5 / 47
◆Page5
~夏だ! 海だ! 臨海学校だ!~
しおりを挟む
一学期の期末試験が終わると待ちに待った夏休み。
夏休みが始まる頃には長かった梅雨も明け、ギラギラと照り付ける太陽の光が容赦なく地表に降り注いでいた。
「もうすっかり真夏の空になったね」
終業式の後、校門前で空を見上げた優子が空を見上げて隣にいる渉に話しかける。
「日焼け止め塗らないと確実に焼けますね」
探し物をしているのか渉は足元のスポーツバックの中をごそごそしながら答えた。
「日焼け止め、汗ですぐ流れるから塗りなおしが面倒なのよね」
「そんな事を言って塗らないとシミになりますよ」
「嫌な事言わないでよ」
二人がそんな会話をしている間にも、続々とスポーツバックを持った生徒たちが校門付近に集まってきている。彼らは臨海学校の参加者たちで、バスは校門前に到着する予定なのでここで待っていた。
「バスまだ?」
大きなスポーツバックを下げた香奈子と古谷が優子たちを見つけて傍にやって来ると、周囲を見回して訊く。
「もうそろそろだと思うけど…」
腕時計の時間を確認して優子が答えた。
「あおいちゃんがまだ来てへんみたいやけど?」
古谷が今回の臨海学校の参加予定であるあおいの姿がない事に気が付いて周囲を見回す。
「終業式にあおいちゃんいた?」
「クラスが違うから、そこまで判らないっす」
優子に訊かれて渉が答えた。
「ま、そのうち来るでしょ。バスに乗り遅れなきゃいいんだけなんだから」
「そうやな」
古谷はそう答えるとスポーツバックの上に腰を下ろした。
「今回の参加者は1~2年生だけですか?」
臨海学校に初めて参加する渉が優子たちに尋ねる。
「三年は受験とか就職を控えてるから参加資格が無いし、静香は水が変わると体調が悪くなるから不参加」
臨海学校は自由参加の申込み制なので、参加しなくても特に問題がある訳ではなかった。
「今回、何人ぐらい参加するんですか?」
校門周辺でバスを待っている生徒たちはざっと見た感じ2、30人といった感じである。
「先生たちを含めて40人ぐらい…たぶんバス1台分くらいじゃないかしら?」
香奈子が去年の臨海の参加者もそのぐらいだったと言う。
「強制参加じゃないし、そんなもんじゃない?」
「夏休みに何が悲しゅうて先生たちと海に行かなきゃあかんねん、って意見の奴も多いしな」
そう言って古谷は苦笑いを浮かべた。
「うちの学校の臨海学校とかスキー旅行って自由参加だから、申し込まない生徒多いけど、もったいないよね」と優子が言うと、香奈子も同意する。
「どういうことですか?」
渉の疑問に香奈子が「学校では見せない先生たちの意外な所を沢山知る事ができるの」と笑う。
「意外な所?」
「旅行の間に理解できるわよ」
優子もそう言って悪戯っぽい微笑みを浮かべた。
「あ、バス来た」
工事車両が数多く出入りする為、校門前にいる交通誘導員に誘導されて大型の観光バスが校門前に停車する。
「臨海学校参加者はバスに乗り込んでください」
体育教師がメガホンを持って生徒たちに呼びかけ始めた。
「あおいちゃんまだやけど…どうする?」
古谷の問いに優子は先に乗って席を確保しておこうと提案する。
「そやな」
優子の意見に同意して古谷は頷く。
生徒たちはバスの方に移動し、乗車前にトランクルームにスポーツバックを預けると手荷物だけをもって次々とバスに乗り込んでいった。
ほぼバスのシートが参加者で埋まった頃、ようやく大きなリックを背負ったあおいがバスの中に乗り込んできた。
「間に合った~」
優子たちを見つけたあおいは香奈子の横に腰を下ろすと、ほっとした表情を浮かべる。
「あおいちゃん遅かったわね。なにかあったの?」
香奈子があおいが落ち着くのを待って尋ねると、あおいは笑いながら背負ってきたリックのファスナーを開けて中身を見せた。
「持ってくるおやつの厳選に時間が掛かっちゃってたんですぅ」
あおいが言うように、大きなリックの中は様々なお菓子でいっぱいだった。
「ちょっと多すぎない?」
「足りないぐらいです」
あおいの答えに香奈子たちは顔を見合わせる。
「寝起きのおやつ、食後のおやつ、三時のおやつ、寝る前のおやつ、夜食のおやつを二泊三日分必要なのに絶対足りません」
「そんなに?」
