仕方がないわよ」
優子が苦笑いを浮かべあおいを慰める。
「——ところで学祭の打ち上げ、どうする?」
静香の問いに優子がクラブノートを取り出し、売上確認をする。
「今はざっくり計算だけど、材料費や衣装なんかの雑費を引いても、お好み焼き屋で打ち上げ出来るぐらいの収益が今回出たみたい」
それを聞いた藤木が目を丸くする。
「そんなに儲かったのかよ。すげーな」
「企画力の勝利…と言いたいところだけど、今回は藤木先輩の頑張りのおかげもあるかも」
「そ…そうか?」
優子の言葉にまんざらでもない表情を藤木は浮かべる。
「なりきり死神博士面白かったし、お客さんも喜んでたしね」
「俺は優秀だからな!」
調子に乗った藤木に華が「調子に乗るな」とすかさずツッコミが入り、笑いが起きた。
「んじゃ、打ち上げ、今から行くか?」
休憩して少し疲れが取れたのか藤木は言って席を立つ。
「実験室のかたずけが先。明日、実験の授業で使うって先生言ってたわよ」
静香の言葉を聞いて、一同ため息を漏らす。
「打ち上げは日を改めてって事で――じゃ、かたずけやるわよ」
優子に促され、全員席を立ち、模擬店の後かたずけを始めた。
壁の装飾品などを取り外し、ゴミ袋に詰めながら渉は今回の文化祭の出来事を振り返る。
――いろいろ大変だったけど、あっという間で楽しかった…来年もこんな楽しい文化祭にしたいな…
高校生活初めての文化祭は、渉の中の楽しいイベントとして記憶される事となった.
父兄などの関係者だけではなく一般の来場客も入場でき、近隣校の生徒や地元住民なども文化祭に遊びに来ているせいか朝から学校内は賑やかである。
「我が実験室へ入るのじゃ!」
白衣を纏いマットサイエンティスト風かつらを被った藤木が、芝居がかった口調で本校舎の生物実験室の前で模擬店の呼び込みをしていた。
実験室に足を踏み入れると暗幕が引かれているせいか薄暗く、実験台の上の並べられた実験器具にスポットライトが当てられて、闇の中に怪しく浮かび上がっていた。その中をさらに進むと様々なホールスパイスが入った薬瓶が並べられているカウンターがある。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
カウンターの中には看護婦のコスプレ衣装を身にまとった静香が訪れた客達のオーダーを取っていた。
「…ええっと、このマッドサイエンティストのコーラを一つ」
男性客はメニュー表を指さし注文を出す。
「マッドサイエンティストのコーラがおひとつですね――ご一緒に博士特製プラナリアクッキーはいかがでしょうか?」
カウンターの上に置かれた籠の中のラッピングされたクッキーを勧める。
「あ、じゃあそれも…一つ」
「ありがとうございます」
静香は客に笑顔でそう言って、カウンターの奥にオーダーを通す。
「マッドワン、プラナリアワン頂きました~」
静香の声に奥にいた香奈子たちが「ありがとうございます!」と言いながら、オーダーのドリンクを作り始める。
模擬店の中には実験台をテーブルとしたイートインスペースが設けられていて、文化祭開始して間もない時間にもかかわらず、なかなかの盛況ぶりであった。
「今回はいい感じじゃない?」
カウンターの奥から模擬店の様子を見ていた優子が満足そうに呟く。
「みんな物珍しいんじゃないですか?」
骸骨の全身タイツに身を包んだ渉が笑う。
マッドサイエンティストコーラと名付けたクラフトコーラはもちろんの事ではあるが、ユーグレナわらび餅——スライム餅も人気であった。スライム餅はきなこの代わりにユーグレナに砂糖を混ぜてわらび餅に振りかけたものなのだが、色が抹茶に見えるのかミドリムシだと思わず購入していく客も多い。
「一応、メニューにはユーグレナって記載してるんだけど、意外に見ていない人が多いからびっくりだわ」
「ユーグレナが何かを知らない人も多いからだと思いますが…」
美味しい、可愛いと言いながら食べている客達が、緑色の粉末の正体がミドリムシだと知ったらどんな顔をするのだろうか? と考えると笑えてくる。
「チラシ配りの効果も出てるのかな?」
ナースのコスプレをしたあおいが校門で来場者にチラシ配りをしているはずである。
「チラシ持参でインスタにも使えるマッドサイエンティストとの記念写真の特典なんて需要があるとは思えませんけど…」と言いながら渉が笑う。
