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おまけ ソコロと王太子の婚約解消 終
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馬に跨り走るソコロは、スチュアートの手紙に書かれた場所まで馬で走りきるつもりではいるが、流石に馬でもこの距離を一日では走りきれないし、涙目デイブの様子では、きっとこの馬を気に入っているに違いないので、馬を潰すわけにもいかない。
適当な場所で宿屋を探し、替え馬を求めなくてはとソコロは考えていた。
宿屋で馬を係留し、飼い葉と新鮮な水を与え馬を労いソコロは宿屋へ戻る。
替え馬の手配も要領よく終わり、湯浴みをして部屋へ戻ると、眠気に襲われる。
ソコロは公爵令嬢だ。今の装いでは公爵令嬢とは誰も気づかないだろうが、平民にも見えないだろう。誘拐などの可能性を考えると、周囲への警戒を怠れず常に緊張をしいられている状況は想像以上にソコロの体力を削っているようだ。
ソコロはあっという間に深い眠りに落ちた。
翌朝まだ暗いうちに目覚めたソコロは、明るくなる前に宿屋をでた。
ソコロは自分の気持ちに気付いてから、とにかくスチュアートに会いたかった。会ってどうするとか、なにを話すとか、本来なら先に決めておいた方がいいのに、考える時間も、決める時間もたっぷりとあったのに、気持ちばかりが焦り、なにも考えられず、決められなかった。
公爵令嬢として王太子の婚約者だった頃はソコロは一歩も二歩も先を読んで行動していたのに……一番大切な今はそれができない。ただ……
ただただスチュアートに会いたい。ソコロの心にあるのはそれだけ。
馬で駆けてソコロの体力の限界が近づき、ふらふらになりながら、スチュアートがいる場所まで続く街道沿いの宿泊場で宿を求める。
馬を労いながら飼い葉を与えて、新鮮な水を用意する。
明日にはスチュアートがいる場所に到着できる。
流石に会ったときの言葉くらいは考えておいた方がいいのでは、という気持ちがソコロにも生まれてきて、明日スチュアートに会えると思ったら、急にソコロの胸はどきどきとしだした。
――どうしよう……緊張しだした。落ちつけ自分……
馬を撫でながら何度も深呼吸をする。そして宿屋へ戻ろうと、踵を返し歩きだし――強張った。
そこに……目前に……スチュアートがいる。
その瞬間にソコロの瞳からぶわっと涙が溢れ、脳が命令を下す前に、本能のままにソコロの体はスチュアートめがけて動きだしていた。そして勢いよくスチュアートに抱きつく。
「ソコロ、デイブから手紙をもらって驚いたが本当に来たんだな。しかも供も連れずに一人で!」
スチュアートの口調は最初は穏やかで優しかったが、最後は幾分怒気が含まれていた。
「だってストゥー、会いたかったの」
「それでも供も連れずに――ソコロになにかあったらどうすつもりだったんだ」
「なにも起きなかったわ、ストゥー」
ソコロはスチュアートの胸に頭を埋め、とめどなく流れる涙をそのままに、スチュアートの背中に回した腕に少しだけ力を入れた。スチュアートもまたソコロの背中に回した腕に力を入れる。
「お転婆ソコロめ……無事で、本当に無事でよかった。」
スチュアートの腕にさらに力が入る。ソコロは痛いくらいにスチュアートに抱きしめられて、やっとスチュアートに会えたのだと実感できた。
どれくらいそうしていたか、二人は一旦宿屋で落ちつくことにし、ソコロはスチュアートに腰を抱かれながら宿屋へ入った。
ソコロは一先ず湯浴みをすることにしたが、その間にスチュアートが消えてしまうのではないかと、堪らなく不安だった。だから何度も何度もスチュアートに確認した。
『戻るまでここに居てくださいますわよね?』『居なくなりませんわね?』『絶対に居てくださいませ』
子供のように袖を引いて、スチュアートを困らせるソコロに、口元を緩めてスチュアートが笑う。
『ここにいるよ』『何処にも行かないよ』『安心して行っておいで』
そんな言葉をスチュアートはくれるのにソコロの不安は解消されない。それでもこのまま不毛な言い争いをしていても、一つも先に進まないのはソコロにも分かっていた。
落ちついているようで、内心は落ちついてない自覚があるソコロは、覚悟を決めてスチュアートと別れた。
不安そうに部屋を出ていくソコロを見送るスチュアートは、ソコロの姿が見えなくなると笑顔を消した。