あおいの小さな体のどこに、それだけのおやつが消えるのだろうかと渉は不思議で仕方が無かった。
「あおい、おやつの意味わかってる?」
頭痛の様なものを感じながら優子が口を開く。
「おやつってお菓子を食べる事ですよね?」
「違う。おやつっての時間の事を示していて、昔は2時間おきに時間を数えていて、14時から16時頃が八っ刻(やつどき)だからおやつって言うの。昔は一日二食でお昼を食べる習慣が無かったから、八っ刻に休憩を兼ねて間食を軽く取る習慣があったから――だから、それ以外の間食はおやつとは言わない」
「そうなんですか?」
「そうなんです」
「…へぇ。またひとつ賢くなりました」
そう言ってあおいは笑顔を見せた。
「それにしても、そんなにお菓子食べていたらお腹いっぱいでごはん食べられなくならない?」
香奈子の疑問にあおいは「ごはんもいっぱい食べますよ」と答える。それを聞いた香奈子は不条理なものを感じながら「それで太らないのが不思議」と呟く。
「あおい胃下垂なんじゃない?」
あおいは身長も低く、スレンダーというよりはガリなので優子がそう言うとあおいは「さあ?」と首を傾げる。
「食べてもすぐお腹が空くから、バイトしないとお菓子買えないから大変なんですよ」
「中学の時はどうしてたの?」
アルバイトが出来るのは高校生になってからのはずなので、渉が素朴な疑問を口にすると、あおいは「新聞配達してました」と答えた。
「あおいちゃん勤労少女やったんや」
古谷の言葉にあおいは「お給料は全部お菓子に変身しちゃうのでお金が全然貯まらないんです」と笑う。
「どうせならもう少し体脂肪も蓄えたいわよね」
「私洗濯板ですから、胸回りに欲しいですぅ」と香奈子の言葉にあおいは少し悲しそうに答える。
「ワニの背中みたいでかっこええと思うけど」
あおいを気遣うつもりでそんな言葉を口にした爬虫類好きの古谷であったが、その言葉を聞いてあおいは頬を膨らませ、そっぽを向いた。
「え? 僕なんか悪い事ゆうた?」
女心が全く分かっていない古谷に優子が「アホ」と一言呟く。
その日、古谷がいくら話しかけてもあおいの機嫌が直る事はなかった。
臨海学校参加者たちを乗せた観光バスが目的地に到着したのは、出発が終業式が終わってからだった事もあって、15時を少し過ぎた頃であった。
バスを降りて自分の荷物を受け取ると、宿泊先の民宿に向かって歩き出した一行を最初に出迎えたのは美しい砂浜が続く海辺の風景である。
「みんな見ろ。海が綺麗だぞ」
一行を先導していた体育教師が海を指し示しながらはしゃいだような声を上げた。
その声に反応して生徒たちが海に視線を向けると、太陽の光を海面の波が反射してキラキラと輝いているのが見えた。それを見た者たちはその美しさに「おお~」という声を上げる。
「今年も帰って来たぞ~!」
次に声を上げたのは生徒たちに交じって歩いていた教師だった。突然海に向かって声を上げ始める。その様子を初めて臨海学校に参加した生徒たちが驚いた表情を浮かべ、学校ではいつもしかめっ面で怖い印象しかなかった教師の姿を見ていた。
「…なんか、先生たちはしゃいでません?」
今まで学校では見た事がない教師たちのはしゃいだ姿に驚いて、渉はにやにやと教師たちを見ている優子たちに訊く。
「まだまだ序の口。もっと面白くなっていくから」
そう言って優子は笑う。
「おーいお前ら。今歩いてる海岸と民宿の間の道、覚えておけよ」
そんな事を大声でそう言った後、「迷子になっても自己責任で俺らは知らないからな」と引率の教師とは思えない発言が飛び出した。
「自己責任って…」
無責任とも思える発言を耳にして初参加の者たちは言葉を失う。
「民宿に着く前にお前らに言って置くぞ――俺らを怒らせるような事はするな。臨海学校とは銘打っているが、俺たちも遊びに来てるんだから、みんな楽しく帰れるようにしよう!」
どうやら教師たちは一応、引率兼生徒たちの保護者ではあるが、せっかくの夏休みの旅行で海に来たのだから機嫌よく遊びたいと言うのが本音のようだった。
「なんか中学時代の宿泊旅行と随分違うなぁ」
中学校の宿泊旅行といえば、教師たちの監視下の元で少し悪ふざけをしようものなら叱られたものだったので、今回の旅行は随分違うように感じる渉である。