マッドサイエンティストとはもちろんコスプレした藤木の事で、模擬店の片隅にハロウィン仕様の人体模型のトオル君と共に、怪しい実験室の記念撮影が出来るスペースを作っていた。
「何がウケるかわかんないんだから、ネタは仕込んでおくに越したことがないわ」と言いながら優子が時計に目を走らせる。
「そろそろ古谷君のティーサービスが始まる時間ね…」
「あ、じゃあ、俺も行かなきゃ」
渉はそう言うと、バタバタとカウンターの中から廊下に飛び出して行った。
生物部の模擬店がある実験室前の廊下では呼び込みをしていた藤木と入れ替わり、研究員風のコスプレ(と言っても白衣を着て髪の毛をオールバックにしただけ)をした古谷が、机に置かれた真っ青な液体が入ったティーサーバーの傍に立っていた。
「ほな、ぼちぼち始めよか」
実験室から出てきた渉と視線を合わせた古谷はそう言うと、廊下を行きかう人たちに向かって「この美しいブルーの液体——美容と健康に良いハーブティの無料サービスやから、飲んでいってな」と声を張り上げた。
無料という言葉に反応して足を止めた者たちに向かって古谷はティーサーバーを持ち上げ「お集りの皆さまご注目~。この青いお茶が、あっという間に色が変わるから見ててな」と言い、少量の液体を青い液体の中に注ぎ入れた。
その瞬間から青色が紫色に色変わりする。それを見て少し驚いた様な表情を見せた客達に古谷が「青いハーブティーはバタフライピーというマメ科の花のお茶――そのまま飲んでもいいし、紫に変えるのをやってみたい人は言ってな」と言うと、渉に頷きかけた。
渉は試飲用の小さな紙コップに青いお茶を注いで通行人に配り始めた。
「何を入れたの?」
色変わりの様子を見て興味を持ったのか、お茶を受け取って渉や古谷に尋ねる者たちにレモン汁を入れたのだと説明してまわる。
「小学校の理科で習ったリトマス反応と同じで、酸を加えた部分が赤色に変化して青い部分と混ざって紫に変わったんです」
渉の説明を聞いて感心する者や、リトマス紙が懐かしいと口にする者と反応は様々であったが、青いハーブティーが珍しいのか用意したお茶はあっという間に無くなった。
「この中の実験室の中にも珍しいメニューがあるんで、良かったら試してみてくださいね」と古谷と渉は紙コップを手にした人たちに声をかけてまわった。
それが呼び水となったのか、実験室の方に数人が入って行くのを見ていた華が古谷に歩み寄った。
「今年は盛況みたいね」
華に話しかけられた古谷は「おかげさまで――エンターテーメント重視が当たりました」と答えて笑顔を見せた。
「…で、藤木は?」
「お昼休憩です」
「ふ~ん、真面目に頑張ってるじゃない」
少し意外といった表情を華は浮かべる。
「藤木先輩って、ああ見えて律儀な性格やから」と言いながら古谷が笑う。
「私はそろそろ静香と交替しなきゃ」
そう言って華は実験室の中に入って行く。その後ろ姿を見送りながら渉が「華先輩のナース服って、本物っぽいなぁ」と呟いた。
「結城のナース服姿はエロビデオのコスプレみたいやのにな」と古谷が笑っていると、その古谷の後頭部を静香が「余計なお世話よ」といいながら叩いた。
「なんや、おったんか」
お昼休憩と答える静香に古谷は「その格好で校内うろつくんか?」と訊く。
「そうよ、悪い?」
「着替えるか、白衣を羽織った方が…ええと思うんやけど」
セクシーナースといった風情の静香に古谷はそう言うと、自分が着ていた白衣を脱いで静香に差し出す。
「校内をうろつくにはちょっとセクシーすぎやし、たけやんが怒られるかもしれんから、これ着とき」
古谷にそう言われて少し不満げではあったが、クラブ顧問の武田に迷惑が掛かると申し訳ないと思ったのか、静香は黙って白衣を受け取ると、ナース服の上から白衣を纏った。
「今度は女医さんみたいですけど――先輩が着るとやっぱりエロ系のコスプレっすね」
渉がそんな感想を漏らしている横で古谷は頭を抱える。
「そんなの知らないわよ。別にわざとエロく見せてる訳じゃないんだし」
静香は開き直る様にそう言うと、白衣姿のまま文化祭で盛り上がる校内に姿を消した。
午後からはクラスの出し物が終わった岡部や洋司と今日のチラシ配りを終えたあおいが加わったので、比較的長めの休憩を交替で取りながら模擬店の運営をするというスタイルになった――呼び込みの藤木以外は。
「そこのお兄さん、ワシの実験台になってみんか⁈」
