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そして・・・再び
二風谷の真実
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里沙の不機嫌な顔が春樹の目に入った。
「まったく! 兄さんレラって誰よ! 看護師さんの手を握るなんて最低! セクハラよっ! もう、せっかく『逞しくなった』って感心してたのに……」
里沙は春樹の行動に呆れて肩を落とした。
「ところでね、兄さん。兄さん? 聞いてる?」里沙が何度も春樹に呼びかける。
「ああ、聞こえてるよ。里沙、どうしたんだ?」
春樹はまだ病室の入り口を見つめていて、里沙の声には気のない返事をした。レラにそっくりな看護師の顔が残像になって春樹の瞼の裏に焼きついている。
「二風谷の歴史記念館は知ってる?」と里沙が春樹に尋ねて一花の方を見た。
「二風谷の記念館?」
春樹は、ようやく里沙の声に反応した。
「そうよ、二風谷の歴史記念館に一花と行ってみたのよ」
一花が隣でしきりに相槌を打っている。
「最初に驚いたのはあの写真よ……。ねえ一花」
里沙は一花と目を合わせる。
記念館で見た写真集を思い出した。
「鮮明なカラー写真が写真集に載っててね。まるで現代のカメラで撮ったみたいな……。そこにね、父さんらしい人が映ってたのよ!」
「カラー写真? 父さん?」春樹が、そんなはずはない、と言わんばかりに里沙を見る。
「そうなのよ。写真集の他にページに載ってたのは古い白黒の写真なんだけど、それだけは画質の良いカラー写真なの!」里沙が少し声を荒げた。
一花が隣で「そうそう」と言っている。
「その写真に写ってるのよ。父さんが……。慌てて写メ撮って母さんに確認したら、髭を生やしてるからわかりづらいけど、確かに父さんだって……ありえないでしょ?」
「写真の説明に『この時代にしては珍しい鮮明なカラー写真』って書いてあった」
一花が横から春樹の目を見て話す。
春樹は「そんなのおかしい」と言って笑った。
「だって、本当だもん」と不満げな声を発すると里沙は自分のスマートフォンの画面を指で下から上へ検索し始めた。
春樹は北海道内の「アイヌ」に関係している場所を何度も訪ねている。特に里沙が保護された「二風谷」には足しげく通った。歴史的な記念館などは展示内容まで憶えているほどだ。
「俺は、何十回もその記念館に行ってんだ。写真集のような資料にもすべて目を通した。もしそんな写真があったら見逃すはずがないじゃないか」
一花が「それもそうね」と天井を見上げたとき、里沙が上ずった声で「あった! これだよ。これ!」と春樹に向かって勝ち誇ったようにスマートフォンの画面をかざす。
春樹は里沙の手にあるスマートフォンの画面を見て目を見張った。写真の鮮明さに驚いただけではない。
「これは……」
──俺が撮ったやつだ!
「ね、兄さん。驚くでしょう? まるでスマホの写メみたいだもん。それに、ここに写ってるのお父さんでしょ?」
──あれは、夢じゃなかった。確かに俺は過去の世界に実在したんだ。
スマートフォンの画面を注意深く眺めると、一か月もの間暮らしたアイヌ家屋が何年も前の思い出のように思えた。チパパやレラの笑顔が春樹の涙を誘った。泣きながら画面に見入る春樹を一花は不信に思った。
「どうしたの? 春樹。変よ」
「え? いや、なんでもない……。他にも何か見たか?」
過去のアイヌ集落には春樹以外にもタイムスリップした人間がいた。他にも歴史を変えた事実が残されている可能性がある。
「そういえばね、里沙」一花が里沙と顔を合わせる。
「そうそう、ほら、昔兄さんからもらったアイヌ文様の木片があったでしょ?」
里沙がキーホルダーを取り出した。
「この木片って半分に割れてるじゃない?」
春樹は「ああ」といいながら里沙の手を覗く。
一花が里沙の横から声を出した。
「これの片割れみたいのがあった」
「片割れ?」
「そうよ、歴史館に陳列されてたわ。その片割れの木片にキーホルダーを重ね合わせると何となく一つの形になったような気がした」と一花が少し興奮気味に話す。
「まあ、それは偶然かもしれないけど……」里沙がつぶやいた。
「他には?」春樹は探るような視線で二人を交互に見つめる。
「――その他には……文書かな?」と里沙が答えた。
「文書?」
「うん。アイヌ文化って文字を持たないっていうでしょ? ところがね、百年以上前のものって言われる文書があったの。手紙みたいな……。ボールペンで書かれてた……ね、不思議でしょ?」
里沙は陳列ケースの中に保存されていた「貴重な遺跡」を思い出しながら答えた。
「それって、日本語だったか?」
「うん。よく読み取れなかったけど現代の日本語だったと思う。当時の仮名遣いじゃなかったわ」
里沙と一花は顔を見合わせて「不思議だよね」と話している。
――父さんだ!