「学期中の学校行事としての遠足とか旅行とこの自由参加の旅行では、先生たちのスタンスが全然違うから楽しいの」と香奈子が渉に説明した。
「そうそう。自由参加の旅行は先生たちも半分遊びで来てるから、細かい事言わないのよね」
それを知った生徒は、次も自由参加の旅行に参加を希望する事が多いという。
「先生の機嫌が良かったら、海の家とかでかき氷とかたこ焼き奢ってくれる事もあんねんで」
「へぇ…」
今迄の学校内の真面目で小うるさい教師たちのイメージしか無かった渉だったので、ここでは教師たち印象がかなり違う事に素直に驚く。
「こちらがお世話になる浜家さんだ。全員ご挨拶」
宿泊予定の民宿の前に到着すると、先導していた教師が振り返り、参加者が全員揃うのを待って声をかける。
「お願いしま~す」
玄関前で出迎えた民宿の主人や女将さんに挨拶をして、母屋に女子、離れに男子と割り振られた部屋にそれぞれに分かれた。
「食事は母屋の一階の食堂だから17時半集合。それまで自由行動な」
教師たちが各部屋の生徒たちにそう言ってまわる。
民宿の中を探索する者、周辺に散歩に出る者、部屋でおしゃべりやトランプを楽しむ者と、夕食の時間まで各々思いつくまま自由時間を楽しんでいた。
夕食の時間になり食堂に行くと、テーブルの上にはおいしそうな刺身の舟盛りをはじめとするご馳走が並んでいたので、それを見た生徒たちから「おお~」という声が上がった。
「さすが海の民宿。お刺身の鮮度がすごくいいわ」
料理上手の香奈子が刺身を見て嬉しそうに笑う。
「鯛のお頭付の刺身が乗ってるなんて、学校の旅行の食事で出て来るなんてすごいですね」
豪華な舟盛りに驚いて渉は目を丸くする。
「この民宿って鮮度のいい魚介類の料理が自慢で、若い頃、料亭の板前だった大将が料理してくれるから、毎年ここに泊ってるんだって」
昨年の臨海学校参加者の優子が説明する。
「へぇ…こんな豪華な料理、テレビや雑誌なんかでしか見た事ないや…」
魚の鮮度だけではなく、盛り付けも美しいので渉が感心し、スマホで料理の写真を撮り始めた。考える事は皆同じの様で、成り行きで食事前の料理の撮影会が始まる。
「心を込めて美味しい料理を用意してくれた浜家さんに感謝しながら料理を味わうんだぞ。——では、頂きます」
教師の言葉を合図に食事が始まった。
「…あの、これかけていい?」
食事が始まるのを待って、あおいはテーブルにあったお手拭きを手に周りの人間に尋ねる。
「…?」
あおいの言葉の意味が解らず香奈子や優子がきょとんとしていると、あおいは手にしていたお手拭きを鯛のお頭にそっと被せる。
「これ…怖いんです」
あおいがぽつんと呟く。
「怖いってお頭が?」
渉の問いにあおいが大きく頷く。
「なんか睨まれてるみたいで…目があるのダメなんです」
「…ああ、なるほど」
活け造りではないし、既にお刺身になっているので生きている訳ではないのだが、お頭の視線を感じるらしく心理的に嫌なものがあるらしかった。
「もしかしてエビの頭もダメ?」
優子が甘エビの刺身を指し示すとあおいは大きく頷く。
「…そんな事言っていたら食べられないんじゃない?」
香奈子の言葉にあおいは「頭とか目が無いお刺身なら食べられるんで…先輩、頭取ってください」と縋るような目で見る。
「…はいはい」
面倒見の良い香奈子は笑いながら甘エビの頭を外し、あおいの前の小皿にそれを置いた。
「香奈子、まるであおいのお母さんね」
その様子を見ていた優子が笑うと、あおいが隣の席の香奈子に「香奈子ママ~♪」と言いながらその腕にしがみつく。
「甘エビでそれじゃ、シラスとかも? 生シラス丼なんて最高に美味しいのに」
「百目妖怪みたいだから絶対無理ですぅ~」
「百目妖怪って…」
それを聞いた古谷が噴き出す。
「食いしん坊のあおいに苦手な食べ物がある事自体が驚きだわ」
意外そうな表情を浮かべた優子にあおいは「私、デリケートなのに先輩ひど~い」と抗議する。
「バリケードの間違いじゃないの?」
「違いますぅ」
あおいの抗議の声に周囲の人間から笑いが起き、賑やかな臨海学校初日の夕食の時間を楽しむ一行であった。
「お前ら、一緒に人生ゲームしないか?」
