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カウンセリング
里沙の悩み
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「今までの話をまとめましょう。まず、あなたが震える症状は、極度の不安が自律神経系に影響しているのだと思われます。今後のカウンセリングでは不安を解消することができる療法を選んで続けていきましょう」
「わかりました」里沙の表情に赤みがさし、本来の朗らかな性格が現れている。
「あなたの身に起こった……その、突然の閃きや予感についてもあまり気にしないでください。こちらでも少し調べてみますが、科学で証明できない不思議なことが起こることもあります」
「はい」元気な歯切れの良い返事が返ってきた。
裕也は面接用紙をテーブルに置いて「ここまでで、何か質問や気になることはありませんか?」と訊いた。
里沙は、少し考えて「あの……」と、また少し戸惑った表情を見せる。
「どうしても気になるんです……。さっきの話で、兄が大昔のアイヌ集落にいたっていうのが――」
「――そうですか……。実は私にも、よくわかりません。古代のアイヌについても少し調べてみましょう」
里沙が「そういえば」と前置きをして、春樹が卒論で高評価を得て喜んでいたことを話した。
春樹は大学で考古学を研究していて、北海道の古い歴史をテーマに卒論を書いている。卒論のために北海道各地で調べていた古代の遺跡の中に、アイヌに関係した事柄もあるかもしれない。
「兄は『いつか北海道に来たら案内してやる』って言ってました。それから、話に出てきた大きな川と洞窟も、なぜか気になります」
里沙は、頭の中で裕也が口にした言葉を並べた。
――古代のアイヌ、広い河川、洞窟……北海道――。
「一ノ瀬さん、ご自身の感覚は大事にした方が良いですが、あまり思いつめるとストレスになりますから気をつけてください」
「わかりました……。今日の話は兄を捜すヒントになると考えて良いでしょうか?」
「そうですね――ただ、あまり人には話さない方が良いかもしれません」
「なぜですか?」
「過去が見える話なんて誰も信じてくれないし、あなたが変な目で見られかねません」
裕也はにこやかに笑い、里沙も少し笑った。
少しの間のあと、里沙が「もう一つ気になることがあります――。いいですか?」と話を持ちかけた。
裕也は、里沙の表情を見ながら別の面接用紙を取り出した。
「お兄さんの件とは別の話ですか?」
「はい」里沙がまた少し神妙な顔になる。
「いいですよ。まだ時間がありますから――」
「私のことなんです」
里沙は少しの間迷っていたが、やがて決心した。誰にも相談できずに悶々としていたことだが、裕也に話をすればよいヒントがもらえるかもしれない。
「どう表現していいのかわからないのですが、ときどき私だけ家族と違うんじゃないかって思うんです」
「家族と違う? それは外見の違いとか性格や行動のことですか?」
「それもあるんですが……」
「一ノ瀬さん、ゆっくりで良いですから、あなたが感じていることをそのまま話してください」
里沙は自分を落ち着かせるように数回深呼吸をした。
「最初に感じたのは、兄が北海道の大学に進学したころでした。母の、兄に対する接し方と私に対する態度に微妙な違いを感じたんです」
「微妙な違い……ですか?」
「はい。話し方とかで『私に気を使っているな』と感じて……。それまで三人で暮らしてたのが二人きりになったからかもしれません」
「ふむ。覚えている範囲で良いので、具体的に教えていただけますか?」
里沙は、少し考えて自分の思いを伝えた。
「母の話し方が何となくぎこちなくて、他人行儀に思えるときがあります」
「距離感がある……と?」裕也が面接用紙に詳しく書き始めた。家族の問題で悩むクライエントは比較的多い。