春樹の記憶が徐々にはっきりしてきた。
――父さんはアイヌの人たちに「日本語」を教えるって言ってた……。
純二が二風谷のアイヌ人に日本の言葉や文化を教えた事実が、間接的にせよ後の二風谷ダム建設の反対運動に発展した可能性もある。
春樹は、父の存在の大きさを改めて知った。
「信じられないかもしれないけど……」と言う春樹の顔に里沙と一花が振り返った。
「この一か月間、俺は百年以上前のアイヌの集落に迷い込んでたんだ……」
二人は唖然とした。里沙は春樹を凝視する。
「百年以上前のアイヌ! 兄さん、それって?」
「タイムスリップっていうやつだ……。さっき見た写真は、実は俺が過去のアイヌ村で撮った写メなんだ」
「兄さんが撮った写メ?」里沙の目が大きく広がった。
「ああ、そうだ。間違いない」
「えっ! 何それ。春樹大丈夫?」
一花が驚いて大きな声を出して、春樹の額に手をかざすそぶりをする。
里沙は一花と反対に冷静に反応していた。
「やっぱりね」里沙の言葉に一花が目をむいて顔を見た。
「やっぱりって、里沙? お前は不思議に思わないのか?」
「だって、そうじゃないと説明がつかないことばかり起こるんだもん……ねえ」
里沙は一花に同意を求めた。一花は「そういえば…そうか」とうなずく。
「その写真だってそうだし、その手帳の最後に書いてある文章だって……兄さんの筆跡でしょ? 意味はわからなかったけど――」
里沙の反応を見て、春樹は納得の表情を二人に向けた。
――それなら話は早い。
「俺が迷い込んだのは、明治初期のアイヌ集落だ。沙流川のほとりだった──」
春樹は純二と出会えたことから話し始めた。
「父さんは、俺が迷い込んだ時代よりも二十年以上前に、同じ場所に来ていたんだ」
「えっ! じゃあ、兄さんが撮った写真に写っているのは、やっぱり父さんだったのね」
「ああ、そうだ……。父さんも、俺に気がついてびっくりしてた」
春樹は、父の純二が家族を残して過去に来てしまったと心配していたことや、アイヌの集落で元気に暮らしていたことを話した。里沙は息を呑んで春樹の話に聞き入った。
「父さんと、一緒に暮らしていたのが『レラ』という娘だった」
里沙が反射的にスマートフォンの画面を見た。一花が横から覗き込む。写真には女性が一人写っている。
一花が「あっ」と声を出して「なるほどね」と首を縦に振った。
「父さんと一緒に住んでたの? じゃあ『レラ』って人は、父さんの――」
里沙の心に、信じたくない「父の不倫」が浮かんだ。
「いや、レラと父さんとはそんな関係じゃないよ。レラも生まれて間もないうちに、時空を超えてその村に送り込まれたんだ。父さんは……親代わりってとこかな」
「春樹がその……レラって子を好きになったんでしょ?」
一花が少しはにかんだ笑いを見せる。その胸中に大事なものを一つ失くしたような切ない感情が生まれた。春樹が自分以外の女を好きになった事実に淡い嫉妬を覚えている。
「まあ、そうだ」と春樹が少し照れ笑いをしながら答えた。一花は複雑な表情だ。
「レラのお腹には子どもがいてね……」春樹は口を閉じてうつむいた。
「子ども?」里沙と一花は驚きの表情で向き合った。
「だけど──」
春樹は、この時代に戻って来た日のいきさつを二人に説明した。
「レラの子を抱いて洞窟の前まで走ったんだけど、そこで、イルファの姿を見た瞬間に気を失ったみたいだ……」
「イルファ?」里沙と一花が再び顔を見合わせる。
「ああ、イルファの洞窟っていってね、その時代の沙流川上流にあったんだけど、イルファというアイヌ女の亡霊が出る『呪われた洞窟』って伝えられてたんだ」
春樹は、純二から聞いた「矢越岬の伝説」を話し、海に沈んだイルシカの強い念が亡霊となって現れると言った。里沙も一花も黙って春樹の話を聞いている。
「かわいそう……。そのアイヌの女の人も子どもも」