夕食後、お風呂に入った後、消灯まで部屋を行き来して自由時間を楽しんでいた生徒たちの元へ、体育教師の奥野が大きな箱に入ったボードゲームを手にやって来た。
「いいですけど…」
数人の生徒たちが部屋の入り口に立つ奥野の言葉に反応して頷くと、奥野は嬉しそうに部屋の真ん中に腰を下ろした。
「一緒に人生ゲームする奴、集まれ」
奥野の言葉に部屋にいた古谷と渉、2年のラクビー部主将の中川がその傍に座る。
「参加する女子はいないか?」
廊下から部屋の様子を伺っていた生徒たちに奥野が声をかける。その生徒たちが顔を見合わせていると、廊下で生徒たちとおしゃべりしていた英語の女教師である安西がゲームの輪に加わった。
「ちょうどいい人数だな…じゃあ、始めるか」
満足そうに奥野はそう言うと、大きな箱からゲームボードや付属品を取り出し遊ぶ用意を始めた。
「——奥野さん、わざわざこれ持ってきたんですか?」
人生ゲームの箱はかなり大きく、旅行に持ってくるには不向きな代物なので中川がラクビー部の顧問でもある奥野に訊いた。
「みんなと遊びたくて持ってきたんだ」と答える奥野は「このゲーム俺、好きなんだよな」と言って笑う。
「私もUNO持ってきたの、後で遊びましょ」
安西もゲーム持参でこの臨海学校に参加したらしい。
「大富豪、神経衰弱なんかのトランプをやってる部屋もあるし、花札をやってる奴らとか、あと食堂の雀卓で大将を交えた麻雀もやってるから、興味があるやつは見に行って、参加したらいいぞ」
奥野の言葉に驚いた表情を浮かべた渉に古谷が「臨海学校恒例の伝統行事みたいなもんや」と説明する。
「参加も見学も自由。さあ、始めるぞ」
奥野の宣言から人生ゲームが始まった。
進んだ自分の駒の先の文字を読む度、野次馬達からも笑いが起きる。
「お祝い金だと⁈ うぅ…」
ゲーム終盤、出る目が悪かったのか、渉に手持ちのゲーム紙幣をほぼ全部渡す事になり奥野が叫び声を上げた。
「奥野さん破産ですか?」
中川の言葉に奥野は「赤手形誰か切ってくれ」と情けない声を上げると、ギャラリー達から「ギブアップせずに生徒に借金ですか?」とツッコミが入り、一同から笑いが起きる。
「笑うな。借金も財産のうちだ」
奥野はそう言うと、部屋の冷蔵庫からビールを取り出し、封を切った。
「…え? お酒?」
教師が生徒の前でお酒を飲み始めたのを見て、初参加の者たちの目が点になる。
「先生たちも遊びに来てるって言ってたのはこういう事」
自由参加の臨海学校とスキー講習の時のいつもの光景だからと、過去参加してきた生徒たちが驚いている生徒たちに説明を加える。
「未成年の俺達はお酒はダメだけど、先生たち大人だから」
そういう理由ではない気もするが、他の部屋の教師たちも飲酒している者がいると知って、文句を口にする生徒はいなかった。
「全員飲んでる訳じゃないし、問題があった場合は素面の先生に言えばいいって事になってるから」
「なんだかなぁ…」
事情を理解した初参加の生徒たちがそんな呟きを漏らしていると、奥野が「勝負はこれから――ここから一発逆転して大富豪だ!」と声を上げる。
「ギャンブラーと同じ事言ってる気がするんだけど…」
そんな呟きがギャラリーの中から聞こえて来るが、奥野が気にすることなく「俺は勝つまでやるぞ」と言い出した。
「勝つまで…って、今夜は徹夜だな…」
密かに覚悟を決めた生徒たちの臨海学校初日の夜はそうして更けていくのだった。
夏休みが始まる頃には長かった梅雨も明け、ギラギラと照り付ける太陽の光が容赦なく地表に降り注いでいた。
「もうすっかり真夏の空になったね」
終業式の後、校門前で空を見上げた優子が空を見上げて隣にいる渉に話しかける。
「日焼け止め塗らないと確実に焼けますね」
探し物をしているのか渉は足元のスポーツバックの中をごそごそしながら答えた。
「日焼け止め、汗ですぐ流れるから塗りなおしが面倒なのよね」
「そんな事を言って塗らないとシミになりますよ」
「嫌な事言わないでよ」
二人がそんな会話をしている間にも、続々とスポーツバックを持った生徒たちが校門付近に集まってきている。彼らは臨海学校の参加者たちで、バスは校門前に到着する予定なのでここで待っていた。
「バスまだ?」
大きなスポーツバックを下げた香奈子と古谷が優子たちを見つけて傍にやって来ると、周囲を見回して訊く。