朝からマッドサイエンティストを演じ続けた藤木は、最初の頃はただ呼び込みするだけであったが、午後になって普通の呼び込みが飽きてきたのか、模擬店の呼び込みをキャッチセールス方式に変えていた。
藤木の声掛けを無視して素通りする者も多いが、中には面白がってマッドサイエンティストとの会話で遊ぶ者も出てきていた。
「実験台って何の実験?」
「ワシが開発したドリンクを飲んで改造人間になるんじゃ」
「改造人間って、死神博士かよw」
と言うような会話になる事も多く、藤木自身もそんな会話が楽しいらしかった。
「…優子先輩」
カウンターでオーダー担当に交替した優子に、フードスペースのかたずけ担当当番になった渉が客の途切れたタイミングを計って話しかけてきた。
「ん? なに?」
「ショッカーって何ですか?」
「は?」
前置き無くいきなり渉に訊かれた優子はきょとんとした表情を浮かべる。
「入って来たお客さんが俺を指さして、ショッカーがいるって言って笑うんです…何人も」
「ショッカー…あ~、なるほど」
少し頭を捻った優子は渉の骸骨の全身タイツ姿を見て不意に納得する。
「原因は骸骨の全身タイツよ――それ骨格標本のつもりで用意したんだけど、表で藤木先輩のキャッチの会話が死神博士ネタになってるから、そのタイツがショッカーに見えるんだわ」と言って爆笑する。
「ショッカーは仮面ライダーに出てくる悪の組織の戦闘員だよ」と厨房担当だった洋司が渉に説明する。
「ショッカーってこういうの」
白衣からスマホを取り出し画像検索した優子が渉に画面を見せる。
「——あ~、なるほど」
黒の全身タイツに人間骨格を模した白抜きデザインのショッカーの衣装は、渉が身に付けているものとよく似ていた。
「渉君は小さい頃特撮とか見なかった?」
洋司にそう訊かれ渉はウルトラマン派だったので、仮面ライダーは少し見ていただけであまり詳しくないと答える。
「そっかぁ…僕は今も特撮全般好きだけどなぁ」と笑う洋司に優子は意外そうな表情を浮かべた。
「…今もですか?」
「僕の部屋、特撮のコレクションルームあるよ」という洋司の返答に優子と渉は顔を見合わせた。
「コレクション『ケース』じゃなく、『ルーム』…」
自分の部屋と洋司は言っていたが、その部屋の広さと間取りが気になるところである。そんな事をぼんやり考えている優子と渉を気にすることなく、洋司はカウンター越しにイートインスペースの様子を見ながら「今回の客層って男が多く思えるんだけど」と言い出した。
「…確かに」
客引きはマッドサイエンティストだし、カウンターにはナース、店内には黒タイツの骸骨がウロウロして、店内は実験器具と人体模型のトオル君…と可愛い要素が全くない装飾である。スライム餅が可愛いと買いに来る女子の姿もあるが、比率的には7:3と男性客の方が多いい印象は否めない。
「このままでも悪くは無いと思うけど、明日もう少し遊ばない?」
「どういう事?」
優子に訊き返された洋司は「藤木君に死神博士のコスプレをさせたら面白いんじゃないかなって思うんだけど」と言って少し悪戯っ子っぽい表情を浮かべる。
「面白そうだけど、死神博士の衣装って白のタキシードに裏地が赤い黒いケープよ? すぐに用意できるものじゃないし、ケープはドラキュラのコスプレ用のマントでそれっぽくできるとしても、白のタキシードはさすがにパーティーグッツショップじゃ置いていないんじゃない? それにあの特徴のある髪型のかつらを用意するとなると…」
この文化祭に合わせたナース服やどくろの黒タイツは安価なパーティグッツのものを購入したものだったし、藤木や古谷などが着ているノーマルの白衣は実験などで使用するので以前自前で購入した私物である。洋司のアイディアは面白そうではあるが、用意する時間と予算を考えれば現実的ではないと優子は判断して、残念そうな表情を浮かべ首を振った。
「あ、わざわざ買う必要はないよ――僕のコレクションにレプリカだけど死神博士の衣装持ってるから」
「は?」
予想外の洋司の言葉に優子の目が点になる。
「僕、死神博士が昔から好きで、いろいろ集めてるんだ――死神博士コレクションの中に衣装とかつらもあって、マネキンに着せて飾ってるからそれを使えばいいよ」
「——何気に洋司先輩、さらっとすごい事を言ってるような気が…」
渉が複雑な表情を浮かべながら呟く。
「じゃあ、お言葉に甘えて、明日持って来てもらおうかしら?」
「お安い御用——衣装も着てもらって喜ぶと思うよ」