「はい。昔、同級生と幼少期の話で盛り上がったことがあったんですが、私だけ話の輪に入っていけなくて……そのとき気がついたんです。私は、生まれたときの話や、小さいころどんな子どもだったかという話を母から聞いたことがありません」
子どもが生まれるという家族の一大イベントは普通の家庭ではよく話題に上る。小さいころの思い出話を親から聞くことも多い。
「そうですね。それぞれのご家庭の事情もおありでしょうし……。自分だけが疎外されていると考えるだけでも相当なストレスです」
「考えすぎでしょうか?」里沙の顔が裕也を覗きこんだ。
「――気になるのなら一ノ瀬さんの方からお母さんに話を持ち出してはどうでしょう。自分からお母さんに幼少期のころの話を訊いてみてはいかがですか」
それは、今まで何度も母に訊こうと思ってきたことだが口に出せていない。どう切り出せばよいのかわからなかった。
里沙が「それが……」と言ったまま口を閉ざす。
「変に構えてしまってはそういう話はできません。何かの話に続けて『私の小さい時ってどうだった?』って軽い感じで話してみてください」
里沙が笑顔に戻った。裕也のアドバイスに納得したようだ。
「わかりました……今度訊いてみます。それから、父に関係することなんですが……」
「お父さん? ですか?」
「ええ、父は私が小さいころ事故で他界したんですが……。最近母が父の写真を見て考え込んでいることが多くて……そんな時は私が声をかけても答えてくれません」
子供の知らない夫婦間の問題は多い。里沙の場合も特に知らせなくても良い事情なのかもしれない。神経質になっているな、と裕也は考えた。
「何か一つ不安なことがあると、他のこともネガティブに考えるようになってしまいがちです。小さな変化が気になったりもします。あまり気にしなくても良いと思いますよ」
裕也は、里沙の神経が過敏に反応しやすいと考えて、不安にさせないように言葉を選んで優しく言った。
「わかりました。ずいぶん気が楽になりました」
里沙は朗らかに笑い、裕也に向かって頭を下げた。
「一ノ瀬さん、今日はここまでにしましょう。また体調に変化がありましたら、いつでもご連絡ください」
裕也は自分の名刺を渡した。
「はい。今日はありがとうございました」
裕也は席を立った里沙をマンションの出口まで案内した。
「わかりました」里沙の表情に赤みがさし、本来の朗らかな性格が現れている。
「あなたの身に起こった……その、突然の閃きや予感についてもあまり気にしないでください。こちらでも少し調べてみますが、科学で証明できない不思議なことが起こることもあります」
「はい」元気な歯切れの良い返事が返ってきた。
裕也は面接用紙をテーブルに置いて「ここまでで、何か質問や気になることはありませんか?」と訊いた。
里沙は、少し考えて「あの……」と、また少し戸惑った表情を見せる。
「どうしても気になるんです……。さっきの話で、兄が大昔のアイヌ集落にいたっていうのが――」
「――そうですか……。実は私にも、よくわかりません。古代のアイヌについても少し調べてみましょう」
里沙が「そういえば」と前置きをして、春樹が卒論で高評価を得て喜んでいたことを話した。
春樹は大学で考古学を研究していて、北海道の古い歴史をテーマに卒論を書いている。卒論のために北海道各地で調べていた古代の遺跡の中に、アイヌに関係した事柄もあるかもしれない。
「兄は『いつか北海道に来たら案内してやる』って言ってました。それから、話に出てきた大きな川と洞窟も、なぜか気になります」
里沙は、頭の中で裕也が口にした言葉を並べた。
――古代のアイヌ、広い河川、洞窟……北海道――。
「一ノ瀬さん、ご自身の感覚は大事にした方が良いですが、あまり思いつめるとストレスになりますから気をつけてください」
「わかりました……。今日の話は兄を捜すヒントになると考えて良いでしょうか?」
「そうですね――ただ、あまり人には話さない方が良いかもしれません」
「なぜですか?」
「過去が見える話なんて誰も信じてくれないし、あなたが変な目で見られかねません」
裕也はにこやかに笑い、里沙も少し笑った。
少しの間のあと、里沙が「もう一つ気になることがあります――。いいですか?」と話を持ちかけた。
裕也は、里沙の表情を見ながら別の面接用紙を取り出した。
「お兄さんの件とは別の話ですか?」
「はい」里沙がまた少し神妙な顔になる。
「いいですよ。まだ時間がありますから――」
「私のことなんです」
里沙は少しの間迷っていたが、やがて決心した。誰にも相談できずに悶々としていたことだが、裕也に話をすればよいヒントがもらえるかもしれない。
「どう表現していいのかわからないのですが、ときどき私だけ家族と違うんじゃないかって思うんです」
「家族と違う? それは外見の違いとか性格や行動のことですか?」
「それもあるんですが……」
「一ノ瀬さん、ゆっくりで良いですから、あなたが感じていることをそのまま話してください」
里沙は自分を落ち着かせるように数回深呼吸をした。
「最初に感じたのは、兄が北海道の大学に進学したころでした。母の、兄に対する接し方と私に対する態度に微妙な違いを感じたんです」
「微妙な違い……ですか?」
「はい。話し方とかで『私に気を使っているな』と感じて……。それまで三人で暮らしてたのが二人きりになったからかもしれません」
「ふむ。覚えている範囲で良いので、具体的に教えていただけますか?」
里沙は、少し考えて自分の思いを伝えた。
「母の話し方が何となくぎこちなくて、他人行儀に思えるときがあります」
「距離感がある……と?」裕也が面接用紙に詳しく書き始めた。家族の問題で悩むクライエントは比較的多い。
「はい。昔、同級生と幼少期の話で盛り上がったことがあったんですが、私だけ話の輪に入っていけなくて……そのとき気がついたんです。私は、生まれたときの話や、小さいころどんな子どもだったかという話を母から聞いたことがありません」
子どもが生まれるという家族の一大イベントは普通の家庭ではよく話題に上る。小さいころの思い出話を親から聞くことも多い。
「そうですね。それぞれのご家庭の事情もおありでしょうし……。自分だけが疎外されていると考えるだけでも相当なストレスです」
「考えすぎでしょうか?」里沙の顔が裕也を覗きこんだ。
「――気になるのなら一ノ瀬さんの方からお母さんに話を持ち出してはどうでしょう。自分からお母さんに幼少期のころの話を訊いてみてはいかがですか」
それは、今まで何度も母に訊こうと思ってきたことだが口に出せていない。どう切り出せばよいのかわからなかった。
里沙が「それが……」と言ったまま口を閉ざす。
「変に構えてしまってはそういう話はできません。何かの話に続けて『私の小さい時ってどうだった?』って軽い感じで話してみてください」
里沙が笑顔に戻った。裕也のアドバイスに納得したようだ。
「わかりました……今度訊いてみます。それから、父に関係することなんですが……」
「お父さん? ですか?」
「ええ、父は私が小さいころ事故で他界したんですが……。最近母が父の写真を見て考え込んでいることが多くて……そんな時は私が声をかけても答えてくれません」
子供の知らない夫婦間の問題は多い。里沙の場合も特に知らせなくても良い事情なのかもしれない。神経質になっているな、と裕也は考えた。
「何か一つ不安なことがあると、他のこともネガティブに考えるようになってしまいがちです。小さな変化が気になったりもします。あまり気にしなくても良いと思いますよ」
裕也は、里沙の神経が過敏に反応しやすいと考えて、不安にさせないように言葉を選んで優しく言った。
「わかりました。ずいぶん気が楽になりました」
里沙は朗らかに笑い、裕也に向かって頭を下げた。
「一ノ瀬さん、今日はここまでにしましょう。また体調に変化がありましたら、いつでもご連絡ください」
裕也は自分の名刺を渡した。
「はい。今日はありがとうございました」
裕也は席を立った里沙をマンションの出口まで案内した。
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