「もうそろそろだと思うけど…」
腕時計の時間を確認して優子が答えた。
「あおいちゃんがまだ来てへんみたいやけど?」
古谷が今回の臨海学校の参加予定であるあおいの姿がない事に気が付いて周囲を見回す。
「終業式にあおいちゃんいた?」
「クラスが違うから、そこまで判らないっす」
優子に訊かれて渉が答えた。
「ま、そのうち来るでしょ。バスに乗り遅れなきゃいいんだけなんだから」
「そうやな」
古谷はそう答えるとスポーツバックの上に腰を下ろした。
「今回の参加者は1~2年生だけですか?」
臨海学校に初めて参加する渉が優子たちに尋ねる。
「三年は受験とか就職を控えてるから参加資格が無いし、静香は水が変わると体調が悪くなるから不参加」
臨海学校は自由参加の申込み制なので、参加しなくても特に問題がある訳ではなかった。
「今回、何人ぐらい参加するんですか?」
校門周辺でバスを待っている生徒たちはざっと見た感じ2、30人といった感じである。
「先生たちを含めて40人ぐらい…たぶんバス1台分くらいじゃないかしら?」
香奈子が去年の臨海の参加者もそのぐらいだったと言う。
「強制参加じゃないし、そんなもんじゃない?」
「夏休みに何が悲しゅうて先生たちと海に行かなきゃあかんねん、って意見の奴も多いしな」
そう言って古谷は苦笑いを浮かべた。
「うちの学校の臨海学校とかスキー旅行って自由参加だから、申し込まない生徒多いけど、もったいないよね」と優子が言うと、香奈子も同意する。
「どういうことですか?」
渉の疑問に香奈子が「学校では見せない先生たちの意外な所を沢山知る事ができるの」と笑う。
「意外な所?」
「旅行の間に理解できるわよ」
優子もそう言って悪戯っぽい微笑みを浮かべた。
「あ、バス来た」
工事車両が数多く出入りする為、校門前にいる交通誘導員に誘導されて大型の観光バスが校門前に停車する。
「臨海学校参加者はバスに乗り込んでください」
体育教師がメガホンを持って生徒たちに呼びかけ始めた。
「あおいちゃんまだやけど…どうする?」
古谷の問いに優子は先に乗って席を確保しておこうと提案する。
「そやな」
優子の意見に同意して古谷は頷く。
生徒たちはバスの方に移動し、乗車前にトランクルームにスポーツバックを預けると手荷物だけをもって次々とバスに乗り込んでいった。
ほぼバスのシートが参加者で埋まった頃、ようやく大きなリックを背負ったあおいがバスの中に乗り込んできた。
「間に合った~」
優子たちを見つけたあおいは香奈子の横に腰を下ろすと、ほっとした表情を浮かべる。
「あおいちゃん遅かったわね。なにかあったの?」
香奈子があおいが落ち着くのを待って尋ねると、あおいは笑いながら背負ってきたリックのファスナーを開けて中身を見せた。
「持ってくるおやつの厳選に時間が掛かっちゃってたんですぅ」
あおいが言うように、大きなリックの中は様々なお菓子でいっぱいだった。
「ちょっと多すぎない?」
「足りないぐらいです」
あおいの答えに香奈子たちは顔を見合わせる。
「寝起きのおやつ、食後のおやつ、三時のおやつ、寝る前のおやつ、夜食のおやつを二泊三日分必要なのに絶対足りません」
「そんなに?」
あおいの小さな体のどこに、それだけのおやつが消えるのだろうかと渉は不思議で仕方が無かった。
「あおい、おやつの意味わかってる?」
頭痛の様なものを感じながら優子が口を開く。
「おやつってお菓子を食べる事ですよね?」
「違う。おやつっての時間の事を示していて、昔は2時間おきに時間を数えていて、14時から16時頃が八っ刻(やつどき)だからおやつって言うの。昔は一日二食でお昼を食べる習慣が無かったから、八っ刻に休憩を兼ねて間食を軽く取る習慣があったから――だから、それ以外の間食はおやつとは言わない」
「そうなんですか?」
「そうなんです」
「…へぇ。またひとつ賢くなりました」
そう言ってあおいは笑顔を見せた。
「それにしても、そんなにお菓子食べていたらお腹いっぱいでごはん食べられなくならない?」
香奈子の疑問にあおいは「ごはんもいっぱい食べますよ」と答える。それを聞いた香奈子は不条理なものを感じながら「それで太らないのが不思議」と呟く。
「あおい胃下垂なんじゃない?」