ソコロがホラーハウスドゥリー伯爵邸を単騎で出て行ったとデイブが認た手紙を受け取ったときにはスチュアートは生きた心地がしなかった。
この辺りは治安はいい方だといっても、女ひとりで馬でここまで来るのは不安要素以外ない。ましてソコロは貴族の令嬢で、軽装でも所作で平民ではないと気付かれるだろう。スチュアートは真っ青になった。
王都からこのスチュアートがいる場所は一本の街道が通っている。旅慣れている者なら、近道になる抜け道を使うだろうが、ソコロはそうじゃない。ならスチュアートはここから街道を王都まで戻ればいい。
そう決めたスチュアートはくしゃりと持っていた手紙を握り潰すと、支度をして馬に飛び乗った。
すれ違うとすれば、宿場町だ。たがソコロも小さな宿場町より人の目の多い大きな宿場町を選ぶだろう。そこだけ気を付ければ……。
そうして今さっきスチュアートの予想通りに、この宿場町でソコロと出会えたのだ。
きっとスチュアートがどれだけソコロの身を案じたかなど、ソコロには一生気付いてもらえなさそうだ。スチュアートは苦笑いする。
――この先……
スチュアートはソコロとのこの先を考える。今のスチュアートは貧乏伯爵だ。もちろんこれから領地を発展させ現状の打開はできると自負はしている。だが今は現実として貧乏伯爵なのだ。
そんなスチュアートが公爵令嬢のソコロに、なにをしてやれるというのか。
ドレスも宝石も贈ってやれない。ソコロが淡々と享受してこれたものを、なに一つ与えられない。
スチュアートは頭を抱えた。手放さなくてはいけないのだ。いくら今このとき自分の手の内にいたとしても。それがソコロの幸せなのだから。
それにデイブからの手紙には、あの帝国の第三皇子にプロポーズされたらしいぞ、と書かれていた。
ソコロには皇室や王室が似合う。ずっと王室の為に努力をしてきた人だ。大帝国の皇妃だって立派に勤められるだろう。そう祝福する一方で、かつてない程の喪失感も同時にスチュアートは味わう。
物音にはっとスチュアートは我に返る。どうやらソコロが戻って来たようだ。
あの淑女と名高いソコロが物音を立てるのが、スチュアートには意外であり可笑しくてぷっと笑ってしまう。
先ほどより落ちついた様子で戻ってきたソコロは大人しくソファーに腰かけた。風呂上がりのせいか羞恥のせいか、幾分ソコロの白い肌は薄いピンク色で、濡れた髪を軽く上げ、そこから逸れたほつれ毛と白く細い首筋が、婀娜っぽくてスチュアートはどきりとし、思わずソコロから目を逸らす。
そういえばこんなに狭い部屋に、ソコロと二人きりなのは子供の頃以来だなと、スチュアートは思出だした。
それもあるのかな、ソコロに女を感じるなんて……。
「あの……ごめんなさい。考えなしだったわよね。わたくしの行動」
しゅんとするソコロは俯いたまま顔を上げられなかった。
「そうだな……心配したんだぞ」
「うん。そうでわよね……だけどストゥーにどうしても会いたかったの。あの、あのね、わたくし……」
ソコロの唇にスチュアートの指が触れた。
「それ以上は駄目だよ……。ソコロは皇妃になるんだろ?」
「ストゥー、その情報は古すぎますわ。わたくしお断りしてきましたのよ」
「断っただと、何故?」
スチュアートは訝しみ、ソコロを力強い瞳で見つめた。
「それは、ストゥーが好きだと気付いたからですわ」
ソコロもまた力強い瞳でスチュアートを見つめ返す。
「ソコロいけない、君は皇妃になるべきだ。その為にこの国で、厳しい教育に耐えてきただろ?ソコロが努力してきたことは、私が一番よく知っている」
「ええ、わたくし努力してきましたわ。でもそれはストゥーの為によ」
「例えそうだとしても、君は皇妃になるべきだ」
「ストゥーはどうしてそう分からず屋なの?」
ソコロはイライラした。好きだと、ストゥーが好きだと言っているのに、どうして分かってくれないの?ぽろっとソコロの瞳から涙が落ちた。
「だがしかし……」
「わたくし、王妃になりたかったわけではなくてよ、あなたの妻になりたかったのです」
頭を上げてきっと睨みつけてそう宣言したソコロにスチュアートは圧倒させられた。着飾っていないのに、髪だってぼさぼさなのに……なのにソコロがあまりに美しくて目が離せなかった。
「ははは……」
――覚悟ができていなかったのは私の方だったのか。