里沙のひとりごとが、静かになった三人を包み込んだ。
一花は過去の映像の中に見た美しい顔を思い出した。
「あたしの不思議な体験もさ、きれいな女の人の顔が出てくるのよ――」
一花の声に覆いかぶさるように里沙が声を発した。
「――そうそう、私も見たわ……っていうか頭にその顔が閃いたのよ。一花、あのイラスト持ってる?」
一花が一枚のメモ用紙を取り出した。春樹がそれを見て目を見張る。
「イルファだ!」
「そのイラストの人なの? イルファって? 亡霊っていうより女神って感じ」
一花は春樹にそう言ってイラストを覗き込んだ。里沙は、春樹の言う「レラ」という女が気になっていた。
「その、レラって女の人って、イルファと何か関係があるの?」
「父さんはね、レラはイルファの子じゃないかって言ってた」
「じゃあ……船の上で斬られた小さな子が……」
三人に沈黙の時間が流れた。
「兄さん……。そのレラっていう女の人と、さっきの看護師さんが似てたんだよね」
里沙の問いに春樹は静かに首を縦に振った。里沙は「やっぱり」と肩をすくめた。
「でも、赤ん坊どうなったんだろう? あたしが春樹を見たときにはいなかったよ」
一花は、春樹が発見された場面を思い出していた。
「レラの子は時空を超えられなかったかもしれないな」
春樹の顔が曇る。
「まったく! 兄さんレラって誰よ! 看護師さんの手を握るなんて最低! セクハラよっ! もう、せっかく『逞しくなった』って感心してたのに……」
里沙は春樹の行動に呆れて肩を落とした。
「ところでね、兄さん。兄さん? 聞いてる?」里沙が何度も春樹に呼びかける。
「ああ、聞こえてるよ。里沙、どうしたんだ?」
春樹はまだ病室の入り口を見つめていて、里沙の声には気のない返事をした。レラにそっくりな看護師の顔が残像になって春樹の瞼の裏に焼きついている。
「二風谷の歴史記念館は知ってる?」と里沙が春樹に尋ねて一花の方を見た。
「二風谷の記念館?」
春樹は、ようやく里沙の声に反応した。
「そうよ、二風谷の歴史記念館に一花と行ってみたのよ」
一花が隣でしきりに相槌を打っている。
「最初に驚いたのはあの写真よ……。ねえ一花」
里沙は一花と目を合わせる。
記念館で見た写真集を思い出した。
「鮮明なカラー写真が写真集に載っててね。まるで現代のカメラで撮ったみたいな……。そこにね、父さんらしい人が映ってたのよ!」
「カラー写真? 父さん?」春樹が、そんなはずはない、と言わんばかりに里沙を見る。
「そうなのよ。写真集の他にページに載ってたのは古い白黒の写真なんだけど、それだけは画質の良いカラー写真なの!」里沙が少し声を荒げた。
一花が隣で「そうそう」と言っている。
「その写真に写ってるのよ。父さんが……。慌てて写メ撮って母さんに確認したら、髭を生やしてるからわかりづらいけど、確かに父さんだって……ありえないでしょ?」
「写真の説明に『この時代にしては珍しい鮮明なカラー写真』って書いてあった」
一花が横から春樹の目を見て話す。
春樹は「そんなのおかしい」と言って笑った。
「だって、本当だもん」と不満げな声を発すると里沙は自分のスマートフォンの画面を指で下から上へ検索し始めた。
春樹は北海道内の「アイヌ」に関係している場所を何度も訪ねている。特に里沙が保護された「二風谷」には足しげく通った。歴史的な記念館などは展示内容まで憶えているほどだ。
「俺は、何十回もその記念館に行ってんだ。写真集のような資料にもすべて目を通した。もしそんな写真があったら見逃すはずがないじゃないか」
一花が「それもそうね」と天井を見上げたとき、里沙が上ずった声で「あった! これだよ。これ!」と春樹に向かって勝ち誇ったようにスマートフォンの画面をかざす。
春樹は里沙の手にあるスマートフォンの画面を見て目を見張った。写真の鮮明さに驚いただけではない。
「これは……」
──俺が撮ったやつだ!