あおいは身長も低く、スレンダーというよりはガリなので優子がそう言うとあおいは「さあ?」と首を傾げる。
「食べてもすぐお腹が空くから、バイトしないとお菓子買えないから大変なんですよ」
「中学の時はどうしてたの?」
アルバイトが出来るのは高校生になってからのはずなので、渉が素朴な疑問を口にすると、あおいは「新聞配達してました」と答えた。
「あおいちゃん勤労少女やったんや」
古谷の言葉にあおいは「お給料は全部お菓子に変身しちゃうのでお金が全然貯まらないんです」と笑う。
「どうせならもう少し体脂肪も蓄えたいわよね」
「私洗濯板ですから、胸回りに欲しいですぅ」と香奈子の言葉にあおいは少し悲しそうに答える。
「ワニの背中みたいでかっこええと思うけど」
あおいを気遣うつもりでそんな言葉を口にした爬虫類好きの古谷であったが、その言葉を聞いてあおいは頬を膨らませ、そっぽを向いた。
「え? 僕なんか悪い事ゆうた?」
女心が全く分かっていない古谷に優子が「アホ」と一言呟く。
その日、古谷がいくら話しかけてもあおいの機嫌が直る事はなかった。
臨海学校参加者たちを乗せた観光バスが目的地に到着したのは、出発が終業式が終わってからだった事もあって、15時を少し過ぎた頃であった。
バスを降りて自分の荷物を受け取ると、宿泊先の民宿に向かって歩き出した一行を最初に出迎えたのは美しい砂浜が続く海辺の風景である。
「みんな見ろ。海が綺麗だぞ」
一行を先導していた体育教師が海を指し示しながらはしゃいだような声を上げた。
その声に反応して生徒たちが海に視線を向けると、太陽の光を海面の波が反射してキラキラと輝いているのが見えた。それを見た者たちはその美しさに「おお~」という声を上げる。
「今年も帰って来たぞ~!」
次に声を上げたのは生徒たちに交じって歩いていた教師だった。突然海に向かって声を上げ始める。その様子を初めて臨海学校に参加した生徒たちが驚いた表情を浮かべ、学校ではいつもしかめっ面で怖い印象しかなかった教師の姿を見ていた。
「…なんか、先生たちはしゃいでません?」
今まで学校では見た事がない教師たちのはしゃいだ姿に驚いて、渉はにやにやと教師たちを見ている優子たちに訊く。
「まだまだ序の口。もっと面白くなっていくから」
そう言って優子は笑う。
「おーいお前ら。今歩いてる海岸と民宿の間の道、覚えておけよ」
そんな事を大声でそう言った後、「迷子になっても自己責任で俺らは知らないからな」と引率の教師とは思えない発言が飛び出した。
「自己責任って…」
無責任とも思える発言を耳にして初参加の者たちは言葉を失う。
「民宿に着く前にお前らに言って置くぞ――俺らを怒らせるような事はするな。臨海学校とは銘打っているが、俺たちも遊びに来てるんだから、みんな楽しく帰れるようにしよう!」
どうやら教師たちは一応、引率兼生徒たちの保護者ではあるが、せっかくの夏休みの旅行で海に来たのだから機嫌よく遊びたいと言うのが本音のようだった。
「なんか中学時代の宿泊旅行と随分違うなぁ」
中学校の宿泊旅行といえば、教師たちの監視下の元で少し悪ふざけをしようものなら叱られたものだったので、今回の旅行は随分違うように感じる渉である。
「学期中の学校行事としての遠足とか旅行とこの自由参加の旅行では、先生たちのスタンスが全然違うから楽しいの」と香奈子が渉に説明した。
「そうそう。自由参加の旅行は先生たちも半分遊びで来てるから、細かい事言わないのよね」
それを知った生徒は、次も自由参加の旅行に参加を希望する事が多いという。
「先生の機嫌が良かったら、海の家とかでかき氷とかたこ焼き奢ってくれる事もあんねんで」
「へぇ…」
今迄の学校内の真面目で小うるさい教師たちのイメージしか無かった渉だったので、ここでは教師たち印象がかなり違う事に素直に驚く。
「こちらがお世話になる浜家さんだ。全員ご挨拶」
宿泊予定の民宿の前に到着すると、先導していた教師が振り返り、参加者が全員揃うのを待って声をかける。
「お願いしま~す」
玄関前で出迎えた民宿の主人や女将さんに挨拶をして、母屋に女子、離れに男子と割り振られた部屋にそれぞれに分かれた。
「食事は母屋の一階の食堂だから17時半集合。それまで自由行動な」