逃げていたのは自分の方だったと、スチュアートは気付いた。ソコロはとっくに覚悟を決めている。だからあれ程美しいのだ。それに比べて自分は?あれやこれや言い訳をして逃げていた。今の自分をソコロに幻滅されたくなかったからだ。それに気付いてしまった今、スチュアートがしなければならないのは――決意すること。ソコロに苦労をかけるが幸せにすると、覚悟を決めること。
スチュアートはぐっと腹に力を入れるとソコロに向き合った。
「ソコロ、私は貧乏伯爵だ」
「はい」
「ドレスも宝石も買ってやれない」
「はい」
「子供の頃から私の隣はずっとソコロだと思っていた」
「はい」
「苦労させるぞ、こんな私だが付いてきてくれるか?」
「わたくしはストゥーの為に生きてきて、ストゥーの為に存在するの……否などあるわけがありません」
その瞬間にスチュアートへソコロは駆けだしたが、足が絡れてうまく走れない。転びそうになるが、慌ててスチュアートも駆け寄りソコロを抱きしめた。
どちらともなく唇が重なる。互いにもう待てないとばかりにそれは忙しなく。
一旦、額を合わせて目を合わせ、まだ足りないとばかりに激しく口付けをする。
ソコロは息も絶えだえだ。なのにやめられない。止まらない。ずっと……ずっと待ち続けたこの瞬間、焦がれ、身をやつし、切望した今を貪欲に貪りたい。
その気持ちはスチュアートも同じだった。自分の隣でいつもぴんと背筋を伸ばして立っていたソコロ。きっと子供の頃から恋焦がれる存在だったのだ。スチュアートに自覚がないだけで。どんな女と付き合おうと抱こうと、スチュアートは満たされることなく常に飢えていた。……だが今はこんなに満たされている。ソコロが腕の中にいる。それだけで満たされる。ソコロは初めてなのだから、激しくしてはいけない気持ちがあるのに、求めるのをやめられない。気持ちを止められない。こんなにも長いこと、この瞬間を待ち望んでいた自分にスチュアートは気付き唖然とする。
だから……
スチュアートは決意をするとソコロを横抱きにし、ベッドへと連れて行く。
「逃げるなら今しかない」
そっとソコロをベッドへ寝かすとスチュアートはソコロへ尋ねた。
「逃げないわ、ストゥーのお好きなように」
スチュアートの重みが心地よい。指と指を絡め合う。あぁ、肌に触れるのはこんなに気持ちがいいものなのね。ソコロは喜びに震える。
そっと……スチュアートの首にソコロは腕を回し、見つめ合った二人はまた口付けをする。
遠回りをした二人は、ここに結ばれるのだった。
適当な場所で宿屋を探し、替え馬を求めなくてはとソコロは考えていた。
宿屋で馬を係留し、飼い葉と新鮮な水を与え馬を労いソコロは宿屋へ戻る。
替え馬の手配も要領よく終わり、湯浴みをして部屋へ戻ると、眠気に襲われる。
ソコロは公爵令嬢だ。今の装いでは公爵令嬢とは誰も気づかないだろうが、平民にも見えないだろう。誘拐などの可能性を考えると、周囲への警戒を怠れず常に緊張をしいられている状況は想像以上にソコロの体力を削っているようだ。
ソコロはあっという間に深い眠りに落ちた。
翌朝まだ暗いうちに目覚めたソコロは、明るくなる前に宿屋をでた。
ソコロは自分の気持ちに気付いてから、とにかくスチュアートに会いたかった。会ってどうするとか、なにを話すとか、本来なら先に決めておいた方がいいのに、考える時間も、決める時間もたっぷりとあったのに、気持ちばかりが焦り、なにも考えられず、決められなかった。
公爵令嬢として王太子の婚約者だった頃はソコロは一歩も二歩も先を読んで行動していたのに……一番大切な今はそれができない。ただ……
ただただスチュアートに会いたい。ソコロの心にあるのはそれだけ。
馬で駆けてソコロの体力の限界が近づき、ふらふらになりながら、スチュアートがいる場所まで続く街道沿いの宿泊場で宿を求める。
馬を労いながら飼い葉を与えて、新鮮な水を用意する。
明日にはスチュアートがいる場所に到着できる。
流石に会ったときの言葉くらいは考えておいた方がいいのでは、という気持ちがソコロにも生まれてきて、明日スチュアートに会えると思ったら、急にソコロの胸はどきどきとしだした。
――どうしよう……緊張しだした。落ちつけ自分……
馬を撫でながら何度も深呼吸をする。そして宿屋へ戻ろうと、踵を返し歩きだし――強張った。
そこに……目前に……スチュアートがいる。
その瞬間にソコロの瞳からぶわっと涙が溢れ、脳が命令を下す前に、本能のままにソコロの体はスチュアートめがけて動きだしていた。そして勢いよくスチュアートに抱きつく。