「ね、兄さん。驚くでしょう? まるでスマホの写メみたいだもん。それに、ここに写ってるのお父さんでしょ?」
──あれは、夢じゃなかった。確かに俺は過去の世界に実在したんだ。
スマートフォンの画面を注意深く眺めると、一か月もの間暮らしたアイヌ家屋が何年も前の思い出のように思えた。チパパやレラの笑顔が春樹の涙を誘った。泣きながら画面に見入る春樹を一花は不信に思った。
「どうしたの? 春樹。変よ」
「え? いや、なんでもない……。他にも何か見たか?」
過去のアイヌ集落には春樹以外にもタイムスリップした人間がいた。他にも歴史を変えた事実が残されている可能性がある。
「そういえばね、里沙」一花が里沙と顔を合わせる。
「そうそう、ほら、昔兄さんからもらったアイヌ文様の木片があったでしょ?」
里沙がキーホルダーを取り出した。
「この木片って半分に割れてるじゃない?」
春樹は「ああ」といいながら里沙の手を覗く。
一花が里沙の横から声を出した。
「これの片割れみたいのがあった」
「片割れ?」
「そうよ、歴史館に陳列されてたわ。その片割れの木片にキーホルダーを重ね合わせると何となく一つの形になったような気がした」と一花が少し興奮気味に話す。
「まあ、それは偶然かもしれないけど……」里沙がつぶやいた。
「他には?」春樹は探るような視線で二人を交互に見つめる。
「――その他には……文書かな?」と里沙が答えた。
「文書?」
「うん。アイヌ文化って文字を持たないっていうでしょ? ところがね、百年以上前のものって言われる文書があったの。手紙みたいな……。ボールペンで書かれてた……ね、不思議でしょ?」
里沙は陳列ケースの中に保存されていた「貴重な遺跡」を思い出しながら答えた。
「それって、日本語だったか?」
「うん。よく読み取れなかったけど現代の日本語だったと思う。当時の仮名遣いじゃなかったわ」
里沙と一花は顔を見合わせて「不思議だよね」と話している。
――父さんだ!
春樹の記憶が徐々にはっきりしてきた。
――父さんはアイヌの人たちに「日本語」を教えるって言ってた……。
純二が二風谷のアイヌ人に日本の言葉や文化を教えた事実が、間接的にせよ後の二風谷ダム建設の反対運動に発展した可能性もある。
春樹は、父の存在の大きさを改めて知った。
「信じられないかもしれないけど……」と言う春樹の顔に里沙と一花が振り返った。
「この一か月間、俺は百年以上前のアイヌの集落に迷い込んでたんだ……」
二人は唖然とした。里沙は春樹を凝視する。
「百年以上前のアイヌ! 兄さん、それって?」
「タイムスリップっていうやつだ……。さっき見た写真は、実は俺が過去のアイヌ村で撮った写メなんだ」
「兄さんが撮った写メ?」里沙の目が大きく広がった。
「ああ、そうだ。間違いない」
「えっ! 何それ。春樹大丈夫?」
一花が驚いて大きな声を出して、春樹の額に手をかざすそぶりをする。
里沙は一花と反対に冷静に反応していた。
「やっぱりね」里沙の言葉に一花が目をむいて顔を見た。
「やっぱりって、里沙? お前は不思議に思わないのか?」
「だって、そうじゃないと説明がつかないことばかり起こるんだもん……ねえ」
里沙は一花に同意を求めた。一花は「そういえば…そうか」とうなずく。
「その写真だってそうだし、その手帳の最後に書いてある文章だって……兄さんの筆跡でしょ? 意味はわからなかったけど――」
里沙の反応を見て、春樹は納得の表情を二人に向けた。
――それなら話は早い。
「俺が迷い込んだのは、明治初期のアイヌ集落だ。沙流川のほとりだった──」
春樹は純二と出会えたことから話し始めた。
「父さんは、俺が迷い込んだ時代よりも二十年以上前に、同じ場所に来ていたんだ」
「えっ! じゃあ、兄さんが撮った写真に写っているのは、やっぱり父さんだったのね」
「ああ、そうだ……。父さんも、俺に気がついてびっくりしてた」
春樹は、父の純二が家族を残して過去に来てしまったと心配していたことや、アイヌの集落で元気に暮らしていたことを話した。里沙は息を呑んで春樹の話に聞き入った。
「父さんと、一緒に暮らしていたのが『レラ』という娘だった」
里沙が反射的にスマートフォンの画面を見た。一花が横から覗き込む。写真には女性が一人写っている。
一花が「あっ」と声を出して「なるほどね」と首を縦に振った。
「父さんと一緒に住んでたの? じゃあ『レラ』って人は、父さんの――」
里沙の心に、信じたくない「父の不倫」が浮かんだ。
「いや、レラと父さんとはそんな関係じゃないよ。レラも生まれて間もないうちに、時空を超えてその村に送り込まれたんだ。父さんは……親代わりってとこかな」
「春樹がその……レラって子を好きになったんでしょ?」
一花が少しはにかんだ笑いを見せる。その胸中に大事なものを一つ失くしたような切ない感情が生まれた。春樹が自分以外の女を好きになった事実に淡い嫉妬を覚えている。
「まあ、そうだ」と春樹が少し照れ笑いをしながら答えた。一花は複雑な表情だ。
「レラのお腹には子どもがいてね……」春樹は口を閉じてうつむいた。
「子ども?」里沙と一花は驚きの表情で向き合った。
「だけど──」
春樹は、この時代に戻って来た日のいきさつを二人に説明した。
「レラの子を抱いて洞窟の前まで走ったんだけど、そこで、イルファの姿を見た瞬間に気を失ったみたいだ……」
「イルファ?」里沙と一花が再び顔を見合わせる。
「ああ、イルファの洞窟っていってね、その時代の沙流川上流にあったんだけど、イルファというアイヌ女の亡霊が出る『呪われた洞窟』って伝えられてたんだ」
春樹は、純二から聞いた「矢越岬の伝説」を話し、海に沈んだイルシカの強い念が亡霊となって現れると言った。里沙も一花も黙って春樹の話を聞いている。
「かわいそう……。そのアイヌの女の人も子どもも」
里沙のひとりごとが、静かになった三人を包み込んだ。
一花は過去の映像の中に見た美しい顔を思い出した。
「あたしの不思議な体験もさ、きれいな女の人の顔が出てくるのよ――」
一花の声に覆いかぶさるように里沙が声を発した。
「――そうそう、私も見たわ……っていうか頭にその顔が閃いたのよ。一花、あのイラスト持ってる?」
一花が一枚のメモ用紙を取り出した。春樹がそれを見て目を見張る。
「イルファだ!」
「そのイラストの人なの? イルファって? 亡霊っていうより女神って感じ」
一花は春樹にそう言ってイラストを覗き込んだ。里沙は、春樹の言う「レラ」という女が気になっていた。
「その、レラって女の人って、イルファと何か関係があるの?」
「父さんはね、レラはイルファの子じゃないかって言ってた」
「じゃあ……船の上で斬られた小さな子が……」
三人に沈黙の時間が流れた。
「兄さん……。そのレラっていう女の人と、さっきの看護師さんが似てたんだよね」
里沙の問いに春樹は静かに首を縦に振った。里沙は「やっぱり」と肩をすくめた。
「でも、赤ん坊どうなったんだろう? あたしが春樹を見たときにはいなかったよ」
一花は、春樹が発見された場面を思い出していた。
「レラの子は時空を超えられなかったかもしれないな」
春樹の顔が曇る。
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