教師たちが各部屋の生徒たちにそう言ってまわる。
民宿の中を探索する者、周辺に散歩に出る者、部屋でおしゃべりやトランプを楽しむ者と、夕食の時間まで各々思いつくまま自由時間を楽しんでいた。
夕食の時間になり食堂に行くと、テーブルの上にはおいしそうな刺身の舟盛りをはじめとするご馳走が並んでいたので、それを見た生徒たちから「おお~」という声が上がった。
「さすが海の民宿。お刺身の鮮度がすごくいいわ」
料理上手の香奈子が刺身を見て嬉しそうに笑う。
「鯛のお頭付の刺身が乗ってるなんて、学校の旅行の食事で出て来るなんてすごいですね」
豪華な舟盛りに驚いて渉は目を丸くする。
「この民宿って鮮度のいい魚介類の料理が自慢で、若い頃、料亭の板前だった大将が料理してくれるから、毎年ここに泊ってるんだって」
昨年の臨海学校参加者の優子が説明する。
「へぇ…こんな豪華な料理、テレビや雑誌なんかでしか見た事ないや…」
魚の鮮度だけではなく、盛り付けも美しいので渉が感心し、スマホで料理の写真を撮り始めた。考える事は皆同じの様で、成り行きで食事前の料理の撮影会が始まる。
「心を込めて美味しい料理を用意してくれた浜家さんに感謝しながら料理を味わうんだぞ。——では、頂きます」
教師の言葉を合図に食事が始まった。
「…あの、これかけていい?」
食事が始まるのを待って、あおいはテーブルにあったお手拭きを手に周りの人間に尋ねる。
「…?」
あおいの言葉の意味が解らず香奈子や優子がきょとんとしていると、あおいは手にしていたお手拭きを鯛のお頭にそっと被せる。
「これ…怖いんです」
あおいがぽつんと呟く。
「怖いってお頭が?」
渉の問いにあおいが大きく頷く。
「なんか睨まれてるみたいで…目があるのダメなんです」
「…ああ、なるほど」
活け造りではないし、既にお刺身になっているので生きている訳ではないのだが、お頭の視線を感じるらしく心理的に嫌なものがあるらしかった。
「もしかしてエビの頭もダメ?」
優子が甘エビの刺身を指し示すとあおいは大きく頷く。
「…そんな事言っていたら食べられないんじゃない?」
香奈子の言葉にあおいは「頭とか目が無いお刺身なら食べられるんで…先輩、頭取ってください」と縋るような目で見る。
「…はいはい」
面倒見の良い香奈子は笑いながら甘エビの頭を外し、あおいの前の小皿にそれを置いた。
「香奈子、まるであおいのお母さんね」
その様子を見ていた優子が笑うと、あおいが隣の席の香奈子に「香奈子ママ~♪」と言いながらその腕にしがみつく。
「甘エビでそれじゃ、シラスとかも? 生シラス丼なんて最高に美味しいのに」
「百目妖怪みたいだから絶対無理ですぅ~」
「百目妖怪って…」
それを聞いた古谷が噴き出す。
「食いしん坊のあおいに苦手な食べ物がある事自体が驚きだわ」
意外そうな表情を浮かべた優子にあおいは「私、デリケートなのに先輩ひど~い」と抗議する。
「バリケードの間違いじゃないの?」
「違いますぅ」
あおいの抗議の声に周囲の人間から笑いが起き、賑やかな臨海学校初日の夕食の時間を楽しむ一行であった。
「お前ら、一緒に人生ゲームしないか?」
夕食後、お風呂に入った後、消灯まで部屋を行き来して自由時間を楽しんでいた生徒たちの元へ、体育教師の奥野が大きな箱に入ったボードゲームを手にやって来た。
「いいですけど…」
数人の生徒たちが部屋の入り口に立つ奥野の言葉に反応して頷くと、奥野は嬉しそうに部屋の真ん中に腰を下ろした。
「一緒に人生ゲームする奴、集まれ」
奥野の言葉に部屋にいた古谷と渉、2年のラクビー部主将の中川がその傍に座る。
「参加する女子はいないか?」
廊下から部屋の様子を伺っていた生徒たちに奥野が声をかける。その生徒たちが顔を見合わせていると、廊下で生徒たちとおしゃべりしていた英語の女教師である安西がゲームの輪に加わった。
「ちょうどいい人数だな…じゃあ、始めるか」
満足そうに奥野はそう言うと、大きな箱からゲームボードや付属品を取り出し遊ぶ用意を始めた。
「——奥野さん、わざわざこれ持ってきたんですか?」
人生ゲームの箱はかなり大きく、旅行に持ってくるには不向きな代物なので中川がラクビー部の顧問でもある奥野に訊いた。