「ソコロ、デイブから手紙をもらって驚いたが本当に来たんだな。しかも供も連れずに一人で!」
スチュアートの口調は最初は穏やかで優しかったが、最後は幾分怒気が含まれていた。
「だってストゥー、会いたかったの」
「それでも供も連れずに――ソコロになにかあったらどうすつもりだったんだ」
「なにも起きなかったわ、ストゥー」
ソコロはスチュアートの胸に頭を埋め、とめどなく流れる涙をそのままに、スチュアートの背中に回した腕に少しだけ力を入れた。スチュアートもまたソコロの背中に回した腕に力を入れる。
「お転婆ソコロめ……無事で、本当に無事でよかった。」
スチュアートの腕にさらに力が入る。ソコロは痛いくらいにスチュアートに抱きしめられて、やっとスチュアートに会えたのだと実感できた。
どれくらいそうしていたか、二人は一旦宿屋で落ちつくことにし、ソコロはスチュアートに腰を抱かれながら宿屋へ入った。
ソコロは一先ず湯浴みをすることにしたが、その間にスチュアートが消えてしまうのではないかと、堪らなく不安だった。だから何度も何度もスチュアートに確認した。
『戻るまでここに居てくださいますわよね?』『居なくなりませんわね?』『絶対に居てくださいませ』
子供のように袖を引いて、スチュアートを困らせるソコロに、口元を緩めてスチュアートが笑う。
『ここにいるよ』『何処にも行かないよ』『安心して行っておいで』
そんな言葉をスチュアートはくれるのにソコロの不安は解消されない。それでもこのまま不毛な言い争いをしていても、一つも先に進まないのはソコロにも分かっていた。
落ちついているようで、内心は落ちついてない自覚があるソコロは、覚悟を決めてスチュアートと別れた。
不安そうに部屋を出ていくソコロを見送るスチュアートは、ソコロの姿が見えなくなると笑顔を消した。
ソコロがホラーハウスドゥリー伯爵邸を単騎で出て行ったとデイブが認た手紙を受け取ったときにはスチュアートは生きた心地がしなかった。
この辺りは治安はいい方だといっても、女ひとりで馬でここまで来るのは不安要素以外ない。ましてソコロは貴族の令嬢で、軽装でも所作で平民ではないと気付かれるだろう。スチュアートは真っ青になった。
王都からこのスチュアートがいる場所は一本の街道が通っている。旅慣れている者なら、近道になる抜け道を使うだろうが、ソコロはそうじゃない。ならスチュアートはここから街道を王都まで戻ればいい。
そう決めたスチュアートはくしゃりと持っていた手紙を握り潰すと、支度をして馬に飛び乗った。
すれ違うとすれば、宿場町だ。たがソコロも小さな宿場町より人の目の多い大きな宿場町を選ぶだろう。そこだけ気を付ければ……。
そうして今さっきスチュアートの予想通りに、この宿場町でソコロと出会えたのだ。
きっとスチュアートがどれだけソコロの身を案じたかなど、ソコロには一生気付いてもらえなさそうだ。スチュアートは苦笑いする。
――この先……
スチュアートはソコロとのこの先を考える。今のスチュアートは貧乏伯爵だ。もちろんこれから領地を発展させ現状の打開はできると自負はしている。だが今は現実として貧乏伯爵なのだ。
そんなスチュアートが公爵令嬢のソコロに、なにをしてやれるというのか。
ドレスも宝石も贈ってやれない。ソコロが淡々と享受してこれたものを、なに一つ与えられない。
スチュアートは頭を抱えた。手放さなくてはいけないのだ。いくら今このとき自分の手の内にいたとしても。それがソコロの幸せなのだから。
それにデイブからの手紙には、あの帝国の第三皇子にプロポーズされたらしいぞ、と書かれていた。
ソコロには皇室や王室が似合う。ずっと王室の為に努力をしてきた人だ。大帝国の皇妃だって立派に勤められるだろう。そう祝福する一方で、かつてない程の喪失感も同時にスチュアートは味わう。
物音にはっとスチュアートは我に返る。どうやらソコロが戻って来たようだ。
あの淑女と名高いソコロが物音を立てるのが、スチュアートには意外であり可笑しくてぷっと笑ってしまう。
先ほどより落ちついた様子で戻ってきたソコロは大人しくソファーに腰かけた。風呂上がりのせいか羞恥のせいか、幾分ソコロの白い肌は薄いピンク色で、濡れた髪を軽く上げ、そこから逸れたほつれ毛と白く細い首筋が、婀娜っぽくてスチュアートはどきりとし、思わずソコロから目を逸らす。
そういえばこんなに狭い部屋に、ソコロと二人きりなのは子供の頃以来だなと、スチュアートは思出だした。
それもあるのかな、ソコロに女を感じるなんて……。
「あの……ごめんなさい。考えなしだったわよね。わたくしの行動」
しゅんとするソコロは俯いたまま顔を上げられなかった。
「そうだな……心配したんだぞ」
「うん。そうでわよね……だけどストゥーにどうしても会いたかったの。あの、あのね、わたくし……」
ソコロの唇にスチュアートの指が触れた。
「それ以上は駄目だよ……。ソコロは皇妃になるんだろ?」
「ストゥー、その情報は古すぎますわ。わたくしお断りしてきましたのよ」
「断っただと、何故?」
スチュアートは訝しみ、ソコロを力強い瞳で見つめた。
「それは、ストゥーが好きだと気付いたからですわ」
ソコロもまた力強い瞳でスチュアートを見つめ返す。
「ソコロいけない、君は皇妃になるべきだ。その為にこの国で、厳しい教育に耐えてきただろ?ソコロが努力してきたことは、私が一番よく知っている」
「ええ、わたくし努力してきましたわ。でもそれはストゥーの為によ」
「例えそうだとしても、君は皇妃になるべきだ」
「ストゥーはどうしてそう分からず屋なの?」
ソコロはイライラした。好きだと、ストゥーが好きだと言っているのに、どうして分かってくれないの?ぽろっとソコロの瞳から涙が落ちた。
「だがしかし……」
「わたくし、王妃になりたかったわけではなくてよ、あなたの妻になりたかったのです」
頭を上げてきっと睨みつけてそう宣言したソコロにスチュアートは圧倒させられた。着飾っていないのに、髪だってぼさぼさなのに……なのにソコロがあまりに美しくて目が離せなかった。
「ははは……」
――覚悟ができていなかったのは私の方だったのか。
逃げていたのは自分の方だったと、スチュアートは気付いた。ソコロはとっくに覚悟を決めている。だからあれ程美しいのだ。それに比べて自分は?あれやこれや言い訳をして逃げていた。今の自分をソコロに幻滅されたくなかったからだ。それに気付いてしまった今、スチュアートがしなければならないのは――決意すること。ソコロに苦労をかけるが幸せにすると、覚悟を決めること。
スチュアートはぐっと腹に力を入れるとソコロに向き合った。
「ソコロ、私は貧乏伯爵だ」
「はい」
「ドレスも宝石も買ってやれない」
「はい」
「子供の頃から私の隣はずっとソコロだと思っていた」
「はい」
「苦労させるぞ、こんな私だが付いてきてくれるか?」
「わたくしはストゥーの為に生きてきて、ストゥーの為に存在するの……否などあるわけがありません」
その瞬間にスチュアートへソコロは駆けだしたが、足が絡れてうまく走れない。転びそうになるが、慌ててスチュアートも駆け寄りソコロを抱きしめた。
どちらともなく唇が重なる。互いにもう待てないとばかりにそれは忙しなく。
一旦、額を合わせて目を合わせ、まだ足りないとばかりに激しく口付けをする。
ソコロは息も絶えだえだ。なのにやめられない。止まらない。ずっと……ずっと待ち続けたこの瞬間、焦がれ、身をやつし、切望した今を貪欲に貪りたい。
その気持ちはスチュアートも同じだった。自分の隣でいつもぴんと背筋を伸ばして立っていたソコロ。きっと子供の頃から恋焦がれる存在だったのだ。スチュアートに自覚がないだけで。どんな女と付き合おうと抱こうと、スチュアートは満たされることなく常に飢えていた。……だが今はこんなに満たされている。ソコロが腕の中にいる。それだけで満たされる。ソコロは初めてなのだから、激しくしてはいけない気持ちがあるのに、求めるのをやめられない。気持ちを止められない。こんなにも長いこと、この瞬間を待ち望んでいた自分にスチュアートは気付き唖然とする。
だから……
スチュアートは決意をするとソコロを横抱きにし、ベッドへと連れて行く。
「逃げるなら今しかない」
そっとソコロをベッドへ寝かすとスチュアートはソコロへ尋ねた。
「逃げないわ、ストゥーのお好きなように」
スチュアートの重みが心地よい。指と指を絡め合う。あぁ、肌に触れるのはこんなに気持ちがいいものなのね。ソコロは喜びに震える。
そっと……スチュアートの首にソコロは腕を回し、見つめ合った二人はまた口付けをする。
遠回りをした二人は、ここに結ばれるのだった。
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