明日の情景を想像したのか洋司は目を輝かせる。
コレクターやマニアにも色んな人種がいるが、洋司はコレクションをただ飾っておくだけでは満足できないタイプなのかもしれない。
――大切なコレクションを貸し出すなんて、俺には出来ないな
洋司がおおらかなのか太っ腹なのかはわからないが、そう思わずにはいられない渉であった。
翌日、文化祭の二日目の日曜日。
初日の好調だった生物部の模擬店は、今日もスタートから客足は好調であった。
開門時から校門前で死神博士の衣装を纏った藤木の宣伝効果も大きかったのかもしれない。
「私の実験室に皆来るのだぞ!」
そう言いながら芝居がかった様子でポーズを取る藤木と、骸骨タイツでチラシ配りをする渉コンビは、校門前の客引きの中でもひときわ異彩を放つ存在であった。
「うぁ…死神博士のコス、気合入ってるなぁ」
「特撮部? …え、違う?」
「また、生物部が変な事やってるぞ」
一般の来場者の中にも死神博士を知る者がいるらしく、藤木達に驚いて足を止める者もいれば、在校生の客引き達が生物部の宣伝だと知ってヒソヒソ話をしたりとその反応は様々である中、いつにない時分に集まる視線に藤木は最初戸惑っていたものの、次第にそれが快感となりつつあった。
「なんか俺、すごく見られてるよな?」
チラシの補充をしている渉に藤木が囁く。
「そりゃそうでしょう――その衣装、生地からして高級生地だから、お手製のコスプレ衣装みたいな安っぽさが全く無いですもん」
恐るべしお金持ちパワーと思いながら渉はチラシの束を手に藤木を見る。
「…このチラシで配布は終わりですから、もうひと頑張りしましょう――この後、既に記念撮影予約が数件入っているんですから」
先日、チラシ持参特典の記念撮影の申込みは一件も無かったのだが、死神博士効果なのか、今日は既に記念撮影の予約が件ほど入っていた。
「…お、おう」
藤木自身、こんなに反響があると思っていなかったらしく、戸惑いを隠せないようである。
「このチラシ持参で、博士との記念写真が撮れますよ~」
そう言いながら渉はチラシの配布を再び始め、それに合わせて藤木も再び「私の実験室は生物室じゃ! 来れば改造人間になれるかもしれんぞ!」と訳の分からない呼び込みを始め、笑いを取るのを楽しんでいた。
一方の生物室。昨日とは違う趣向の呼び込みのせいか、ちょっとした混乱が起きていた。
「ショッカーのお店ここ?」
「死神博士のドリンクひとつ」
「あ、イカデビルのクッキーもある!」
死神博士の認知度が高いせいか、生物部の模擬店をショッカーや死神博士がコンセプトだと勘違いした客達で溢れかえる事となったのである。
マッドサイエンティストのコーラのクラフトコーラを死神博士のドリンクと注文する者が続き、プラナリアクッキーはその形状からイカデビルのクッキーと言う者が続出した為、特撮に疎い女子陣が何の事か解らず混乱する事となったのである。
とりあえず優子や洋司が女子部員たちに事情を説明して、オーダーを受けるのはスムーズに行われるようになったが、行列が出来るほどの状態になった為、部員全員がフル稼働で客達を捌かないといけない事態に陥っていた。
「いったいどうなってるのよ」
休憩を取る間もなく押し寄せる客達の行列の整理をしながら静香が困惑の表情を浮かべていた。
「記念撮影希望の方はこちらの列にお並び下さい」と言いながら華は、静香に「藤木のコスプレのせいらしいわよ」と囁く。
「あんにゃろ――余計な事してくれちゃって」
藤木は言われるまま、発案者の洋司が持参した衣装を着ただけなのだが、日ごろの行いのせいなのか、休憩も取れないような忙しさの怒りの矛先は藤木へと向けられた。
「この混乱の責任どう取らせてやろうか…」
「終わってからにしましょ――とりあえずこれ捌かないと…」
「そうね…」
華に言われて静香は気持ちを切り替えて満面の笑顔を浮かべ、客の誘導に専念する事にする。
結局、閑古鳥が鳴いても、忙しくなっても責められるのは藤木で、彼は受難の運命を背負う定めなのかもしれない。
用意した全商品を午後に入ってすぐ完売した生物部の模擬店であったが、記念撮影の列が最後まで絶える事がなく、結局、文化祭終了のアナウンスが流れる迄、客達の対応に追われる事となった。
「やっと終わった」
ようやく静けさを取り戻した生物室で藤木は疲れ切った様子で椅子に座り込んだ。
「みんな、お疲れさまでした」
そう言いながら優子と香奈子が準備室からお茶を運んできて、働き詰めとなった部員たちに手渡してまわる。
「いやはや、今日はすごい人手だったね」
お茶を手にした岡部もようやくホッとした表情を浮かべた。
満員御礼状態が続いた今日は、研究員風の岡部と古谷、がイートインスペースのかたずけ係に徹し、カウンター内は優子、香奈子、あおいが担当、行列整理を静香と華、記念撮影のカメラマンは洋司、死神博士の藤木とショッカー戦闘員(?)の渉は客と記念撮影という編成で模擬店を運用。完売してからようやく交替で休憩が取れるようになったが、それまでトイレ休憩すらままならない状態だったので、部員たち全員が疲れ切った表情を浮かべるのも無理はなかった。
「まさか、藤木が着ていた今日のコスプレ、よ~ちゃんが持ってきた私物だったなんて…」
客達が掃けてから事の真相を知らされた静香が呆れた様子で、実験室の隅で黙ってお茶をすすっていた洋司を見ながら呟いた。
「お…俺が悪いんじゃないからな!」
優子の口から今日の異常事態の原因がみんなに知らされるまで、部員たちから恨みがましい視線を向け続けられた藤木がお茶を飲み干した後、声を上げた。
「…はいはい、もうわかったから」
華が手をひらひらさせながら藤木の言葉を遮る。
「仮面ライダーシリーズの悪役の中でも死神博士ってダントツの人気なんだけど、ここまで受けるとは正直僕も思わなかったよ」
そう言いながら洋司が笑う。
「今日のお客さん、一般の男性…それも子連れのお父さんとか、おじいちゃんみたいな人が多くてびっくりしたわ」
古谷の言葉に岡部も頷く。
「いろいろあったけど、用意したもの全部完売して良かった」
プラナリアクッキーとスライム餅の企画と製造担当だった香奈子が、嬉しそうな表情を浮かべた。
「…完売は嬉しかったですけど、可愛いプラナリアちゃんクッキーが、今日はイカデビルクッキーとしか呼んで貰えなかったのが悔しいですぅ」
あおいが不満そうに口を尖らせた。
「プラナリアの頭の形とイカの頭の形が似ていたんだから、仕方がないわよ」
優子が苦笑いを浮かべあおいを慰める。
「——ところで学祭の打ち上げ、どうする?」
静香の問いに優子がクラブノートを取り出し、売上確認をする。
「今はざっくり計算だけど、材料費や衣装なんかの雑費を引いても、お好み焼き屋で打ち上げ出来るぐらいの収益が今回出たみたい」
それを聞いた藤木が目を丸くする。
「そんなに儲かったのかよ。すげーな」
「企画力の勝利…と言いたいところだけど、今回は藤木先輩の頑張りのおかげもあるかも」
「そ…そうか?」
優子の言葉にまんざらでもない表情を藤木は浮かべる。
「なりきり死神博士面白かったし、お客さんも喜んでたしね」
「俺は優秀だからな!」
調子に乗った藤木に華が「調子に乗るな」とすかさずツッコミが入り、笑いが起きた。
「んじゃ、打ち上げ、今から行くか?」
休憩して少し疲れが取れたのか藤木は言って席を立つ。
「実験室のかたずけが先。明日、実験の授業で使うって先生言ってたわよ」
静香の言葉を聞いて、一同ため息を漏らす。
「打ち上げは日を改めてって事で――じゃ、かたずけやるわよ」
優子に促され、全員席を立ち、模擬店の後かたずけを始めた。
壁の装飾品などを取り外し、ゴミ袋に詰めながら渉は今回の文化祭の出来事を振り返る。
――いろいろ大変だったけど、あっという間で楽しかった…来年もこんな楽しい文化祭にしたいな…
高校生活初めての文化祭は、渉の中の楽しいイベントとして記憶される事となった.
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※1 本作は、「ラムネ色した空は今日も赤く染まる」という以前書いた短編を元にしています。
※2 以下の作品について、本作の性質上、物語の核心、結末に触れているものがあります。
〈参考〉
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ボリス・ヴィアン『うたかたの日々』(ハヤカワepi文庫)
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三田誠広『いちご同盟』(集英社文庫)
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