「みんなと遊びたくて持ってきたんだ」と答える奥野は「このゲーム俺、好きなんだよな」と言って笑う。
「私もUNO持ってきたの、後で遊びましょ」
安西もゲーム持参でこの臨海学校に参加したらしい。
「大富豪、神経衰弱なんかのトランプをやってる部屋もあるし、花札をやってる奴らとか、あと食堂の雀卓で大将を交えた麻雀もやってるから、興味があるやつは見に行って、参加したらいいぞ」
奥野の言葉に驚いた表情を浮かべた渉に古谷が「臨海学校恒例の伝統行事みたいなもんや」と説明する。
「参加も見学も自由。さあ、始めるぞ」
奥野の宣言から人生ゲームが始まった。
進んだ自分の駒の先の文字を読む度、野次馬達からも笑いが起きる。
「お祝い金だと⁈ うぅ…」
ゲーム終盤、出る目が悪かったのか、渉に手持ちのゲーム紙幣をほぼ全部渡す事になり奥野が叫び声を上げた。
「奥野さん破産ですか?」
中川の言葉に奥野は「赤手形誰か切ってくれ」と情けない声を上げると、ギャラリー達から「ギブアップせずに生徒に借金ですか?」とツッコミが入り、一同から笑いが起きる。
「笑うな。借金も財産のうちだ」
奥野はそう言うと、部屋の冷蔵庫からビールを取り出し、封を切った。
「…え? お酒?」
教師が生徒の前でお酒を飲み始めたのを見て、初参加の者たちの目が点になる。
「先生たちも遊びに来てるって言ってたのはこういう事」
自由参加の臨海学校とスキー講習の時のいつもの光景だからと、過去参加してきた生徒たちが驚いている生徒たちに説明を加える。
「未成年の俺達はお酒はダメだけど、先生たち大人だから」
そういう理由ではない気もするが、他の部屋の教師たちも飲酒している者がいると知って、文句を口にする生徒はいなかった。
「全員飲んでる訳じゃないし、問題があった場合は素面の先生に言えばいいって事になってるから」
「なんだかなぁ…」
事情を理解した初参加の生徒たちがそんな呟きを漏らしていると、奥野が「勝負はこれから――ここから一発逆転して大富豪だ!」と声を上げる。
「ギャンブラーと同じ事言ってる気がするんだけど…」
そんな呟きがギャラリーの中から聞こえて来るが、奥野が気にすることなく「俺は勝つまでやるぞ」と言い出した。
「勝つまで…って、今夜は徹夜だな…」
密かに覚悟を決めた生徒たちの臨海学校初日の夜はそうして更けていくのだった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
Toward a dream 〜とあるお嬢様の挑戦〜
green
青春
一ノ瀬財閥の令嬢、一ノ瀬綾乃は小学校一年生からサッカーを始め、プロサッカー選手になることを夢見ている。
しかし、父である浩平にその夢を反対される。
夢を諦めきれない綾乃は浩平に言う。
「その夢に挑戦するためのお時間をいただけないでしょうか?」
一人のお嬢様の挑戦が始まる。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
俺にはロシア人ハーフの許嫁がいるらしい。
夜兎ましろ
青春
高校入学から約半年が経ったある日。
俺たちのクラスに転入生がやってきたのだが、その転入生は俺――雪村翔(ゆきむら しょう)が幼い頃に結婚を誓い合ったロシア人ハーフの美少女だった……!?
黄昏は悲しき堕天使達のシュプール
Mr.M
青春
『ほろ苦い青春と淡い初恋の思い出は・・
黄昏色に染まる校庭で沈みゆく太陽と共に
儚くも露と消えていく』
ある朝、
目を覚ますとそこは二十年前の世界だった。
小学校六年生に戻った俺を取り巻く
懐かしい顔ぶれ。
優しい先生。
いじめっ子のグループ。
クラスで一番美しい少女。
そして。
密かに想い続けていた初恋の少女。
この世界は嘘と欺瞞に満ちている。
愛を語るには幼過ぎる少女達と
愛を語るには汚れ過ぎた大人。
少女は天使の様な微笑みで嘘を吐き、
大人は平然と他人を騙す。
ある時、
俺は隣のクラスの一人の少女の名前を思い出した。
そしてそれは大きな謎と後悔を俺に残した。
夕日に少女の涙が落ちる時、
俺は彼女達の笑顔と
失われた真実を
取り戻すことができるのだろうか。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる